茶店の店先。並んで座って餅を食べている博とお蘭。わきでは、幼い子供を二人連れた女が子供に餅を食べさせている。
博「明日は引っ越しの手伝いだ。荷物が多いらしいぜ」
お蘭「荷物ぐらいへっちゃらさ」
博「いやいや、引っ越しは重い物を運ぶだけじゃなくてほこりだらけになるぞ」
お蘭「またそんなこと言って、おいらをやめさせようとする」
お蘭が膨れて博をにらんだ時、隣から店の主人の声がする。
「これじゃ、あと十文足りませんよ」
見ると、子連れの女が困った顔で頭を下げている。
女「済みません、それしかないんです」
主人「これしかないって、あんた、最初から払わない気で食べてたのかい」
女「決してそういうわけでは……」
主人「でも金がないのはわかってたんだろ」
女「はい……。子供たちがお腹が空いたって言うものですから」
主人「子供だけじゃなくてあんたも食べたじゃないか」
女「申し訳ありません」
主人「謝らなくてもいいから、払うものを払ってもらおうじゃないか」
女はただ頭を下げ、二人の子は女にしがみついて泣き出す。通行人が何事かと集まって成り行きを見守っていると、十手を手にした柄本が割り込んで来る。
柄本「おう、何の騒ぎでい」
主人「親分さん、この女が金もないのに親子してさんざん餅を食いやがって」
と、主人が話しかけるが、柄本、博に気がついくと、主人を無視し、
「よう、手軽屋」
と笑いかける。その不気味な笑顔に、博とお蘭はすくみ上がる。
柄本、博の隣に座り、
「どうだ、仕事は」
博、少しずつ離れながら、
「ええ、おかげさまでどうにかこうにか」
柄本「そうかい。何かあったら俺に言うんだぜ」
柄本が博の顔を見ながらどんどんすり寄って行くので、博はどんどんお蘭の方に寄る。お蘭、とうとう座る場所がなくなって立ち上がる。
そこへ主人が、
「あのう、親分さん、こちらのほうは……」
柄本、やっと主人へ向き直り、
「ん? どうした」
主人「ですから、金もないのに……」
と、言いかけたとき、
「わたくしが払いましょう」
と、声がする。一同がそちらへ向くと、声の主は、旅姿の若い武家夫婦(くさなぎ剛、篠原ともえ)。くさなぎ、懐から銭入れを出すと、
「あと十文ですね」
というと、銭を主人に手渡す。主人、銭を数え、
「まあ、いただくものさえいただければ……」
女は驚いて、
「あ、ありがとうございます。本当にありがとうございます」
と繰り返し礼を言うが、くさなぎはちょっと笑顔を向けただけで、ともえに、
「行きましょう」
と声をかける。ともえは、
「はい」
とだけ答え、ふたりで人をかき分けて外へでて歩き出す。
主人、女に向かい、
「こんなことは二度とやるんじゃねえぞ」
と言い、柄本に向かって、
「まあ、こういうわけで、話がつきましたので」
と頭を下げる。
柄本「奇特な人もいるもんだ。なあ」
と博の方を向くが、博とお蘭は姿を消していて、座っていたところに代金が置いてあるだけ。
柄本「ちぇっ、つまらねえ邪魔が入りやがって」
と、舌打ちすると立ち上がり、肩を怒らせて立ち去る。
必殺苦労人
まわりに気を配りながら書き付けを読んでいる昌行。もう一つの封書を手に取り、
「これは快彦にやってもらうしかねえな」
通りを歩いて行くくさなぎとともえに博とお蘭が追いつき、声をかける。
博「先ほどはご立派でしたね」
くさなぎ、足を止め、
「いや、大したことはありません」
博「私は、すぐそばにいながら、銭を出してやる、というところまで頭が回りませんでした。教えられました」
くさなぎ「武士として生まれた以上、人の難儀を黙ってみているわけには行かない、と思っただけです」
博「武士として、ですか……」
くさなぎ「はい」
と言うと、軽く会釈して歩き出す。ともえも博とお蘭に会釈して後に続く。
二人を見送る博、
「武士として、か……。偉いもんだ」
お蘭「なんか、すごく感じのいい夫婦だね。憧れちゃうなあ」
博「そうだな。お前も嫁さんをもらってあんなふうになったらどうだ」
お蘭「何でおいらが嫁をもらうんだよ」
