昌行の長屋。昌行の前の膳には豆腐の皿がのっている。
昌行「今日は奴(やっこ)か」
お和歌、飯をつぎながら、
「そうだよ。お前さん、豆腐好きだろ」
昌行「醤油は?」
お和歌「あんたのお醤油は、なし」
昌行「何でだよ」
お和歌「あのね、あまり塩けのあるもの食べちゃ体に悪いんだってさ」
昌行「いくら醤油に塩けがあるったって……」
用意を終えたお和歌、自分の膳に向かって座る。
お和歌「お前さんの体のためなんだからね」
と言うと、突然目を潤ませ、
「だって、お前さんに何かあったら……」
と言って昌行を見つめる。昌行、ちょっと感動して、
「何かあったら?」
お和歌「あたし、今までみたいに毎日遊んでいられないじゃないか」
昌行、小声で、
「とんでもねえ理屈だな」
お和歌「何だって」
昌行「いや、何でもねえ」
見ると、お和歌の膳には漬け物もある。
昌行「何でお前だけ漬け物があるんだよ。それだって塩辛いだろう」
お和歌「あたしはいいんだよ。もし寝たきりになったってお前さんに世話してもらえばいいんだから。はい、いただきます」
と言うと、自分の豆腐には醤油をかける。
昌行、何もかけてない豆腐を一口食べ、ため息をつき、
「一体誰が、塩けのあるものが悪いなんて言ったんだよ」
お和歌「おもいっきり講釈の先生さ」
空き地に簡単に囲った小屋。入り口には、「おもいっきり講釈」という旗が立ててある。
中の客はほとんど中年のおかみさん連中。それに混じってお和歌も熱心に講釈師の話を聞いている。
講釈師(みのもんた)、客の顔を見渡して、
「皆さんわかりましたか。美容には胡麻ですよ胡麻。ね、毎日胡麻を食べればお肌もツルッツル。それこそ年もゴマかせるって寸法だ」
受けている客席。おかみさん連中、笑いながら頷いて聞いている。
(下野=今の栃木県)
大通り、博が荷物を載せた大八車を引き、お蘭が後ろを押している。
博、茶店を見つけ、
「おい、あそこで一休みしようぜ」
お蘭「あいよ」
二人は茶店へ行く途中、乾物屋の前を通る。二人が通った後、のれんを掲げて二人の後ろ姿を見る女の後ろ姿。女が顔を出したのを見て、店の前から立ち去る男。
「おもいっきり講釈」の小屋。
みの「さあ、次は新企画、神秘のお稲荷さんだ。お稲荷さんたってただの置物じゃないよ。生きてるお稲荷さんだ。え、ただの狐だろって? そんなんじゃない。見かけは人間だ。捕まったのは下野は那須の山中。名付けて下野稲荷(しもつけいなり)。那須っていったら何を思い出す?」
客の一人「那須与一!」
みの「そうね、それも那須だけど」
別の客「九尾の狐!」
みの「お、おかみさん、よく知ってるね。大したもんだ。その九尾の狐の子孫じゃないかっていうくらいすごい。何しろこれから先のことがわかるってんだから。実はね、ここだけの話、特に火事や押し込みはよく当てる。こないだの火事だって当てたんだから。このお稲荷さんの話を信じた人だけが助かった。これ、ほんとの話。今までは人前に出さなかったけど、せっかくだから皆さんのお役に立ちたいと、公に姿を現すことになりました。さあ、さっそく入ってもらいましょう。下野稲荷、こちらへ」
袖から舞台に入ってきたのは、白い着物を着て、作り物の耳を頭につけた男(つぶやきシロー)。鼻のわきにはヒゲがかいてある。稲荷、ちょっとおどおどした様子で、用意された腰掛けに座る。
みの「さあ、まずは神通力をご覧に入れよう」
と言うと、台の上に木の葉を置く。
みの「はい、この下野稲荷が、手をふれずにこの葉っぱを動かしてご覧に入れます」
稲荷が木の葉に指を向け、上へ動かすとそれにつれて木の葉も宙に浮く。客席どよめく。
博とお蘭、並んで団子を食べている。
博「お前、このままでいいのかい。親兄弟はどうなってるんだよ。娘がそんな男みたいなかっこうで手軽屋なんかやってて、見たら驚くだろ」
お蘭「親兄弟なんていないよ。それに、おいら、女はやめたんだ」
博「まあ、縁談のことでいろいろあったんだろうけど……」
お蘭「おいらがいると迷惑かい」
博「そういうわけじゃねえ。しかし、俺はお前のことを、どこかのお嬢さんだったってことしか知らないし」
そこへ駆け寄る女の後ろ姿。お蘭に声をかける。
「お蘭ちゃん。お蘭ちゃんでしょ」
お蘭、女を見て驚き、立ち上がる。
「満里奈ねえさま!」
抱き合うお蘭と女(渡辺満里奈)。博は驚いて見ている。
