あなたとセント・バレンタイン

「君とメリー・クリスマス」番外編

最終回

 翌朝。
 「准一、もう学校行く時間だよ!!」
 足の踏み場もないほど散らかった准一の部屋のドアを開け、加奈子が怒鳴る。
 「准くん、遅刻しちゃうよ」
 恵も声をかけるが准一はベットから出てこない。
 「なんか、頭がぐらぐらするんや……」
 准一の、寝ぼけたようなふらふらした声が聞こえる。
 「もう! メグ姉、先行こ!」
 加奈子は階段を下り始める。
 「あいつ、恵ちゃんからチョコもらって興奮しすぎだよ、きっと」
 「そう言えば、ゆうべはずっと部屋から出てこなかったもんねえ」
 「そうそう、ずうっとボーっとして恵ちゃんのこと考えてたに決まってるよ」
 言いながら二人は家を出て学校へ。

 さて学校。
 剛がチョコを食べてなんて言うか、ドキドキしながらメグは剛が学校へ来るのを待つ。ところが、1校時が始まっても剛は来ない。剛だけではない、健も来ない。朝寝坊しただけと思っていた准一も来ない。
 「ど、どうしちゃったの!?」
 1校時目は担任の数学の授業。授業が終わったあと、メグは急いで廊下に出ると教師(内海光司くんとか?)を呼び止める。
 「先生!」
 「菅野か。どうした」
 「あの、剛……じゃない、森田くんも三宅くんも今日おやすみなんですか。それに、准くんもまだ来てないし……」
 「ああ、みんなおうちの方から電話があったよ。どういう訳か、3人とも熱が出て頭がくらくらしてとても学校へは来られないそうだ。岡田のことも、君のお母さんから連絡が入ったよ」
 「さ、3人とも……」
 「そういう風邪が流行ってるのかなあ」
 教師はいぶかしそうにそう言って去る。メグはその場に立ちすくんで、
 「3人ともなんて……。なんかおかしい……」

 放課後。家に帰ったメグがあわただしく電話している。メグの隣には加奈子。
 「あ、紗弥加ちゃん。あのね、お兄さんのこと訊きたいんだけど……。うん、うん。……それが、准くんもそうなのよ。それどころか、剛も健くんも同じなの!」
 加奈子がメグの手から受話器をひったくる。
 「紗弥加ちゃん! 昌行さんも具合が悪いの!?」
 受話器の向こうの紗弥加。坂本が寝ている部屋の方を気にしながら、
 「うん。熱が出てふらふらしてるの。……あとね、なんかお腹の調子も悪いみたい……。あ、お兄ちゃん、大丈夫!?」
 よろよろしながらお腹を押さえ、部屋を出てくる坂本。
 「うそ」
 加奈子は受話器をメグに返して立ち上がる。
 「あたし、お見舞いに行って来る!!」
 そう言うともう駆け出す加奈子。
 「か、加奈ちゃん……」
 それを見送って、メグは紗弥加に、
 「あたし達も、剛や健くんのお見舞いに行った方がいいかもしれない……。そうだ、紗弥加ちゃん、恵ちゃんにも准くんのこと伝えといて!」

 井ノ原がバイトしている八百屋。その中を伺っている美穂。
 「らっしえい! お嬢さん、なんにいたしやしょう!」
 少し怖そうな八百屋のおじさんが声をかけてくる(坂本くんのお父様・特別出演)。美穂はあわてて、
 「あ、いえ、違うんです」
 一度身を退くが、しばらくして勇気を出して、
 「こちらでバイトしてる井ノ原さんに用があるんですけど……」
 「井ノ原あ?」
 おじさんは顔を上げて、
 「あいつ、今日は休みだよ」
 「お休み?」
 「今日までバイトして、明日からしばらく休む予定だったんだが……。風邪ひいちまったようだなあ。熱が高くて今日はどうしても出られねえって連絡があったよ」
 「熱……」

