正広たちが、快彦と同じ長屋に住み始めて数日後。夕方近く。
長屋へ帰る途中の正広と慎吾。石臼を転がしていた慎吾、飴屋を見て立ち止まる。それに気づいた正広、振り向いて、
「ん? どうした」
慎吾「あ、あめ」
正広も飴屋に目をやり、
「ああ、飴屋だな」
慎吾は、飴を指さし、
「あめ、あめ」
と言う。
正広「何だ、飴が欲しいのか」
慎吾「う、うん」
と頷く。
正広「お前な、餓鬼じゃねえんだから、がまんしろよ。行くぞ」
と言って歩き始めるが、慎吾は飴を指さしたまま動かない。正広は、慎吾が動かないので困った顔になり、
「何だよ。そんなに欲しいのかよ」
と言いながら戻ってくる。正広の顔を見ながら頷く慎吾。
正広は飴と慎吾を交互に見て、
「しょうがねえな。今日だけだぞ」
と言うと飴屋に近づき、
「一つくれ。あ、そこの欠けたやつでいい。そのかわりまけてくれよ」
と言って銭を取り出す。飴屋は台の端にあった棒のついた飴を渡す。
「ほらよ」
慎吾の所に戻った正広が飴を渡すと、慎吾はにっこりして受け取り、棒のところを口にくわえ、石臼を転がし、先に立って歩き出す。
正広「何だお前、後で食うのか」
井戸で水を汲んでいる快彦。慎吾と正広が近づいてくる。慎吾は口に飴の棒のところをくわえたまま。
見ていると、慎吾は石臼を部屋の前に倒しておくと、そのまま裏の方へ行く。正広は気にとめる様子もなく、自分だけ中に入る。快彦が慎吾の後をつけて行き、角を曲がると、慎吾の後ろ姿が見える。慎吾の向こう、鳥居のわきに松吉が座っているのが見える。
松吉は慎吾の姿を見て、
「慎吾あんちゃん」
と声をかける。
慎吾は松吉に歩み寄ると、飴を手に取り、
「あげる」
と言って差し出す。松吉がパッと顔を輝かせ、
「え、いいのかい」
と言うと、慎吾は、
「あげる」
と繰り返す。
「ありがとう」
松吉は礼を言うと受け取り、ぺろりとなめてみる。
「ああ、あまーい。飴なんてひさしぶりだよ」
と言うと、またなめる。慎吾はうれしそうにそれを見ている。
松吉「あんたもなめるかい」
そう言って差し出すと、慎吾もぺろりとなめる。慎吾は松吉の隣に腰をおろし、二人で一つの飴を交代でなめる。
それを見た快彦、ちょっと笑うと引き返すが、
「へっへっへ」
と言う笑い声が聞こえて立ち止まる。部屋の中の正広が笑っている様子。
快彦が障子の破れ目からのぞいてみると、中では正広が銭を数えている。小銭に混じって小判も見える。首をひねる快彦。
朝。
快彦の長屋。井戸端で顔を洗っている快彦。井戸端ではおかみさん連中が洗い物をしている。正広の怒鳴り声が聞こえる。
「ばかやろう、みんな食っちまったのか」
頭をこづくゴツンという音がする。
「昼飯の分を残しておかなくちゃだめじゃねえか。飯屋で食ったら金がかかるんだぞ」
またゴツンという音。
「しょうがねえ、とにかく出かけよう。まったく、どうしてこう人の何倍も食わなくちゃいられねえんだよ」
不機嫌な顔で出てくる正広。その後ろから半べその慎吾。二人で黙って歩いていく。
それを見送り、おかみさんたち、
「あんなに怒鳴らなくたっていいのにねえ」
「かわいそうにね、あの慎吾って人は頭が足りないのに」
「でもまあ、ああやって世話してるんだから、偉いじゃないの」
などと話し合う。
通りを歩いている昌行。
「どいたどいた」
という声が後ろから聞こえ、振り向くと材木を載せた大八車の集団が向かってくる。昌行が慌ててよけ、
「何だありゃあ」
とつぶやくと、たまたま隣に立っていた町人が、声をひそめ、
「小鉄組の連中だ。堅気のふりしやがって。材木の横流しでしこたま儲けてるって話だぜ」
と言う。○に小の字の半纏が次々に通り過ぎる。
午後。長屋に帰ろうと歩いている正広と慎吾。
長屋に近づいたころ、通りの向こうに松吉の姿が見える。慎吾がそれに気づくと松吉も気づき、
「慎吾あんちゃん」
と声をあげて走ってくる。そこへ、
「どいたどいた」
と言う声がして、小鉄組の大八車がつっこんでくる。
博の長屋。
博とお蘭は井戸端で足を洗っている。わきではおかみさんたちが豆腐屋から豆腐を買っている。
