「おもいっきり講釈」の小屋。みのと稲荷が客の前にいる。
みの「さあ、下野稲荷、何か先のことがわかるかな」
 稲荷、あまり話したくなさそう。みの、客に気づかれないように稲荷をにらみつける。稲荷、そのみのの顔を見て、
「やっぱり、西の村ね。乾物屋の。あそこ、あぶない」
みの「どうすれば災難から逃れられる」
稲荷「そりゃ、お祓いでしょ。お祓いすればいいの」
みの「なんでもお祓いですむのかね」
稲荷「たいていは大丈夫。死んだ人は生き返んないけどね」
 みの、客席に向かい、
「さあ、下野稲荷を信じるかどうかは皆さん次第。子供の病気、亭主の浮気、相談のある人は後でこっそり来てください。今日はこれまで」
 お和歌、真剣な顔で聞いている。客の中にはお蘭も混じっている。

 西村屋の座敷。博、快彦、お蘭、西村がいる。
お蘭「やっぱりここが危ないって言ってた」
博「怪しいな」
快彦「今晩あたり、くるかな」
博「多分な」
 西村、不安そうな顔。博、西村の方へ向き直って、
「今夜は二人で番をします。皆さんは奥にいてください。お蘭、お前も皆さんと一緒にいるんだ」
 緊張した面もちで頷くお蘭。

 昌行の長屋。夕食をとっている昌行とお和歌。昌行、納豆を飯にかけ、複雑な顔で食べている。
お和歌「あんたさ、あたしに何か隠してないかい」
昌行「隠すって何を」
お和歌「だって、時々帰ってこないことがあるじゃないか」
 昌行、一瞬けわしい目つきになるが、すぐにそれを隠し、
「俺がよそに女でも作ってるとでも思ってるのか」
お和歌「女じゃなくてさ。あの手軽屋の博さんて人とほんとに何もないのか」
 昌行、あきれた顔で、
「ばかなこと言うんじゃねえよ。何でそんなこと言い出すんだよ」
お和歌「だって、何か隠してるって言われたんだもん」
昌行「誰に」
お和歌「下野稲荷……」
昌行「何だそりゃ」
お和歌「よく当たるお稲荷様がね、あんたの亭主が何か隠してるって言うから」
昌行「お前、わざわざ銭出して占ってもらったのか」
 お和歌、黙って頷く。
昌行「お前な……。おもいっきり何とかとか、お稲荷様とか、もう勘弁してくれよ。いくら体のためだって、こんな、なんにも入れてねえ納豆と胡麻で飯食わされてたら、かえって具合が悪くなっちまうよ。せめて納豆には醤油ぐらい入れてくれよ」
 お和歌、一瞬しゅんとしたが、すぐに反撃に転じ、
「何だって。あたしがお前さんのために気を配ってるのが気に入らないっていうのかい」
昌行「そ、そういう訳じゃないよ」
お和歌「だったら文句言うんじゃないよ!」
昌行「わかったよ。黙って食べるよ」
 昌行、お和歌ににらまれ、小さくなって飯を口に運ぶ。

 西村屋。
 雨戸を閉めてある店先。博が一人、興味深そうに鰹節などを見ている。土間には水を入れた手桶がいくつも置いてある。
 裏庭。快彦が廊下で膝を抱き、ぼんやりと庭を見ていたが、庭のむこうの塀の方からかすかな物音が聞こえたので、足音を忍ばせて塀の方へ行く。
 快彦が塀の下から見ていると、黒ずくめの男が塀の上から中をのぞき込む。快彦、男がこちらの乗り出してきたら捕まえようと身構えるが、男、塀の向こうにいたまま石を取り出し、座敷の方へ投げる。音がして、障子に穴があく。

 奥の部屋にいたお蘭。その音を聞きつけ、満里奈たちには唇に指を当てて見せ、一人だけ様子を見に裏へ行く。

 男、続けて石を投げる。快彦、男が入ってこないので、そっと移動し、くぐり戸を開けて外へ出ると、
「何のまねだ」
と、怒鳴りつける。男、びっくりして踏み台から飛び降り、快彦を見ると逃げ出す。
快彦「待ちやがれ」
と、後を追う。ちょうど裏へ来たお蘭、
「くせ者だ!」
と声を上げる。
 店の方にいた博、音を聞きつけ、裏に向かって廊下を走るが、途中で思い直して店の方へ引き返す。店に戻ると、雨戸の隙間からちらちら光が見える。あわてて雨戸をはずすと、火がつけられている。用意して置いた手桶の水をかける博。
 火が消えたところへお蘭が来る。
「裏にくせ者がでたんだよ」
博「それは俺たちをそっちに行かせるためのおとりだ。ねらいはこっちだったんだ」
と、焦げた雨戸を指さしてみせる。そこへ雅彦、満里奈も出てくる。少し遅れて快彦が戻り、
「だめだ、逃げられた」
 博、雨戸を指さし、
「明日はもう一人必要だな」
 そこへ、男が入ってくる。
「邪魔するぜ」
 見ると、十手を手にした岡っ引き(柄本明)。
「火が見えたようだが」
 西村が、事情を説明しようとそばへ行くと、柄本は西村を無視して、博のそばへ行き、
「いい男だなあ」
と、にやりと笑う。博、身をすくめる。

