(最終回)
夕暮れの東海道。
板東「少し休せて貰うわ」
道の脇の土手に腰を下ろす板東。中条、堂本剛、光一もそれぞれ腰を下ろす。
昌行の店。
締め切ってあるが、戸の透き間から灯りが漏れている。
店の中。
昌行、快彦、剛、健がいるところへ、博がそっと戸を開けて入ってくる。
博「遅れてすまん。薬の調合に手間取った」
昌行「じゃ、行こうか」
皆無言で立ち上がる。
日の暮れた東海道。
板東、中条、堂本剛、光一が、息を切らしながら早足で歩いている。
荒れ果てた寺。
ロウソクがともる薄暗い本堂で、パンチ、定岡、デーブが酒を飲んでいる。それぞれ横に脇差しを置いている。
突然がらっと戸が開く。目を向けると、闇を背にした昌行が立っている。
無言で昌行をにらむ定岡たち。
昌行「准をやったのはどいつだ」
パンチが立ち上がる。
パンチ「俺だよ」
昌行「お前が切ったんだな」
パンチ「ああ、俺が切った。どうしたい、死んじまったかい」
昌行をにらむパンチの顔が苦痛に変わる。
パンチ「ううっ」
パンチの右腕には串が刺さっている。驚いて周りを見回す定岡たち。
右手から剛と健。左手から博と快彦が現れる。
定岡「ちっ。やっちまえ」
立ち上がり、脇差しを抜く定岡とデーブ。定岡が昌行に斬りかかると、昌行は一歩飛び退く。定岡は再び刀を振り上げるが、「うっ」とうめいて首筋に手をあて、柱にもたれる。その首には吹き矢が刺さっている。
デーブは快彦に斬りかかる。快彦はすっとかわし、デーブの右腕を抱え込んで脇固め。
快彦「もう少し身軽にならなきゃ」
もがくデーブ。
剛と健は、右腕を押さえているパンチをにらんでいる。
剛「准の仇だ」
剛が串を持った手を振り上げると、パンチは痛みをこらえて脇差しを抜き、斬りつける。剛が一歩下がると、パンチは前のめりになり、健がその後ろへ回り込み、後ろから顎に左手をかけ、右手のかんざしを首筋に突き立てる。苦痛にゆがむパンチの顔。
健が離れると、剛が腕を振りおろし、パンチの胸に串が突き刺さる。胸を押さえて倒れるパンチ。
昌行は、定岡から脇差しを奪い取り、蹴り倒す。
「隆史はどこだ」
定岡「……奥にいるはずだ」
昌行は、脇差しを投げ捨てると奥へ走る。定岡は脇差しの方へ這っていくが、博が先に拾い上げる。博の顔を見上げる定岡。博は冷たい目で見下ろし、無言で、脇差しの切っ先を定岡に向ける。それを見上げる定岡の顔に恐怖の色が走る。
快彦に押さえられていたデーブは、快彦の腕をはずして立ち上がる。
快彦「ほう、さすがに力だけはあるな」
寺が遠く見える場所。
板東「あ、あの寺のはずや」
走り出す板東、中条、堂本剛、光一。
寺の中。
少しは片づいた部屋にロウソクが一本灯っている。
あぐらをかいて座っている隆史。そこへ昌行が入ってくる。
隆史「あんただけは敵に回したくなかったのに」
無言で隆史をにらむ昌行。
(回想)
夜の江戸の町。
走って逃げている昌行と隆史。隆史は足を引きずっている。
遠くから、「こっちに逃げたぞ」という声が聞こえる。
橋の上に来た昌行と隆史。隆史は座り込む。
隆史「もう俺はだめだ。兄貴、一人で逃げてくれ」
昌行「そんなことができるわけねえだろう」
隆史「兄貴、頼みがある」
昌行「話は後だ。とにかく逃げるんだ」
昌行が起こそうと手を出すが、隆史は後ろへ下がり、
隆史「姉ちゃんのことなんだ。俺が死んだら、姉ちゃんは一人っきりだ。何にもできない姉ちゃんなんだよ。俺の代わりに面倒見てやってくれ」
