(第3回)
荒れ果てた寺。中からうめき声が聞こえる。
寺の中。棒きれを手に持った男(パンチ佐藤)。
パンチ「さあ、いい加減に吐いちまえよ。あの貸本屋はお前の仲間だろう。あいつに、何か教えたんだろ」
パンチは棒を振り上げ、思い切り振り下ろす。振り下ろした先には、縛られた堂本光一が転がっている。パンチは、光一の背中を思い切りたたく。うめく光一。
パンチ「かわいそうになあ。相方はお前を見捨てて逃げて行っちまったんだぜ。あんなやつは見限って、俺たちの仲間になった方がいいんじゃねえのか。これからは、俺たちの天下だ。俺が兄貴に口をきいてやるよ。おめえは確か、摂津の生まれだったよな。俺も、摂津で仕事をしてたこともあるし、悪いようにはしねえ」
光一は無言でパンチをにらむ。
パンチ「何だよ、その目は。そうかい、じゃあ、こんどはそのきれいな顔に、こいつをお見舞いするかな。もう役者稼業はあきらめるんだな」
パンチは棒で光一の顔を払う。うめく光一の口から血が流れ出る。
まりやの長屋。
井戸端でお蘭とまりやが茶碗を洗っている。
お蘭「ご飯は硬くなるととれなくなっちゃうからね、すぐ洗った方がいいよ」
まりや「うん」
鶴吉「あ、帰ってきた」
快彦が帰って来る。立ち上がるお蘭とまりや。
まりや「お帰り」
快彦「ああ。どうだった。飯は炊けるようになったか」
まりやが返事に困ると、横からお蘭が、
「すぐできるようになるよ。大丈夫だよ」
快彦「そうか。仕事も見つけてやったぞ」
まりや「ほんとうかい」
快彦「ああ。蕎麦屋だ。銭の勘定ならできるだろう。鶴吉も水運びぐらいならできるだろうし。明日からだ」
うれしそうに快彦の顔を見上げるまりや。お蘭は二人の顔を見比べ、
お蘭「よかったね。じゃ、おいらはこれで帰るから。明日の夜、また来てみるね」
手を振って立ち去るお蘭。見送る快彦、まりや、鶴吉。
夕方。
息を切らせて走っている堂本剛。時々後ろを振り返っている。
昌行の店。
戸締まりをしている昌行。それを物陰から見ている背の高い男の後ろ姿。
昌行が振り向くと、男はさっと身を隠す。
険しい表情の昌行。
夕暮れの通り。
貸本を担いで歩いている准。積んである材木の陰から声がする。
「おい、俺や」
准が立ち止まると、堂本剛が頭を出す。剛はまわりを見回し、
「えらいことになってもうた」
博の長屋。
博が調べものをしているところへ、お蘭が入ってくる。
博「どうだった」
お蘭「まあまあ、かな。ほんとに何も知らなかったよ。明日から読み書きも教えて欲しいって」
博「そうか、それは別料金だな」
お蘭「あの二人って、いい感じだよね」
博「どの二人だ」
お蘭「井ノ原さんとまりやさん」
博「そうか。いい感じか」
お蘭「……」
博「ほかに何か用か」
お蘭「ううん……」
博「じゃ、俺は調べものがあるから」
博はくるりと背を向け、机に向かう。お蘭は唇をかみ、黙って出ていく。
水車小屋。
堂本剛、准、健がいる。そこに剛が入ってくる。剛は堂本剛を見て眉をひそめる。
剛「どういうことだ」
准「これが、前に言うた上方小僧の片割れや」
黙って頭を下げる堂本剛。
剛「それがどうした」
准「相方がつかまってしもうて、助けてくれ言われたんや」
剛「俺たちには関係ねえだろう」
健「でも、関係ありそうなんだ」
堂本剛が身を乗り出す。
堂本剛「ほんまにねらわれとんのは、あんたらやねん」
剛「俺たち?」
健「今日、舞台にいる時に、これを投げられた」
健は懐から手裏剣を出してみせる。
堂本剛「上方はもうやつらにいいようにされとる。江戸にも、もう来とんねん。俺ら、逃げよう思うとったんやけど、逃げきれんかった。網が張ってあんねん」
准「それで相方がつかまって、俺のとこに来たんや」
剛「俺たちを誘い出す罠かもしれねえだろう」
准「そう思うのも無理ないけど、俺、この男は信用でけると思うんや」
堂本剛「頼む。助けたって。俺らもう逃げきれんし、あんたらと一緒にやるだけやってみるしかないんや。このままやったら、どのみち命はないんやで。やつら、裏稼業のもんは皆殺しにして自分らだけでいいようにするつもりなんや」
健「どうする。俺たち三人だけじゃ勝てそうにないよ」
