JUST FOR YOU

(第4回)

 丘を回ると、暗黒のドームが見えた。
 四人は無言でドームに向かって歩いた。
 ドームのすぐそばまで来ると、イノは足を止めた。ほかの三人も立ち止まる。
「昨日と同じ場所から入れるはずだ。中は暗い。俺とゴウが先に進んで奴らを攻撃する。離れたところから見ていてくれ。俺が合図したら建物に入れ。もし、いくら待って俺たちが出てこなかったら……」
「その時は」
 博が尋ねた。
「その時はあきらめて、二人でさっきの基地へ帰ってくれ。いつか、俺の仲間が助けに来ると思うから」
 博は頷いた。
「行くぞ」
 イノが暗黒の壁に飛び込んだ。続いてゴウ。准一も続いた。博は、中空の太陽をちらりと見上げてから飛び込んだ。
 昨日と同じように、一瞬、電流が体に流れたような気がした。そして、闇の中にいた。
 急に暗いところに来たので、何も見えない。
 イノの声がした。
「俺とゴウが先に行く。後から来い」
 そして、二人が足音を忍ばせて進んでいく気配が感じられた。慣れているらしく、闇の中でも道がわかるようだ。
 博と准一はしばらくじっとしていた。
 目が慣れてくると、満天の星が光っているのが分かった。外は昼間のはずだが、なぜここだけ夜なのか。プラネタリウムのようなものなのか。
 博と准一は、星明かりを頼りに、手探りで少しずつ進んだ。
 ケンのいる建物が見えるところまで行くと、戸口にゴウが立っているのが見えた。どこで手に入れたのか、鉄パイプを持っている。
 ゴウは博と准一の姿を探しているようだった。二人は足もとを確かめながら建物に近づいていった。
 戸口からの明かりで、二人の姿が見えたらしく、ゴウが手招きして、中に姿を消した。
 博と准一は少し速度を速めた。
 建物からの光りで、足もとがはっきり見えるようになった。博は、念のため、銃を手に持った。それを見て准一もまねをする。
 壁に身を寄せ、中をのぞき込むと、イノが、車椅子に座っているケンに銃を突きつけていた。マーサはいない。ゴウは鉄パイプを手にして傍らに立っている。
 博は少し安心して中に足を踏み入れた。准一が続く。
 二人が入っていくと、イノは二人を見て少し頷いた。ケンは黙って二人を見つめた。
 イノはケンに銃を突きつけたまま言った。
「この二人を帰すことができるか」
 ケンは視線を落とした。
「わからない」
「できないのか」
「わからないんだ」
「お前がやったことだろう」
 ケンは答えなかった。
 准一は、ケンに駆け寄ると、髪を鷲掴みにして無理矢理ケンの顔を起こした。
「どうしてくれるんや。俺ら、これからどうなるんや」
 ケンは答えない。准一は怒りに体を震わせている。
 ゴウが動いた。鉄パイプを左手に持ち替え、右手は銃を握り、奥へ通じるドアに向かって構えた。博とイノもドアに視線を向けた。准一はそれに気づかず、ケンをにらんだままでいる。
 ドアが開き、マーサが出てきた。武器は持っていない。
「動くな」
 ゴウが怒鳴った。マーサは立ち止まり、じっとゴウを見た。しかし、その表情には焦りの色はなかった。
「俺らを戻せ。二〇〇〇年に戻せ」
 准一が、ケンをにらんだまま怒鳴った。怒鳴りながら、ケンの頭を揺する。ケンはされるがままで、抵抗はしない。
「やめなさい」
 マーサが言った。落ち着いた声だった。
「手を離しなさい」
 准一はやっとマーサに気づき、にらみつけた。
「手を離しなさい」
 マーサはそう繰り返した。
「ふざけるな。お前に俺の気持ちがわかるか」
 そう言うと、准一は再びケンの顔を上に向け、にらみつけた。するとマーサは、躊躇することなく准一に歩み寄った。
「動くな」
 再びゴウが怒鳴ったが、マーサは気にする様子がなかった。ゴウは銃の引き金を引いた。
 ジジジッ。
 微かな音がした。しかし、マーサの動きは止まらなかった。
「くそっ」
 ゴウは銃を脇の下のホルダーに収めると、鉄パイプを右手に持ち替え、マーサに殴りかかった。
 マーサはゴウの動きを横目でとらえ、頭に振り下ろされた鉄パイプを右前腕で受けた。
 鈍い音がして、腕が少しへこんだが、痛みを感じている様子はない。
 ゴウは続けて殴りつけた。マーサは立ち止まり、また右手で受けた。次に、ゴウが大きく横に払うと、それを受けたマーサの右前腕がちぎれて飛んだ。
 ごとんという音を立てて床に落ちた腕を見て、博は目を見張った。
 ちぎれた断面からは、コードや金属片がのぞいている。
 マーサはじっとゴウを見ている。ゴウはまた鉄パイプを振り上げた。
「やりすぎだよ」
