夜。
 武家屋敷の座敷。
 上座の男の肩越しに、下座に座っている藤原が映っている。藤原の前には簡単な酒の膳。藤原は手酌で飲んでいる。
男「どうだ、景気は」
藤原「へい、また新しいのが入りまして」
「腕の方は」
「これが、珍しく柔(やわら)です」
「柔? ほう、藤原とどちらが上だ」
「へっへっへ、馬鹿になすっちゃいけません。まだまだあんな若造なんぞには負けません」
 そう言いながら、腕をたたいてみせる藤原。
 そこへ、廊下から、
「失礼します。お酒を持って参りました」
と女の声がして、障子を開け、女中が入ってくる。その女中の足許から映していき、顔が映ると、それは女中姿のめぐみ。

 博の部屋。
 上がりがまちに快彦。博は机の前に腕を組んで座っている。
快彦「内藤っていうのが関係してるかもしれねえ」
博「内藤……。そういえば、あの番頭(ばんがしら)も内藤といったな……」

(映像)大銀杏の根元で、死体に取りすがって泣いているめぐみを、内藤が気の毒そうに見ている場面。

快彦「あっ、その番頭(ばんがしら)なら俺も見たぜ」

(映像)川端の死体のそばに立つ内藤。
 与力が、
「では、内藤様、私が聞いて参りましょう」
と言うと、内藤が、
「いや、私が聞いてみよう」
と言う場面。

快彦「わざわざ番頭(ばんがしら)が乗り出すってのも妙だな」
博「ちょっと探ってみよう」

 内藤の屋敷。
 藤原が帰ったあと、一人手酌で飲んでいる内藤。そこへ、
「片付けに参りました」
と、めぐみが入ってくる。内藤がそれへ、
「これも下げてくれ」
と言って杯を膳に置く。めぐみが、
「はい」
と答え、内藤の前に膝をつき、膳を持とうとすると、内藤はその手首をさっと握る。
 めぐみ、ハッとして、
「何をなさいます」
「よいではないか。悪いようにはせん」
「おやめください」
 めぐみは必死に逃げようとするが、内藤は薄笑いを浮かべたまま、握って離さない。
 恐怖に震えるめぐみの顔。

 翌朝。
 昌行の長屋。
 昌行は箒を手に部屋の掃除。戸口から、お和歌が洗い物そっちのけでおかみさん連中とおしゃべりに夢中になっているのが見える。それを見て、ため息をつく昌行。

 内藤の屋敷の勝手口。
 お蘭を連れた博が、
「ごめんくださいまし」
と声をかけ、入っていこうとする後ろ姿。しかし、博とお蘭はすぐに、背中を見せたまま下がって出てくる。その向こうから出てきたのは柄本。
 柄本は不思議そうに博を見つめ、
「どうもお前とは切っても切れねえ縁があるようだな」
 顔色を失った博、
「お、親分さん。どうしてここへ」
柄本「お前こそ、何だって内藤様のお屋敷に来たんだ」
博「内藤様というと、あの番頭(ばんがしら)の?」
「ああ、知らなかったのか」
「へい、こんな立派なお屋敷ですから、何か仕事がいただけるのではないかと思いまして」
「そうかい。とにかく今日はだめだ」
と言いながら、柄本は声を潜めて屋敷の方をうかがい、
「死人が出たんだ」
 顔を見合わせる博とお蘭。
博「こ、殺しですか」
「そうじゃねえ。女中が一人、首をくくりやがった」
「首を……」
 柄本は博に顔を近づけ、
「ほれ、あの大銀杏のところで殺されてた浪人の女房。内藤さまが気の毒がって奉公人としてお雇いになったんだが、死んだ亭主のことが忘れられなかったらしい、という話だ」
 博は一歩下がりながら、
「そりゃあ、気の毒な」
 柄本は声を潜めると、博の耳に口を当てんばかりにして、
「だがな、おめえにだけ教えるが、仏は手足にずいぶん傷があってな。まるで取っ組み合いでもしたあとみてえだった。首吊りの仏はずいぶん見たが、あんなのは初めてだ」
 そこへ、屋敷の中から、
「柄本、どこだ」
と呼ぶ声がする。柄本は、
「へい、今参ります」
と答え、博に、
「そういうわけだ。あんまりうろうろしねえほうがいいぜ」
と言って屋敷に入っていく。

