(前編)
 寺の境内。大きな地蔵堂の前に中年の侍(橋爪功)が一人立っている。
 地蔵堂の中から格子戸越しに侍の背中を見ている男のシルエット。男、中から声をかける。(声の主は映らない)
「お待たせしました」
 橋爪が驚いて振り向こうとすると、
「おっと、そのままに願います。こちとらの顔が割れちゃ、商売になりません。で、ご用の向きは」
 橋爪、背中を向けたまま懐から書き付けを出し、
「これに書いてある男を消してもらいたい。藩の大事だ、何としても内密に頼む」
「金さえいただければ誰でもやる、というわけではございません。悪党でなければ引き受けかねます」
「消してもらいたいのは、わが藩の勝手方(かってがた)だ。殿をないがしろにし、私腹を肥やしておる。探ってみれば分かる」
「ひとまず、調べさせていただきましょう」
「手付けもこの中に入っておる。くどいようだが、何分にも内密にな」
「心得ております。お引き受けできない時には、手付けはお返しにあがります」
「それには及ばん。そのまま取っておけ。人に見られると困る。では、よろしく頼む」
 橋爪、書き付けをわきに置いて去っていく。地蔵堂の中にいた男、格子戸を開け、書き付けを手に取る。画面にはその手しか映らない。男、つぶやく。
「喜多川藩勝手方、黒部進衛門……」

 髪結いの店。坂本が、客のまげを結っている。客の顔は映らない。そこへ後ろから昌行の女房、お和歌(島崎和歌子)が妙ににこにこしながら近寄ってくる。
「ちょいと、お前さん。小遣いおくれよ」
昌行「(まげを結いながら)今、大事なところなんだ。後にしてくれ」
和歌「芝居に遅れちまうよ。健様っていうお役者が評判でね、前から見たかったんだよ」
昌行「芝居ってお前、遊んでばかりじゃねえか」
和歌「いいじゃないか、髪結いの女房は遊んでるもんと相場が決まってるんだ」
昌行「それを言うなら髪結いの亭主……」
 お和歌、最後まで言わせず、昌行に抱きつくようにして懐に手を入れ、銭入れを取り出す。
和歌「ま、いいから。これ貰っていくよ」
 昌行、抵抗したくとも両手がふさがっているので何もできない。出ていくお和歌の後ろ姿を呆れて見送り、客の方へ向き直って、
「どうも、みっともないところを見せちまって……」
「なあに、かわいいかみさんじゃねえか」
 その声は、地蔵堂の中にいた男の声。
昌行「はい、仕上がりました」
「ありがとよ」
 男、立ち上がり、後ろ姿が映る。
「じゃ、こっちは結い賃だ」
と言いながら、男、銭を渡し、
「……それと」
と、その後で小さな紙包みを出す。
「いつもきれいに結ってくれて感謝してるぜ。これでかみさんに菓子でも買ってやんな」
「とんでもない」
「いいから。出したもんは引っ込められねえ。恥をかかすんじゃねえよ」
「それでは遠慮なく頂戴いたします」
 丁寧にお辞儀をする昌行。
「じゃ、また来るぜ」
 と言って男はこちらを向き、顔が映る(中条きよし)。
「まいどありがとうございました」
 昌行、ここまで愛想のいい表情だったが、手の中の紙包みに目をやり、一瞬険しい表情になる。
(タイトル)

「必殺! 苦労人VS料理人」


 川端。釣りをしている浪人姿の井ノ原。ただし、刀は差していない。井ノ原、針を沈めてはすぐに別の場所に針を移す。隣にいた老人が、
「お前さん、そうあちこち動かしちゃ、魚が逃げちまうよ。もう少し落ち着いて待たなくちゃ」
「俺はその待つってのが嫌いなんだ」
「しかし、それでは釣れますまい」
「うるせえな、俺の勝手だろう」
 老人、呆れて黙る。
 そこへ昌行がたまたま通りかかった風をして話しかける。
「どうだい、釣れるかい」
「釣れようが釣れまいが関係ねえだろ」
 昌行、井ノ原の隣にしゃがみ込み、井ノ原の魚籠(びく)を持ちあげる。中はからっぽ。
「まるっきり坊主じゃねえか」
「それがどうした」
 昌行、ここで声を落とし、
「仕事が入った」

