JUST FOR YOU

(第3回)

 まぶしかった。
 ライトに照らされているのかと思ったが、そうではなかった。照らしていたのは太陽だった。
 手を額にかざして陽光をさえぎり、目を細くして周りを見回した。
 そして、愕然とした。
 そこは砂漠だった。
 雲一つない青空が広がり、太陽が照りつけていた。
 博は立ち上がり、周りを見回した。どこまでも砂漠が広がっている。
 所々に草地らしいものが見えるが、ほかには何もない。
 そこへ、准一も飛び出してきた。博と同じように前転して受け身を取る。
 続いてもう一人の黒服の男。
 准一も茫然として周りを見回している。
 出てきたところを見ると、そこは真っ黒い壁になっている。巨大なドーム型の建物になっているらしい。
「こっちだ」
 背の高い方が声をかけ、走り出した。日焼けした方がそれに続く。しかし、博と准一は突っ立ったままだった。
「早く」
「逃げないとつかまるぞ」
 二人はせき立てた。
 とにかく、尋常な状態ではないことは確かなようだ。博は、二人についていっていいものか迷いながらも、二人の後を追った。准一もそれに続く。
 砂に足を取られて走りにくい。それは現実の感触だった。
 太陽がまぶしい。そして暑い。これも現実感があった。
 目の前に、小高い砂丘があった。二人の男はその向こうに走っていく。博と准一は汗をかきながらそれに続いた。
 砂丘の陰に回ると、そこには少し草が生えていた。先についた二人は、砂をかき分けていた。中から取っ手のようなものが現れる。何か操作すると、砂の中から台のようなものがせり上がってきた。
 台が三十センチほどせり上がると、二人は取っ手を引いた。中に梯子が見える。そこが入口になっていたのだ。
 背の高い方が、先に中に入った。身軽に降りていく。
 残った男は、
「中に入るんだ」
と、博と准一を促した。まず博、続いて准一が梯子に足をかけた。残った男も、すぐに梯子に足をかけ、降りていく。
 梯子は五メートルほどあった。
 降り立つと、薄暗い地下室になっていた。何かを操作する音が聞こえ、上の方で機械のうなり声が聞こえた。入口が再び砂の中に潜っているらしい。
 続いて明かりがともり、中がはっきり見えた。そこはただの通路で、壁のスイッチの所に背の高い方の男がいた。壁はコンクリートがむき出しのままだ。
「こっちだ」
 その男は先に立って歩き始めた。通路に靴音が響く。
 突き当たりのドアを開けると、そこには計器や椅子やテーブルが乱雑に置いてある部屋があった。
 背の高い方の男が、椅子の一つに腰を下ろし、博に言った。
「ここまで来れば安心だ」
「ここは……」
 ほかにも聞きたいことはあったが、何から聞けばいいか分からず、博はとりあえずそう尋ねた。
「ここは俺たちの秘密基地だ。ここから出撃している。ま、適当に座ってくれ」
 博と准一は、それぞれ自分の近くにあった椅子に腰を下ろした。
「まず、自己紹介と行こう。俺はイノ。こいつはゴウだ」
と、背の高い方が、小柄な方を指差して言った。
「僕は長野博」
「俺は岡田准一や」
「あそこへ連れてこられたようだったな」
 イノと名乗った男が言った。
「聞いていたんですか」
 博が尋ねた。
「気絶したふりをして聞いていたんだ」
「連れてこられたと言えばそうらしいけど。何がなんだかさっぱりわからない」
 ゴウは無言で、興味深そうに博と准一を見つめている。
 イノは少し笑って、
「あいつにつかまって無事に出てこられたんだ。運が良かった」
と言った。
「あなた達は、何者ですか」
 博の質問に、イノはまた笑った。
「何者って、決まってるじゃないか。あのケンを倒すための戦士だ」
「ケン?」
「あそこにいたガキだよ。ガキとは言っても、とんでもねえ相手だが」
「一体何が起こってるんですか」
 イノの顔から笑いが消えた。
「何も知らないのか? あそこにいるときも、状況が理解できていないようだったな」
「わかりません。僕たちは、全く関係のないところからここへ来てしまったようなんです」
「じゃ、ケンのことも何も知らないんだな」
「知りません」
 イノとゴウは顔を見合わせた。
「教えてください。何がどうなっているのか、全く理解できないんです」
 ゴウは無言で立ち上がり、奥へ消えた。イノは腕を組み、天井を見上げ、何か考えているようだった。
 しばらくの沈黙の間、博は、これが夢であることを切実に願っていた。しかし、夢ではないとしか思えなかった。
「あいつは」
と、イノが話し始めた。
「ケンは、天才科学者だった。ところが、とんでもないものを作り出して、地球を破滅させようとしているんだ」
「破滅?」
「ああ。あいつは、とんでもない武器を開発した。その武器のせいで、地球はほとんど砂漠になってしまった」
 だから、ここは砂漠なのか。
「ここは日本なんですよね」
