(第2回)

 小料理屋の裏。魚に串を刺している剛。そのわきに准がしゃがんでいる。
准「どないしよ」
 剛は手を休めずに、
「しばらく鳴りを潜めるしかないだろう」
准「上方で何があったんやろな」
剛「お前に分からねえのに、俺に分かるわけねえだろう。じゃあな」
 剛は、そう言うと、魚を載せたざるを手に店に入る。縄暖簾を透かして、調理場の向こうに客のいるところが見える。隅に座っている男(デーブ大久保)が、じっと調理場の方を見ている。

 快彦の長屋。
 帰ってきた快彦が自分の長屋に入ろうとすると、まりやと子供も後から入ろうとする。
快彦「どういうつもりだ」
まりや「好きにしてるだけさ」
快彦「いいかげんにしろ」
まりや「だって、行くとこないんだもん」
快彦「それは俺のせいじゃねえだろう」
まりや「あたいたちがどうなってもいいって言うんだね」
快彦「ああ、そうだよ」
 快彦は、まりやの鼻先でぴしゃりと戸を閉める。それを見たまりやは、子供に、
「思い切り泣いてごらん」
 子供は頷くと、突然、思い切り声を張り上げて泣き叫び始める。
 何事かと、近所のおかみさん連中が顔を出す。まりやはそれを確かめてから、快彦の長屋の戸をたたき、大声で、
「ねえ、お願いだからさ、入れておくれよ。ねえってば」
 慌てて戸を開ける快彦。
快彦「何のまねだ」
まりや「あたいたちを見捨てるつもりなら、ここで死んでやる」
 おかみさん連中は驚いて顔を見合わせる。それを見た快彦、
「わ、わかった。とにかく入れ」
とまりやと子供を中に押し込み、おかみさんたちに、
「い、いやあ、何でもないんですよ」
と笑って見せ、引っ込む。

 芝居小屋。
 化粧をしている健。
 役者や裏方たちの話し声が聞こえる。
「上方の二人、急に帰ったそうだね」
「ほう、そりゃあ、助かる。これでお客も戻るだろう」
 健の手が止まる。
「でも、何でまた急に」
「江戸も最近ぶっそうだし」
「将軍様のお膝元がこれじゃあ、どこいったって物騒だろう」
「違えねえ」
 じっと聞いている健に声がかかる。
「健さん、手を止めないで。ただでさえあんたは化粧に時間がかかるんだから」
 慌てて手を動かし始める健。

 快彦の長屋。
 畳の上にあぐらをかいている快彦。土間に突っ立っているまりやと子供。
快彦「お前ら、ほんとに行くとこねえのかよ」
まりや「あるもんか」
快彦「お前、名前は何ていうんだ」
まりや「あたいは『まりや』さ」
快彦「まりや、って、お前その名前やばくねえか」
まりや「しょうがないだろ。鞠屋の前で拾われたからまりやなのさ」
快彦「拾われた……」
まりや「ちゃんと親兄弟があったら、スリなんかしてるもんか」
快彦「じゃあ、その子供は」
まりや「これはあたいが拾ったんだ。鶴屋っていう店の前で拾ったから、鶴吉さ」
快彦「お前が育ててるのか」
まりや「そうだよ」
 考え込む快彦。

 貸本を担いで歩いている准。
 天水桶の陰から、剛と光一が現れる。二人とも旅姿。立ち止まる准。
剛「どうや、一緒に行かんか」
准「言ったやろ。俺は江戸で人を捜しとるんや」
光一「どんな人やねん」
准「そんなん、お前らには関係ないやろ」
剛「俺ら、今日、江戸から出る。これが最後やで」
准「勝手に出ていったらええがな。俺は江戸におる」
 そう言うと准は貸本を担いで歩き出す。
 それを見送る剛と光一。

 快彦の長屋。
 一番はずれの空き家(「大飯食らい」参照)の前に大家と快彦たちがいる。近所のおかみさん連中は、井戸のところに固まって興味深そうに見ている。
 大家が戸を開けて、まりやに中を見せる。
大家「ちょっとの間でいいなら、ここを使いなさい。ちょっと死人が出たんで、気味を悪がって、人が入らないんだよ」
まりや「いいんですか。ありがとうございます」
快彦「でも、兄弟二人が死んだ部屋だぜ。化けて出るかもしれねえぜ」
 大家が困った顔で快彦を見る。まりやは笑って、
「平気さ。何かあったらあんたの部屋に行くから」
快彦「それは勘弁してくれ。そういや、ここは、仲のいい兄弟が使ってたんだから。お前らなら大丈夫だ」
大家「じゃあ、わたしはこれで」
まりや「ありがとうございました」
 丁寧に頭を下げて見送るまりや。
 快彦は、大家の姿が見えなくなると、
「じゃ、俺はこれで」
 慌ててその袖を握るまりや。
「ちょっと待っとくれよ」
快彦「何だよ。住むとこは世話したんだから、もういいだろう」
まりや「でも、布団も何もないし……」
快彦「二人で抱き合って寝ろよ」
まりや「でも、飯だって……」
快彦「お前、金持ってねえのか」
 頷くまりや。
快彦「分かった、米と釜を貸してやる。薪もやる。それでいいだろ」
まりや「でも、あたい、炊き方知らないもん」
快彦「今まで飯はどうしてたんだよ」
まりや「買うか……盗むか……」
 頭を抱える快彦。