 昌行の長屋。
 寝ころんで絵草紙を見ているお和歌。手には煎餅。
 お和歌が煎餅を食べると、こまかい屑が絵草紙の上に落ちる。お和歌は、絵草紙を逆さにして畳の上に屑を落とし、そのまま読み続ける。

 並んで歩く博とお蘭。
お蘭「かわいそうな話だね」
博「そうだな……。後追い心中ってやつか」
お蘭「おいらも、兄貴にもしものことがあったら」
博「馬鹿なこと言うんじゃねえよ」

 飯屋で一人飲んでいる稲垣。簡単な料理が前にある。
 少し離れたところに快彦が座り、これもちびりちびりと飲みながら、稲垣の様子をうかがっている。稲垣は全く気づかぬ様子で、右手に杯を持ち、左手に持った箸で煮物を口に運んでいる。

 通りを歩く稲垣。そのあとをつける快彦。
 博たちとすれ違い、快彦は、博に向かって稲垣の方へ顎をしゃくってみせる。頷く博。
 快彦が通り過ぎてから、博はお蘭に向かい、
「今日はもうやめにしよう。先に帰れ」
「何でさ」
「こう物騒じゃ、あんまり出歩かねえほうがいいだろう。うちで大人しくしてろ」
「兄貴はどうすんのさ」
「俺は口入れ屋でものぞいてから帰る。とにかく先に帰れ」
「うん……」
 不満そうに頷くお蘭。

 夕方。
 寂れた寺の境内。
 中央に立った稲垣が、崩れかけた山門の方へ声をかける。
「出てきたらどうだ」
 山門の陰から快彦が姿を現す。
「気づいてたのか」
「わざと気づかれるようにつけていたのだろう」
 稲垣はそう言いながら、快彦の腰を見て、
「刀はないのか」
「俺は柔(やわら)だ」
 快彦は稲垣の前に歩み寄り、
「近頃の殺しはお前さんがやったんだろう」
「だとしたらどうする」
「別にどうもしねえが……。知りたいことがある」
 稲垣は少し笑い、
「知ってどうする」
と言うと、本堂に歩み寄り、賽銭箱の後ろの階段に足をかける。
 山門の裏に昌行と博が現れ、二人の様子をうかがう。
 稲垣は、刀をはずし、左手で鞘の尻に近いところを持って階段に腰を下ろす。快彦はそれを見て、自分も階段に上り、稲垣の左側に少し離れて腰を下ろす。
稲垣「藤原屋のことか」
快彦「それもある。からくりが知りたい」
稲垣「聞いてどうする」
快彦「……」
 稲垣は快彦を見て少し笑う。
稲垣「柔(やわら)をやっていると言ったな」
「ああ」
「ずいぶん修行したんだろう」
「まあな」
「修行を積んでどうする」
「どうって……強くなる」
「強くなった後は?」
「後は……。後なんかどうでもいい、とにかく俺は強くなりたい」
「誰にも負けないほど強くなって、その腕で仕官でもするか。それとも自分の道場を持つか」
「何が言いたい」
「俺も名人と言われるようになりたかった。それで、人に後れをとらぬよう工夫も重ねた」
 快彦は黙って稲垣の横顔を見ている。稲垣は快彦の方を見ずに言葉を続け、
「しかし、それでどうなる。俺は、真剣での勝負なら誰にもおくれをとらないようになった。しかし、それだけだ。その先はない。俺は、自分の腕を生かせる道を探した。それが賞金稼ぎだった」
「それで藤原屋に……」
「からくりはすぐに分かった。一人につき二十両と言われたか」
 稲垣はそう言って快彦の顔を見る。快彦は黙って頷く。稲垣は再び前へ顔を向け、
稲垣「ところが、お上からは一人につき百両出ているそうだ。八十両は、藤原屋と誰かが山分けしてるわけだ。つまり、殺されるやつが多ければ多いほど、そいつらは懐が潤うことになる」
快彦「すると、何の罪もないやつを……」
「罪がない訳じゃない。金目当てに賞金稼ぎになって、人を殺してきたんだからな。賞金首だと言われたからといって、ほんとうにそう信じていたかどうか分かったものではない」
「すると、大銀杏のところで殺されてたのも……」
「そうだ、もと賞金稼ぎだ。賞金稼ぎに誘い込んでは新しい賞金稼ぎに殺させる。殺されたやつは賞金首だったことにする。これで金が入るわけだ」
「知っていてやっていたのか」
「ああ。腕を生かせるからな。しかし、馬鹿らしくなって止めた。今まで抜けたやつはみんな殺されている。きっと俺のところにも新しい賞金稼ぎが差し向けられる。どこまで逃げ延びられるか試してみようと思ってな」
 快彦はじっとその横顔を見る。
 稲垣はフッと笑い、快彦の顔を見る。
「どうする。やるか?」
「何だか気が進まねえな」
「俺をやらんと自分が狙われるぞ」
「しかし、一度やると、ずっとやり続けなくちゃならないわけだよな」
「一度足を踏み入れた以上、もう逃げられん」
「やるしかないのか」
 快彦がそう言ったとたん、稲垣は刀を横にして右手で柄を握る。快彦はすっと間合いを詰め、稲垣が左手で持っている鞘を握る。
快彦「ぐっさりはごめんだ」
 稲垣は驚愕の表情。
「なぜ分かった」
 快彦は鞘を握ったまま、
「この刀は竹光ほどの重さしかない。そして、やられたやつは切られたんじゃなく、突かれていた。何よりも、お前さんは左利きだ」
 稲垣は無言のまま快彦を見つめる。
快彦「たいした工夫じゃねえか。偉いもんだ」
 稲垣は皮肉っぽい笑いを浮かべ、
「偉いものか。こんなものは邪剣だ。手の内を見た者は殺すしかない」
と言いながらも、殺気はない。快彦は、ゆっくり手を離して一歩下がり、
「勝負は後にしてもらえねえか」
 稲垣は柄から手を離し、
「なぜだ」
 快彦は階段を下り、上にいる稲垣を見上げ、
「俺は口入れ屋をやらなくちゃならねえ。ここでお前さんにやられちまったらそれができなくなるからな」
「なぜあいつをやる」
「やりたいからさ」
 快彦はそう言い、山門の方へ歩いて行く。稲垣は黙ってそれを見送る。
 山門を出た快彦は、昌行と博に頷いて見せ、先に立って歩き出す。昌行と博はすぐに横に並んで歩き出す。
 稲垣はそれを見て、あとをつけていく。