じっと考え込む剛。
夜の川端。
ドボンと川に人が落ちた音。
「飛び込んだぞ」
「くそっ、姿が見えん」
「舟を出せ」
橋の上で右往左往している捕り方。
物陰でそれを見ている若い昌行。昌行は川の方に手を合わせ、つぶやく。
「済まねえ」
「何が済まないんだい」
突然声がして顔を上げると、お和歌の顔が見える。
昌行は布団に横になっている。
お和歌「ずいぶんうなされてたよ」
体を起こす昌行。
「夢か……」
お和歌「済まないって、何が済まないんだい」
昌行「そんなこと言ってたか」
お和歌「ああ、何か思い詰めたような様子だったよ。あんた、あたしに何か謝らなくちゃいけないようなことがあるんだろ」
昌行「そ、そうじゃねえ。そんなことあるもんか」
お和歌「まさか、よそに女を……」
昌行の首を締め上げるお和歌。
昌行「ち、違う。女じゃねえ」
お和歌「じゃあ、男かい。やっぱりあんた、あの博って人と。よけい許せないよ」
ますます締め上げるお和歌。白目をむく昌行。
光一がつかまっている寺。
縛られたまま転がっている光一。顔もあざだらけで、かすかなうめき声を上げている。
その横で、パンチ、デーブ、定岡が握り飯を食べている。
パンチ「強情なやつだ」
デーブ「いっそ殺しちまったほうが楽だろう」
定岡「そんな気短なことじゃだめだ。こいつを使ってやつらをおびき出せるかもしれねえ」
デーブ「なるほどなあ。大事な人質ってやつか。あんたの考えかい」
定岡「まさか。兄貴の知恵だよ」
パンチ「あの兄貴、俺たちよりずっと若いのに、しっかりしてるよなあ」
離れたところから寺の様子をうかがっている准。
昌行の長屋。
向かい合って朝食をとっている昌行とお和歌。昌行は首のあたりを気にしている。
昌行「何も本気で絞めなくたって……」
お和歌「変な夢見るのがいけないんだよ」
昌行「俺だって見たくて見たんじゃねえ」
お和歌「一体何の夢だったんだい」
昌行「よく覚えてねえなあ。それはそうと、お前、弟の噂ぐらい聞かねえか」
お和歌「聞かないねえ。どうしてるんだろう。死んじゃったのかな。弟が夢に出てきたのかい」
昌行「そうかもしれねえ」
お和歌「へえ、元気だったかい」
昌行「夢なんだから、元気も病気もわかんねえだろう」
お和歌「しょうがないねえ。どうせ見るんなら、もっといい夢見なよ。あたしの夢とかさ。寝ても覚めてもあたしのこと思っててくれたら、あたしはこんなうれしいことはないよ」
昌行「お前はどうなんだ」
お和歌「あたしなんか、いつだって見てるよ」
昌行「(うれしそうに)俺の夢をか」
お和歌「まさか。上方のあの二人の夢だよ。急にいなくなっちゃったから、もう、心配で心配で」
ため息をつく昌行。
まりやの長屋。
飯を食べているまりやと鶴吉。ご飯はほとんどお粥のよう。
まりや「難しいもんだねえ」
頷く鶴吉。
そこに快彦が入ってくる。
快彦「よう。自分で炊いた飯はどうだい」
まりやの顔がぱっと明るくなる。
快彦「飯が済んだら、俺の部屋に来てくれ。蕎麦屋に連れてくから」
まりや「うん。わかった」
笑顔で答えるまりや。
大通り。博とお蘭。
博が先に立ち、お蘭がその後を歩いている。お蘭は博の背中を不満そうに見ている。
昌行の髪結いの店。
客の髪を結っている昌行。鏡には剛の顔が映っている。
昌行「やっかいな話だな」
剛「無理にとは言わねえ」
昌行「しかし、いずれ火の粉はふりかかってくるわけだ」
剛「こっちの元締めの了解は取ってある。うちの元締めから、そっちに話が行くはずだ」
昌行は少し考え、
「手を組むことになりそうだな」
寺の様子を見ている准と堂本剛。
デーブと定岡が寺を出て去っていく。
堂本剛「これで中には一人だけや」
准「はよ助けたいやろ。俺らだけでやろか」
頷く堂本剛。
准は足元の小石を拾い集める。
准「こんだけあれば足りるやろ。俺が見張りを引きつけとくから、あんさんが裏から入るっていうのでどうや」
堂本剛「それでいこ」
そろそろと動き出す堂本剛。
芝居小屋。
舞台で踊っている健。
踊りながら客席の様子を気にしている。
昌行の店。
格子窓にもたれて中条が立ち、中の昌行と話している。
中条「話は聞いたかい」
昌行「はい。組みますか」
