(第5回)
昌行の長屋。
うなされている昌行。その体を揺すっているお和歌。
お和歌「あんた。どうしたんだい」
目を開ける昌行。
お和歌「またうなされてたよ」
昌行「うーん。どうも悪い夢を見ていたようだ」
博の長屋。
布団の中の博が目を開けると、戸の外でゴトンと音がする。
博が起きて戸を開けると、戸にもたせかけてあった准の体が倒れ込んでくる。
博「おいっ、どうした」
そこへお蘭がやってくる。
お蘭「どうしたの、この人。きゃっ、すごい血」
准の右半身が血に染まっている。博が准の着物の袖をまくると、右肘から先が切断されている。顔を背けるお蘭。
博はいそいで手ぬぐいを出して右手をしばる。
博「だいぶ血が出てる……」
博は准の体を自分が寝ていた布団に横たえると、お蘭に、
「薬を買ってくる。お前はここにいてくれ」
と言って走り出す。お蘭はこわごわ准の横に座る。
准がうっすらを目を開け、お蘭の顔を見上げる。
お蘭「しっかりするんだよ。今、兄貴が何とかしてくれるからね」
准が口を動かすが声は出ない。その唇の動きを見て、
お蘭「水が飲みたいのかい」
頷く准。
お蘭は柄杓に水をくみ、准の体を抱えて口にあててやる。准はだいぶこぼしながらも飲み干し、また横にしてもらう。
お蘭「痛いだろうねえ」
准は不思議なものを見るような目でお蘭の顔を見上げている。
まりやの長屋。
煙にむせながら飯を炊いているまりや。
博の長屋。
息を切らせた博が薬の包みを持って駆け込んでくる。それを迎えたお蘭は泣いている。
博「だめだったか……」
頷くお蘭。
寝ているような准の死に顔。
博はその横に座り、顔をのぞき込む。
お蘭「こないだ、兄貴の部屋に泊まってた人だよね」
博「……。お蘭、お前はしばらく、いとこのところに世話になれ」
お蘭「なんだよ、急に」
博「俺の言う通りにしろ。俺のそばにいるな」
じっと博を見つめるお蘭。博は目をそらす。
快彦の部屋。
包みを持ったまりやが入ってくる。
快彦「おう、どうした」
まりや「あ、あのね。握り飯作ってみたんだ。お昼にでも食べてみて」
そう言いながら、包みを渡す。
快彦「そいつはありがてえ」
まりや「まだ下手だから、形が変だけどね」
快彦「大事なのは気持ちだよ」
まりや「じゃあ」
俯きながら出ていくまりや。快彦は、包みを持ち上げてみて、にっこり。
まりやが外に出ると、離れたところに阿藤が立っている。まりやは阿藤に頷いてみせる。
多摩川の渡し舟。
客の中に、中条、板東、堂本剛、光一がいる。
板東「取り返しのつかんことにならなければいいが」
中条「そうですね」
板東「そちらのお二人にもだいぶ迷惑かけたようで」
黙って頷く堂本剛と光一。
板東「あの隆史っちゅうのは、何を考えておるのか。わしが旅に出とるすきに、好き勝手なことしおって」
乾物屋・西村屋(「下野稲荷」参照)の勝手口。
少し離れたところで、博と満里奈が小声で何か話している。お蘭はそれを不安そうに見ている。
博は、
「では、よろしくお願いします」
と、満里奈に頭を下げ、お蘭に、
「落ち着いたら迎えに来るから」
と声をかけて歩き出す。
お蘭は、
「きっとだよ」
と、博に手を振る。博も立ち止まって手を振り、立ち去る。
満里奈もお蘭に並んで立って見送る。
満里奈「物騒ね。人が切られたなんて」
お蘭「うん……」
博を見送るお蘭は不安そう。
満里奈「下手人が捕まるまで、うちにいなさいね」
お蘭「……」
昌行の髪結いの店。戸が閉めてあり、店は休み。
中が映ると、薄暗い中に、昌行、博、快彦、剛、健がいる。
博「……ということなんだ」
剛「准の死体は?」
博「そのままだ。役人の調べは一通り済んだ」
剛「あとで引き取りに行く。俺たちでとむらいを……」
昌行「いや、一緒にやろう。こうなったら一蓮托生だ」
頷く健。その頬を涙が伝って落ちる。
西村屋の座敷。
お蘭が子供をあやしていると、満里奈が風呂敷包みを持って入ってくる。
