寺の前の通り。両側に様々な露店などが並んでいる。
はたきや箒など掃除道具をいれた籠を背負い、連れだって歩いている博とお蘭。
お蘭「すごいほこりだったね」
博「ああ、あれでも毎年煤払いしてるんだからな。ほこりってのは随分たまるんだな」
道ばたに人が集まって見物している様子。人垣の中から口上が聞こえる。
「さあ、お立ち会い。ここに転がっているこの石臼。そんじょそこらの臼とはわけがちがう。特製特大の石臼だ。これを持ち上げる自信がおありなら、まずは十文出していただきたい。これを肩より上まで持ち上げることができたらその十文をお返しした上でさらに五十文さしあげる。しかし、できなかったら、十文はこちらのもの。さあ、誰かやってみないか」
博とお蘭も背伸びして中を覗いてみる。
見ていた男の一人が、
「はなっから誰にも持ち上げられねえようなものなんじゃねえのか」
と言うと、中から、
「それは大丈夫。後でこの大男が持ち上げてご覧に入れます」
と答える声がする。それを聞いた見物客、
「よし、そいつにも持ち上げられなかったら十文は返して貰うぜ」
「もちろんよろしいですとも。挑戦しますか」
「おお。ほれ、十文だ」
十文受け取った若い男(中居正広)はそれをわきの台の上に置き、
「さあ、どうぞ」
進み出た男は顔を真っ赤にして石臼を持ち上げようとするが、全く動かない。
正広「さあ、気張って気張って」
男はしばらくうんうんうなってみたがとうとうあきらめ、わきにどく。
「こんなものが持ち上がるわけねえだろう。さあ、やってみせろよ。上がらなかったら金は返して貰うからな」
正広「はいはい。大丈夫ですよ」
そこまでは愛想良く、後はきつい声で、横にいた男(香取慎吾)に、
「ほら、出番だ。持ち上げろ」
そう言われた慎吾、黙ってのそのそと石臼に近づくと、両手で抱え、
「うおおっ」
と一声、肩の上に持ち上げてみせる。どよめく見物客。
正広「さあ、これで文句ありませんね。この十文はありがたくちょうだいいたします」
と言うと、銭を懐に入れ、慎吾に、
「もういいぞ」
と言う。慎吾は石臼を足下に放り出す。大きな音がして地面に少しめりこむ石臼。
正広「さあ、種も仕掛けもありません。こうしてちゃんと持ち上がります。さあ、十文ですよ、一回十文。持ち上がれば六倍になって返ってきます」
感心して見ていたお蘭、
「兄貴もやってみたら」
驚いてお蘭の顔を見る博。
「冗談じゃねえよ。体を壊しちまうよ」
必殺苦労人
大飯食らい
武威六流柔術道場。
稽古を終えて井戸端で体を拭いている快彦たち。その中の一人が、盛んに顔をしかめているのを見て、快彦が声をかける。
快彦「どうした。今日は調子が悪そうだな」
「ちょっと腰が痛くてな」
その返事に、ほかの門弟も声をかける。
「なんだよ、年寄りみてえだな」
「来る途中な、石臼を持ち上げたら十文を六十文にして返すっていう見せ物があって、やってみたんだが、あがりゃしねえ」
「誰にもあげられねえような物なんだろう」
「ところが、でかいのがちゃんと持ち上げてみせるんだよ。体がでかいといいよなあ」
「五十文につられて腰を痛めたってわけか」
「面目ない」
快彦「でかい体か……」
夕方。
昌行の長屋。
はうようにして入ってくる昌行を見て驚くお和歌。
「どうしたんだよ、お前さん」
「こ、腰が……」
昌行、やっとのことで畳の上にうつぶせになる。
昌行「ちょっと、腰揉んでくれ」
お和歌「めずらしいね、いつもならあたしが揉んで貰うだけなのに」
翌日。