満里奈、体を離してお蘭の格好をつくづくと眺め、
「一体どうしたの、その格好」
お蘭「えへへ。女はやめたんだ」
満里奈「やめたって……」
と言うと、博を見て、
「そちらの方は?」
お蘭「兄貴分なんだ」
博、立ち上がり、
「手軽屋の博と申します。お蘭さんの身内の方ですか」
お蘭「いとこなんだよ」
満里奈、胡散臭そうに博を見て、
「満里奈と申します。お蘭ちゃんに会ったのはもう十年ぶりぐらいなのですが。一体どういうことなんでしょうか」
と博に尋ねる。
博「わたくしも、一体どういうことなのさっぱり……」
武威六流柔術道場。
次々と相手を投げ飛ばす快彦。それを見ている門弟たち、小声で、
「最近荒れてるな」
「神取さんがいなくなったことと関係あるのかな」
「まさか」
乾物屋の座敷。満里奈とお蘭が向かい合って座っている。涙ぐんでいる満里奈。満里奈は一歳くらいの子を抱いている。
満里奈「そうだったの。みんな病でなくなっていたなんて……。一人で大変だったのね。江戸に来てたならうちに来てくれればよかったのに。そんな格好までして、たいへんだったでしょう」
お蘭「人に頼らないで生きて行くことにしたの。それに、もう女はやめたんだ」
満里奈「またそんなこと言って。亡くなったおばさまは喜ばないと思うわよ」
お蘭の脳裏に、自害した母の姿が浮かび、唇をかむ。
満里奈「姉さん、亡くなる前に何か言い残していかなかった?」
お蘭「え、別にないよ。ただ、あたしを女に産まなければよかったかもって言ってた」
満里奈「そう……。ごめんなさいね。思い出させてしまって。ところで、あの手軽屋さんはどういう人なの」
お蘭の顔がぱっと明るくなり、
「いい人だよ。困ってるとき助けてくれたんだ。それで押し掛けて弟分にしてもらったんだ」
満里奈「ただそれだけなの?」
お蘭「それだけだよ。あー、何か変なこと考えてるな」
お蘭、ちょっと怒ったような顔をしてみせる。
満里奈「だって、ちょっとすてきな人だったから」
お蘭「うん、かっこいいよ」
お蘭の脳裏に、八名の屋敷で見た、ふすまの陰から外の様子をうかがっている博の横顔が浮かぶ。
「おもいっきり講釈」の小屋。
講釈師が下野稲荷に尋ねている。
みの「ほかには何かないかな」
稲荷「えと、火事がありそうなのね」
みの「そりゃ大変だ。火事が起こるってどこに起こる」
稲荷「あ、あのね、西の村なの」
みの「なんだそりゃ。江戸の西の村っていってもいっぱいあるぞ」
稲荷「ううん、そういう名前のお店」
みの「西の村……西村か」
乾物屋の店先。お蘭と、見送りにでてきた満里奈。二人がでてきたのを見て物陰に隠れる人影。
満里奈「いい、何か困ったことがあったらすぐうちに来るのよ」
お蘭「大丈夫だってば」
満里奈「お蘭ちゃんのためだけじゃないのよ。奥のことを手伝ってくれる人がいるとわたしも助かるし。今だってこのままうちにいて欲しいくらいなんだから」
お蘭「何かあったの」
満里奈「何だか人相の悪いのがこのあたりをうろついているらしくて。ちょっと不安なの」
お蘭「だったら用心棒を雇えばいいよ。博さんも強いし、強い知り合いがいるんだよ。連れてこようか」
満里奈「そう……。そうね。博さんていう人のことも知りたいし。一度話してみたいわ」
お蘭「わかった。言ってみる。じゃあね」
と言うと、手を振り、歩き出す。それを見送る満里奈。カメラが引いて、満里奈の立っている店先ののれんが映る。のれんには「萬乾物 西村屋」の文字。
物陰から様子を見ている男。
昌行の長屋。洗い物などをしているおかみさんたちに混じって包丁を研いでいる昌行。そこへお和歌が包みを持って帰ってくる。
お和歌「あら、あんた、早かったんだね」
昌行「ああ。今日のおかずは何だ。少しは味のあるものか」
お和歌「今日から毎日胡麻をかけて食べるからね」
昌行「胡麻?」
お和歌「そう、胡麻。胡麻を食べるときれいになれるんだって。お前さんだってあたしがきれいな方がいいだろ」
おかみさん「胡麻できれいになれるのかい」
お和歌「そうなんだって。肌なんかツルッツルになるらしいよ」
昌行「おれはツルッツルにならなくていいから、もっと食った気のするものにしてくれよ」
西村屋の座敷。快彦、博、お蘭を前にして主人(西村雅彦)が座っている。
博「では、店の周りを見回って怪しいやつがいたら引っ捕らえると」