 明るい喫茶店の中。美穂は落ち着かない様子。
 「美穂!」
 「多香美」
 「どうしたの、心配そうな顔してる」
 「それがね、井ノ原さん、今日熱が出てバイト休んでるの」
 「まあ……」
 「あたし、なんか嫌な予感がして家に電話したの。そしたら、准くんも同じなんだって。それに、妹たちがチョコをあげた人みんな……」
 「!?」
 「多香美、長野さんに早く連絡した方がいいよ! どうしよう、あのチョコのクスリって、もしかするととんでもないものだったのかも……」
 「そ、そんな……」

 ここは10丁目4番地。ちょっと古ぼけた不思議な家。
 中の作りは凝った洋風。だが、アンティークな雰囲気の洋家具が並んでいる真ん中には、なぜかこたつが出してある。こたつの上にはみかん、湯飲み、急須、煎餅の袋など。
 そのこたつに入ってテレビを見ている二人の美女は、カトリーヌ・森田と妹の健子。
 「ちょっとお、このおせんべおいしいわねえ」
 と、カトリーヌ。
 「でしょう。ここのおいしいのよ」
 カトリーヌの湯飲みにお茶を注ぎながら答える健子。カトリーヌはそのお茶を受け取って、
 「やっぱ、冬はおこたでお茶に限るわよねえ。それでオリンピックを見る、と。あー、日本の冬ねえ」
 「ほんとねえ。お姉ちゃん、冬のオリンピック好きねえ」
 「そうよ。こないだ遊びに来たとき、ちょうど札幌五輪やってたじゃない? あれ、感動したわよ」
 「そうそう、笠谷とかジャネット・リンとかね。……あ、ほらお姉ちゃん、ボブスレー始まったわよ」
 「あらほんと。わたしね、これやったことあるのよ」
 「へえー」
 「練習用のレーンだったんだけどね……」
 カトリーヌは煎餅をばりばり食べながらテレビを見ている。隣でテレビを見ていた健子、ふと思い出して、
 「そう言えば、あたしが頼んどいたおクスリ、もらってきてくれた?」
 「え? ああ。栄養剤ね」
 カトリーヌは後ろに置いたままのバックを引き寄せて中を探る。
 「そう。あたし少食じゃない? 二三十年に一度はあれ飲まなくちゃ。 天使には人間の栄養剤なんかきかないから」
 「そうよねー。大丈夫、ちゃんと神様に貰ってきたわよ。……ほら、これ」
 カトリーヌがピンクの液体の入ったガラス瓶を健子に渡す。
 「ありがと」
 健子は受け取るが、その瓶をしばらく眺めてから、
 「お姉ちゃん、これ違うわよ」
 「違わないわよ。それよ」
 「違うって。これ、ロマンスのおクスリよ。ピンク色じゃない」
 「あら、そうね。へんだわ」
 カトリーヌはしばらくバックをごそごそやっているが、やがてつぶやく。
 「忘れて来ちゃったのかしら……」
 「まあいいわよ、今度で」
 健子は気にしないでまたテレビを見始める。カトリーヌも一緒にテレビを見ていたが、しばらくして落ち着かない様子で言う。
 「……ねえ、健子」
 「なに、お姉ちゃん」
 「……天使用の栄養剤って、人間が飲んだらどうなると思う……?」
 健子はテレビを見たまま軽く答える。
 「さああ。どうなるかしらねえ」
 カトリーヌが突然こたつ板を叩いて大声を上げる。
 「ちょっと健子!! あたしはまじめに聞いてるのよ!」
 カトリーヌの様子に健子はちょっと驚くが、
 「どうしたのよ。いいじゃない。そんなの飲む人いないんだから」
 「……。でもちょっと知りたいの!!」
 「まあ、死にゃあしないわよ。毒ってわけじゃないし。そう言えばあのクスリはすごくいいにおいなのよねえ」
 「……」
 「でも、人間には刺激が強すぎるから、かなり調子は狂うと思うわ」
 「そ、そう……」