満里奈「お蘭ちゃん、これ着てみて」
包みを開けると、娘用の着物が入っている。
満里奈「わたしが昔着てたものなの。うちにいる間は、そんな格好じゃだめよ」
お蘭「うん」
お蘭はうれしそうに着物を手に取る。
博の長屋。
昌行、快彦、剛、健が准の死体を戸板に乗せて運んでいく。
柄本と博がそれを見送っている。
柄本「ま、一応番所には来て貰うが、お前はただ巻き込まれただけだってことは、俺からもよく申し上げるから。心配することはねえ」
博「はい。ありがとうございます」
柄本「あの娘はどうした」
博「物騒なんで、親戚に預けました」
柄本「そうかい。邪魔者はいねえってわけだ」
柄本はうれしそうに博の顔をのぞき込むが、博があまりにも暗い顔をしているので、柄本の顔から笑顔が消える。
西村屋の座敷。
娘姿のお蘭。
満里奈「かわいいわよ。もう男みたいな格好はやめなさいね」
お蘭「うん」
お蘭は満里奈の子供を抱き上げ、
「どう? この方がいいかな」
と話しかける。満里奈はその様子をじっと見ている。
新しい土饅頭。
昌行、快彦、剛、健がその前で手を合わせている。
健「結局会えないままだったんだね」
剛「そうだな」
快彦「誰に?」
健「准は、生き別れになった母さんを捜してたんだ。お姉さんもいるはずだって言ってた」
昌行「お姉さん? 姉貴がいたのか……」
土饅頭を見つめる昌行。
快彦「敵のいる場所はだいたい分かってるんだろう」
剛「准に聞いた。寺だそうだ」
快彦「今日は博も出られねえだろうが、明日になったら、その寺を探ってみよう」
昌行「そうだな、こっちから出向いてやるか」
頷く剛と健。
昌行「じゃ、段取りを立てよう」
自身番所。
正座して同心の取り調べを受けている博。
柄本が横に座っている。
石段を下りてくる昌行と快彦。
快彦「腹が減った。俺はここで飯を食ってくよ」
と言うと、石段に腰を下ろし、懐から包みを出して開ける。中にはぶかっこうな握り飯が二つ。
昌行「二つあるのか。一つくれよ」
快彦「やだよ。まりやが作ってくれたんだ」
うれしそうに食べ始める快彦。
快彦「へっへっへっへ」
昌行「気味の悪いやろうだ」
快彦「ふっふっふっふ」
昌行「けっ。じゃ、俺は一度博の所に顔を出してみる」
歩き出す昌行。快彦はニヤニヤしながら握り飯を食べている。
その快彦は物陰から見ている阿藤。
蕎麦屋。
浮かない表情で働いているまりや。
客「どうしたい。葬式みてえなつらして。具合でも悪いのかい」
まりや「ごめんなさい。何でもないんです」
石段の快彦。
米粒のついた指をなめていると、その前に阿藤が現れる。
阿藤「うまかったかい」
快彦「何だ、てめえ」
阿藤「うまかったかと聞いてるんだ」
快彦「ああ、うまかったよ。そうか、お前、まりやを殴ってたやつだな。何の用だ」
阿藤「話がある」
立ち上がる快彦。
阿藤「ここじゃ人目があって面倒だ。ちょっと来い」
石段を登り始める阿藤。快彦は無言でついていく。
西村屋の座敷。
子供をあやしている娘姿のお蘭。
墓場。
向かい合って立っている阿藤と快彦。
阿藤「そろそろ効いてきたんじゃねえか」
快彦「何が」
阿藤「握り飯だよ。まりやが薬を入れておいたんだよ。よかったな、うまくて」
腹を押さえる快彦。
快彦「そんな……」
阿藤「どうだい」
腹を押さえてうずくまる快彦。顔は苦痛にゆがんでいる。
阿藤「どうだい、裏切られた気持ちは。くやしいだろう」
そう言いながら、阿藤は懐から匕首(あいくち)を出し、鞘を払う。
阿藤「さあ、どうやって始末してやろうか」
匕首をもてあそびながら歩み寄る阿藤。快彦はやっと顔を起こして阿藤をにらむ。
蕎麦屋。
主人「どうしたんだい、顔色が悪いよ」
まりや「ごめんなさい。今日は帰らせてください」
涙を浮かべて頭を下げるまりや。
墓場。腹を押さえてうずくまっている快彦と、笑いながらそれを見下ろしている阿藤。
