必殺苦労人
「惚れた女」(後編)

 博の長屋。快彦、濡らした手拭いで顔を冷やしている。腑に落ちない表情の神取、
「一体、どういう訳なのか聞かせてもらいたいね」
昌行「何というか、その……」
博「ちょっとあの男を脅せば金になるという話があって」
神取「何だって。あんたら、ゆすりを働くような連中だったのか」
昌行「そ、そうじゃねえんだ。あの男が無理矢理ある娘を自分のものにしようとしてるっていうんで……」
 困った表情の昌行と博。そこへ快彦が、
「忍さんこそ、なんであそこに」
と尋ねたが、それを聞いた昌行、
「忍さんて、まさか……」
と快彦と神取の顔を交互に見る。快彦、しまった、という表情。一方神取は、最初言葉に詰まったが、思い切って話し始める。
「あの屋敷に、仇が住んでいるんだ……」

 八名の屋敷。並んで座っている八名と赤井。二人とも厳しい表情。前にお蘭と母親を座らせ、詰問している。
八名「一体、どういうつもりなんだ」
赤井「そんなに俺が嫌いかい」
 俯いていたお蘭、顔を上げると、
「二人とも人殺しのくせに」
八名「何を言うんだ」
麻丘「お蘭!」
お蘭「わたし、知ってます。この家にある財産はもとはと言えば神取さんのもの。それを、二人で神取さんを陥れて横取りして……」
八名「黙れ」
麻丘「お蘭、やめなさい」
お蘭「やめません。母上だって御存知だったはずです。わたし、伯父上も赤井様も母上も大嫌いです!」
 八名、ぱしっとお蘭の頬を叩く。お蘭、すぐに顔をあげ、八名をにらむ。苦い顔の赤井。目に涙を浮かべ、横を向く麻丘。

 博の長屋。
昌行「そうだったんですか。ずいぶんひどい目にあったんですね」
博「それで仇討ちのために柔(やわら)を……」
神取「いや、柔はもともと好きでね」
快彦「ぜひ、仇討ちの助太刀をさせてください」
神取「助太刀はいらない。一人でやる。それに、言っちゃあ悪いけど、かえって足手まといだ」
 しゅんとなる快彦。昌行と博、ちょっと同情した目で快彦を見る。
博「やはり、堂々と勝負しますか」
神取「そういう相手じゃない。今夜にでも乗り込んでってやってやる」
昌行「で、仇討ちが終わったらどうします」
神取「どうするって?」
昌行「例えば誰かと所帯を持つとか……」
 慌てて昌行を黙らせようとする快彦。
神取「あたしが? バカ言ってんじゃないよ。がっはっはっは」
 昌行、快彦を見てにやりと笑う。

 八名の屋敷。さるぐつわをされ、後ろ手に縛られたお蘭を、八名が暗い座敷に突き飛ばして入れる。
「そこで頭を冷やしていろ」
 それから、隣に立っている赤井に、
「念のために浪人どもをやとっておいた。お前さんも、しばらくこの屋敷にこもっていたほうが安全だ」
赤井「さっきやられたのは不意をつかれたからです。私は用心棒など入りません。しかし、八名殿をお守りするためにここにいましょう」

 博の長屋。
神取「じゃ、あたしは行くから。しっかり養生しな」
 戸を開けて出ていく神取。それを見送る三人。
昌行「と、いうことだ」
 快彦、むきになり、
「何が、と、いうことだ、だ。まさかお前ら忍さんを一人で行かせる気じゃねえだろうな」
博「まさかって、本人がああ言ってるんだから」
快彦「力になってやりたいと思わねえのかよ」
昌行「力になるって、そりゃあ逆だろう」
快彦「とにかく俺は行く。見殺しにゃできねえ」
 顔を見合わせる昌行と博。
昌行「今回はただ働きってわけか」
快彦「博が娘に貰った金があるだろう。さっきの赤井って男もやっちまうんだから、それで娘の頼みを聞いたことにもなる」
昌行「やるったって、八名とあの男は忍さんにやらせないと仇討ちにはならねえだろう」
快彦「だから、陰から手助けするんだよ」
博「一人一分(いちぶ)ずつだぜ。ま、いいか」
 苦笑しながら頷く昌行。