飯屋で昼飯を食べている博とお蘭。お蘭が目配せして、
「昨日の二人だ」
と言うので、博が目を向けると、正広と慎吾が向かい合って座っている。そこに、どんぶり飯と漬け物、味噌汁が運ばれてくる。
正広はゆっくり食べているが、慎吾はがつがつ一気に食べてしまう。その食べっぷりに目を見張る博とお蘭。自分の分を食べ終えた慎吾は物欲しそうに正広の丼を見ている。それに気づいた正広は、
「もう食っちまったのかよ。これは俺の分だ」
と言って飯を箸で口に運ぶが、慎吾がじっと見ているので、
「わかったよ。ほら」
と言うと、丼を慎吾に突き出す。慎吾は何も言わず受け取るとがつがつ食べる。それを呆れたような顔で見ながら味噌汁をすする正広。
その時、外から怒鳴り声。
「いてぇっ。何だこりゃあ」
「誰がこんなもの置きやがった」
飯屋の中にいた者が皆外へ目を向けると、やくざ者が二人、中をのぞき込む。主人が出てくると、
「やいやい、表に臼なんぞ置きやがってどういうつもりだ」
と、怒鳴りながら入ってくる。一人はわざとらしく右足を引きずっている。
主人「うちの店では臼など置いておりませんが」
「じゃあ、誰が置いたんだよ」
そこへ割ってはいる正広。慎吾はそれを見ながら飯をかき込んでいる。
「あれは私どもの商売道具でして」
卑屈な笑顔を見せながら揉み手をして何度も頭を下げる。それを見たやくざは、足を引きずっている方を指さし、
「てめえがあんなもの置きやがったせいで、俺の兄弟が怪我しちまったじゃねえか。どうしてくれるんだ」
と、すごむ。
正広「それはどうも申し訳ないことで。お詫び申し上げます」
と頭を下げる。
「それだけかよ」
正広「申し訳ございません」
さらに頭を下げる。飯を食べ終えた慎吾が隣に立つ。
「頭なんぞ下げられたって足は治らねえんだよ」
正広「いや全く申し訳ない」
と、ここまではにこやかに、そこから慎吾の方へ向いて怖い顔になり、
「だから、人のじゃまにならないところに置けっていったじゃねえか。いつも飯のことばっかり考えてやがって」
と怒鳴りつけ、頭をげんこつで思いっきり殴る。店の中にガツンという音が響き、思わず身をすくめるお蘭。
正広「てめえのせいで、人様にとんでもねえ迷惑をかけちまったじゃねえか。どうするんだ」
と言ってまたガツン。続けて殴ろうとするのをやくざ者がとめ、
「おいおい、そんなことしても足は治らねえんだよ」
足を引きずっていたやくざ者も左足を引きずって近寄り、
「さあ、この足、どうしてくれるんだよ」
と言って左足を指さし、正広の襟首をつかむ。
正広「そ、それは……」
もう一人のやくざ者は慎吾に近づくと顔をにらみ上げ、
「やい、でくの坊。何とか言ってみろ」
と怒鳴りつける。
そこへ博の落ち着いた声。
「さっきとは引きずってる足が違いますね」
一同が博の方を見たので、お蘭はあわてて博の後ろに隠れる。博はゆっくりと立ち上がり、
博「さっきは右足を引きずっていたのに、今は左足を痛めてるふりをしてる」
と言うと、飯代をそばに置く。
やくざ者は正広から手を離し、
「てめえ、因縁つけようってのか」
博「因縁をつけているのはそっちだろう」
「なにを。やろってのか!」
その怒鳴り声を聞きつけて、外を通りかかった男が中を見ようとしたらしく、暖簾の間に手が差し込まれる。
「よう、手軽屋」
中をのぞき込んだのは十手を帯にさした柄本。いそいそと博に歩み寄る。
柄本「一体どうしたんでえ」
助かったような困ったような顔の博。
