(第4回)

 博の部屋。
 光一の傷の手当てをしている博。
 膏薬を貼るたび、光一がうめく。
博「殺すつもりはなかったようだな」
准「ちゅうことは……」
博「ただ痛めつけるのが目的で殴ったようだ。骨が折れてる様子はないし、すぐ歩けるようになるだろう」
 堂本剛は土間に降りて外の様子をうかがう。顔を出して左右を見るが、何もみつけられない。
 離れた物陰からその様子を見ている定岡。

 快彦の長屋。
 快彦が、自分の部屋からまりやの部屋に文机を運び込んでいる。
 まりやの部屋の中では、お蘭がまりやに縫い物を教えている。不器用な手つきで雑巾を縫っているまりや。鶴吉が隣に座って見ている。
 快彦はそれを見て、うれしそうに頷き、外に出る。
 物陰から、デーブが快彦の様子を見ている。その肩を後ろから叩く手。
 ドキッとしてデーブが振り向くと、阿藤が立っている。
デーブ「おどかすなよ」

 朝。
 博の長屋。
 寝ている光一。その隣に横になっている博。堂本剛と准は壁にもたれて寝ている。准はぽかんと口を開けたまま。
 博が目を覚まし、光一をのぞき込む。光一はすやすや寝息を立てている。笑顔になる博。
 堂本剛も目をさまし、光一をのぞき込む。博は笑顔で頷いてみせる。博に向かって手を合わせる堂本剛。

 昌行の店。
 准が貸本を広げている。それを読んでいるふりをしている昌行。
准「なんぞいい知恵はないやろか」
昌行「そいつはもう歩けるんだな」
准「朝飯食うたらもうほとんど直った言うとった。ただあちこち痛いだけやて」
昌行「その二人は上方から来たんだよな」
准「一人は大和、一人は摂津や」
 考え込む昌行。不安そうにそれを見ている准。
昌行「よし。日が暮れたら俺が博のところへ行くから、待ってろ」

 蕎麦屋。
 快彦が外を通りかかり、中をのぞき込む。まりやが明るい表情で働いているのが見え、快彦も笑顔で立ち去る。

 大通り。
 連れだって歩いている博とお蘭。
お蘭「兄貴の部屋にいる人たちって、何なんだよ」
博「何って……。患者だ。ケガをしてる」
お蘭「でも、なんか様子が変だよ」
博「ちょっとわけありのケガだからな」
 お蘭はちょっと口をとがらせるが、すぐに明るい声で、
お蘭「ねえ、今日は一緒にまりやさんとこ行こうか。井ノ原さんとどんなふうか見たいだろ」
博「そうだな……。でも、やめておこう。男と女のことだ、関わりは持ちたくねえ」
 ふくれるお蘭。
博「俺はちょっと寄るところがある。お前は先に帰れ」
お蘭「どこ行くんだよ」
博「どこだっていいじゃねえか。とにかく帰れ」
お蘭「ふん。あの気味の悪い岡っ引きに会ったって知らないからね」
 そこへ後ろから声がかかる。
「誰が気味の悪い岡っ引きだってんだ」
 二人が驚いて振り向くと、柄本が立っている。
博「お、親分……」
柄本「よう、手軽屋。元気かい」
博「おかげさまで」
 お蘭はちょっと二人を見比べ、ニヤリと笑うと、
「じゃ、おいら先に帰るから」
博「お、お蘭、そんな……」
お蘭「先に帰れって言ったのは兄貴だろう」
 スタスタと歩いていくお蘭。柄本は博にすり寄り、
「あの娘もだいぶ気がきくようになったじゃねえか」
 硬直する博。

 昌行の長屋。
 井戸端でお和歌とおかみさん連中が何かしゃべりながら洗い物をしている。
 離れたところからそれを見ている背の高い男の後ろ姿。

 まりやの長屋。
 お蘭とまりやが並んで文机に向かって座っている。お蘭が字を教えているところ。
お蘭「まずイロハから始めようね」
と言って、「いろはにほへと」と書いてみせ、一つずつ指さして読んでみせ、まりやに筆を渡す。
 まりやは、お蘭が書い字を手本に、たどたどしく「いろはにほへと」と書き、
「い、ろ、は、に、ほ、へ、と」
と、口に出して言う。
お蘭「まだまだ続くけど、ゆっくり覚えようね」
まりや「あんたの名前、書いてみてよ」
お蘭「いいよ」
 お蘭は筆を執り、「らん」と書いてみせる。
まりや「ら、ん。これが『ら』か」
 まりやは指で宙に「ら」と書き、
まりや「あ、あのさ、『の』はどう書くんだい」
お蘭「の?」
 お蘭は首を傾げるが、「の」と書いてみせる。まりやはそれを見て、指で、宙に字を四つ書く。口は「い、の、は、ら」と動いている。それを見たお蘭はほほえみ、
お蘭「そうだね、名前を書けるようにしようね」
と言って、声に出しながら、「まりや」「つるきち」と書いてみせ、
「それからね、井ノ原さんの井は井戸の井だから、仮名で書くとこうだよ」
と、「ゐのはら」と書いてみせる。
 真っ赤になるまりや。