西村「むやみに引っ捕らえるわけにも参りますまい。ただ、気を配っていただいて、何事もないようにしていただければよろしいので。相手も腕に覚えがあるかもしれませんし」
快彦「ばかにしちゃいけねえよ。俺より強いやつなんざ、そうはいねえ」
西村「しかし、刃傷というようなことになりますと」
快彦「いや、刀は使わねえ」
お蘭「この人は柔(やわら)の名人なんだよ」
西村「そうですか。それは心強い」
快彦「いやあ、それほどでも……」
そこへ、膳を持った女中を従え、満里奈が入ってくる。
「食事を持って参りました」
博「恐れ入ります」
満里奈、女中に指図して西村、博、快彦の前に膳を置くと、
「お二人の相手は主人にしてもらって、お蘭ちゃんは奥でわたしと一緒にいただきましょ」
お蘭「うん!」
台所の隣の部屋。食事を終え、お茶を飲んでいる満里奈とお蘭。お蘭は、満里奈の子を抱いてあやしている。
満里奈「すっかりなついたみたいね」
お蘭「うん。男の子なのに満里奈ねえさまにそっくり。なんだか……」
満里奈「なあに」
お蘭「なんだか、すごく小さい時にもこんなことをしたような気がする……」
じっとお蘭をみつめる満里奈。お蘭、満里奈の様子に気づかず、子をあやし続ける。
日も暮れ、西村屋から出ようとする博、快彦、お蘭。西村と満里奈が見送りに出ている。
満里奈「お蘭ちゃんは泊まっていけばいいのに」
博「それがいいよ。泊まりなよ」
お蘭「またそんなこと言っておいらを邪魔にする」
博「そうじゃないんだよ」
お蘭「おいら、絶対に帰るからね」
快彦、近寄ってくる人影に気づいて博の袖を引く。博が振り向くと、二人連れの男がやってくる。一人は講釈師のみの、一人は下野稲荷。
みの、ちょっと頭を下げると、
「こちらのご主人は」
西村「わたくしですが」
みの「実はわたくし、おもいっきり講釈というのをやっておりますが、こちら様に危難が降りかかろうとしておりますのでお知らせに参りました」
西村屋の中。土間に立って話をしているみの。隣には稲荷。その後ろに博、快彦、お蘭が立っている。西村と満里奈は帳場に座って聞いている。稲荷は店の鰹節などが気になってならない様子。
みの「と言うわけで、この下野稲荷が、こちらのお店に火事が起きると予言しております」
西村「縁起でもないことを。で、どうしろとおっしゃるので」
みの「簡単なことです。この下野稲荷がお祓いをいたします。それで危難はさけられます」
西村「お祓い、ですか」
快彦「祈祷料をがっぽり取ろうって魂胆だろう」
みの、快彦の方を振り向き、
「なにをおっしゃいますか。たったの二十両で火事にならずにすめば安いもの」
西村「二十両……」
みの、西村の方に向き直って、
「さよう。五両で火事は避けられます。もしこちらから火が出て近所に燃え広がればどうなるか、考えてもご覧なさい」
西村と満里奈、顔を見合わせる。満里奈、不安そうな顔。
西村「せっかくですが、常日頃から火の用心には気を配っておりますので、お祓いはお断りいたします」
みの、それを聞いて稲荷をつつく。稲荷、慌てて、
「あ、あの。火事にならなくても、もっと大変なことになるかもしれないの」
西村「大変なこと、とは」
稲荷「あ、あのね。ご主人に何かあったりとか、何かなくなったりとか、そういうことがあるかもしれない」
西村「いい加減にしてもらいたいね。お引き取り願おう。満里奈、塩だ、塩を持ってこい」
西村が怒って立ち上がると、みのと稲荷、その勢いに気圧されて一歩下がる。
みの「これほど言っても分からぬとは。ええい、どうなるかみてらっしゃい」
みの、捨て台詞をはき、稲荷をひっぱって出ていく。
博、その姿を見送り、
「お蘭、お前、泊まらないで帰るって言ってたな」
お蘭「うん、帰る」
博「わかった。お前は帰れ。俺は今晩はここにやっかいになる」
お蘭「そんな、兄貴。ずるいよー」
博「お前は帰れ!」
博の強い口調に驚くお蘭。博、お蘭が黙ると、快彦に向かって、
「今日はお蘭を送っていって、明日の朝すぐ来てくれ。昼と夜交代でここにいることにしよう」
快彦、頷く。
「学校へ行こう!」のレギュラー総出演でございます。
西村雅彦のほかにも、後編では、ある俳優が登場します。博を巡って新展開!
(hongming 98.8.8)
![]() メインのページへ戻る |
![]() 後編へ |