 ケンがつぶやいた。准一は、床に落ちた腕を見て、ケンの髪をつかんでいた手を離した。
 イノはじっとマーサを見ている。
「やりすぎだよ」
 ケンは同じ言葉をつぶやいた。
 とたんに、ゴウの体が崩れ落ちた。博は、ケンが、車椅子の肘掛けについているスイッチを操作したのに気づいた。
 イノは、銃をホルダーに収めた。ケンはイノを見つめ、
「修正が必要だね」
と言うと、別のスイッチを操作した。イノの体も崩れ落ちた。
 准一は後ずさりした。博も逃げ出したい気分だったが、かろうじて銃をケンに向けた。
 ケンは、博を見て少しほほえんだ。
「その銃は、形と音だけなんです」
 博は部屋の中を見回した。イノとゴウは倒れている。マーサは、ちぎれた右腕をだらりと下げたまま立って博を見ている。ケンは博を見つめている。准一も博と同じように部屋の中を見回している。
「説明してくれ。あんたたちは何者なんだ」
 博の声は震えていた。
「説明します。こちらへどうぞ」
 ケンは車椅子の向きを変え、奥へと向かった。マーサがそれに続く。博と准一は顔を見合わせたが、後についていくしかなかった。
 奥には広い部屋があった。さまざまな機器が並び、壁の一つは巨大なモニターになっていた。
「これを見てください」
 ケンがそう言って機械の一つを操作した。すると、モニターが何かを映し出した。
 それは戦闘機のようだった。爆弾を投下している。次に廃墟となった都市が映る。
「ずっと、こんな戦争が続いていました」
 映像は地上戦に変わった。巨大な戦車同士が何台も入り乱れ、砲弾を撃ち合う。戦車は次々に破壊されていく。
 撃ち落とされる戦闘機。沈んでいく戦艦。破壊された建物。
「何か変だと思いませんか」
 ケンがそう言うと、博はあることに気がついた。
「人間がいない」
「そうです。人間はいません。ただ、戦闘用に作られた機械同士が戦っているだけです」
 映像は武器工場のものになった。無人の工場で、次々に戦車が作られていく。
「これが外の世界です」
「外の世界? 何の外だ」
 博が尋ねると、ケンは答えた。
「ドームの外です」
「砂漠の向こうでこんなことになってるのか」
「はい」
「ここは攻撃されんのか」
 准一が尋ねた。
 ケンは准一を見た。モニターは何も映さなくなった。
「攻撃されても大丈夫です。外側のドームはどんな攻撃にも耐えられるようになっていますから」
「でも、俺らは通り抜けたで」
「あれは内側のドームです。砂漠全体がドームの中にあるんです」
 博は地下基地から出てきたときのことを思い出した。太陽の位置は昨日と同じだった。いつも同じ位置にある人工太陽だったのだ。
「さっぱりわけがわからん」
 准一の声には力がなかった。
「君は一体何者なんだ」
 博が尋ねた。ケンは少しうつむいた。
「僕はここで生まれました。ここは避難用のシェルターだったんです」
「シェルター……」
「僕は両親と三人でここで暮らしていました。両親とも科学者で、戦争をやめさせようとしていました」
「戦争をしていた人たちはどうなったんだ」
「わかりません。人間はほとんど生き残っていないのかもしれません。機械同士が戦っている映像しか見たことがありませんから」
「ちょっと待て」
 博が口を挟んだ。
「人間がいないとしたら、あのイノとゴウの二人は何なんだ」
「あの二人については……。後で説明します」
「そこのマーサは人間じゃ……」
「はい、マーサは人間ではありません」
 博と准一はマーサを見た。マーサはちょっと頷いて見せた。
 ケンは話を続けた。
「両親は、僕が子供の時に死にました。死ぬとき、二人とも、僕の力で戦争をとめてくれ、と言い残しました」
「君の力で?」
「これを見てください」
 ケンがまた機械を操作すると、モニターは前とは違うものを映し出した。
 顕微鏡で細胞を拡大しているような映像だった。
 細胞は分裂を繰り返し、生き物の形になっていく。
「これが僕です」
 分裂の結果、胎児の姿が現れた。
「両親は、自分たちの遺伝子を解読して、遺伝子に操作を加え、科学の研究に最適の頭脳を持った子供を作りました。それが僕です。僕は実験室で生まれました」
「天才っちゅうわけか」
「はい。天才です。でも、無理があったらしく、歩くことはできません」
 博と准一は、ケンの足に目をやった。
「僕は、両親の知識のすべてを与えられました。そして、あらゆる戦いをやめさせる方法を考えました」
「それが僕たちに影響したんだね」
「はい。申し訳ありません」
「何をしでかしたんや」
「時空爆弾です」
「時空爆弾?」