博「だって、女はやめたんだろ」
お蘭「全くもう!」
夕方。仕事を終え、帰ってきた昌行。井戸のところでおかみさん連中が米をといだり、洗い物をしたりしながら話し込んでいる。豆腐屋(Jr.三浦勉)がいて、おかみさん連中は豆腐を買った様子。お和歌もそこにいたが、昌行に気がつき、
「あら、あんた。お帰り。今日は豆腐が買ってあるよ」
昌行「ちゃんと醤油をかけさせてくれよ」
お和歌「大丈夫よ。もう胡麻もかけないから」
昌行が部屋に入るのを見送って、
おかみさんA「胡麻食べるのやめたの?」
お和歌「なんか思ったほど効果がなくてさ。思いっきり講釈も突然なくなっちゃったし」
豆腐屋「豆腐に胡麻をかけて食べてたんですか」
おかみさんB「胡麻で肌がツルツルになるんだってさ。旦那も一緒に食べてたのかい」
お和歌「そうだったんだけどねえ。ま、あの人がツルツル肌になってあの手軽屋が本気でねらうようになると困るし」
豆腐屋「え、手軽屋?」
お和歌「ほら、あの博っていう手軽屋だよ。やけにうちの人にべたべたしちゃってさ」
おかみさんB「そういえば、けっこういい男なのに浮いた噂は聞かないね」
豆腐屋「でも、若い娘と一緒に仕事してるみたいですよ」
おかみさんA「若い娘ったって、男のかっこうしてるじゃないか」
お和歌「きっと男にしか興味がないんだよ。だからうちの人のことをねらって……」
おかみさんB「お和歌さんも大変だね。でも、亭主が男と浮気するのと、女と浮気するのと、どっちがましかね」
おかみさんC「そりゃあ、女の方がまだましだよ」
おかみさんA「でもさ、相手が男なら子供ができる心配はないよね」
昌行、上がりがまちに腰掛けているが、外の話を聞いてため息をつく。
再び井戸端。立ち去る豆腐屋と入れ違いに釜を持ったともえが来てあいさつする。
「くさなぎと申します。しばらくお世話になります」
おかみさんA「あら、昼間越してきたんだよね」
ともえ「はい」
おかみさんB「ご主人のお仕事は」
ともえ「今、仕官の口をさがしているところです」
おかみさんC「あら、大変だねえ」
お和歌「仕官って難しいんでしょう」
ともえ「ええ……。でも、きっと見つかります」
お和歌「ねえねえ、ご主人ってどんな人? 若い? いい男?」
部屋の中の昌行、横になっている。外から盛り上がっている会話が聞こえる。昌行、力無くつぶやく。
「腹へったなあ」
翌日。
快彦の長屋。昌行が戸を開けて入ってくる。
快彦「よう」
昌行「どうだ、お前仕官しないか」
快彦「仕官? 何でお前がそんな口を持って来るんだ」
昌行「ほんとうは仕官じゃなくて、仕官したがるふりだ」
ほこりを払って荷物を大八車に載せている博とお蘭。お蘭は頭と顔に手拭いを巻いて目だけ出している。
昌行「そういうわけで、藩主の弟の行状を探らなくちゃならないんだ。応募してみてくれ。紹介状も作ってある」
快彦「何だかよくわからねえな。とにかく俺が仕官希望者のふりをして応募する、と」
昌行「そして見事仕官して行状を探る、と」
快彦「待てよ。だって、今まで本当に誰かを雇い入れたことはないんだろう」
昌行「そうなんだ。だから探ってくれ、というわけだ」
快彦「何か危ねえ仕事のようだな」
昌行「確かに。どうだ、やってみるか」
快彦「ま、やるしかねえだろう」
昌行「頼んだぜ。博には俺から言っておく。とにかく、いつもの短気を起こさねえで、うまくやってくれよ」
快彦「任せとけって」
荷物をいっぱいに積んだ大八車を引いている博。お蘭が後ろから押している。
布川藩下屋敷。
少し改まった服装の快彦が、取り次ぎに来た侍に紹介状を渡す。取り次ぎ、ざっと中を見て、
「ほほう、柔(やわら)のかたですか」
と言うと値踏みするように快彦の体をじろじろ見る。快彦、やや不快な表情。
取り次ぎ「当藩では、武芸に秀でた家臣を集めたいと思っております。そのため、このたびは、志望者の中で最も腕の立つ人を召し抱えるということになっておりまして、腕試しをしていただくことになりますが、よろしいか」
快彦「腕試し、というと、試合ですか」
