JUST FOR YOU

(第5回)

 それから二人はケンのいる部屋に戻った。
 マーサの姿はなかった。
 ケンは、出ていったときとは反対の方から帰ってきた二人を見て、
「わかりましたか」
と言った。
 博が尋ねた。
「イノもゴウも、君が作ったのか」
「いいえ」
 ケンは首を振った。
「両親が僕のためにつくってくれました」
「なら、なぜイノとゴウは敵になっているんだ」
「そういうふうにプログラムされているのです。味方ばかりじゃひ弱になるからって。時々襲撃に来るように作られていました。それが、僕の時空爆弾の影響を受けたのか、少し動きがおかしくなっていました。後でバグを修正します」
 ケンのおもりの人形に振り回されていたのか。博はため息をついた。
「ところで、僕たちは帰れそうかい」
「できそうです。隣の部屋で休んでいてください」
 博と准一は、もうすることもないので、おとなしく、イノとゴウが倒れている部屋に戻り、ソファーに腰を下ろした。
 イノとゴウが倒れている様子だけみると、とてもロボットとは思えない。人間が気絶しているようにしか見えなかった。
 博はソファーに腰を下ろし、ため息をついた。
「これは現実なんだろうか」
「夢やったらええのに」
「俺もそう思うよ」
 博は携帯電話を手にした。やはり圏外の表示のままだった。
「俺ら帰れるんやろか」
「分からないよ。俺たちが心配してもどうにもならない。ほかのことを考えろ」
 しかし、博もほかのことは考えられなかった。不安ばかりが心の中にあった。
 帰れるのだろうか。帰りたい。有紀のいる世界へ。幸はたった一人の妹だ。でも、有紀、君も僕にとってはたった一人しかいない存在なんだ。有紀、君に会いたい。もしこのまま戻れなかったら……。
 二人は長い間黙っていた。博は有紀のことを考えていた。そして、准一も、博と同じように、幸のことは考えているのだろうと思っていた。
 しかし、そうではなかった。
 「外はどうなっとんのやろ」
 突然、准一が言った。
「外?」
「砂漠もドームの中や言うとったよね。その外はどうなっとんのやろ。機械はみんな止まっとんのやろか」
「そうだなあ」
 そこにマーサが入ってきた。右手は、交換したらしく、元通りになっている。両手でコップを載せたトレイを持っている。
「お食事をどうぞ」
「ありがとう」
 博と准一は、コップを受け取った。一口飲んでみると、地下基地で飲んだものと同じ味がした。
「マーサも同じものを飲むの」
 博は尋ねてみた。
「イノとゴウも同じものを飲んでいたけど」
「はい。吸収してエネルギーにします」
「人間もロボットも同じもの飲んどるんか」
「はい」
 准一はぐっと一気に飲み干した。
「ケンは、毎日こればっかり飲んどるんか」
「はい」
 准一は、自分には耐えられない、というように頭を振った。
「ところで、砂漠の外に出てみたいんだけど」
 博がそう言うと、マーサは博をじっと見つめた。
「本当の外にですか」
「うん。どうなってるのか、この目で確かめたい」
「それは……」
「あかんのか。ケンも知りたいはずや」
「聞いてきます」
 マーサは奥へ行った。博は、マーサが戻ってくるまでの間、ゆっくり、コップの中の液体を飲んだ。
 イノとゴウは相変わらず動かない。
 マーサが戻ってきた。手には翼を広げた鳥の形をしたもの持っている。
「これを飛ばしてきて欲しいそうです」
「何やねん、それ」
「監視装置です。カメラがついています。上空からの映像を見ることができます」
「なるほど。ところで、放射能の心配はないんだろうか。核兵器が使われていたかもしれないし」
「放射能は生物にしか影響しませんから、戦闘用機械は核兵器は使っていません」
「原子力発電所はどうなんだろう」
「危険すぎるので、五十年前にすべて停止したそうです」
 准一は、監視装置を受け取ってカメラの位置などを見ている。
「どれぐらい歩けばいいんだろう。それから、出口はすぐに分かるのかどうか」
「この二人に案内させます」
 マーサはイノとゴウを指差した。
「どうやって」
「今、プログラムに修正が加えられました。それから、隣の倉庫にあるものをお使いください、ということでした。シールドは弱めてあります。わたしが、隣の部屋行くと、この二人が目覚めます。二人に『外を見たい』と言ってください」
「そう言えばいいんだね」
「はい。では、わたしは戻ります」
 マーサが奥へ行き、ドアを閉めると、とたんにイノとゴウが目を開け、起きあがった。