「日本だった、と言った方がいいだろう。今ではほとんど砂漠だ」
 准一を見ると、目を閉じ、頭を抱え込んでいた。
 そこへ、ゴウが、トレイにコップを四つ載せて運んできた。博とイノに一つずつわたし、准一にも渡そうとしたが、准一は目を閉じたままだった。ゴウは仕方なく准一のそばの机にコップを置くと、自分の分を持って、もとの椅子に腰を下ろした。
 博はコップの中身を一口飲んだ。甘みの少ないココアのような味がした。
「悪いね、こんなものしかなくて」
 イノはそう言って、自分も飲んだ。
「カロリーはあるから」
 博はまた一口飲んでみた。ゴウは黙って飲んでいる。これは現実なのだ。博は、そう自分に言い聞かせた。
「あんたたち、一体どこから来たんだ」
 ゴウが尋ねた。
「二〇〇〇年から」
 博が答えると、イノとゴウは顔を見合わせた。
「本当に二〇〇〇年から来たのか」
 イノが尋ねた。博は頷いた。
「じゃあ、いよいよ時間制御が可能になったんだな」
 時間制御。本当にタイムスリップしてきたのか。この未来の世界に。
「気の毒だが、俺たちには、あんたたちを過去に送りかえしてやることはできない。それだけの技術はないんだ。でも、あのケンの野郎は絶対に倒して敵を討ってやるよ。よかったら、一緒にやらないか」
「やるって、戦う……」
「そう、あいつと戦うんだ。もしケンの技術を手に入れることができれば、あんたたちが来た時間へ戻れるかもしれない」
 博は目を閉じて考えた。
 ケンの言っていたことと、イノの話はあまりにも違いすぎる。本当にこれは現実なのか。
「疲れてるだろう」
 イノが話題を変えると、ゴウが、
「寝た方がいい。こっちだ」
と言って立ち上がった。寝られる場所へ案内してくれるらしい。博は准一を揺すり、立たせた。准一の目は表情を失っている。博は准一を抱え、引きずるようにしてゴウの後からついていった。
 通路は薄暗く、ひんやりとしていた。
 途中、横手に、まっすぐに延びた通路が見えた。奥にはドアがあるようだったが、ドアまでずいぶん距離がありそうだった。この基地は、思ったより広いらしい。
 ゴウは、二人を狭い部屋に案内した。部屋の壁はここもコンクリートがむき出しだ。その壁に作りつけの二段ベッドがあった。
「ここで寝てくれ。トイレはそこだ」
 それだけ言うと、ゴウは戻っていった。
 博は准一を下のベッドに横にならせた。准一はおとなしく横になって目を閉じた。
 はしごをで上の段に登ると、上着を脱ぎ、博は携帯電話を手に取った。表示は圏外のままだ。
 携帯電話の電源を切り、眠ることにした。考えていても仕方がない。もしかすると、目覚めたときには、自分のマンションに戻っているかもしれない。
 しかし、眠れなかった。
 准一の声が聞こえた。
「俺ら、どうなるんやろ」
 聞かれても返事のしようがない。
「もう幸ちゃんに会えんのやろか」
 幸の名は、博の心を刺激した。
「お前、幸が好きか」
「……はい」
「そうか」
「いいですか」
「何が」
「幸ちゃんのこと、好きでも」
「悪いっていったら、好きじゃなくなるのか」
「……」
 しばらく沈黙が続いた後、准一が尋ねた。
「長野さんは、会いたい人、いないんですか」
「いるよ」
 またしばらくの間沈黙があった。博は有紀のことを、准一は幸のことを考えていた。
「お前、美容院で幸に会った、って言ってたよな」
「はい」
「お前から声をかけたのか」
「はい。えらい若いから、いくつか聞いてみたんです」
「お前、誰にでも年を聞くのか」
「いいえ。何か、ほかの女の子とは違うように思って……」
 同じだ。博が初めて有紀に声をかけたときも、ほかの女の子とは違うものを感じたのだ。
「幸もお前に何か感じたのかな」
「さあ。でも、次に行った時も覚えててくれました」
「浪人のくせに、美容院なんかしょっちゅう行くなよ」
「でも、行かんと幸ちゃんに会えんし」
「幸目当てで行ったのか」
「はい」
「三回目は外で会いました。待ち合わせして」
「そんなことは聞いてないよ」
 三回目からは外で。そんなところまで同じだ。
 有紀は得意先の社員だった。初めて会ったとき、有紀がお茶をいれてくれた。名刺は自然に渡せた。二度目に行った時、有紀は博のことを覚えていて、
「長野さんでしたね」
と言い、また、お茶をいれてくれた。名刺もくれた。
 そして、三度目は、仕事が終わってから食事に行った。
 博は有紀の大きな瞳を思い浮かべた。有紀は、性格がしっかりしていて、包容力があった。幸を抱え、家長としていつも張りつめた気持ちでいた博は、有紀の前では弱気になることもできた。
 いつも有紀に甘えていた。博は、その時初めてそう思った。
 博は、心の中で有紀にわびた。
 下からは、准一のすすり泣く声が聞こえてきた。泣きたいのは博も同じだった。しかし、幸の保護者として生きることを決めたとき以来、博は、自分に泣くことを禁じていた。