取り次ぎ「簡単に申せばそういうことです。最後まで勝ち残った方を召し抱えることになります。従って、腕に自信のある方だけに応募していただきたい」
快彦、ムッとして、
「なんとしてもその腕試しに出させていただきましょう」
取り次ぎ「おお、これは頼もしい。では、日時は追ってこちらから連絡いたします。しばらくご自宅でお待ちください」
取り次ぎはそういうと立ち上がり、快彦は一礼して玄関を出る。
快彦が玄関から出ると、奥から、
「気の強そうなやつだ。楽しみだな」
と言う声がして、当主らしき人物(ふかわりょう)が姿を現す。取り次ぎ、そちらの方を向いて頭を下げる。
下屋敷の門を出て歩き出す快彦。入れ違いにくさなぎがやってきて門番に声をかける。
長屋へ帰ってきた博とお蘭。豆腐屋とすれ違うが、豆腐屋は博と目を合わさぬようにして通り過ぎる。
博の部屋の前までくると、
博「さ、今日は終わりだ。自分の部屋に戻れ」
お蘭「何だよ、いつも。たまには一緒に飯ぐらい食おうよ。おいらが作ってやるよ」
博「いや、飯は自分で用意する」
お蘭「道具の片づけぐらい手伝うよ」
博「俺が一人でやるからいい」
井戸端にいたおかみさんたち、興味深そうに二人のやりとりをみている。
お蘭「部屋に入れてくれたっていいじゃないか」
博「だめだ。俺の部屋には女は入れないことにしているんだ」
これを聞いたおかみさんたち、「やっぱりね」というように頷き合う。
それには気づかず、お蘭、ふくれて自分の部屋へ行く。
くさなぎの住む長屋。ともえが小さな髪飾りをつくっていると、くさなぎが帰ってくる。
ともえ、くさなぎの着替えを手伝いながら、
ともえ「布川藩のほうはいかがでした」
くさなぎ「志望者の中で一番腕の立つのを召し抱えるそうです。そのための試合に出なくてはなりません」
ともえ「まあ、試合、ですか」
くさなぎ「はい。とにかく試合には出てみます。仕官はかなわなくとも、私の腕がどの程度のものなのか知ることができますから」
ともえ「お怪我をなさらないでくださいね」
くさなぎ、
「はい、気をつけます」
と答えると、ともえのつくった髪飾りを手に取り、
「あいかわらず器用ですね。実にかわいらしい。仕官がだめなら、これを売る商売を始めましょうか」
と、感心する。
ともえ「ご冗談を。武士はあくまでも武士らしく、それが剛之進(つよのしん)様の口癖ではありませんか」
くさなぎ「そうでしたね」
見つめ合うくさなぎとともえ。
博の長屋。あたりに気を配りながら昌行が戸を開けて入る。
それをまわりの部屋のおかみさんたちが戸の陰から見ている。昌行の様子を見て意味ありげに頷き合う。
昌行が中に入ると快彦も来ている。
昌行「どうだった」
快彦「試合をするそうだ。一番強いやつを召し抱えるということらしい」
博「大丈夫か、試合なんて」
快彦「ばかにしちゃいけねえよ。俺が試合なんぞで負けるもんか」
昌行「しかし、ほかの連中は生活がかかってるから必死だろう」
快彦「俺だって裏稼業で暮らしてるんだ。生活がかかってるよ」
布川藩下屋敷。
布川藩藩主(布川敏和)が上座に座り、ふかわりょうがそれに向かって座っている。
りょう「兄上には、突然のおでまし、何事でしょうか」
布川「また何か起こりそうな気がしてな。わが布川藩は小藩ながら、道に外れることだけはせずにきた。よいか、おのれの楽しみのために人を苦しめるようなことは許されぬぞ」
りょう「何をおっしゃいますか。わたくしとて亡き父上の血を引く者、よく心得ております」
布川「その言葉に偽りがなければよいが。評判のよくない旗本連中とも行き来していると言うではないか。よいか、りょう、母は異なれども血を分けた兄弟。おまえを思えばこそ耳に痛いことも言わねばならんのだ」
りょう「兄上のお気持ち、感じ入りましてございます」
りょう、大袈裟に頭を下げる。布川、不愉快な表情。布川の両側に控えている家臣は、りょうの後ろにいる連中をにらんでいる。
昌行の長屋。夕食をとっている昌行とお和歌。昌行、ふとお和歌のつけている髪飾りに目を留め、
