必殺! 苦労人VS料理人

(後編)
 夜。風呂からの帰りらしく、手ぬぐいを入れた手桶を持って歩いている昌行とお和歌。
和歌「あーあ、何だか肩が凝っちゃった。お前さん、帰ったら肩揉んでおくれ」
昌行「ああ」
和歌「何だい、気のない返事だね」
昌行「遊んでばかりいるのに、何で肩が凝るんだ」
和歌「それがさ、健様の踊りに合わせてみんなで手を振らなくちゃならないんだよ。娘たちがさ、みんなで練習でもしたみたいに揃って手を振るもんだから、あたしも負けちゃいられなくてね。こんなふうに振るんだよ」
 そういって、お和歌、「WAになっておどろう」の手の振りをしてみせる。困ったような顔でそれを見る昌行。
和歌「ね、これじゃ肩が凝ると思うだろう」
昌行「自業自得じゃねえか」
和歌「ま、そう言わないで揉んでおくれよ。……他のところも揉んでいいからさあん……」
 しなを作って流し目のお和歌。昌行、お和歌に気づかれぬようにわきを向いてため息をつくが、その時、暗闇からこちらを見ている人影に気づく。
昌行「お和歌、先に帰っててくれ。明日の仕事の打ち合わせを忘れてた」
和歌「そんなこと言って逃げるつもりじゃないだろうね」
昌行「逃げるって、何から逃げるんだよ。すぐに帰って肩でも腰でも揉んでやるから」
和歌「ほんとだね、腰も揉んでくれるんだね」
昌行「ああ、揉む揉む。じゃあな」
 昌行、角を曲がり、人気のない方へ行く。暗闇にいた人影もそれに続き、昌行と並ぶと、さっと書き付けを渡す。

 喜多川藩の屋敷。広間で、左右に分かれた家臣が何か評定している。中央に座った大名(特別出演・東山紀之)は難しい顔をしている。
 評定では、黒部と橋爪が言い争っている。
黒部「よろしいか。藩の財政は逼迫しております。それもこれも無駄な出費が多すぎるのです」
橋爪「無駄とは何事か。殿あっての喜多川藩。殿をお護り申し上げるための出費を無駄と申されるか」
黒部「それにしては額が腑に落ちません」
橋爪「何か殿の警護が増えては都合が悪いことでもおありか」
黒部「何をおっしゃる」
橋爪「そもそも、藩の金を握っているのは勝手方。我々のあずかり知らぬ所でそれこそ勝手に金を使われても、ほかの者にはどうしようもない」
黒部「殿の御前で何ということを……」
 たまりかねた東山、声をかける。
「両人ともやめい。藩と余のことを思うてくれているのはよう分かった。なれど、そのように争うことは恥と知れ」
 かしこまる橋爪と黒部。
 隣の間に控えている数人の侍の中に松岡がいる。ほかの侍は評定に耳を傾け、小声で何か話し合っているが、松岡は何か考え込んでいる様子。

 博の長屋。きちんと整理整頓されている。博が乳鉢で薬を調合していると、昌行と井ノ原が連れ立って入ってくる。
昌行「待ったか」
博「いや」
井ノ原「表に置いてある大八車はお前のか」
博「修理を頼まれて預かっているだけだ」
井ノ原「そんなこともやるのか」
博「もちろん。何でも請け負う手軽屋だから。特に車の修理は得意だ」
 井ノ原、感心した表情で博を見る。博、座布団を出して昌行と井ノ原を座らせる。
昌行「元締めから知らせがあった。今度の二十二日にやる」
井ノ原「何でその日になったんだ」
昌行「次の日が前の殿様の命日で、寺で法事があるそうだ。法事の打ち合わせのために勝手方は寺に泊まり込む。そこをやる」
博「大名の法事ともなると、大がかりなんだろうな」
井ノ原「寺ならやれそうだ。屋敷ではとても入りこめねえ」
昌行「問題は、家中の連中をどうするか、だ。無闇にやっちまうわけにもいくまい」
博「それなら、考えがある」
 博、そういって、乳鉢の薬をみせる。
井ノ原「何でえ、それは」
博「さわるなよ。これにやられると、しばらくの間目が見えなくなるが、命には障らない。勝手方以外はこれを使う」
昌行「吹き矢に塗るわけか」
博「(頷いて)家中はおれが引き受ける。何人か目が見えなくなれば、騒ぎになってみんなそこへ集まるだろう」
昌行「(井ノ原の方を見て)その隙に俺たちが勝手方をやる、と」
井ノ原「(昌行に向かって頷いてから、博に)そんな薬まで作れるんなら、医者にでもなればいいじゃねえか。手軽屋なんぞより、よっぽど実入りがあるだろう」
博「医者か。やってみたこともあるが……」
井ノ原「何かあったのか」
 博、無言で昌行に目を向ける。昌行、その意を察して、
「ま、いいじゃねえか。互いのことは詮索しねえのが掟だ」