 長屋の井戸端。昌行、カミソリを研いでいる。わきで井ノ原がウロウロしながら、
「博の野郎、遅いな」
「そうイライラするな。体に毒だぜ」
「なんでそうやってのんびり構えてられるんだよ」
「お前さんの気がみじかすぎるのさ」
 そこへ博の声。
「(顔のアップで)遅くなって済まん、急に仕事が入っちまって」
 博の方を向いた昌行と井ノ原、一瞬ぎょっとする。
 博の笑顔のアップからだんだん全身が映っていく。博、手にはでんでん太鼓をもち、赤ん坊を背負っている。
井ノ原「な、何だその格好は」
博「急に子守の仕事が入ってね。お得意さんなもんだから断れなくて」
昌行「(笑いながら)よく似合うぜ」
井ノ原「しかし、いくら手軽屋だからって……。もう少し仕事を選んでもいいんじゃねえのか」
博「何言ってんだよ。子守だって立派な仕事だ」
井ノ原「子守が悪いとは言わねえけどよ……」
昌行「ま、とにかく中へ入ってくれ」

 長屋の中。昌行は畳の上にあぐらをかき、手には書き付けを持っている。井ノ原は上がり口に腰を下ろし、博は土間に立って体を揺らしている。赤ん坊は寝ている様子。
昌行「ねらいは喜多川藩の勝手方だ」
井ノ原「喜多川藩……」
昌行「何か知ってるのか」
井ノ原「いや。お家騒動が起こるほどの藩にも思えねえが」
昌行「小さい藩もそれなりにいろいろあるんだろう。勝手方の名前は黒部進衛門。殿様の目を盗んで金をだいぶ使い込んでいるらしい。このままじゃ、殿様も危ねえってんで頼んできたそうだ」
博「勝手方なら金を扱うのは思いのままってわけか。しかし、相手が大名屋敷にいるとなると、簡単にはできないね」
昌行「まず、屋敷の様子を探ってみよう」
井ノ原「誰が探りに行くんだ」
 昌行と博、黙って井ノ原を見る。
井ノ原「どうせ俺が一番暇だよ。でもな……」
 井ノ原の言葉をさえぎるように、突然赤ん坊が泣き出し、井ノ原、キッと博の方を見る。
「泣かすんじゃねえ」
 博、困ったような表情で、
「背中が生あったかくなってきた……」

 武家の屋敷が並んでいる通り。井ノ原、ぶらぶらと歩いているふりをしながら、喜多川藩の屋敷の塀の高さなど見ている。門番の一人、それを不審に思い始めたところに、中から若い侍(松岡昌弘)が来たのでそっと声をかけ、外の井ノ原を指さす。松岡、一瞬驚くが、門番に頷いてみせ、井ノ原が後ろ向きになっている時に近寄って声をかける。
「井ノ原、久しぶりだな」
 井ノ原、ぎょっとして振り向き、松岡を認めると、何か言いかけるが、黙って立ち去ろうとする。
「待て、俺に用があるんじゃないのか」
 井ノ原、黙って走り去る。
 門番、松岡に近づき、
「お知り合いでしたか」
「ああ、幼馴染みだ。どうしたんだろう」

 芝居小屋。舞台で作り物の桜の枝を手に踊る娘姿の健。
 曲は、三味線による「WAになっておどろう」。お和歌、客席の娘たちと一緒に踊りに合わせて手を振っている。

 喜多川藩の屋敷の中。床の間を後ろにして橋爪功が座っている。それに向かって座っている松岡。
橋爪「話とは何だ」
松岡「殿の警護のことですが、念には念を入れて、腕の立つのを新たにお召し抱えになられてはいかがでしょうか」
「あてはあるのか。身元が確かでないと困るぞ」
「はい、わたくしの幼馴染みで、よく知っております」
「腕の方は」
「剣はまず人並みというところですが、武威六流の柔(やわら)の使い手です。はたちそこそこながら、目録(もくろく)の腕前と聞いております」
「仕官の口利きを頼まれたな」
「決してそのような訳ではございません」
「しかし、藩で召し抱えるとなると金が要る。勝手方から殿をお守りするのに人を増やすことは、勝手方が納得すまい。悪いが、あきらめて貰うよりあるまい。それに、殿をお守りする手だてはわしもわしなりに考えておるのでな。悪く思うなよ」
 松岡、無念そうに黙って頭を下げる。
「話は違うが、松岡。その方、まだ独り身であったな」
「はい」
「うちの娘もそろそろ婿を捜さねばならんが、その方、どうだ」
「は?」
「婿にならんか、と言っておるのだ」
「しかし、わたくしと御家老様のご息女とでは家柄があまりにも……」
「無理にとは言わん。しかし、その方ほど見込みがあって家を継がなくともよい男というのはそうはおらん。ま、考えておいてくれ」