追っ手の姿が見えてくる。焦る昌行。
隆史「頼む。行ってくれ」
昌行「済まねえ」
その場を離れる昌行。追っ手が間近に迫ると、隆史は欄干にはい上がり、川に身を投げる。ドボンと川に人が落ちた音。
「飛び込んだぞ」
「くそっ、姿が見えん」
「舟を出せ」
橋の上で右往左往している捕り方。
物陰でそれを見ている昌行。昌行は川の方に手を合わせ、つぶやく。
「済まねえ」
(回想終わり)
寺の中。
隆史「俺はで死ぬつもりだった。ところが、そのまま流されて、海まで出た時に、拾われたのよ」
(回想)
船の上。
甲板に、仰向けに横になっている隆史。それを見下ろしている船乗りと板東。
板東「気分はどうや。お前さん、死にかけとったぞ」
(回想終わり)
寺の中。
隆史「俺を助けてくれたのが、表向きは回船問屋。実は裏稼業の元締めだったわけだ。俺は思ったんだ。一度は死んだ身だ。あとは好き勝手にしてやろうってね。もう人に使われるのはまっぴらだ。どうせなら、裏の世界で天下を取るのも悪くねえ。そのためには、何といっても江戸を押さえなくちゃ」
昌行「そのために准を殺したのか」
隆史「あいつだけじゃねえ。邪魔になりそうなやつは誰だって殺す」
昌行「なぜ西村屋まで」
昌行「俺たちの怖さを思い知らせるためだよ。やるんだったら徹底的にやらなくちゃ」
昌行は無言で懐からカミソリを出す。
立ち上がり、脇差しを抜く隆史。昌行はカミソリを構える。
寺の本堂。
倒れている定岡。その胸には脇差しが突き立ててある。
脇差しを構えたデーブと、それに向かって身構えている快彦。
博、剛、健は、少し離れたところからその二人を見ている。
デーブは肩で息をしている。
快彦「そろそろ終わりにしようか」
そこに外から声がかかる。
中条「待った、手を引け」
闇の中から、中条、板東、堂本剛、光一が現れる。板東が息を切らせながら、
「終わりや、もうやめい」
と声をかける。
快彦は中条を見て驚き、
「元締め……」
中条「手を引け。話はついた」
板東「済まんかった。ほんま、済まんかった」
快彦は板東の方に向き直り、にらみつける。博、剛、健も板東をにらむ。その時、デーブが、快彦の背中に脇差しを突き立てる。目を見張る快彦。
博「しまった」
駆け寄る博。デーブが博の方へ向き直ると、剛が腕を振る。デーブの胸に串が突き刺さり、崩れ落ちる。
快彦を抱え起こす博。
博「しっかりしろ」
快彦「ちっ。ドジ踏んじまったぜ」
中条たちも駆け寄る。
博「おいっ、死ぬな」
快彦を取り囲む一同。快彦は、自分をのぞき込む皆の顔を見上げるが、やがて目を閉じてつぶやく。
快彦「まりや……」
奥の部屋。
脇差しを振り下ろす隆史と、カミソリを手にした昌行の体が行き違う。
二人は互いに背を向けて止まる。隆史の手から脇差しが落ちる。昌行はゆっくり振り向く。
隆史「目……目が……」
隆史の両目から血が流れ出している。手で目を押さえる隆史。
昌行「お和歌に免じて命だけは勘弁してやる」
隆史「兄貴、そんな。見えねえ、見えねえよ……」
無言で出ていく昌行。
隆史は手探りで外へ出ようとするが、ロウソクを倒してしまう。ロウソクの火が、そばにあった紙に燃え移る。
寺の本堂。
博、剛、健、中条、板東、堂本剛、光一が何かを囲んで立っている。
昌行が出てくると、みな無言で場所を空ける。そこには冷たくなった快彦の体。立ち止まる昌行。