 俺は泣かない。何とかして帰る。有紀の所へ。下で泣いているあいつも連れて帰ろう。幸の所へ。気に入らない奴だが、幸を悲しませることはできない。
 浅い眠りにはいることができたが、何度も夢を見た。有紀の夢を、幸の夢を。それは本物の夢だった。そして、夢を見たことが、自分は現実の中にいるのだ、ということを教えてくれた。
 地下には朝も夜もない。
 博は目覚めてすぐ腕時計を見た。針は九時過ぎを示していた。博はしばらく秒針の歩みを見ていた。
 腕時計を見ても、有紀のことを思い出す。
 去年のこと。
 十二月に入り、クリスマスに何か欲しいものがあるか、と尋ねたとき、有紀は、博をデパートの時計売り場に連れて行った。
 そこには、高くはないが、すっきりしたデザインの腕時計があった。それが欲しい、という。
「こういうシンプルなのがいいの」
 その言葉を聞きながら、博は時計のメーカーとデザインを頭に入れた。
 有紀は、博には何が欲しいか聞かなかった。
 そして、クリスマス・イブ。幸は友達と過ごす、と言っていたので、有紀と食事をすることにした。
 その時、博は有紀に腕時計をプレゼントした。すると、有紀も同じ大きさの包みを出して博に渡した。
 開けてみると、同じデザインの男物の腕時計が入っていた。
「だって、いつも安っぽい時計してるんだもん」
 博は、自分がつけていた、安物のデジタル時計を見た。
「おそろいってわけか」
「うん」
 博は新しい腕時計をはめた。有紀も、博が贈ったものを腕にはめた。そして、照れくさそうな笑顔を見せた。
 あの時から、この腕時計はいつも一緒にいた。
 有紀……君に会いたい。
 いつまでも腕時計を見つめているわけにはいかなかった。
 とにかく、何かしなくてはならない。
 博が梯子を下りると、准一は目を開けていた。目が赤い。ずっと泣いていたのだろうか。
「行こう」
 博が声をかけると、准一は頷いて体を起こした。
 ゴウが連れてきてくれた通路を逆にたどっていくと、イノとゴウがいる部屋に出た。
 イノは、二人を見て笑顔を見せた。
「眠れたかい」
 博は頷いて言った。
「ここにいるのは二人だけですか」
「ああ。俺とゴウだけだ」
「ほかの仲間は」
「いない。ここにはいない。俺とゴウは特殊戦闘員だから」
「昨日、どうしてケンはあなた達を殺さなかったんでしょう」
「あいつが偽善者だからだ」
「偽善者?」
「ケンは、自分は善人だと思いこんでる。善人は人を殺さないんだとよ。ただ気絶させるだけだ。俺もゴウも、気絶した後は、ただ転がされてただけだった。ケンがいなくなってから、自分でロープをはずして逃げてきたんだ」
 そこへ、ゴウが、昨日と同じようにコップを載せたトレイを運んできた。
 准一は、素直に受け取り、一気に飲み干した。それを見て、ゴウは自分のコップを准一に押しつけ、空になった准一のコップを持って奥へ行った。
 博はゆっくり液体を飲んだ。昨日と同じものだ。イノとゴウは、こんな食事だけで戦っているのだろうか。
 ゴウは、コップを持って戻ってくると、腰を下ろし、ゆっくり中身を飲み始めた。
「俺ら、どうなるんやろ」
 准一が言った。
「わからない」
 イノが答えた。
「戦いの結果次第だ。これから、四人で突入しよう。うまくいってケンを生け捕りにできれば、帰れるかもしれない」
「うまくいかんかったら」
「帰れないと思った方がいいだろう」
 准一はうなだれた。博はそれを横目で見ながら尋ねた。
「僕たちの分も武器はありますか」
「あるよ」
 イノは脇に置いてあった銃を手に取った。見た目は、博が知っている銃とそれほど違わない。
「これだ。電磁銃だ。相手に電気的ショックを与えて気絶させる。相手に向けて引き金を引けばいい」
 そう言うと、イノは、通路に向けて引き金を引いて見せた。銃口が微かに光り、ジジジッという音がした。
「射程距離は五メートル。それ以上離れると効果はない」
 イノは、博と准一に一丁ずつ渡した。さほど重くはない。博は銃をスーツの内ポケットに入れ、准一はベルトに差し込んだ。
 イノとゴウは、脇の下のホルダーに銃を収めた。
「行こう」
 ゴウが言った。
 四人は、コップを置くと、立ち上がり、イノを先頭に通路を進んだ。梯子のところで、イノが壁のスイッチを操作すると、上の方で何かが動く音がした。
 四人はつながってはしごを登り、外に出た。昨日と変わらぬ砂漠がそこにあった。
 イノは、基地に通じる入口を外に出したままにしておき、
「何かあったら、ここに飛び込むんだ。俺たちにかまうな。この入口を隠すスイッチはすぐにわかるから」
 博は緊張して頷いた。
 太陽は、昨日と同じ位置から照りつけている。
「行くぞ」
 イノが歩き始めた。三人はそれに続いた。


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