 博の長屋。
 博、昌行、堂本剛、光一、准がいる。堂本剛と光一は正座。
博「なるほど、上方の案内か。できるかい」
 博が剛と光一の方を見ると、二人は頷く。
堂本剛「やらしてもらいます」
昌行「これで、元締めの仕事もやりやすくなるだろう。さっそくだが、今すぐ元締めのところへ行ってもらう。打ち合わせをしたいそうだ」
 立ち上がる、昌行、剛、光一。

 水車小屋。
 剛、健、准がいる。
准「こういうことになったんや」
剛「なるほど、あの二人が、上方で手引きをするわけか」
准「言ってみりゃ、敵の裏をかくわけや」
健「でも、敵はずっと江戸にいるわけだよね」
准「そらそうやけど」
剛「結局は俺たちで始末しなくちゃならないかもしれねえな」
准「向こうの三人と組めばどうにかなるやろ」
健「そうだといいけど」
剛「准、お前も一緒に上方へいったらどうだ。向こうの方が安全かもしれねえ」
准「そういう訳にはいかん」
健「まだ見つからないのか」
准「ああ」
健「もうあきらめたほうが……」
准「いや、きっとどこかにおる。俺は、必ず見つけてみせる。そのために貸本屋になって歩き回っとるんやから」

 寺の中。
 ロウソクをともし、酒を飲んでいるデーブ、パンチ、定岡。ほかに、長身の男の背中だけが見える。
定岡「もうたいがい調べつはつきました」
パンチ「俺たちでやりますか」
男「そうだな。じきに元締めが江戸に着くが、その前に片づけちまおう。傷の方はどうだ」
パンチ「なあに、ちょっと歩くのに不自由なだけで」
デーブ「あの女もうまいことやってるようですから」
男「よし、やろう。ただ……」
定岡「ただ?」
男「一人だけ、こっちの仲間にしたいやつがいる」
パンチ「仲間に?」
男「ああ。ちょっと訳ありでな」
デーブ「だけど……」
男「何だ」
デーブ「こんなこと、ほんとに元締めがお望みなんですかね」
男「望んでなかったらどうする」
パンチ「そういや、上方の時も、ちょっとやりすぎじゃないかって。なあ」
 頷く定岡、デーブ。
男「ほう。じゃあ聞くが、もし元締めが望んでなかったらどうする。これが俺一人の考えだったらやらねえのか」
パンチ「そうは言ってませんよ」
男「もし、俺か元締めかどっちか選ばなくちゃならなくなったらどうするか、よく考えておくんだな」
 顔を見合わせる定岡、デーブ、パンチ。
 茶碗の酒を口に運ぶ男の横顔(反町隆史)。

 朝。
 品川のあたり。
 旅姿の中条と、堂本剛、光一。
 三人はまわりに気を配りながら歩いている。

 仕事へ行く途中の昌行。
 角を曲がり、そこで立ち止まる。
 そこでは、隆史が壁にもたれている。隆史は昌行の顔を見てニヤリ。
昌行「お前……」
隆史「この通り、足はありますぜ」
 そう言いながら、足を前に出して見せる。

 多摩川の渡し舟。
 旅人に混じり、緊張した面もちで、中条、堂本剛、光一が乗っている。

 並んで歩いている隆史と昌行。
隆史「約束は守ってくれてるんですね」
昌行「ああ。どうして会いに来ない」
隆史「ちょっと顔を合わせにくくてね。兄貴とのことをはっきりさせないと」
昌行「何のことだ」
隆史「はっきり言いましょう。仲間になってもらいたい。今組んでる連中とは手を切って」
昌行「何のことかわからねえな」
隆史「冗談言っちゃいけねえ。調べはついてるんだ」
 二人は昌行の店の前につく。昌行は店を指さし、
「俺はこの通り、ただの髪結いだ。かたぎになったんだ」
 隆史は鼻でフンと笑い、
「あくまでもとぼけ通すつもりなら、どうでも仲間になるしかねえようにさせてもらいますよ」
と言うと、くるりと後ろを向いて歩き出す。無言でその背中を見つめる昌行。

 博とお蘭。
 道具を入れた籠を背負って並んで歩いている。
博「お蘭」
お蘭「なに?」
博「お前、そろそろ娘姿に戻ったらどうだ」
お蘭「何だよ、急に」
博「お前だってもう一人前の女だ。いつまでもそんなかっこうしてるわけにはいかないだろう」
お蘭「うん……」

 寺の中。
 定岡、パンチ、デーブ、隆史が相談している。
定岡「誰からやります」
隆史「そうだな。あの髪結いから一番遠いところからいこう」
デーブ「すると貸本屋だな」
パンチ「あいつがいい。あの野郎、思いっ切りやってやる」
隆史「ただやるだけじゃだめだ。俺たちが本気だってことがちゃんと向こうにわかるようにやるんだ」
 パンチは銭を受けた足をさする。
 そこへカタリと音がして人が入ってくる。
定岡「誰だ」
 入ってきたのは阿藤。