 神社の境内。橋爪が賽銭箱の前で手を合わせている。その肩越しに、離れた所にある門の所で辺りに気を配っている松岡が見える。橋爪、願い事をしているふりをして誰かと話している。相手の姿は見えない。
「あるお方を護って貰いたい」
「ほう、めずらしい頼み事ですな」
「ただ護って貰うだけではない。そのお方をねらう連中を始末して貰いたいのだ」
「相手ははっきりしているのでしょうか」
「それがまだはっきりはしておらんのだ。はっきりしたら改めて連絡する」
「どうもとらえ所のないお話ですなあ」
「手付けはここに入れればよいのか」
「へい」
 橋爪、小判を数枚、賽銭箱に入れる。
 縁の下でその音を聞いている男(藤田まこと)。

 茶屋の店先。剛と准が並んで腰をかけ、茶碗を手にしている。男姿の健はしゃがんで准の貸本をぱらぱらめくって見ている。
 女中が団子を持ってくる。
准「お、うまそうやなあ」
 剛、女中が店の中に戻ったのを見届けてから、
「今度は人を護る仕事だそうだ」
健「へえ、めずらしいね」
剛「詳しいことはまだ分かってねえらしい。後からまた元締めが知らせてくれる」
健「殺しは無しですむならそれに越したことはないけど」
剛「そういう訳にはいかねえと思うぜ。おい、聞いてんのかよ」
 剛が、無心に団子を頬張っている准をつつくと、准、団子がつかえて胸を叩き、立ち上がってお茶を飲む。そこへ、「きゃー、健さまー」という声と共に娘たちが駆け寄ってくる。
健「おっと。じゃ、またな」
 走り出した健の後を追う娘たち。娘たちに混じっていたお和歌、准を突き飛ばして駆けて行く。

 井ノ原の長屋。張りかけの傘などがころがっている。井ノ原、出来かけの傘を閉じたり開いたりしているが、心ここにあらず、という様子。そこへ戸を叩く音がする。
「おう、入んな」
 戸を開けて入ってきたのは松岡。
「松岡……」
「探したぞ。邪魔してもいいか」
 井ノ原、黙って、一つしかない座布団を上がりがまちに置く。松岡、戸を閉めると、座布団に腰を下ろしたが、なかなか話を切り出せない。井ノ原は、わざとらしく傘を張り始める。
「井ノ原、先日はどうしたんだ」
「たまたま通りかかっただけだ」
「俺だけが召し抱えられて、お前には悪いことをした……」
「その話は止めにしよう」
「父上の葬儀の時、なぜ顔を出さなかった」
「……」
「俺も俺なりにお前にいい口がないかと思って……」
「仕官の話はやめろ。そんなことを言いに来たのか」
「……すまん……」
「お前が謝ることはない。俺には、召し抱えられるだけの努力も能力も足りなかったというだけの話だ。お前のせいじゃない」
「……また来てもいいか」
「ああ、茶も出せねえけどな」
「また来る。邪魔したな」
 言い残したことがある様子で出ていく松岡。松岡の去った後、井ノ原は無理に傘張りに集中しようとするが、ふと手を止める。

 井ノ原の回想シーン。
 井ノ原が縁側に腰を掛け、もろ肌脱ぎで体を拭いている。そばに太い木刀が立てかけてある。障子越しに話し声が聞こえて来たので、井ノ原、そちらに耳を向ける。室内が映ると、井ノ原の父(蟹江敬三)と、着替えを手伝いながら母(市毛良枝)が話している。
父「喜多川藩は松岡のせがれに決まったそうだ」
母「快彦は……」
父「だめだった。しかし、ああ短気な性格では、仕官しても何か悶着を起こして一族に累を及ばさぬとも限らぬ」
母「快彦に何と言ったらいいか……」
父「あいつにはわしから話す。友の仕官を妬むような奴ではあるまい。松岡のせがれには何か祝いを贈らねばならんだろうが、何がいいだろうか」
 部屋の外。体を拭くのを止め、気落ちしている井ノ原。
 回想、終わり。

 喜多川藩の屋敷。廊下ですれ違う橋爪と勝手方の黒部進衛門(黒部進)。橋爪の後ろには松岡が従っている。
 黒部が橋爪に声をかける。
黒部「橋爪殿、何かたくらんでおられるようですな」
橋爪「滅相もない。何をおっしゃる、黒部殿」
黒部「家老といえども、藩を危うくさせるようなことは許されませんぞ」
橋爪「はて、何のことやら」
黒部「いずれ決着をつけることになりましょう。御免」
 一礼して去っていく黒部。その後ろ姿をにらみつける橋爪と松岡。

(後編に続く)


 黒部進って誰だ? という方もいらっしゃるでしょうが、この人は、初代ウルトラマンのハヤタ隊員を演じた人で、そう、長野ファンの恋敵・レナ隊員こと吉本多香美の父親です。