板東「済まん。ほんとうに済まん」
昌行は無言で快彦の体の脇に膝をつく。目を閉じている快彦の死に顔。
中条「済まねえ……」
昌行の目から涙がこぼれる。
堂本剛「燃えとる」
昌行が顔を上げると、皆が奥の方を見ている。奥からはパチパチという音が聞こえ、煙が流れてくる。昌行も立ち上がって奥の方を見つめる。
奥から炎が吹き出し、見つめる皆の顔を炎が照らす。
まりやの長屋。
寄り添って寝ているまりやと鶴吉。
昌行の長屋。
お和歌が寝転がり、煎餅を食べながら絵双紙を読んでいると、昌行が無言で帰ってくる。
慌てて立ち上がるお和歌。
お和歌「あ、お帰り。遅かったね」
昌行は少し笑い、
「お前って本当に煎餅が好きだな。初めて会った時も煎餅食ってたよな」
(回想)
長屋の戸を叩く若い昌行。
「ごめんください。お和歌さんのお住まいはこちらでしょうか」
中から、
「はあい」
とお和歌の声。
昌行「弟さんから言づてを頼まれまして」
中から娘姿のお和歌が出てくるが、手に食べかけの煎餅を持っている。昌行を見て驚き、恥ずかしそうに煎餅を持った手を背中に回す。
お和歌をじっと見つめる昌行。お和歌は無邪気に昌行を見上げる。
(回想終わり)
昌行の長屋。
お和歌「そうだったかね。いやだね、変なこと覚えてて」
並んで歩いている剛と健。
剛「もう終わりだな……」
健「うん」
剛「どうする、これから」
健「ドサ回りにでも出てみるよ。江戸にいると思い出しそうだから」
料亭の座敷。
膳を前にした中条、板東、堂本剛、光一。
板東は中条に酒をつぎ、
「どうも、こんなことになってしもうて」
中条「お互い、もう足を洗う潮時だったんでしょう」
板東「ほんまやなあ。もう国に帰って静かに暮らしますわ。あんたらはどうする」
と、堂本剛と光一を見る。
堂本剛「俺らも上方に帰ります」
頷く光一。
焼け落ちた寺。
月が冷たく照らしている。
朝。
誰もいない快彦の長屋。
まりやが戸を開けて中を覗く。
まりや「夕べは帰らなかったんだね」
部屋の中を見回すまりや。
まりや「それにしても汚い部屋だねえ」
昌行の長屋。
朝食をとっている昌行とお和歌。お和歌は昌行の様子を気にしている。
お和歌「何かあったのかい。夕べから変だよ」
昌行「いや、何でもねえ……」
お和歌「でも……」
昌行「なあ、お和歌」
お和歌「なんだい」
昌行「お前、俺と一緒になってよかったと思うか」
お和歌「何言ってるんだい。思ってるに決まってるだろ。あんたはどうなんだい」
言葉に詰まる昌行。お和歌はキッとなり、
「まさか、後悔してるんじゃないだろうね」
と昌行に詰め寄る。
昌行「そ、そんなわけねえだろう。心底よかったと思ってるよ」
お和歌は少し表情を和らげ、
「そうだよねえ、あたしみたいないいかみさんはいないよねえ。あんたもそう思うだろ」
昌行「思う、思う。本当にそう思う」
お和歌「ならいいや」
自分の膳の前にもどって食べ始めるお和歌。昌行は少し笑う。
西村屋の勝手口。
戸口に博が立っていると、娘姿のお蘭が飛び出して抱きつく。
お蘭「迎えに来てくれたんだね」
子供を抱いて出てきた満里奈がしかりつける。
満里奈「お蘭ちゃん! 何ですか、はしたない」
お蘭は赤くなって離れる。博も照れる。
お蘭「終わったの?」
博「ああ、終わった。何もかも……」
博の表情が少し暗くなる。お蘭はそれに気づかず、
お蘭「ね、ね。上方に行こうよ」