 道場で原を相手に稽古している井ノ原。

 魚の下ごしらえをしている剛。

 人気のない通り。
 貸本を担いで歩いている准。
 その前に、隆史とパンチが現れる。准が立ち止まり、振り向くと、後ろにはデーブと定岡がいる。
 緊張する准。

 舞台で踊る健。

 快彦とまりやの長屋の裏にある稲荷の前。
 腕を組んで立っている阿藤。その前にうなだれて立っているまりや。
阿藤「わかってるな。誰のおかげで今まで生きてこられたのかよく考えてみるんだ」
 頷くまりや。

 髪結いの店。
 ぼんやりしている昌行。
 格子窓の外から何か投げ込まれる。見ると、紙を折ったもの。
 それを広げて読む昌行。少し考え、カミソリを研ぎ始める。

 東海道。
 中条が足を止める。堂本剛と光一も立ち止まる。
中条「あれは……」
 視線の先に、茶店で団子を食べている小太りの男(板東英二)。驚く堂本剛と光一。
中条「確か、つぶての英二……」
光一「あれがむこうの元締めです」
堂本剛「知ってはるんですか」
中条「ああ。昔ちょっとな。よその島に手を出すようなやつじゃねえはずだが」

 寺の境内。
 銀杏の根元に准が縛り付けられている。その顔にはいくつもあざがある。
 少し離れたところに定岡、デーブ、パンチ立っている。
定岡「今度は俺だ」
 定岡は手に石を持ち、振りかぶって准めがけて投げる。石は准の胸に当たる。うめく准。
デーブ「さすがだなあ。今度は俺だ」
 デーブも石を持ち、准めがけて投げるがはずれる。
パンチ「まどろっこしいことやってねえで、ばっさりやっちまおう」
 パンチは長脇差しを抜く。
定岡「だめだ。兄貴の言うとおりにするんだ」

 東海道の茶店。
 うまそうに団子を食べている板東。
 その前に、緊張した面もちで中条、堂本剛、光一が立つ。中条の顔を見た板東は驚いて、
「こ、こりゃあ、江戸の……。こんなところでお目にかかるとは」
と立ち上がるが、うれしそう。
 顔を見合わせる中条たち。

 快彦の長屋。
 博とお蘭が来たところへ反対側から昌行が来る。
昌行「よう。お前にも用があったんだ」
 博はお蘭に、
「じゃ、俺はこっちにいるから」
と快彦の長屋を指さす。お蘭は頷き、まりやの長屋へ行く。

 寺の境内。
 銀杏に縛り付けられたままぐったりしている准。
 その前に、隆史、定岡、デーブ、パンチ、阿藤が立っている。
隆史「明日の朝には、楽にしてやるぜ」
 そう言って、准の顔を蹴る。隆史をにらみつける准。
隆史「手始めはてめえだ。安心しな、すぐに仲間があの世に行くから」

 快彦の長屋。
 書き付けを見て相談している昌行、博、快彦。
博「『まず一人』……これだけしか書いてないんじゃ何だかわからないな」
快彦「どういうつもりなんだろう」
 そこへ、
「あたい、入るよ」
と声がして、まりやが入ってくる。
快彦「どうした」
まりや「えへへ。三人だね」
快彦「三人がどうした」
まりや「今、おいしいお茶のいれかた習ったんだ。いれてあげるから、茶碗もってくね」
と言うと、湯飲みを探して持っていく。
昌行「今のが、さっき聞いたまりやって娘か」
快彦「ああ。何にも知らねえんで、お蘭に教えてもらってる」
博「でも、飲み込みはいいらしいよ」
快彦「そうだな。まめでよく働くらしいから、蕎麦屋でも受けがいい。お蘭はどうだ」
博「お蘭だって、手軽屋ができるくらいだから、まめで器用だよ」
快彦「女はまめで働き者が一番だよな」
博「そうだな」
昌行「(小声で)俺だけはずれクジかよ……」
 そこへ、湯飲みを載せた盆を持ってまりやが入ってくる。
快彦「すまねえな」
 ふと気がついた昌行、わざとらしく大きな声で、
「そういやあ、忍さん、どうしてるかなあ」(「惚れた女」参照)
 ギクリとする快彦。
「所帯を持ちたいだの何だの、言ってたやつがいたけど」
 慌てて昌行の口をふさぐ快彦。笑っている博。驚いて快彦を見るまりや。
まりや「どうしたの」
快彦「な、何でもない。何でもない。お茶、ありがとう」
 まりやは首をかしげながら出ていく。
 昌行の口を押さえたまま、にらみつける快彦。

 早朝。
 博の長屋の近く。
 地面に投げ出される准。定岡、デーブ、パンチ、阿藤が見下ろす。准はほとんど意識がない。
定岡「ただ殺すんじゃ面白くねえからな」
デーブ「思いっ切りやつらをびびらせてやるぜ」
 パンチは准の右手をつかみ、
「この手で銭を投げて俺に痛い思いさせたんだよな」
と言うと長脇差しを抜き、定岡とデーブに、
「押さえててくれ」
と言って、脇差しを振りかぶる。

(続く)