 緊張した面もちで夜の町を歩いている神取。

 八名の屋敷。庭を見回っている浪人者。

 夜の町を小走りに行く昌行、博、快彦。

 暗い座敷でもがいているお蘭。

 神取より先に八名の屋敷の前に来た三人。顔を見合わせて頷くと、三方に別れる。

 屋敷の中。八名と差し向かいで酒を飲んでいる赤井。赤井、後頭部が痛むらしく、時々手を当てる。

 八名の屋敷の門。神取が門をドンドンと叩き、
「八名殿にお目にかかりたい。急用があって参った」
と声をかけると、浪人の一人がわきのくぐり戸をあけて顔を出す。神取、すかさずその浪人の首根っこをつかみ、引きずり出して当て身を食らわす。崩れ落ちる浪人。神取はくぐり戸を通って中に入る。

 屋敷の中。門の所で音がしたのを聞きつけて、浪人たちがそちらへ向かう。植え込みの陰から、博が吹き矢でその中の一人を倒す。離れたところにいた快彦も、自分の前を通りかかった浪人を捕まえて絞め落とす。別の場所では、昌行が一人でいた浪人の後ろから忍び寄り、肩を叩く。相手が振り向いた瞬間、左手に握っていた土を顔に投げつけて目つぶしにし、右手のカミソリで、浪人の左手の筋を断ち切る。浪人、左手を押さえてのたうち回る。

 座敷の中。外の騒ぎに気づいた八名と赤井が杯を持った手をとめる。

 屋敷にあがった神取。手当たり次第に浪人を叩きのめして廊下を進んでいく。
 次々に廊下に面した襖を開けて行くが、どこも中は空。お蘭のいる座敷の襖も開けるが、中が暗いのでお蘭に気がつかず、襖を開けたまま通り過ぎる。
 お蘭は奥で身を固くして外を見ているが、しばらくすると、音もなく博が中に入ってきて襖の陰に隠れる。博、奥に転がっているお蘭には全く気がつかない。外の明かりに博の横顔がくっきり浮かび上がる。それを見て息を呑むお蘭。お蘭の脳裏に、下駄の鼻緒を直している博の姿が浮かぶ。博、筒を口に当てて、フッと吹き、外の様子を見て出ていく。それを目で追うお蘭。
 博がいなくなると、部屋の奥の襖が開き、母親が入ってきて、お蘭のさるぐつわをとる。
「お蘭、何だか大変なことになりそうなの。お前はお逃げなさい」
「母上も一緒に」
「一緒では怪しまれます。別々に逃げましょう。いろいろ隠したままで……堪忍してね」
と言ってお蘭を抱きしめ、
「父上のお墓で待っていますよ。」
と言うと、お蘭の手を縛っている縄に懐刀で切れ目を入れてさっと奥へ行く。

 八名と赤井のいる座敷。廊下の障子を開けて神取が入ってくる。
神取「八名、やっと会えたな」
 後ずさりする八名。赤井、八名の前に立ち、
「あの世の親にしてみりゃあ、お前が男でなくて残念だろうな」
と言うと、ボクシングの構え。神取の顔に緊張が走る。
 赤井、すっすっと神取に寄っていき、軽いジャブ。神取、一歩下がる。赤井、にやりと笑うと、思い切り右ストレートを打って行くが、それを待っていた神取、その右腕をつかむと一本背負いで投げ飛ばし、そのまま腕ひしぎ十字固めに入る。赤井、慌ててじたばたするが、神取は離さない。神取が、目は八名をにらみつけたままぐいっと力を入れると、ぼきっと音がし、赤井は悲鳴を上げて右肘に左手を当てる。神取、赤井の右手を離すと赤井の体を起こし、裸絞め。赤井、あっという間に絞め落とされる。
 それを見た八名、廊下に出て走り出す。しかし、その前にカミソリを手にした昌行が立ちはだかる。八名、慌てて反対側に走って行くが、今度は博が立ちはだかっている。庭に目を向けると、快彦が立っている。やむを得ず、神取がいる座敷へ後ずさりしていく八名。
 座敷の中の神取。外が暗いので、外に三人がいることに気づかない。八名を追って外へ出ようとしたところへ、後ろ向きに八名が入ってくる。神取、その肩をつかんで振り向かせると、思いっきり張り手。八名がしりもちをつくと、無理矢理引きずり起こし、抱きかかえてバックドロップ。八名は気を失うが、それでも抱きかかえバックドロップを更に二回繰り返す。
 外でその音を聞いている三人。
 息絶えた八名を見下ろす神取。