中条「そうするしかねえようだ。やってみてくれ」
昌行「はい」
中条「俺は、上方へ行ってみることにした。今、向こうは手薄だろう。向こうにちょっかいだしてやれば、連中は帰るかもしれねえ」
昌行「網が張ってあるという話ですよ」
中条「ああ。しかし、このまま袋の鼠でもいられめえ。ただ、裏に通じた案内がいると助かるんだが。ところで、かみさんは元気かい」
昌行「おかげさまで」
中条「そうかい。おかみさんのためにも、命を大事にしろ」
昌行「はい」
立ち去る中条。昌行は無言でその背中を見送る。
寺。
准が境内に足を踏み入れると、中から棒を持ったパンチが出てくる。
パンチ「何だてめえは」
准「ちょっと中の人に用があるんや。入らしてんか」
パンチ「そいつはできねえ相談だな」
准は無言で腕を振り上げ、石を投げる。
パンチは棒を構えてそれを打ち返す。准がまた投げるとパンチが打ち返す。
寺の裏。堂本剛が足音を忍ばせて裏口から入る。
寺の境内。
准が石を投げるとパンチが打ち返す。投げる、打ち返すの繰り返し。
寺の中。堂本剛が光一を縛った縄を切り、助け起こす。
剛「だいじょうぶか」
無言で頷く光一。
寺の境内。
准一が最後の石を投げるが、パンチは簡単に打ち返す。
パンチ「もう終わりか。じゃあ、今度はこっちからだ」
パンチは足元の石を拾い上げると、ノックの要領で准めがけて石を打つ。横っ飛びによける准。
寺の裏。
光一に肩を貸して出てくる堂本剛。
寺の境内。
パンチは次々に石を打つ。逃げまどう准。
寺から離れていく堂本剛と光一。堂本剛は寺の境内の方を気にしている。
寺の境内。
寺から離れた堂本剛と光一の姿が准の目に入る。
准はにやりと笑うと、懐に手を入れる。
パンチ「ほれ、今度はどうだ」
パンチがまた石をノックすると、准はそれをかわし、腕を振る。
パンチ「ウワッ」
うずくまるパンチ。その太股には銭が食い込んでいる。
准「遊びはこれまでや。今度は顔」
慌てて顔を覆うパンチ。
准「と言いたいところやけど、銭がもったいないよって、勘弁したるわ」
と言うと、背を向けて歩き出す。パンチはその後を追おうとするが、足の傷が痛んで歩けない。
寺から離れていく准。隠れていた定岡が現れ、その後をつけていく。
よろよろと歩いている堂本剛と光一。その後をデーブがつけている。
蕎麦屋。
前掛けをし、盆に載せたどんぶりを運んでいるまりや。
裏手では、鶴吉が桶を運んでいる。
裏通り。
光一を支えた堂本剛と准が落ち合う。
准と堂本剛が光一を両側から支えて歩き出す。
離れたところからその様子をうかがっているデーブと定岡。
芝居小屋の楽屋。
化粧を落としている健。
座員の話し声が聞こえる。
「今日は、あの目つきの悪い客は来てなかったね」
「そんなこと言うもんじゃないよ、大事なお客なんだから」
夕方。
博の長屋の井戸端。
仕事から帰ってきた博とお蘭。
お蘭「じゃ、おいらはまりやさんのとこに行くから」
博「ああ、気をつけて行け。最近物騒だからな」
お蘭「うん」
博は素っ気なく自分の部屋にはいる。それをみてお蘭は口をとがらせる。
戸を開けて自分の部屋に入った博。驚いて目を見張る。
博「お前ら……」
中には、横たわっている光一と、それを介抱している堂本剛と准がいる。
准「悪いけど、あがらしてもらいました」
博は堂本剛と光一に目をやる。剛は黙って頭を下げる。
准は光一を指さし、
「この男を見てやって欲しいんや。たしか、医者の心得もあるちゅう話やったから連れてきたんや」
博は光一のそばにより、体の傷を見て顔をしかめる。
博「だいぶ痛めつけられてるな」
准「棒で殴られたそうや」
腕を組む博。
博「わざわざ俺のところに来た、ということは、訳ありなんだろうな」
頷く准。
博「つけられなかったろうな」
准「たぶん」
博「たぶんじゃ困る」
不安そうに博と光一を見比べる堂本剛。
長屋の外。
風呂敷に包んだ荷物を持って出かけるお蘭。
離れたところからデーブと定岡が見ている。二人は頷き合い、デーブがお蘭の後をつけて歩き出す。
(続く)
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