やくざ者二人は柄本を見て、顔を見合わせる。
様子を見ていた正広、やくざ者の前に回ると、ひたすら低姿勢に、
「とにかく、私どものためにとんでもないご迷惑をおかけしまして。お詫び申し上げます」
と繰り返し頭を下げる。
やくざ者は顔を見合わせ、
「これからは気をつけろよ。この次は勘弁しねえからな」
と捨てぜりふを吐き、ジロッと博をにらみつけ、柄本の顔を見ないようにして、足を引きずることもなく立ち去る。
それを見送った正広、礼を言おうかと博の方へ足を踏み出すが、間に柄本が入り込み、博をじっと見つめ、
「久しぶりだな、手軽屋。何があったんだ」
博「いや、それはその……。別に親分さんのお手を煩わすようなことでは……」
柄本「そうかい。何かあったらすぐ俺に言うんだぜ」
と言いながら、博の肩をなでおろし、博の手を握る。柄本をにらみつけるお蘭。
それを見て正広は、ちょっと博に頭を下げると、慎吾の方を向き、
「ほら、行くぞ。ぐずぐずしてるんじゃねえ」
と言って、飯代を置いて出る。博たちが暖簾越しに見送ると、正広が前を歩き、その後ろを慎吾が石臼を転がして歩いていく。
「兄貴、行こう」
柄本に見つめられ、立ちすくんでいる博の袖を、お蘭が引っ張る。柄本はお蘭をじろっとにらむが、お蘭も負けずににらみ返す。
お蘭に引っ張られて外へ出る博。お蘭と博が正広たちとは反対の方へ歩き始めると、柄本が暖簾の間から顔を出して未練たらしく見送る。
お蘭は顔を上気させ、
「兄貴、かっこ良かったよ」
博「どうなるかと思ったぜ」
お蘭「もしあいつらがかかってきたって勝てると思ってたんだよね。ちゃんと金を払っておくなんて、すごいと思った。外に連れ出して叩きのめそうと思ってたんだろ」
博「かかってきたら、すぐ逃げようと思っただけだ」
お蘭「そんなあ……」
寺の前の通り。
露店に混じって正広と慎吾の見せ物。取り巻いている客の中に快彦たち。道場の門弟もいる。
快彦「さすがにかっしりした体だなあ」
門弟「ああ。やってみるか」
快彦「やめとくよ。俺は前に人を頭の上にのせて首を痛めたこともあるんだ。つくりがきゃしゃなんでね」
門弟「よく言うよ」
夕方。昌行の長屋。井戸端でお和歌がおかみさん連中と話をしながら米をといでいると、昌行がよろよろと出てくる。
お和歌「あら、歩けるようになったのかい」
昌行「ああ。ゆっくりなら大丈夫だ」
お和歌「全く、つまんないことでまるまる一日寝て暮らしちゃってさ」
おかみさん「どうしたんだい」
お和歌「それがさ、石臼を持ち上げたら五十文貰えるなんて言うのにひっかかってさ」
おかみさん「やってみたのかい」
自分の話題になったので慌てて部屋に戻る昌行。お和歌は物を持ち上げる格好をして見せ、
お和歌「ふんばった瞬間、ぎくって音がしたんだとさ」
と言って腰をたたく。
おかみさん「それで一日寝てたのかい」
お和歌「全く、情けないったらありゃしないよ」
快彦の長屋。
部屋の中で傘張りをしている快彦。外から、
「ほら、ぐずぐずするんじゃねえよ」
という聞き覚えのある声がする。戸を開けて見てみると、大家の後ろから、荷物を背負った正広が歩いてくる。その後ろには、これも荷物を背負った慎吾が石臼を転がして歩いてくるのが見える。
快彦に気づいた大家、
「やあ、井ノ原さん。こちらは、ふた月だけここに住むそうだ」
正広は頭を下げ、
「こりゃどうも。あっしは正広と申します。よろしくお願いいたします」
と愛想良く挨拶すると、慎吾に向かって、
「ほら、慎吾、おめえも挨拶しねえか」