博「上方? なんでまた」
お蘭「弟がいるんだ。八名の家に引き取られる時にね、男の子は跡を継げないように命を狙われるかもしれないからって、母上が人に預けたんだって。その人、岡田さんっていうんだけど、河内にいるんだって」
博「そうなのか……。よし、行こう。俺も江戸を離れようかと思ってたんだ」
見ていた満里奈が笑いながら言う。
「よかったわね、お蘭ちゃん。すてきなご亭主と旅ができて」
真っ赤になるお蘭。博は少しほほえむ。
(BGMに「雨の夜と月曜日には」が流れ始める)
東海道を西へ行く、板東と堂本剛、光一。
准の眠る土饅頭の前で手を合わせている剛と健。
快彦の長屋。
あねさんかぶりをして、鶴吉と一緒に掃除をしているまりや。
旅の支度をしている博とお蘭。
客の髪を結っている昌行。
夜。
二階の手すりにもたれ、通りを行く人を見下ろしている中条。
快彦の長屋。
暗い部屋からしょんぼりとまりやが出てくる。
博の長屋。
布団を並べて寝ているお蘭と博。
昌行の長屋。
枕を並べて寝ているお和歌と昌行。
お和歌が寝返りを打つと、その手が昌行の顔をたたく。
目を開け、そっとその手をどかす昌行。
朝。
快彦の長屋。
まりやが戸を開けて中を覗き、さびしそうな表情で戸を閉める。
街道を行く旅の一座。座員に混じって健も大八車を押している。
昼間の東海道。
大きな荷物を背負った旅姿の博とお蘭。
雨が降り出し、街道筋の家の軒下に駆け込む。
蕎麦屋。
暖簾ごしに雨空を見上げるまりや。
芝居小屋の楽屋。
濡れた道具を広げている健たち。
包丁を研いでいる剛。
戸口に雨だれが落ちている。
快彦の長屋。
中はきれいに片づいている。誰もいない。
雨に濡れる土饅頭。
昌行の店。
格子窓のそばに立っている昌行。
昌行は、雨の落ちてくる空をぼんやりと見上げている。
松岡昌宏
橋爪功
黒部進
蟹江敬三
市毛良枝
東山紀之
藤田まこと
山口達也
吉川ひなの
神取忍
赤井英和
麻丘めぐみ
八名信夫
みのもんた
つぶやきシロー
西村雅彦
くさなぎ剛
篠原ともえ
ふかわりょう
布川敏和
城島茂
長瀬智也
太田光
田中裕二
高山善廣
IZAM
川合俊一
大林素子
香取慎吾
中居正広
山本小鉄
斉藤洋介
国分太一
鶴田真由
秋山純
神山繁
大竹まこと
木村拓哉
矢部美穂
内海光司
赤坂晃
米花剛史
宇梶剛士
鈴木砂羽
夏八木勲
稲垣吾郎
横山めぐみ
藤原喜明
内藤剛志
堂本剛
堂本光一
山田まりや
定岡正二
パンチ佐藤
デーブ大久保
阿藤海
板東英二
反町隆史
島崎和歌子
中条きよし
柄本明
原知宏
三浦勉
渡辺満里奈
鈴木蘭々
*
岡田准一
三宅健
森田剛
井ノ原快彦
長野博
坂本昌行
(終)
こうして、「予告編」のアイディアから生まれた「必殺苦労人」も最終回となりました。
アクセス・カウンター10000突破記念としての初お目見えが1998年5月14日。
「はるばるきぬる旅をしぞ思ふ」というところです。
最終回がこうなることは、ずっと前から私の頭の中にありました。「惚れた女」のあとがきにある、お蘭がレギュラーになるのが「話の展開上、必要」というのは、このためだったのですが、彼女のキャラクターにはずいぶん助けられました。
もちろん、書く上で最も力を与えてくれたのは、皆さんからの感想です。
ありがとうございました。
(hongming 2000.2.26)
![]() |
![]() |