「ほう、かわいらしいのをつけてるじゃないか」
お和歌、頭に手をやり、
「あら、これかい。くさなぎさんの奥さんがくれたんだよ。お近づきのしるしにって」
昌行「くさなぎさんってあの侍夫婦だろ」
お和歌「そうなんだけどさ、あの奥さんほんとうに手先が器用でね、かわいいのをいろいろ自分で作ってるのよ」
昌行「侍の奥方の内職にしちゃめずらしいな」
お和歌「それがそうじゃないんだよ。武士は武士らしく、物を売って暮らすようなことはしちゃいけないってんで、売ったりはしないで、だた人にやるだけなんだよ。偉いねえ」
昌行「ふーん。武士ってのはいろいろ窮屈だな。こんな長屋に住んでるんじゃ暮らし向きがいいわけじゃないだろうに」
お和歌「うちなんかよりずっとつましく暮らしてるよ。でも、仕官の口がみつかりそうなんだって。奥さんすごく喜んでたよ」
昌行「そうか。やっぱり侍ってのは仕官しなくちゃならないもんなんだろうな」
布川藩下屋敷。
奥の座敷に、ふかわりょうを中心に旗本の息子らしい連中が五、六人あつまっている。それぞれ手に杯と徳利を持ち、前に広げた大きな紙をみて騒いでいる。
A「今回の応募者は十六人か。勝ち抜きでやるにはちょうどいいな」
B「この男の姓は、何と読むのだ? ほう、くさなぎ。珍しい字だな」
C「俺はこの男にしよう」
B「どれどれ、これも珍しい姓だな。井ノ原、か」
D「いくら柔(やわら)の腕が立っても、刀を持った相手にはかなうまい」
C「いやいや、そう確実な男ばかり選んではおもしろくない。人生、冒険が必要だ」
りょう「さて、今回は大々的に興行を打つことにして、客を増やそうか」
E「そうだな、こんなおもしろい物、俺たちだけで楽しんでは罰が当たる」
A「木戸銭はいくらにする」
りょう「二両は出してもらおう。それぞれ支度金として一両は出してやらねばならんし」
B「律儀なことだ」
りょう「わたしは天道に背くことはできない性分なのだ」
一同、下卑た笑い声をあげる。
C「そういえば、藩主の座の方はどうなった」
りょう「それはおいおい考えるさ」
快彦の長屋。書状を読んでいる井ノ原。
「明後日か……。得物は自分で用意しろ、と。俺は木刀なんざいらねえや」
同封されていた一両小判を手にしてにやり。
くさなぎの長屋。二本差しのほかに、木刀を手にし、出かけようとするくさなぎ。ともえが送って出てくる。
くさなぎ「では、行って来ます」
ともえ「ご武運を」
くさなぎ「はい。待っていてください」
歩いていくくさなぎを見送るともえ。井戸のあたりでは、お和歌やおかみさん連中がそれを見ている。
お和歌「いい夫婦だねえ」
おかみさんA「ほんとにねえ。うらやましいねえ」
布川藩下屋敷の門。快彦が入ろうとすると、後ろから博が声をかける。博の後ろにお蘭。振り向いた快彦に、
博「間に合ってよかった。これを使ってくれ」
と言って、小さな包みを渡す。
快彦「何だ、これ」
博「打ち身の薬だ。木刀にたたかれちゃ痛かろう」
快彦「何だよそれは。俺がやられちまうみたいじゃねえか」
博「そうじゃないよ。勝つにしても無傷というわけにはいかないだろう」
快彦「ま、ありがたく貰っておこう」
そこをくさなぎが通りかかり、軽く会釈して先に門をくぐる。
お蘭「あ、今の人……」
博「餅代を出した人だ」
快彦「知り合いか」
博「いや、そういう訳じゃない」
お蘭「がんばってね」
快彦「ありがとうよ」
笑顔で手を振って門をくぐって入っていく快彦。
(後編へ続く)
「くさなぎつよし」の「なぎ」の字が出なくて困っている方は多いことでしょう。この字は、Windows環境なら表示も印字でもできるんですよね。
「草g剛」と書くと、Windowsの人はちゃんと見えるはずですが、MACの人は「なぎ」のところがただの四角になっていると思います。
シフトJISではFA67に割り当てられています。
(hongming 1998.8.22)
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