 小料理屋。
 調理場で、剛が魚に串を打っていると、主人が来る。
主人「剛さん」
剛「へい」
 主人の方へ向き直る剛。
主人「お前さん、たしか親兄弟はないんだったよね」
剛「へい。兄弟はございませんし、ふた親には死に別れまして。何か」
主人「いやね、何だかお前さんが親戚のような気がするなどといって、お前さんのことをあれこれ聞いたお客がいるんだよ。他人の空似だろうって答えておいたんだけどさ。どこに住んでるなんてことまで聞くんでちょっと気になってね」
剛「あっしのことを……」
主人「心当たりはないかい」
剛「江戸には親戚はないはずですが」
主人「そうかい。きっと勘違いだろう。いや、悪かったね」
 去っていく主人。
 険しい顔で手にした串を見つめる剛。

 快彦の長屋。
 おかみさん連中に混じり、井戸端で米をといでいる快彦。
 おかみさんが話しかける。
「あら、あの娘さんは」
快彦「あいつに食わせるためにといでるんだよ」
「とんだ嫁さんだね」
快彦「嫁じゃねえよ」
「嫁さんじゃなくたってねえ」
「あたしだったら、こんないい男に飯の用意させるようなことはしないね」
「ほんと、うまいもんつくってあげるのに」
 勝手に盛り上がっているおかみさん連中をよそに、憮然とした表情で米をとぐ快彦。

 昌行の長屋。
 井戸端でお和歌やおかみさん連中が野菜などを洗っている。
 離れたところからそれを見ている男の後ろ姿。
 昌行が帰ってきてお和歌に声をかけているのが見える。それを見て、男は物陰に隠れる。
 昌行が、人影が動いたのに気づき、目を向ける。一瞬男の顔が見えたらしく、驚いて駆け寄ろうとする。しかし、昌行が男のいた場所に来た時には、もう誰もいない。
昌行「まさか……」
 あたりを見回す昌行。
 お和歌やおかみさん連中が怪訝な表情で昌行を見ている。

 朝。博の長屋。
 出かける用意をしている博。そこへ快彦が駆け込んでくる。
 博はハッとして立ち上がる。
博「どうした」
快彦「た、助けてくれ」
 博は裸足のまま土間に飛び降り、外の様子をうかがう。
博「追われてるのか」
快彦「そうじゃねえ。女だ」
博「女?」
 快彦は博に向かって手を合わせ、
「頼む、手軽屋だろ、何とかしてくれ」

 通り。
 屋台でぶっかけ飯を掻き込んでいる准。
 誰かに見られているような気がして振り向くが、誰もいない。

 博の長屋。
 座っている博と快彦。上がりがまちにお蘭。
博「つまり、その女の面倒を見て欲しいと」
お蘭「自分で教えてやりゃあいいじゃないか」
快彦「冗談じゃねえ。女に飯の炊き方なんぞ教えていられるか。それに、それだけじゃねえ、布団も鍋も何もねえ。一通りそろえてくれ」
博「二人分だね」
快彦「できるだけ安く頼む」
お蘭「夕べはどうしたの。寒かったよ」
快彦「二人で抱き合って寝ろって言ったら、寒くて眠れねえから俺の布団に入れてくれなどと言いやがる」
 目をむくお蘭。
博「で、どうした」
快彦「しょうがねえから」
博「しょうがねえから、どうした」
 身を乗り出す博。
快彦「俺の布団を貸してやって、俺は一晩中震えてた」
 吹き出すお蘭。快彦がにらみつけたので、慌てて笑いを抑える。博もニヤニヤ笑う。
博「分かった。とにかくやってみよう。必要なものをそろえて、炊事の仕方を教える、と」
快彦「できるだけ安く、な。布団は一組でいいよ」
博「分かった」
快彦「俺は、とにかく仕事を探すから」
博「いよいよ傘張りじゃ食えなくなったか」
お蘭「いきなり子持ちになるんだもんねえ」
快彦「子持ちじゃねえ」
お蘭「あ、弟だっけ」
 快彦ににらまれ、舌を出すお蘭。
快彦「あの女の仕事だよ。何かしなくちゃ食って行けねえだろう」
 博はにやりと笑い、
「なるほど、そりゃそうだ。しかし、何でそこまで面倒みるんだ」
快彦「そ、そりゃあ……あれだよ。義を見てせざるは勇なきなりって言うだろう」
 顔を見合わせて笑う博とお蘭。快彦は真っ赤になっている。
博「まあいいや。昼までは先約があるから、それから行くよ」