 しばらく手を動かしてやっと縄からのがれたお蘭、急いで奥へ行くが母の姿はない。
 廊下に出ると、庭に浪人が何人か倒れている。動かないのもいれば、うめき声を立てているのもいる。座敷に入ると八名と赤井の死体。お蘭は、死体にはちらっと目を向けただけで、母親の姿を求めて座敷を見回す。

 八名の屋敷の門。神取がさっぱりした顔で出てきて、夜の町へ立ち去る。それを物陰から見送る三人。

 お蘭、母親がいるのではないかと自分と母親の部屋へ行く。襖を開けると、そこにあったのはのどを突いて自害した母の死体。それを凝視するお蘭。母親の、「お前を女に生まなければ、こんな思いはさせなくて済んだのに……」「父上のお墓で待っていますよ」という声が聞こえる。

 朝。昌行の長屋。お和歌が一人で朝食をとっているところへ昌行が帰ってくる。
昌行「お和歌、済まねえ、黙って一晩留守にしちまって」
お和歌「一体どこに行ってたんだい」
昌行「それが、博と飲んでたら盛り上がっちまって……」
お和歌「そんなに博さんがいいなら、あたしと別れて博さんと所帯持ちな」
 昌行、愛想笑いしながら、畳の上にあがり、お和歌の方へすり寄っていく。
「まあ、そう言うなよ。俺の分の飯は?」
お和歌「そんなもんないよ。博さんに手料理でも作ってもらったらいいだろ」
昌行「そうすねないでくれよ。ほら、肩でも腰でも揉むからさ。何か食わしてくれよ」
 お和歌、ふん、と横を向く。

 一膳飯屋で飯をかきこんでいる昌行。飯屋の前を博が通っていく。カメラが博の後ろ姿を追って行くと、男のような身なりをしたお蘭がその背中を叩く。
「兄貴」
 振り向いた博。お蘭を見ても、あまりにも格好が違っているので誰だか分からない。
「どちらさんでしたっけ」
お蘭「誰でもいいじゃないか。おいら、あんたの弟子になりたいんだ」
 その声を聞いて思い出した博。
「たしか、あの時のお嬢さん……」
「もうお嬢さんじゃないんだ。いいだろ、弟子にしてくれよ」
「弟子ったって、手軽屋には師匠も弟子もないよ」
「いいからさ、弟子にしておくれよ。おいら、兄貴から離れないよ」
 途方に暮れる博。

 船着き場。男たちが荷物を運んでいる。その傍らで立ち話をしている快彦と神取。昌行と博、博にくっついてお蘭もそばにいる。
快彦「どうしても行くんですか」
神取「ああ。願いも叶ったし、もう江戸に用はない」
昌行「これからどちらへ」
神取「この船が行くところまで。着いた所に道場があれば、そこで修行する」
快彦「何もよそに行かなくても……」
神取「いやあ、ひとところに落ち着いていられない性分でね」
 そこへ船の上から声がかかる。
「風が出てきた。すぐ出るぜ」
 神取、そちらへ向かって、
「あいよ」
と返事をすると、四人に向かって、
「それじゃあ」
と手を振り、船へわたした板の上を歩き始める。
 その後ろ姿へ向かって快彦、
「また江戸に来てくれますか」
と声をかける。神取、振り向いて、
「帰ってくるよ、きっと」
と言うと、手を振り、船の中に消える。
 板がはずされ、船は風を受けて離れていく。じっとそれを見ている快彦。
 お蘭が元気づけようと声をかける。
「帰って来るって言ったんだ。また会えるさ」
 快彦、船に目を向けたまま、
「いや、あの人は帰ってこない。俺には分かる……」
 目に涙を浮かべ、船を見送る快彦のアップ。

 と言うわけで、鈴木蘭々がレギュラー入りです。そんなの嫌だあという人もいらっしゃるでしょうが、話の展開上、必要なんですよ。
 次回は、あの番組でおなじみのあの人たちがゲストです。

(hongming 9.6.20)