「ケンとマーサは」
 イノが、部屋を見回しながらいった。
「奥にいる。それより、外を見たいんだけど」
 博がそう言うと、イノとゴウは顔を見合わせた。
「外……」
「そうか、外に行きたいのか。よし、ゴウ、あれに乗っていこう」
 イノは、躊躇せず、外に出た。ゴウ、博、監視装置を持った准一が続く。
 外に出ると、薄明るくなっていた。
「明るくなっとる」
「シールドが弱められたからだろう」
 見上げても星は見えない。
 イノとゴウは迷わず、隣の建物に向かった。そこが倉庫らしい。
「ここにあるはずだ」
 そう言いながら、イノがシャッターを押し上げると、中には、大きめのスクーターが二台並んでいた。
「かっこええやん」
 イノとゴウはそれぞれ運転席にまたがった。
「後ろに乗ってくれ」
 イノが、博と准一に言った。
 博はイノの後ろ、准一はゴウの後ろの座席にまたがった。
 エンジン音がすると、スクーターは小刻みに振動し始めた。
 二台のスクーターは、軽いエンジン音を響かせ、砂埃を巻き上げながら動き出した。 イノが前になり、建物の間を抜けていく。ほとんどみな廃墟だった。
 シールドは、たやすく突き抜けることができた。電流が流れるような感じはしなかった。
 砂漠に出てみると、やはり、太陽の位置は変わっていなかった。砂漠では、イノとゴウは並び、それぞれ砂塵を巻き上げて進んだ。
 砂漠ではあっても、ところどころに草地があった。背の低い木生えているところもある。
 しばらく行くと、前方が青い壁なのが分かるようになった。ドームの内側全体が青空の色に塗られていたのだ。
 壁の間際で、イノとゴウはスクーターを止めた。
「ここが出口だ」
 イノが壁を指差した。
 博は降りて壁をよく見た。確かにそこだけ壁に線が入っている。
「どうやってあけるんだ」
「こうだ」
 イノが壁に両手を当てて押すと、その部分が、音もなく少しずつ外側へ向かって開いていった。
 地面に近いところから外が見えてきた。
 土が見える。草が生えている。
 四人は黙ってドアが開いていくのを見ていた。
 少し離れたところに木が生えているのが見えた。ツタが絡まっている。
 ドアの動きが止まり、そこに、二メートルほどの高さの出入り口ができた。
 思い切って、博は一歩外に出た。准一が続く。少し遅れてイノとゴウが出てきた。
 そこは森になっていた。広葉樹が生い茂り、ツタが絡まり、ほんの数メートル先も見通すことはできない。
 微かな風が吹いていた。
 太陽は見えなかったが、傾いているらしく、木々の影が長くのびている。
 木の葉や草が風にそよいでいるほかは、動く物の気配はない。
 少し前へ出てドームを振り返ると、ドームの壁一面に蔓草が生い茂っていた。上から見れば、蔓草しか見えないのだろう。
「これ、どうすればええんやろ」
 准一が、手にした監視装置を掲げて見せた。
「こうするんだよ」
 ゴウが、そう言って監視装置を受け取り、紙飛行機を投げるようにして飛ばした。
 監視装置は滑るように飛び、一度沈んだがすぐに体勢を直して空高く飛び上がっていった。
 四人はそれを見送り、空を見上げた。
 監視装置はどんどん小さくなり、見えなくなった。
「この向こうに誰が人間がおるんやろか」
 准一が、密林の向こうを見透かそうとしながら言った。
「どうだろう。もしいなかったら……」
「あいつ、ひとりぼっちやん」
 もし、ほかに人間がいなかったら。この地球にたった一人だったら、ケンはこの先、どんな気持ちで生きていくのだろう。
「もし、俺ら帰れんかったら……。三人きりや」
 イノとゴウは二人の会話の内容は全く気にしていないようだった。ただぼんやりと立っている。
「いや、帰れるはずだ。ケンがなんとかしてくれる」
「そうやな……」
 博が、後ろに立っていたイノとゴウを振り返り、
「ドームを一周してみないか」
というと、イノもゴウも頷いた。
 イノは、
「とりあえず閉めておく」
と言ってドアに手を触れた。ドアは音もなく閉じた。
 四人はドームの壁沿いに歩き始めた。
 灰色の、ドームの外壁は、どこまでいっても蔓草に覆われていた。
 外周は一キロメートルほどだったが、ところどころ、木が倒れていて足場が悪く、また、何かの気配がしないかどうか気を配りながら歩いたので、一周するのに一時間ほどかかった。
 ドームは完全に森に囲まれていた。森の外がどうなっているのかは全く分からない。