と叱りつける。慎吾は黙って快彦に頭を下げる。
快彦は、黙って頭を下げ、前を通っていく三人を見送る。三人は空いていた部屋に入っていく。井戸端にいたおかみさんや子供たちも興味深そうに見ている。
大通り。
「どいたどいた」
「怪我してもしらねえぞ」
通りの真ん中を、材木を載せた大八車が何台も通っていく。道の端によけてそれを見送る博とお蘭。大八車を押している人足の顔を見て、
お蘭「あ、今のやつ」
博「うん。こないだのやつだ」
人足たちのなかに、飯屋で正広たちに因縁をつけたやくざ者がいるが、博たちに気づかず通り過ぎる。その背中には○に小の字。
大八車の後から籠が来る。つるつる頭で小太りの商人(山本小鉄)が乗っている。ふんぞりかえり、傲慢な様子。
正広の長屋。
正広「じゃあな、俺は飯の用意をするから、お前は好きにしてろ。遠くまで行くんじゃねえぞ」
釜を手に外に出る正広。
「う、うん」
と答えて慎吾も外へ出る。
正広は井戸の所へ行くと、そこにいたおかみさんたちに愛想良く挨拶し、話しかける。
正広「しばらくの間こちらにお世話になります」
おかみさん「生まれはどこだい」
正広「はい、相模の方でして」
慎吾は井戸とは反対の方へ歩き出す。
長屋の角を曲がると、稲荷の鳥居。鳥居のわきの石に腰をかけて、長屋に住む五歳の松吉が握り飯を食べている。それを見て立ち止まる慎吾。じーっと握り飯を見つめる。
それに気づいた松吉、
「腹が減ってるのかい」
と話しかける。
「う、うん」
握り飯を見つめたまま頷く慎吾。松吉は握り飯を口から離し、ちょっと考えて、
「半分やるよ」
と、残りを半分に割り、片方を慎吾に差し出す。
慎吾は黙って受け取ると、一口で食べてしまう。それを見た松吉、
「後はだめだよ。おいらの晩飯なんだから」
と言うと、急いで食べる。
そこへ女の声。
「松吉」
振り向いた松吉、
「おっかあ」
と言って立ち上がり、女の方へ駆け寄る。松吉の母親が松吉を受け止める。
「待ってたのかい」
「うん。ここで食べて待ってた」
「ごめんね、いつも一人で食べさせて」
「平気だよ」
話しながら慎吾の前を歩いていく二人。母親は警戒するような目で慎吾を見る。
慎吾が突っ立ったまま二人を見送ると、角のところで松吉が振り返り、笑顔を見せて手を振る。慎吾も手を振る。
昌行の長屋。
戸を開けて入ってくる昌行。
お和歌「あら、お帰り。やっぱりゆっくりしか歩けないかい」
昌行は、ゆっくりと腰をおろしながら、
「ああ。でも湿布を貼って貰ったらだいぶ楽になった」
と答える。
お和歌「お医者に行ったのかい」
昌行「いや、博にやってもらった。あいつはそういうのもできるから」
驚いて昌行に詰め寄るお和歌。
「またあの人のところかい。湿布って、あんた、あの男の前で裸になって……」
昌行はお和歌の顔つきにとまどいながら、
「だってお前、腰なんだから、しょうがねえだろう」
お和歌は昌行の襟をつかむと、
「あんた、あたしを裏切るようなことしたら、ただじゃおかないからね」
昌行「何言ってんだよ……」
横を向いてため息をつく昌行。
(つづく)
山本小鉄って誰だ? という方が多いと思いますが、もとプロレスラーで今は解説をしたりレフェリーをやったりしている人です。
以前「愛ラブ ジュニア」でタッキーたちがプロレスのレフェリーを体験した時に指導した人です(って言ったってわかんないよね。とにかく小太りでつるつる頭の男を頭に描いてください)。
(hongming 1999.2.6)