川端。ぼんやりと釣り糸を垂れている快彦。浮きがぐんぐん水の中に引き込まれて行くが全く気づかない。通りかかった昌行が声をかける。
「おい、引いてるぜ」
快彦「何が」
昌行「何がって、浮きを見てみろよ」
快彦「浮きなんざどうでもいい」
 昌行、快彦の顔をのぞき込む。快彦は全く心ここにあらずという表情。仕方なく、
「ちょっと貸してみろよ」
と言って竿をひったくると、魚を釣り上げる。
「ほら、かかってたじゃねえか」
 快彦、膝を抱くと、
「そうかい」
と言ったまま魚には目もくれず水面を見ている。
 昌行、魚をはずすと魚籠(びく)に入れ、心配そうな顔で快彦を見る。
「具合でも悪いのか」
快彦「なあ……。聞きたいことがあるんだが」
昌行「何だ、急に」
快彦「所帯を持つってのは、どういう感じかな」
昌行「どういう感じっていわれてもなあ……」
快彦「(急に勢いづいて昌行の方を向き)やっぱり、惚れた女がいたら、所帯を持ちたいって思うのが普通だよな」
 昌行、あきれて快彦の顔を見る。
快彦「な、そうだよな」
昌行「そりゃそうだろうけど……」
 快彦、突然立ち上がる。
「よし、決めた。俺は所帯をもつぞ!」

必殺苦労人
「惚れた女」

 ある武家屋敷。座敷で侍が二人(主人は八名信夫。客は赤井英和)、話をしている。
八名「いよいよ江戸に現れたか……」
赤井「ねらいはもちろん」
八名「しっ!」
 二人が障子の方に目を向けると、開けて入ってきたのは娘のお蘭(鈴木蘭々)。仕立てのいい着物を着ている。お茶を載せた盆を持っている。
 赤井が、
「お蘭殿、そのうち芝居でも一緒にいかがかな」
と声をかけるが、お蘭は軽く会釈をして、お茶を置くと出ていく。
八名「気むずかしい年頃でな。わしも手を焼いておる。あんなのを嫁に貰うと、苦労するぞ」
赤井「いやいや、お蘭殿と一緒になれるのなら苦労とは思いません」
八名「あれの母親はわしにはさからわんのだが、お蘭はなかなか言うことをきかんのだ」
赤井「しかし、八名殿は親も同然でございましょう」
八名「そんなにあの娘が気に入ったか」
赤井「はい。だからこそ、あんなことにも手を貸したのです」

 盆を持って台所へ戻ったお蘭。沈んだ顔。それを見て、かまどの前にいた母親(麻丘めぐみ)が声をかける。
「お蘭、お客は赤井様だったのかい」
「はい」

 昌行の長屋。昌行、お和歌の肩を揉んでいる。
昌行「なあ、所帯を持つってのはいいことかな」
お和歌「なんだい出し抜けに。そりゃあ、いいに決まってるじゃないか」
昌行「どんなところがいいのかな」
お和歌「そりゃあ、亭主がいりゃあ、こうして肩も揉んでもらえるし、亭主の稼ぎで毎日遊んでいられるし。こんなにいいことはないよ」
昌行「そういうことか」
お和歌「あんた、まさかあたしと所帯持ったのを後悔してるんじゃないだろうね」
昌行「ま、まさか。そんなことあるわけねえじゃねえか」
お和歌「そうだよね。あ、そこもっと強く」
 昌行、そっとため息をつく。

 「武威六流柔術道場」と書かれた看板。
 道場の中。「えいっ」「参った」などの声が響く。正座して順番を待っている稽古着の快彦。うっとりとした目で稽古を見ている。隣では門弟が小声で話し合っている。
「うちの道場に来たばかりなのに本当にすごいな」
「全く。しかし、ああいうのは御免こうむりたいな」
「いや、むしろあの人の嫁になりたいというのは多いんじゃないか」
「そうかもしれんな」
 快彦、小声で笑っている二人をにらむ。それに気づいた二人が黙ると、またうっとりとした目で稽古に目を向ける。

 髪結いの店の前。博が鏡の台を直している。わきにしゃがんでそれを見ている昌行。
博「八名という家を知ってるか」
昌行「やな? めずらしい名字だな。その家がどうした」
博「その家を捜して欲しいと頼まれた。何か訳ありらしい」
昌行「ほう」

 道場。快彦、「次っ!」と声をかけられ、喜んで立ち上がる。がっしりした後ろ姿の相手と組むがすぐに投げ飛ばされる。それでも顔は満足そうな笑顔。
「まだまだっ」
と、快彦の手を引いて起こしたのは女柔術家(女子プロレスラー・神取忍)。

 昌行と博。
博「その頼み主というのがすごくて」
昌行「すごいって、どうすごい」
博「何というか……。女丈夫ってやつかな」
昌行「強そうなのか」
博「ありゃあ相当のもんだ。組んだら快彦でも勝てないだろう」
昌行「快彦と言えば、所帯を持ちてえなんて言ってたぜ」
博「所帯? あいつが……」
昌行「だけどな、所帯を持つってのも考えもんだぜ」
博「?」

 八名の屋敷の玄関。出かけようとするお蘭を八名が見かけ、声をかける。
「どこへ行く」
お蘭「父上のお墓に」
八名「そうか。すぐに戻るのだぞ。お前の母親がここにいることを忘れるな」
 お蘭、俯き、小声で「はい」と答える。