 料理屋の裏。剛が腰掛けて魚をさばいている。次々にはらわたとエラを取り除き、水で腹の中を洗っていく。准と健がしゃがんで手元を見ている。
准「うまいもんやなあ」
健「相手がはっきりしたのかい」
剛「はっきりした。今度、相手をおびき出すそうだ。そこをやる」
健「結局殺しか」
剛「俺たちの所にはそういう仕事しか来ねえよ」
准「(ザルの上の魚をつついて)うわぁ、こいつ、俺のことにらんどるで」
剛「お前、ちゃんと聞いてるのかよ」

 夜。上半分だけの月が空にかかっている。
 大きな寺院の門の前。石碑の後ろに潜んでいた昌行。左右から井ノ原と博が来る。頷き合うと、三人でさっと門をくぐる。
 昌行と井ノ原は寺の裏手へ回り、博だけは本堂の外に立って中の様子をうかがう。ややあって、博、本堂の障子を少しだけあけ、筒を口にすると、フッと吹く。中から、「ウッ」といううめき声が聞こえる。

 裏に回った昌行と井ノ原。床下に身を潜める。井ノ原が何か気になるらしく床下を見回していると、本堂の方からバタバタ音がして、頭上から話し声が聞こえる。
「どうした」
「本堂にいた連中が、突然目が見えなくなったと騒いでおります」
「何、急げ、くせ者かもしれん」

 暗い墓地。頭巾をかぶった橋爪。その隣に松岡。寺の様子をうかがっている。何人もの侍が廊下を走っていくのが見える。橋爪、松岡に向かって頷くと、松岡、足音を忍ばせて寺に向かう。

 床下の昌行と井ノ原。廊下を走っていく足音がしばらく続く。静かになったところで、二人が床下から出る。
 裏庭を廊下に沿って奥へ行くと、一つだけ灯りがともっている部屋がある。
昌行「ここらしい」
 二人は、灯りのついた部屋の隣の部屋にはいる。襖の隙間から灯りが漏れている。二人は襖の両側に立ち、昌行はカミソリを構え、井ノ原は手を握っては開く。二人、頷き合うと、サッと襖を開けて中に踏み込むが、中を見て息をのむ。中にあったのは、血に染まった黒部の死体だけ。
井ノ原「どういうこってえ」
 昌行、何かの気配を感じて飛びのくと、立っていた場所に金串が突き刺さる。井ノ原も飛びのく。
 昌行、井ノ原の無事を確かめると、わきに掛けてあった羽織と刀を手にし、刀に羽織を掛けて障子の前に出す。すると、ヒュッヒュッと音がして、障子と羽織を突き破り、畳の上に金串と銭が突き刺さる。
 井ノ原、行灯を消そうと、影が障子に映らないように身を低くして身を移そうとするが、また金串と銭が飛んできて近づけない。
井ノ原「どうなってるんだ」
昌行「皆目見当もつかねえ」

 寺の廊下。「奥はどうなっておる」「出あえ」などという叫びと共にバタバタと走ってくる侍たち。しかし、フッ、フッと音がすると何人かが途中で立ち止まり、
「何かが刺さった」
「目が、目が見えなくなった」
などと騒ぐ。
 無事だった侍は、固まって周りを見回す。そこへ暗闇から声がかかる。
「こっちだ、こっちだ」
 侍が声のした方を見ると、博、一瞬姿を現し、すぐに暗闇に姿を消す。
 侍、ほとんどは博の消えた方へ走り出すが、四人だけ奥へ向かう。
 それを離れたところから見ている橋爪。

 昌行と井ノ原。離れてそれぞれ部屋の隅に立ち、様子をうかがっている。突然、昌行の前の畳がはね上げられると、下から飛び出した人影が昌行に飛びかかる。かんざしを手にしたその影は健。無言のままもみ合う昌行と健。もつれ合う影が障子に映る。奥の様子を見に来た四人の侍がそれをみて頷きあい、そっと早足で部屋に近づいていく。
 井ノ原が昌行と健のそばへ寄ろうとしたとき、「くせ者め」という叫び声と共に、障子を開けて侍が切り込んでくる。井ノ原、すぐにそのうちの一人の腕を抱え込むと、そのままひねって刀を奪い取り、峰打ちをくらわす。続いてもう一人にその刀を投げつけ、相手の体勢が崩れたところを蹴り倒す。健と昌行はぱっと離れ、それぞれ一人ずつ倒す。健にとっても意外な展開だったらしく、驚いた表情で昌行を見る。