快彦が走ってくると、博の手をつかみ、
「一緒に来てくれ」
と引いていこうとする。
博「何だよ、いきなり」
快彦「とにかく来てくれ」
それを見たお蘭が、
「おいらも行く」
と言うと、快彦は、
「俺は博にだけ用事があるんだ」
と言って、博の手を引いて走り出す。
それを見て意味ありげに頷き合うおかみさん連中と豆腐屋。悔しそうに見送るお蘭。
小鉄組の材木店。障子には○に小の字。中でやくざ者たちが酒を飲んだり、ばくちをしたり。用心棒らしい浪人(斉藤洋介)が隅で刀を抱えたまま酒を飲んでいる。
そこへ、がらっと障子を開けて慎吾が入ってくる。
「なんでえ、てめえは」
立ち上がるやくざ者。
「あれっ、おめえはこないだの……」
見覚えのあるやくざ者が寄ってくる。慎吾はその男に向かって手を伸ばし、
「松吉。お金……」
と言う。顔を見合わせるやくざたち。
慎吾「松吉。お金……」
「何だこいつ。頭がおかしいんじゃねえのか」
中にいた者がみんな慎吾の方を見た時、息を切らせた正広が入ってくる。
「慎吾やめろ。帰ろう」
そう言って慎吾を連れ出そうとするが、慎吾は動かない。
前に因縁を付けたやくざが、
「どういうつもりだ」
とすごむと、正広は頭を下げ下げ、
「どうもあい済みません。いえね、同じ長屋の松吉って子が、こちらの大八車にはねられまして。それでまあ、お気持ちだけ、といいますか、ちょっと医者に見せるぐらいのお足をいただけないかと思いまして……」
わきにいたやくざが、
「そういやあ、なんかにぶつかったような気がしたが……。犬か何かと思ってたぜ。で、どうしろって言うんだ」
正広「え、まあ、できれば、お気持ちだけでもと思ったんですが、いやなに、どうしてもというわけではありませんし……」
慎吾に向かって、
「な、帰ろう。ほら」
と言って手を引くが、やはり動かない。
そこへ奥から、
「何の騒ぎだ」
と小鉄が出てくる。そばにいたやくざが、
「これは、親分」
と挨拶すると、
「馬鹿野郎、店では旦那と呼べと言ってるだろう」
とにらみつける。
「申し訳ありません。こいつらが妙な因縁をつけやがって」
「因縁?」
「へい。何でもうちの大八車が子供をはねたとかで、金を出せと……」
小鉄「ほう、ずいぶんなめたまねをしてくれるじゃねえか」
小鉄は慎吾を上から下までじろじろ見ると、
「ちっとは手応えがありそうな、体してるじゃねえか。かわいがってやれ」
それ聞き、松吉をはねた男が、
「気持ちが欲しいって話だったな。よし、これが気持ちだ」
と言うと、慎吾を思いっきり殴る。倒れはしなかったが、ぐらっとした慎吾、顔色が変わり、
「うおーっ」
と叫ぶと、相手をつかんで投げ飛ばす。それ見て顔色を変えるやくざたち。正広はあわてて慎吾の前に立ち、
「勘弁してやってください。こいつは頭が弱いんで」
「ふざけるな、勘弁できるわけがねえだろう」
取り囲まれる正広と慎吾。やくざが一斉に殴りかかり、正広はたちまちうずくまる。慎吾は、その正広になおも殴りかかろうとした男たちをつかんで投げ飛ばし、正広をかばうように覆い被さる。
それを見て、小鉄は腕まくりをし、隅にいた斉藤はゆらりと立ち上がる。
快彦の長屋。
息を切らせて快彦と博が駆け込んでくる。快彦は、自分の部屋ではなく、ほかの部屋に博を連れていく。その部屋の入り口の前には、同じ長屋のおかみさんが二人いて、小声で何か話し合っている。
快彦「入れてくれ、医者を連れてきた」
その声に、二人が道をあける。
博「俺は医者じゃないよ」
快彦「いいから、はやく」
中にはいると、松吉が布団に寝かされており、母親が心配そうに顔をのぞき込んでいる。
博はそれをみて、すぐに中に入り、
「この子が具合が悪いのか」
快彦「大八車にはねられたんだ」
と言うと、母親に向かい、
「こいつは医者じゃねえけど、下手な医者よりよっぽどあてになる」
母親「で、でも……」
快彦「心配いらねえ。こいつは金なんかとらねえよ」
快彦と母親をよそに、博は松吉の体を調べる。
博「血は吐きましたか」