 藤原屋の離れ。
 廊下に警護の侍が二人。
 中には、向かい合って酒を飲んでいる内藤と藤原。
藤原「どうも、ろくなもてなしもできませんで」
内藤「なあに。屋敷にいるよりはずっといい。それに外では人目があるしな」
「何かあったんですか」
「ちょっとけがれが、な。女が首をつった」
「女?」
「ああ。せっかく目をかけてやろうと思ったのに。死んだ亭主に義理立てしやがって」
 廊下からかすかにうめき声が聞こえる。二人はそれを聞いて手を止める。
 内藤が廊下に向かって、
「どうした」
と声をかけるが、返事はない。
 藤原が立ちあがり、障子を開けて外を見ると、暗い庭に快彦が立っている。廊下にいた侍は眠り込んでいるように見えるが、その首には吹き矢が刺さっている。藤原は警戒しながら、
藤原「どこから入った」
快彦「大事な話がある。来てくれ」
「なんだ」
と言いながら廊下に出て、沓脱ぎに片足をおろした時、闇の中からフッと音がして、藤原の首に吹き矢が刺さる。それに驚いて、藤原は足を踏み外し、庭に倒れる。
 部屋の中でその音を聞いた内藤、
「どうした」
と顔を出すと、廊下に昌行が立っている。昌行は無言のままさっと内藤の口を右手で押さえ、部屋に押し込む。右手に持ったカミソリが行灯の火を反射させて光る。
 藤原は首に刺さった吹き矢を払い落とし、部屋に戻ろうとするが、快彦が後ろから首を締め上げる。
 部屋に障子に、後ろから内藤を抱えるようにして口を押さえ、右手のカミソリを振りかざしている昌行の影が映る。その影の右手が動くと、血しぶきが音を立てて障子に斜めに走る。崩れていく内藤の影。
 庭の藤原は、簡単に快彦の腕をはずし、投げ捨てる。快彦はすぐに立ち上がり、組み付くが、腕をとられ、庭に押さえ込まれる。昌行が廊下から藤原めがけて飛び降り、蹴りつけると、藤原は快彦を放し、昌行の頭をつかんで頭突きをくらわす。昌行は、あまりの痛みに、気を失いかけてしりもちをつく。
 またフッと音がして、藤原の背中に吹き矢が刺さる。ほとんど同時に、快彦が脇腹を蹴る。藤原は全く動きが鈍ることなく、快彦に向かっていく。快彦が藤原のみぞおちを蹴りつけると、藤原はその足を捕らえて立ったままアキレス腱固め。苦痛に顔をゆがめる快彦。歯を食いしばり、何とか逃れようとするが、藤原は手を離さない。
 暗闇にいた博は、驚きの表情で、
「あいつには聞かないのか」
とつぶやくと、快彦を助けようと飛び出す。しかし、一瞬早く、別の方角から人影が飛び出し、藤原の前に立つ。それを見て驚く藤原。
「お、お前は」
 そこに立っているのは稲垣。
「どういうつもりだ」
 藤原が快彦の足をはなし、稲垣の方へ踏み出すと、稲垣は無言のまま刀の柄に手をかける。稲垣が右手で刀の柄を握り、その手で前を払うのと同時に藤原が飛び込み、その右腕を押さえつける。しかし、グサッ、と音がして苦痛にゆがむ藤原の顔。
 藤原の腹には刀の鞘がめり込んでいる。稲垣が左手に握ったその鞘を引くと、短い刃がついている。稲垣の右手に握られているのは刀の柄だけ。柄に見えた部分が鞘で、鞘の部分が柄の仕掛け刀。右手で切ると見せかけて左手で突いていた。
 稲垣は無言のまま下がろうとするが、藤原は足を前に運び、
「この野郎」
と言うと、稲垣に覆い被さるようにして頭を右脇の下に抱え込み、首を締め上げる。稲垣は逃れようとするが藤原は離さず、膝で稲垣の胸のあたりを何度も蹴り上げる。蹴りながら、藤原は快彦たちをにらみ回し、
「お前ら、裏の稼業のもんだろう。へっ、俺一人をやったってな、この後、上方(かみがた)から……」
 やっと吹き矢の薬が回ってきたのか、藤原のろれつが回らなくなる。
 快彦はそれを聞いて一瞬迷うが、稲垣が苦しんでいるのを見て、続けざまに藤原の後頭部を蹴りあげ、それでやっと藤原の体が崩れ落ちる。
 昌行と博も一緒に稲垣を藤原から引き離すが、すでに稲垣は虫の息。
快彦「大丈夫か」
 稲垣は目を開け、快彦を見上げる。
快彦「何でここへ来た」
稲垣「せっかく面白い勝負ができそうな相手に会ったのに、殺されてはつまらんからな。あとをつけてきた」
 博はしゃがんで稲垣の体を調べ、首を振る。
稲垣「残念だが、勝負はできなかったな。これも悪事の報いだろう……」
快彦「……」
 稲垣はぼんやりと三人を見上げ、
「そもそも、金を貰って人をあやめるようなことをしてはいかんのだ……」
と言って目を閉じ、動かなくなる。
 無言で顔を見合わせる昌行たち。