「時間と空間にひずみを生じさせて、戦闘用の機械にエラーを起こさせ、一度に停止させるつもりでした」
「それは成功したのか」
「たぶん」
「たぶんとはどういうことやねん」
「外の様子が分からなくなったんです。外部の監視装置も停止しました」
「成功か失敗かもわからん実験で、俺らがこんな目におうたのか」
「はい。申し訳ありません」
「謝らんでもええ。俺らを帰せ。二〇〇〇年に」
「やってみます」
「やってみますやないやろ。絶対やれ」
 准一がケンにつかみかかろうとすると、マーサが間に入った。マーサが、先がちぎれている右腕を伸ばすと、准一はマーサから離れようと後ずさった。
 博が尋ねた。
「できるんだろうね。もとに戻してもらえるんだろうね」
「俺らは一体どうなるんや」
 准一の声は震えている。
「帰れるのか、帰れんのか」
「帰れると思います。昨日からずっと時空のひずみを解析していました。もう少しでプログラムが完成します」
 博はそれにすがるしかなかった。
「どれぐらい時間がかかる」
「あと五時間ぐらい……」
 今はケンにすがるしかない。博は力無く言った。
「わかった。やってみてくれ」
「はい。お二人は、さっきの部屋で休んでいてください」
「五時間もただ休んでいるのか」
 博がそう言うと、ケンはこう言った。
「このシェルターの中を見学していただいても結構です。でも、機械には触らないでくださいね。何かあると、お二人が帰れなくなります」
 そう言われて、博は部屋を見回した。
 壁のモニターや計器類、コンピューターのほかには、自分たちが入ってきたドア、そして、奥へ続くドアがあった。
「この奥へいってもいいのか」
「かまいません」
 五時間もじっとしてはいられない。博は見学を選んだ。
「じゃあ、奥を見せてもらうよ」
「どうぞ」
 ケンが承知したので、博は奥へのドアに歩み寄り、取っ手に手をかけた。准一も後ろに続く。
 奥は工場になっていた。いくつもの機械が並んでいる。一つ一つ見ていくと、中には、マーサのものらしい手や足が並んでいる台もあった。
 機械だということが分かっていても、気持ちのいいものではなかった。それでもよく見てみると、大きさや太さが様々だった。大中小の三種類あるらしい。
 機械を見ていくうちに、機械の陰に、ほかの部屋への入口があるのが見えた。
 博は機械の間を抜け、そこへ行ってみた。下りの階段になっている。
「地下室があるんだ」
 博は迷わず降り始めた。
「大丈夫やろか」
 准一は不安そうについて来る。
 博は黙ってどんどん降りていった。やがて階段は終わり、通路がまっすぐ続いていた。かなり長い通路で、奥にはドアがあるのが見える。
「もしかすると……」
 そうつぶやくと、博はドアを目指して歩いていった。ドアの作りには見覚えがあった。
 ドアの所につき、取っ手に手をかけると、ドアは簡単に開いた。
 博はドアの向こうに足を踏み入れた。准一もついてくる。准一がドアを抜け、取っ手から手を離すと、ドアは自動的に閉じた。
 准一ははっとして振り返り、ドアを開けようとした。しかし、いくらやってみてもドアは開かない。
「オート・ロックや。閉じこめられてしもた」
 准一は慌てていたが、博は落ち着いていた。
「こっちに来てみろ」
 そう言って博は歩き始めた。准一は仕方なくついてくる。
 その通路は、見覚えのある通路につながっていた。
「やっぱり」
「なにがやっぱりやねん」
「ここがどこか分からないのか」
「知るかいな」
 博は苦笑して歩き始めた。やがて、二人は、ゴウとイノに話を聞いた部屋に出た。
「こ、ここって、あの二人の基地やん」
「そういうことだ」
 二人はは、出口に通じる通路を歩いていった。
 出入り口は外に出たままになっている。博と准一ははしごを登り、外に出た。
 太陽はやはり同じ位置にある。
「どうなっとんねん」
「わからない。ただ、単純な敵同士じゃないことは確かだな」
 二人はケンのいるドームへ歩いていき、さきほど飛び込んだ場所からまた飛び込んだ。
 中は相変わらず暗く、星が光っている。
 博は、憮然とした表情で、ケンの研究室に戻った。
 研究室に戻ると、イノとゴウはさっきの場所に倒れたままでいた。
 博がイノの首筋に触れてみると、脈はなかった。しかし、胸は、呼吸をしているかのように規則正しく上下している。その皮膚の感触は、どこか人間とは違っていた。
 准一もおそるおそるゴウの肌に触れてみた。
「人間やなかったんや……」


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