母親「いいえ。ただ苦しがってるばかりで……」
博が脇腹をさわると、松吉はうめく。
博「脇腹の骨が折れてるかもしれない。しかし、それがどこかに刺さったりはしていないようだ。静かに寝ているしかない。腫れているから、あとで湿布を作ってやろう」
「ありがとうございます」
何度も頭を下げる母親。
快彦は周りを見回し、
「あれ、あの兄弟は?」
母親「それが、松吉を運んでくれた後、医者にみせる金がないと言ったら、慎吾さんが飛び出していって……」
そこに外から、
「ほうらよ」
「手間とらせやがって」
と言う声が聞こえる。快彦と博が外に出てみると、飯屋で因縁をつけていたやくざ二人が大八車に載せて運んできた正広と慎吾を放り出したところ。
皆の視線に気づき、
「こいつらが妙な因縁つけにきやがったのが悪いんだぜ」
「大川に放り込まなかっただけでもありがたいと思え」
と言ってにらみ回し、去っていく。
男は博と快彦しかいないので、二人で正広と慎吾を部屋に運び込む。正広はうめいているが、慎吾はぐったりして動かない。
快彦が、近くにいたおかみさんに、
「大家に知らせて、番所から誰かに来てもらってくれ。それから、水と手拭いを頼む」
と言うと、一人は頷いて走っていき、一人は自分の部屋へ手拭いを取りに行く。
動かない慎吾の様子を見る博。頭を調べ、胸に手を当て、
「だめだ。頭をやられてる。たぶん峰打ちだろう」
とつぶやく。それを聞いた正広、体を起こそうとして快彦に抱きかかえられる。
快彦「無理するな」
正広は博の方に顔を向け、
「死んじまったんですか」
と尋ねる。黙って頷く博。
そこへおかみさんが水を入れた手桶と手拭いを持ってくる。博が手早く正広の着物をはだけて体を拭いてやるが、体中あざだらけ。それを見ておかみさんは顔をそむけて外に出る。
正広は横になったまま、
「くそう……。こんなことなら江戸に来るんじゃなかった」
とつぶやく。快彦はつとめて明るい声で、
「江戸に稼ぎに来たのか」
正広「俺とこいつは……」
と言って慎吾の方に顔を向け、
「子供の時分に親を亡くして、親戚に引き取られたんですが……。こいつは頭が弱くって大飯食らいときてるもんだから、あちこちたらい回しってやつで……」
博「無理にしゃべらないほうがいい」
正広「いや、俺ももうだめでしょう。国にいてもいいことなんか何にもなかった。こいつを連れて飛び出して……いろいろやってみたんです。やっと見せ物で稼げるようになって……。十両たまったら国に帰って何か商売でも……。こいつをうすのろだって馬鹿にしたやつらを見返して……。もうすぐ四両たまるとこだったのに。あと六両と少し……」
正広の胸に手を当てて顔をしかめる博。はだけた胸には、峰打ちの後がくっきり残っている。
正広「ねえ、頼みがあるんですが」
快彦「何だ」
正広「金は、今俺が寝てる畳の下に隠してあるんです。その金で、慎吾の墓に、何か食い物を供えてやってくれませんか」
快彦「……」
正広「こんなことになるんなら、飯ぐらい腹一杯食わせてやれば……」
正広の首が力を失って顔が横になる。その首に手を当てた博、快彦に首を振ってみせる。
川に釣り糸を垂れている快彦。隣に昌行がしゃがんでいる。
昌行「博の話じゃ、小鉄組には奉行所も手が出せねえらしいぜ。結局、喧嘩両成敗とかで、おとがめなしだとよ」
快彦「喧嘩なもんか。だいたい、喧嘩両成敗ってのは、侍にいうことだ」
昌行「どうする」
快彦「やるしかねえだろ。金は預かってある。俺たちで供養してやろう」
頷く昌行。
部屋の中で薬を調合している博。
薬を紙で包んでいる。
かみそりを研いでいる昌行。
ロウソクの明かりにかみそりをかざす。
長屋の前に置いてある石臼をなでている快彦。
転がそうとしてみるが動かない。
小鉄組の店の隣にある材木置き場。様子をうかがっている博。雨戸の戸袋の陰に身をひそめる昌行。庭木を利用して身軽に屋根に飛び乗る快彦。
博はふところから球状に丸めた紙を出す。導火線がついていて、火打ち石でそこに火をつけ、材木の中に投げ込む。ややあって、もうもうと白煙が立ち上る。