 翌朝。
 昌行の長屋。
 布団から体を起こした昌行の顔を見て、お和歌がびっくりする。
「なんだいお前さん、そのおでこ」
「ん?」
 昌行のおでこには、藤原に頭突きを食らった後が、立派なたんこぶになって残っている。
「道理で頭がいてえわけだ。酔っぱらって、柳かなんかにぶつかったのは覚えてるんだが……」
「全く、みっともないったらありゃしない」

 快彦の長屋。
 頭の後ろで腕を組み、仰向けになって天井を見上げている快彦。博がその足に湿布を貼ってやっている。お蘭が、そばで興味深そうに見ている。
 天井を見上げたままの快彦、
「強くなってどうする、か……」

 昌行の長屋。
 昌行は濡らした手ぬぐいで額を冷やしている。
お和歌「お前さん、今日は休むんだね」
昌行「ああ、これじゃ客の前に出られねえ」
「じゃ、留守番しておくれ。ちょいと芝居見に行ってくるからさ。なんか、上方(かみがた)から若くていいのが来てるらしいんだよ」
「上方から……」
「お昼は自分で適当に何か食べとくれ」
と言って出ていくお和歌。しかし、すぐに引き返し、戸口から、
「せっかく家にいるんだから、隅から隅まできれいに掃除しておくんだよ、いいね」
と言い捨てて去っていく。
 ため息をつく昌行。


 次回は、「苦労人&料理人スペシャル」の予定なんですが……。
 上方(かみがた)から一体何が来るんでしょうねえ。

1999.10.30 hongming