 一周してもとの場所に戻った時には、木々の影はさらに長くなっていた。
 結局、何も発見はなかった。
 鳥の羽ばたきが何度か聞こえただけだった。
 イノは、また、ドアに手を当てた。ドアが開いた。
「戻ろう」
 そう言って、イノは中に入った。博と准一が続き、ゴウが最後に入ってドアに手を触れると、ドアは閉まった。
 ドームの中は、前と変わらず、太陽が照りつけていた。
 シールドに包まれた内側のドームへの帰り道、博は、スクーターの上で有紀のことを考えていた。
 帰りたい。有紀のもとへ。きっと帰れずはずだ。しかし……。心の中に、何かが引っかかっている。
 四人は、薄くなったシールドを再び抜け、倉庫にスクーターを戻した。
 そして、研究室の入口まで来ると、イノは、
「俺たちは帰る」
とだけ言って、ゴウとともに去っていった。
 それを見送り、博と准一は中に入った。
 奥の部屋ではケンが壁のモニターを見ていた。
 モニターには、都市の廃墟が映っている。動いているものはない。
 博と准一も、それぞれ腰を下ろし、モニターを見上げた。
 監視装置が降下して、廃墟の中に入っていく。破壊された戦車と、壊れた建物の残骸があるばかり。
「ひどいもんやな」
 ケンは頷いた。
 監視装置は、廃墟を離れ、上昇した。森が見える。高度を落として森の上を飛んでいく。
 鳥が飛び立ったほかは、動物の気配はない。
 谷間。廃墟となった町。海辺。
 どこを映しても人間が生活している様子はなかった。
 夕暮れらしく、風景は赤みがかっている。
「誰もいない」
 ケンがつぶやいた。
 その時、マーサがカップを四つ載せたトレイを持って出てきた。
「どうぞ」
 マーサは一つずつ手渡し、自分は立ったまま液体を口に運んだ。
 博は一口飲むと、ケンに言った。
「二〇〇〇年に戻れそうかい」
 ケンは頷いた。
「解析は終わりました。たぶんだいじょうぶです」
「そうか」
 博は何かケンに言うべきことがあるような気がした。その時、准一が、ぐっと液体を飲み干してこう言った。
「なあ。俺らと一緒に二〇〇〇年に行かへんか」
 博は准一を見た。それだ。それが心のどこかにあったのだ。
「見たところ、誰もおらんようや。もしかしたら、一人っきりかもしれん。二〇〇〇年に行けば、人間で一杯や。車椅子の人もぎょうさんいてるで」
 ケンは首を振った。
「そういうわけにはいきません。この世界で探してみます。僕が過去へいけば、ますます、時空にひずみが生じることになります」
 モニターは、海岸線を映し出している。日が沈んだらしく、薄暗い。
 ケンは言った。
「お二人を二〇〇〇年に戻す前に、お話ししておかなくてはならないことがあります」
 博と准一はケンを見た。
「まず、なぜお二人が一緒にここへきたか、ということです」
 それが一番大きな謎だった。
「時間の流れは、直線ではなく、螺旋を描いている、ということはご存知ですか」
「螺旋……」
 博には意味が分からなかった。
「これを見てください」
 ケンが操作すると、モニターはバネのような絵を映し出した。
「時間は、このように、螺旋を描いて流れています。二〇〇〇年がここだとすると」
と言って、ケンが機械を操作すると、一点が赤くなった。
「今いるのはここです」
 さっき示したところの隣の線上を示した。そこも赤くなった。
「時間の流れに沿って異動すれば、二〇〇〇年からここまでくるのに、百二十四年かかります。しかし」
 モニターの中の、隣り合った赤い点が線で結ばれた。
「こうして、隣の点に移動するならば、一瞬で移動できます」
 博は、理屈としては理解できるような気がしたが、自分がそうやって時間を移動した、という実感はなかった。
「時空のひずみで、穴があき、お二人がこちら側に吸い込まれてしまったわけです」
「何や、ようわからんけど」
 准一が言った。
「また穴あけて、隣の二〇〇〇年に戻る、っちゅうことか」
「はい。そういうことです」
「簡単にできるんか」
「簡単ではありません。でも、できます。ただ……」
「ただ?」
 博と准一が身を乗り出した。
「続けて穴があくわけですから、ほかの所に影響する可能性があります。そうなると……」
「そうなると、どうなるんだ」
 一度は明るくなりかけた博の気持ちが、また暗くなった。
「お二人は、また時間を移動するかもしれません」


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