それを見た昌行、
「火事だあ」
を声をあげる。たちまち建物の中からドタバタ走り回る足音がし、雨戸を蹴倒してやくざたちが飛び出す。
「材木が燃えてるぞ」
「煙だ、煙が出てるぞ」
博は、右往左往するやくざの中に、正広と慎吾を運んできた二人を見つけ、吹き矢の筒を口に当てる。フッフッという音と共に、首に手を当て、倒れる二人。
「どうした」
「おい」
うろたえるやくざたちを見て、そっと建物の中に入る昌行。
建物の天井裏を静かに這っていく快彦。
中に入った昌行。やくざが一人こちらへ来るのを見て、物陰に隠れ、やりすごしてから相手の後ろにすっと回り込み、口をふさぎ、剃刀を頬に当てる。
「下手に騒ぐと、こいつでスパッといくぜ」
恐怖に目をむくやくざ。
「親玉のところへ案内しろ。わかったか」
頷くやくざ。昌行はやくざの後ろにぴたりとつき、口をふさぎ、のどに剃刀を当てて歩き出す。
外の博はまた紙の球を出し、火をつけてやくざたちの中に投げ込む。今度は黄色い煙が吹き出し、それを吸ったやくざがのたうち回る。
昌行に口をふさがれたままのやくざ、ある部屋の前で立ち止まり、ふすまを指さす。
昌行「ここか」
頷くやくざ。
昌行「おめえが開けろ」
やくざがふるえながらふすまを開けると、胸元に刀が突きつけられる。
「黙って開けるんじゃねえ」
小鉄の声。昌行は黙ってやくざを声のした方へ突き飛ばす。刀を引くのが遅れ、刀がやくざの腹に突き刺さる。昌行はすかさず飛び込み、寝間着姿の小鉄の後ろへ回り、口を押さえ、目の前に剃刀を突きつける。
昌行「頭でも丸めてやろうかと思ったが、これじゃ剃りようがねえな」
物音を聞きつけ、隣の部屋に続くふすまが開く。
「どうしたんだ」
入ってきたのは用心棒の斉藤。手には刀を持っている。様子を見て取り、
「何だ、てめえは。へたなことしやがると命はねえぞ」
と言って刀を抜こうとするが、その背後に、天井から快彦が飛び降り、斉藤の右腕を抱え込んで刀を奪い、その刀を投げ捨て、斉藤の腹に蹴りを一発。斉藤が腹を押さえて体を折ると、後ろに回り、首に腕をかける。
快彦「あの世であの兄弟にわびるんだな。もっともおめえは地獄行きだから会えねえかもしれねえけどよ」
と言うと、ぐっとひねる。ぼきっと音がして、崩れ落ちる斉藤。それと同時に昌行は剃刀を首筋に当て、スッと滑らせる。吹き出した血がふすまに飛び散る。
遠くから半鐘の音が聞こえてくる。顔を見合わせた昌行と快彦、外へ向かって走り出す。
寂れた墓地。ただ石が乗せてあるだけの土饅頭。特大の握り飯が供えてある。その前で手を合わせている快彦、昌行、博。博の隣にお蘭。
快彦「金の残りは、松吉にやることにしよう」
頷く昌行と博。
お蘭「かわいそうだね。二人とも、がんばって暮らしてたのに」
博「そうだな。まあ、こうして兄弟一緒に墓に入れたことだけが救いだろう」
昌行「兄弟か……」
昌行の長屋。
布団の上にうつぶせに寝ているお和歌。その腰を揉んでいる昌行。
お和歌「あー気持ちいい。やっぱり、人の腰を揉むより、揉んで貰う方がずっといいね。極楽、極楽」
昌行「なあ、お和歌。兄弟ってのは一生兄弟のままなんだよな」
お和歌「何当たり前のこと言ってんだい。でもまあ、あたしみたいに、弟がいてもどこにいっちまったのかわかんないと、いないのと同じだけどね。あ、そこ、もっと強く。うーん、気持ちいい。あたしは弟なんぞよりあんたの方がずっと大切だよ」
昌行「そうかい」
お和歌「こうやって肩でも腰でも揉んでくれるのはあんただけだもんね。あたしゃ一生あんたから離れないよ」
そっとため息をつく昌行。
(終わり)
やたらと人が死んで陰惨だなあと思う人もいるでしょうが、「必殺」ってこうなんですよね。
善人がひどい目にあう、っていうのがないと成り立たないし。
次回は、あの番組であの人と共演したあの人たちがゲストです。
(hongming 1999.2.13)
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