 樹上の博。侍が自分の下を走りすぎているのを見送り、音もなく木から飛び降りる。寺の奥へ向かうが、何かに気づいて立ち止まり、様子を見る。

 昌行たちがいる部屋。中央に黒部の死体。奥の隅に昌行と井ノ原、反対の隅に健。
 静寂の中、本堂の方から、「目が見えん」「助けてくれ」というかすかな叫びが聞こえる。
井ノ原「(健に向かって)床下に誰かいるような気がしたが、おめえだったのか」
 健、無言。そこへ廊下から声がする。
「一足遅かったようだが、仕事は仕事だ。死んで貰う」
 入ってきたのは剛。その後ろに岡田。
昌行「仕事? 誰に頼まれた。と言っても、聞くだけ無駄か」
剛「(黒部の死体を指さし)そのお方を護るよう頼まれたが、お前たちにやられちまった。しかし、せめて下手人を消すぐらいのことはしねえと気が済まねえ」
井ノ原「こいつをやったのは俺たちじゃねえ。俺たちが来た時にはこうなっていた」
准「そないなことが信じられるわけないやろ」
 黒部の死体をはさんでにらみ合う苦労人の二人と料理人の三人。そこへ橋爪が入ってくる。橋爪、双方の人数を見て取り、剛に向かって言う。
「そっちは三人だな。よし、この二人をやってくれ。金はいくらでも出す」
昌行「てめえが頼み主か」
橋爪「(それには答えず、剛に向かって)早くやれ」
 准が手を動かそうとすると、剛はそれを制して、
「どうも腑に落ちねえ。(黒部の死体を指さし)刀傷があるのに、何でこの二人は何で刀も鞘も持ってねえんだ」
 健と准、顔を見合わせる。
橋爪「話は後だ。とにかくやれ」
昌行「(剛に)よく考えた方がいいぜ。そっちが三人いることを確かめてから俺たちを消せと言いやがった。もし人数が逆なら、こっちにお前たちを消せと言ったんじゃねえか」
剛「(キッと橋爪をにらみ)話を聞かせてもらおうか」
橋爪「(部屋の隅に後ずさりしながら)話は後だ。金は出す。こいつらをやれ」
井ノ原「この勝手方を消すことだけが狙いだったんじゃねえのか。後は俺たちに罪をなすりつけようって魂胆か。うまくいって俺たちが共倒れになりゃあいいと思ってたんだろう」
 昌行と井ノ原、橋爪に詰め寄る。剛たち三人も橋爪の方に体を向ける。
昌行「それにしてもこの勝手方を斬ったのは誰なんだ。こいつにそれだけの腕があるようにはみえねえが」
 そこに廊下から声がする。
「俺が斬った」
 そう言って入ってきたのは松岡。片手に抜き身の刀を握っている。井ノ原、はっとして昌行の陰にかくれようとしたが、一瞬早く松岡が気づく。
「いの……」
 松岡、そう言いかけたが首の後ろに手を当てて庭の方を振り向く。首から離した松岡の手には吹き矢が握られている。
橋爪「まだおったか」
昌行「これでこっちも三人だぜ」
 うろたえる橋爪。松岡に向かって、
「松岡、こやつらを切れ」
 松岡、部屋の中に向き直るが、目をこする。
橋爪「どうした。松岡」
松岡「目を、目をやられました。おそらく吹き矢に毒が……」
 松岡、目は開けているが焦点が定まらず、動けない。松岡の肩越しに、暗い庭に博が立っているのが見える。井ノ原、思わず松岡に声をかける。
「心配するな、時がたてば毒は消える」
 昌行が驚いて井ノ原を制する。
 松岡、橋爪の方へ手を伸ばし、にじり寄りながら、
「御家老様、わたくしの後ろへ。わたくしが盾になります」
「よし」
 橋爪、急いで松岡を自分の前に引っ張る。松岡、後ろ手に橋爪の体を探ったかと思うと、くるりと体を回して橋爪の体に刀を突き立てる。
橋爪「松岡、なぜ……」
松岡「御家老が少しでもわたくしの身を案じるようなことを口にしてくだされば、あえてだまされ続けたかもしれません。……わたくしが馬鹿でした……」
 崩れ落ちる橋爪。松岡、正座したかと思うと自分の腹に刀を突き立てる。驚愕した井ノ原、松岡に駆け寄り、膝をついて両手で松岡の肩をつかむ。
「松岡!!」
松岡「井ノ原か。どうしてお前がここにいるのかはわからんが……。俺も家老にだまされていた。家老は殿の警護のためと偽って勝手方に金を出させていたが、警護の人数など増やしはしなかった。家老自身が使い込んでいたのだ。……俺も今になって分かった」
井ノ原「だからといって……、なんでお前がこんな……」
松岡「仕官した者は……、こうなっては切腹するよりほかに責任の取りようがないのだ」
 井ノ原、無言のまま松岡を抱きかかえる。博も中に入ってきて、昌行、博、剛、健で井ノ原と松岡を囲む。准は畳に刺さった銭と金串を拾い集めている。
松岡「井ノ原、俺はずっと……お前と話をしたいと思っていた」
井ノ原「すまん。俺がひがんでいただけなのだ。お前のせいじゃない」
 松岡、手探りで自分の脇差しを帯からはずし、
「これはお前の父上が、仕官の祝いにくださったものだ。形見に受け取ってくれ」
 井ノ原、頷いて受け取る。そこへドタドタと走ってくる足音が聞こえる。剛、健、准はそれに気づくとすぐに外へ飛び出し、姿を消す。
松岡「井ノ原、逃げろ。皆が来るまでは息があるだろう。これは乱心だ。俺の乱心だ。そう言っておく」
 井ノ原、顔を起こすと、昌行、博と頷き合い、健が出てきた所から床下に入り、下から畳を直す。
 後に残された松岡、駆けつけた侍たちに、
「乱心でござる、拙者の乱心でござる」
と、つぶやく。