 翌日の夕方。西村屋の店先。
 みのと稲荷が土間に立ち、西村が相手をしている。博は奥で聞いている。
みの「いわんこっちゃない。火事になりかけたでしょう。このままでは大変なことになる。この下野稲荷にお祓いをしてもらいなさい」
 きょろきょろしていた稲荷、みのにつつかれて頷く。
西村「いや、自分の身は自分で守ります。お祓いなど無用。ご用聞きの旦那にも事情は話してあります。お前さんが妙なことをすると、手が後ろに回ることになりますぞ」
みの「ほう、脅しているつもりかな。人が親切で言ってやっているのに。二十両の金を惜しんで身代をなくすことになりますぞ」
と言うと、稲荷を連れて出ていく。外で見ていた快彦、二人の後をつけて行く。
 店には、入れ替わりに柄本が入ってくる。
「その後、様子はどうでい」
西村「たった今出ていったのが、例の講釈師でして」
と、話しかけるが、柄本全く聞いていない。
柄本「ゆうべの若いのはどうした」
 それを聞いた博、驚いて、足音を殺して奥へ行く。
 柄本が奥を気にしていると、お蘭が昌行を連れて入ってくる。
お蘭「兄貴、連れてきたよー」
 柄本、昌行を見てにっこり。昌行、わけが分からないが、十手を見てとにかく頭を下げる。
柄本「これもまたいい男じゃねえか」
と言うと西村に向き直り、にやにやしながら、
「西村屋、おめえも隅に置けねえな」
 返答に困る西村。

 かつては大店(おおだな)の寮(別宅)だったような建物。みのと稲荷が入っていく。物陰からそれを見ている快彦。

 縁の下の快彦。上からの声に耳を澄ませている。上の部屋の中が映ると、みのが上座に座り、その横に稲荷。前には手下らしい男が五人、あぐらをかいて座っている。
みの「あの西村屋のやろう、いきがりやがって。何としても今夜は火を出させるんだ」
 そこへ稲荷が口をはさむ。
「あ、あの、火をつけるのはよくないと思うのね」
みの「生意気な口きくんじゃねえ。俺に逆らうともう油揚げは食わせねえぞ。まさかおめえ、逃げようなんて思ってねえだろうな。おめえを拾って江戸に連れてきてやった恩を忘れるんじゃねえぞ」
 稲荷、黙って恨めしそうな目でみのを見る。

 西村屋の座敷。西村が前に座り、その前に昌行、博、快彦が並んで座って夕食をとっている。
 焼き魚や煮物などをおかずに、がつがつ食べている昌行。あきれて見ている西村。給仕の女中は笑いを抑えるのに必死。ちょっと困った表情の博、小声で昌行に、
「どうしたんだよ。何日も食ってなかったわけじゃあるまいし」
 昌行、はっと我に返り、
「こんなに味のある夕飯は久しぶりなもんで」
と、恥ずかしそうな照れ笑い。
「さ、そろそろ先手を打ちに行こうか」

 夕日の当たる西村屋の裏庭。障子の陰で様子をうかがっていお蘭。手には麺棒と鍋の蓋を持っている。

 日が暮れていく町を行く昌行、快彦、博。

 物陰に隠れて西村屋様子を見ているつもりの柄本。通りかかる人は不審に思ってじろじろ見ていく。

 みののいる座敷。みのは酒を飲み、稲荷は油揚げを食べている。酔ってきたみの、稲荷にからむ。
「このやろう、狐のくせに人様とおなじかっこうしやがって。狐なら狐らしくしてろ」
稲荷「でも、この格好しろっていったのは……」
みの「口答えするんじゃねえ。狐のくせに」