阿藤が足を上げて快彦の顔を蹴ろうとすると、快彦はその足をつかんでぱっと立ち上がる。
阿藤「うわぁっ」
仰向けに倒れる阿藤。快彦はその手の匕首を蹴り飛ばし、馬乗りになる。
阿藤「な、なんで……」
快彦「裏切られたのはおめえの方だったようだな」
快彦は力一杯阿藤の首を締め上げる。
まりやの長屋。
ぼんやりと座っているまりや。鶴吉はその隣で、ふしぎそうにまりやを見ている。
がらっと戸が開き、快彦が顔を見せる。
快彦「何だ、今日は休んだのか」
まりや「うん……。あ、あの、あたい……」
快彦はニヤッと笑い、
「心配するな。あの男は二度とお前の前には現れねえ」
目を見開くまりや。
快彦「握り飯、うまかったぜ」
そう言うと、戸を閉めて去る。部屋の中のまりやは、鶴吉を抱きしめ、声を殺して泣く。
西村屋の座敷。
お蘭が子供を抱いている。じっとそれを見ている満里奈。
満里奈「お蘭ちゃん。初めてその子を抱いたとき、ずっと前にもこんなことがあったような気がするって言ってたわよね」
お蘭「うん。今もそんな気がしてるんだ」
(回想。「下野稲荷」の一場面)
台所の隣の部屋。食事を終え、お茶を飲んでいる満里奈とお蘭。お蘭は、満里奈の子を抱いてあやしている。
満里奈「すっかりなついたみたいね」
お蘭「うん。男の子なのに満里奈ねえさまにそっくり。なんだか……」
満里奈「なあに」
お蘭「なんだか、すごく小さい時にもこんなことをしたような気がする……」
じっとお蘭をみつめる満里奈。お蘭、満里奈の様子に気づかず、子をあやし続ける。
(回想終わり)
西村屋の座敷。
満里奈「ちょっと待ってね」
手箱を探る満里奈。お蘭は気にせず子供をあやしている。
カミソリを研いでいる昌行。
串を研いでいる剛。
かんざしを磨いている健。
部屋の中で柔軟体操をしている快彦。
准の墓の土饅頭。
東海道。
急ぎ足の中条、板東、堂本剛、光一。
西村屋の座敷。
手紙を手にしている満里奈と、子供をあやしているお蘭。
満里奈「あねの、お蘭ちゃん」
お蘭「なあに」
満里奈「母が亡くなった後、おばさまからの手紙が出てきたの」
お蘭「母上からの?」
満里奈「家を継げるようならっていうことだったから、黙っていたんだけど」
そう言いながら、満里奈がお蘭に手紙を差し出す。お蘭は子供を満里奈に渡し、手紙を受け取る。
快彦の長屋。
まりやが入ってくる。
「今日は、お蘭さん来ないのかな」
快彦「あ、いけね。忘れてた。何かごたごたがあってしばらく来られねえって言ってたぜ」
まりや「そう……。あの人さ……」
快彦「どの人だ」
まりや「あのお蘭さん。きっと、ほんとうは、すごくいいとこのお嬢さんだよ」
快彦「お嬢さんじゃなくてお冗談だろう。あんな男女」
まりや「そんなことないよ。あたい、分かる。育ちが違うって」
快彦「そんなことより……」
まりや「なに?」
快彦「また今度、握り飯でも作ってくれ」
まりや「うん」
快彦「そのうち毎日……」
まりや「毎日、なに?」
快彦「何でもねえ。もう寝ろ」
まりや「うん」
うれしそうに出ていくまりや。それを見送る快彦。
西村屋の座敷。
手紙を読んでいるお蘭と、子供を抱いてそれを見ている満里奈。
お蘭「そうか、そうだったのか……」
満里奈「ごめんなさいね。黙ってて」
お蘭「ううん。もう、家はなくなっちゃったし……」
満里奈「お蘭ちゃんも所帯を持つわけだし、知ってた方がいいかと思って」
目を見張るお蘭。
お蘭「所帯!」
それを意外そうに見る満里奈。
満里奈「あら、だって、博さん、ゴタゴタが収まったら一緒になるつもりだって言ってたわよ。だから、娘姿に戻して欲しいって」
真っ赤になるお蘭。
(続く)
もう皆さんお気づきだと思いますが、今回は最終回スペシャルなんです。
次回がいよいよ最終回スペシャルの最終回です。
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