 半月の明かりを頼りに、土蔵の並ぶ川沿いの道を歩く昌行、博、井ノ原。
昌行「知り合いだったのか」
井ノ原「まあな」
博「一体どういうことだったんだ」
井ノ原「互いのことは詮索しねえのが掟だぜ」
 昌行が足を止め、井ノ原と博も立ち止まる。いつの間にか、前に剛、健、准が立っている。
剛「妙なことになっちまったな」
昌行「どうやらお仲間のようだな」
剛「お互い、何もなかったことにしようぜ」
昌行「そうするしかねえだろう」
 剛、頷くと、健と准をうながし、土蔵の間の細い道に入って行く。
 昌行、博、井ノ原黙って歩き出す。

 井ノ原の長屋。(「Can do! Can go!」のイントロの最初のピアノのところが聞こえ始める)
 井ノ原、たった一つの座布団の上に松岡から貰った脇差しを置き、自分は徳利を持ってその前にあぐらをかく。間には湯飲みが二つ。その一つに徳利から酒をつぐと脇差しの前に置き、もう一つに酒をついで脇差しの方へ差しだし、
「飲もうぜ」
と言うと、ぐっと一息にあおる。

(ここから「Can do! Can go!」のイントロのアップテンポのところになる。以下はタイトルバック。)

 舞台で踊る娘姿の健。お和歌は若い娘と張り合うように手を振っている。

 料理屋の調理場。魚に串を打ち、塩をふっている剛。余った金串を手にし、じっと見つめる。

 博、引っ越しの手伝いらしく、大八車に荷物を積み込んでいる。
 赤ん坊を背負い、大八車を引く博。後ろを中年の町人が押し、二人の子供の手を引いた女がついて歩いている。貸本を担いだ准とすれ違うが、お互いに素知らぬ顔。
 博とすれ違ったあとの准。前から男姿の健が走ってくる。声をかけようとするが健はただ走りすぎる。怪訝な顔でその後ろ姿を見ているところへ、健を追う娘たちの集団がぶつかって突き飛ばされ、貸本を腹の下へ抱えてうずくまる。娘たちが走り去った後、ほこりだらけになった顔を起こすが、目の前に銭が落ちているのをみつけてにっこり。しかし、銭に伸ばした手を、遅れて走ってきた娘が踏みつけていく。

 昌行の長屋。お和歌は布団の上に腹這いになり、煎餅をかじりながら草双紙(くさぞうし)を読んでいる。昌行は、疲れた顔でそのお和歌の腰を揉んでいる。お和歌、何を思ったか、にわかに起きあがり、昌行の後ろに回って肩を揉み始める。お和歌が、「気持ちいいかい?」と言うように顔をのぞき込むと、昌行は頷く。しかし、力が入りすぎているらしく、痛そうな顔。とうとう、痛みのあまり顔をしかめ、身をよじってお和歌の手からのがれようとしたところでストップモーション。

(終わり)


 と、いうわけで、hongmingのうそっこドラマ第一作、一巻の終わりでございます。おつきあいいただき、ありがとうございました。