 みののいる家の木戸を通る昌行、快彦、博。
 三人、音もなく忍び込み、話し声の聞こえる部屋の前に立つ。

 東の空に顔を出した満月。

 みの、手下たちに、
「さて、日も暮れたし、それそろ仕事にかかれ」
 手下が返事をして立ち上がったとき、ふすまが少しだけ開く。
「何だ」
と、手下の一人が声をかけると、筒の先が差し込まれる。
「ふざけやがって、何のまねだ」
と一人がそちらへ向かうと、フッと音がし、その男は首筋を押さえてうずくまる。座敷にいた男たち、稲荷以外は全員立ち上がる。ふすまはまた閉められる。
 手下が二人、互いに目配せすると、ふすまの両側に立ち、手を伸ばして一斉にふすまをあける。しかし、向こうは暗く、誰もいないように見える。二人が足を踏み入れると、両側から手が伸びてふすまの陰に引きずり込まれる。ふすまの両側にいたのは快彦と昌行。それぞれ男を絞め落とす。
 部屋にはみのと稲荷のほかに手下二人が残っている。稲荷はただきょろきょろしているが、ほかの三人はおびえ始めている。
 みの、手下に向かって、
「行け、やっちまえ」
と怒鳴りつける。二人が渋々立ち上がり、昌行と快彦がいる方へそろそろ近づいていくと、みのは反対側のふすまを開けて逃げようとする。しかし、ふすまを開けると博がそこに立っていて部屋の中に押し戻される。
 手下のうち一人は快彦に斬りかかる。快彦はすっとかわすと、相手の右手をとらえ、脇固めに入る。ぐっと力を入れるとぼきっと音がし、手下は右肩を押さえてのたうちまわる。
 昌行は、自分に向かって来た男を抱きかかえるようにして後ろに回り込み、カミソリで元結い(まげを結んである糸)を切る。手下の頭はざんばら髪になり、髪が目にかかって前が見えなくなる。昌行の手から逃れた手下、髪をかき上げて視界を確保しようとしたところを腹を蹴られ、うずくまる。昌行、片手で手下の両手のつかみ、ばらばらになった髪で手際よく両方の親指を縛る。手下、自分の頭に両手をつけたかっこうで転がる。

 博に押し戻され、しりもちをついていたみの、三人の様子をきょろきょろ見ていたが、三人が自分の方へ来たので後ずさり。稲荷はぼうっとして見ている。
みの「やめろ、やめてくれ。な、金ならやる」
快彦「どうせ人を脅してためた金だろう」
博「そこの稲荷ってやつもぐるになってな」
 稲荷、慌てて首を横に振る。昌行、そばに立てかけてある「おもいっきり講釈」の旗を見て、
「こいつが……」
と言うと、みのの襟首をつかんで引きずり起こし、
「てめえだけは許さねえ。てめえのおかげで俺がどんなめにあわされたか……」
と、しめ上げながらみのを揺り動かす。みの、言葉もなく昌行の手を押さえるばかり。
 昌行、ふところからカミソリを出すとみのの首筋に当てる。みの、首をすくめ、小刻みに顔を横に振る。
昌行「こいつ、こいつのせいで……」
 博が慌てて昌行を止め、
「おい、何だか知らないけど、殺しちまうほどのことはないだろう」
 昌行、ムキになり、みのの襟をつかんだまま、
「でもな、こいつがつまらねえことをべらべらしゃべりやがったおかげで、俺は、俺は……」
 みの、真っ青になって震える。
 博、ほかのことに気を向けさせようと、稲荷を指さし、
「こいつはどうしようか」
 稲荷はどうしていいかわからず、あちこち視線を移している。
快彦「そいつはどうやら脅されていただけらしい。勘弁してやろう」
 それを聞いた昌行、みのを放り出し、
「とんでもねえ。勘弁できるもんか」
とカミソリを振りかざす。放り出されてしりもちをついたみの、さっと立ち上がって逃げようとする。昌行が慌てた時、稲荷がみのをにらむと、みのは何かに足を取られたかのように転ぶ。そこを昌行が押さえ、カミソリで元結いを切る。昌行、みのを転がして馬乗りになると、
「本当なら二度と口をきけなくしてやりたいところだ」
と言って一発殴りつけ、みのの片足をつかんで無理矢理頭の方へ持っていき、足の親指を乱れた髪で縛る。ついでみのの帯をほどくと、それで後ろ手に縛り上げる。みの、片足を頭につけ、両手を後ろに回した格好で転がり、苦しそうにうめき声を上げる。
 昌行立ち上がるが、まだ怒りが収まらずみのをにらみつける。
 博が、まあまあとなだめるように肩をたたき、快彦に頷いてみせ、歩き出す。快彦と昌行が続くと、稲荷も後について歩き出す。

 家の外。満月があたりを照らしている。
快彦「お前はどうするんだ。ここにいると捕まるぞ」
稲荷「あ、あの、下野に帰ります」
博「それがいいだろう。一人で帰れるのか」
稲荷「だいじょうぶ。油揚げが食べたくて一緒にいただけだから」
 昌行はまだにらんでいる。稲荷、昌行に向かってぺこりと頭を下げ、
「変なこと言ってごめんね」
と言うと歩き出す。昌行、その後ろ姿をじっとにらんでいる。その昌行を置いて博と快彦が反対側に向かって歩き出すが、昌行が、
「おい、あれ」
と、二人の肩をつかんで引き留め、歩いていく稲荷の方を向かせる。見ると、満月の光で稲荷の影が地面にくっきりうつっているが、その影の形はまぎれもなく後ろ足で立っている狐の形。影には立派なしっぽもある。驚いて目を見張る三人。
 稲荷はその気配に気づいて振り向き、三人の視線の先の自分の影を見て、「しまった」というように舌を出す。それから三人を振り向き、照れくさそうに、
「あ、あは、ばれちゃったね。じゃあね」
と言うと、ぱっと姿を消す。
 ぽかんと口を開けている三人のアップ。

 というわけで、「下野稲荷」一巻の終わりでございます。
 次回は、SMAPのあの人が、あの女性と夫婦役でゲスト出演します。
(hongming 98.8.15)

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