 道場の裏の井戸。もろ肌脱ぎになった快彦が体を拭いていると神取がやってくる。あわてて着物に袖を通し場所を空ける快彦。神取、快活に、
「暑いね」
と言ってもろ肌脱ぎになる。神取は、腹から胸までさらしで巻いてある。快彦はどきまぎし、
「し、忍さん。そ、そんな格好で……」
 神取、全く気にせず、
「いやあ、汗かいちゃったよ」
と言うと、手拭いを絞って体を拭き始める。目のやり場に困る快彦。
 そこへ門弟が数人、話をしながらやってくる。慌てた快彦、神取の前に両手を開いて立ちはだかり、門弟に向かって、
「来るなっ。み、見るなっ」
 あっけにとられる門弟と神取。

 寺の前。墓参りの帰りのお蘭。突然下駄の鼻緒が切れて転ぶ。そこへ通りかかった博が手を貸して助け起こす。お蘭、博が手にしている旗に「手軽屋」と書いてあるのを見て、
「手軽屋さんて、鼻緒も直せるの?」
と聞く。博、にっこりして、
「下駄屋のようにはいきませんが」
と言うと、さっと手拭いを裂いて応急処置をする。
博「これでとりあえずは歩けるでしょう。後は、下駄屋ですげてもらいなさい。これはかなりの上物だ。手拭いの鼻緒じゃかわいそうだ」
お蘭「お幾らですか」
博「こんなもの、お代を頂くようなことではありません。何か、もっと大きな仕事があったら呼んでください。たいていことはお引き受けいたします」
 そう言って博が立ち去ろうとすると、お蘭、慌てて博の袖をつかみ、そばにあった地蔵堂の陰へ引っ張っていく。

 博の長屋。三人が集まっている。真剣な顔の昌行と博。聞いているのか聞いていないのか分からない快彦。
博「いくら手軽屋でもそんな仕事はできないって断ったんだけどな」
昌行「縁談をあきらめるようにしてやればいいんだな」
博「そうなんだ。いろいろ訳ありのようでね」
昌行「最近、お前の仕事は訳ありばっかりだな」
博「ちょっとおどかせばいいんじゃないかと思うんだが、どうだろう」
昌行「(快彦に)お前はどうだ」
快彦「いいんじゃない」
博「しかし、相手は拳法か何かの使い手らしいぜ」
快彦「笑わせるな。俺にかかっちゃ赤ん坊も同然だ。それに、俺も忍さんと一緒になるのに所帯道具そろえなくちゃならないんで、いろいろと物入りだし」
 顔を見合わせる昌行と博。

 夕闇の中を歩く赤井英和。そっと後をつける三人。赤井、八名の屋敷の門をくぐる。それを見た博、
「あの家は……」
昌行「どうした」
博「あれが頼まれて捜した八名という家だ」
昌行「ほう」
 ひとまず立ち去る三人。物陰からその三人を見ている人影。

 八名の家から出てきた赤井。再び後をつける三人。更にその後をつける人影。人気のない所まで来たとき、三人はさっと赤井を取り囲む。
快彦「ちょいと、兄さん。横恋慕は困るな」
赤井「なんのことだ」
昌行「お嬢さんのことさ。痛い目にあいたくなかったらおとなしくあきらめな」
博「お前さんとじゃ、親子ほども歳が違うんじゃないのか」
快彦「俺たちみたいな悪い虫がついてる相手なんだぜ」
 そう言いながら快彦が組み付き、投げ飛ばそうとするが、一瞬早く、赤井のパンチが顔に当たる。ぐらつく快彦。それでも赤井をつかもうとするが、続けてパンチをくらい、気を失って倒れる。昌行と博、慌てて赤井を取り押さえようとするが、これも赤井に一発ずつ殴られ、しりもちをつく。昌行と博の顔に恐怖の色が走った瞬間、飛び出してきた人影が赤井を後ろから抱きかかえ、バックドロップで投げる。赤井、後頭部から地面にたたきつけられ、頭を抱えてうめき声をあげ、のたうち回る。
「大丈夫か」
と、声をかけたのは神取。
博「あ、あんた」
神取「なんで快彦さんとあんたが一緒にいるんだ」
博「い、いろいろあって……」
 昌行、何とか立ち上がり、
「とにかく逃げよう」
 神取、さっと快彦を背負う。博、
「とりあえず俺の家へ」
と言うと、先に立って走り出す。神取、快彦を背負ったまま軽々と走る。昌行は、後ろの様子を見ながら後に続く。

 八名の屋敷。母親がお蘭をなだめている。
「お前は嫌かもしれないけど、わたしも親の言いなりになって嫁入りしたの。でも、お前の父上はとてもいい人でしたよ」
「でも……」
「わたしも、お前の父上が亡くなってから、ずっと兄上の世話になってきたし……」
「兄弟なのに、どうして父上と伯父上はあんなに性格が違うの」
「しっ。声が大きい」
 母親、お蘭のそばにより、抱きしめる。
「ごめんね、お蘭」
「母上……」
「お前を女に生まなければ、こんな思いはさせなくて済んだのに……。堪忍しておくれ」
 お蘭と母親、抱き合って泣く。

(後編に続く)


 えへへ。快彦の惚れた相手、いかがでしょう。神取忍を知らないという人は「ミスター女子プロレス」「女子プロレス界最強の男(!)」と呼ばれている人だ、ということで適当にイメージしてください。イノッチよりずっと年上です。

(98.6.13.hongming)