 昌行の髪結いの店。
 貸本を見せている准。昌行は一冊手にとって眺めながら、
「そっちもか」
准「どうも変なんや。俺らのこと探っとるらしい」
昌行「お互い、しばらくはおとなしくしてたほうがよさそうだな。お前は上方に帰ったらどうだ」
准「それが、どうも上方の方がもっとやばいらしいねん」
 顔を上げる昌行。
昌行「上方が」
准「そうなんや。上方から来た連中が言うとった。江戸にもおられんから逃げる言うとった」
昌行「誰に聞いた」
准「そら言えん」
昌行「そう言やあ、最近、上方小僧なんてのがいたな」
准「……」
 昌行はパタンと本を閉じ、
「まあいい。お互い、何があっても知らん顔をしよう。組むのは、お互いにとって都合のいいときだけだ。分かってるな」
 頷く准。

 快彦の長屋。
 一番端のまりやの長屋に、荷物を抱えた博とお蘭が入っていく。
博「井ノ原さんから頼まれてきました」
まりや「あら、ありがとう」
 博とお蘭は荷物をほどき、鍋や釜、食器などを取り出す。さっそく鶴吉がいじりだす。
博「布団は後でまた用意します。その間、お蘭が飯の炊き方を教えますから」
お蘭「よろしくね」
 まりやはお蘭に見つめられ、気圧されたように、
「う、うん」

 小料理屋の裏。
 串を洗っている剛。そのわきに准がしゃがみ込んでいる。
剛「むこうもか」
准「そうなんや。ほんまやばいことになりそうやな」
剛「健のところはどうだ」
准「最近、目つきの悪い客がいつも来とるらしい」
 准は不安そうにあたりを見回す。

 快彦の長屋。
 井戸端で、お蘭がまりやに米のとぎ方を教えている。鶴吉はそばでそれを見ている。
お蘭「こうやると、ほら、水が白く濁るでしょ。この水だけこうやって捨てるの」
 そう言いながら、釜の縁に手を当て、釜を傾けて水だけ捨ててみせる。
お蘭「はい、やってみて」
まりや「うん」
 まりやが真似をして見るが、急に傾けたために米がこぼれてしまう。
 慌てて拾うまりやとお蘭。
まりや「あたいにゃ無理かも」
お蘭「そんなことないよ。誰だった最初はできないんだから。第一、ご飯が炊けなくちゃ困るじゃない」
まりや「うん……」

 芝居小屋。
 舞台の上で、踊り終えた健が正座して客席へ向かって頭を下げている。
 客席にいる男の後ろ姿。
「健さまーっ!」
という嬌声とともにお捻りが飛んでくる。
 健は一度頭を上げるが、すぐに一段と深く頭を下げる。
「チッ」
と舌打ちする男(定岡正二)の横顔。

 まりやの長屋。
 かまどの火の様子を見ているお蘭とまりや。
お蘭「はじめはこうやって弱火でね。さ、今度はお味噌汁だよ」
まりや「うん」
 まりやは感心してお蘭の顔を見る。

 芝居小屋。
 幕が下りた後の舞台。見習いがお捻りを拾い集めている。
「相変わらず健さんの人気はすごいねえ」
 健は舞台後ろの幕を調べている。
 幕には細い手裏剣が一本刺さっている。無言でそれを引き抜く健。すぐに懐にしまう。
「健さん、どうかしましたか」
健「ここ、穴があいてるよ」
 見習いが寄ってきて、
「おや、ほんとうだ。踊ってて気づきなすったんですか」
健「うん、回ったときに目に入ったんだ」
「さすがですねえ」
 健は無言で手裏剣を抜いた穴をさする。

 まりやの長屋。
 食事をしているまりや、鶴吉、お蘭。ご飯にみそ汁、漬け物。ご飯には焦げ目が目立つ。
お蘭「上手にできたね。おいしいだろ」
と、鶴吉に言うと、鶴吉は、
「うん」
と頷いて掻き込む。
お蘭「明日は煮物も作ってみようね」
まりや「うん……」
 まりやは少し考え、
まりや「あんた、縫い物もできるかい」
お蘭「できるよ。手軽屋だもん、たいていのことはできるさ」
まりや「読み書きも?」
お蘭「うん」
まりや「そうなのか……」
お蘭「今度、手習いの道具も持ってこようか」
まりや「うん……」
 何か考えているようすのまりや。鶴吉は無心に食べている。

(続く)