 二人、またしばらくテレビを見るが、カトリーヌが突然言う。
 「ねえ、あんた、しばらくこの家の入り口は人間に見えないようにしといた方がいいわよ」
 「ええ? どうして?」
 「……理由はないんだけどね。なんとなく、たまには人間にわずらわされないでゆっくりするのもいいかなーーって」
 「ふーーん。……そう言えばもうバレンタインも過ぎちゃったけど、お姉ちゃん、ほんとはそのロマンスのクスリで人間の恋のお手伝いをしなきゃいけなかったんじゃない?」 「……。もー! いーのよ、そんなこと! 人間だって、結構ちゃんと自分たちでやってるに決まってるわよ」
 「そうよねー」

 さてその頃男の子達は。
 ここは長野邸。
 ベットで眠ってはいるが、熱で顔を真っ赤にしている長野。
 「ぼっちゃま、大丈夫ですか……」
 氷嚢の氷を取り替えながら心配そうなばあや。
 「どうお、博の具合……」
 顔をのぞかせる長野の母親(吉行和子などどうかな?)。
 「はい、お熱だけなんでございますよ」
 「ほんとに変ね、昨日はなんともなかったのに……」
 
 おもちゃがいっぱい、だけどちゃんと整理してある井ノ原のアパート。
 「た、卵酒でも作るか……」
 井ノ原、ふらふらしながら立ち上がり、よろけながら小さな冷蔵庫を開ける。開けて中を見るとがっかりしたようにつぶやく。
 「ちっくしょう、なんにも入ってねーや……」
 そのまま井ノ原は冷蔵庫を抱くようにもたれかかる。
 「しかし、なんなんだ、この妙な気分は……」

 准一の部屋。
 好子が掃除してかなりきれいになっている。
 「あ、おばさん……」
 「准くん、起きた? どう? なにか食べられる?」
 准一ぼうっとしてベットに起きあがり、つぶやく。
 「変やな。頭はふらふらするんやけど、妙に元気が湧いてくる感じや……」
 「え?」
 「いやあ……。あの……。腹減りました」

 剛の住むマンション。
 剛は自分の部屋で眠りこけている。
 心配して早く帰宅した父親(西郷輝彦)、母親(松坂慶子)に尋ねる。
 「どうした、剛の具合」
 「今寝てますけど……。熱だけなのよ。頭も痛いってわけじゃなく、ただふらつくんですって。ごめんなさい、会社にまで電話しちゃって」
 「そうか……」
 と父親は少し安心。
 父親の背広をハンガーに掛けながら母親が言う。
 「毎日朝から晩までサッカーばかりしてるから、急に疲れが出たんじゃないかしら」
 「そうかもなあ」
 と言いながら剛の寝顔を見に行く父親。額のタオルを取り替えてやりながら、
 「こいつが熱を出したのなんて幼稚園のころ以来だな。この頃生意気だけど、こうして寝込んでるとかわいいじゃないか」

 健の部屋。アーリーアメリカン調。広くて低いベットに寝ている健。脇には心配そうに丸まるラブラドール犬。
 「全くあんたって子はひ弱ねえ」
 体温計を手にして、あきれたように言う健の姉(村上里佳子)。
 「うっせーな、姉貴はあっち行ってろよ……」
 そう言う健の声にいつもの元気がない。
 「そうはいかないわよ、母さんが出かけてる間、あんたのこと見ててって言われてるんだから」
 「だったらもう少しやさしくしろよ」
 「やさしくしてるじゃない。だいたいあんたは外面ばかりよくてうちじゃぶすっとしてばかりだから、ばちがあたったのよ」
 「こんな時に説教するなよ……。頭に響くよ……」

 坂本家。
 「お兄ちゃん、だいじょぶ……?」
 おろおろする紗弥加。
 「あ、ああ……。大丈夫だ……」
 弱々しく言って、トイレに入る坂本。
 「健くんもこんななのかしら……。どうしよう……」
 泣きそうな紗弥加。
 「やっぱり私、加奈ちゃんが来たら健くんのうちに行ってみよう……」

 さらに翌朝。
 「准一、どう?」
 加奈子とメグが寝ている准一をのぞき込む。
 急にぱちっと目を開ける准一。そしてむくっと起きあがる。
 「お、おどかさないでよ」
 「准くん……? 大丈夫なの……?」
 准一、元気に伸びをして、
 「なんか急にすっきりしたで! 前より調子いいくらいや!!」
 あきれて顔を見合わすメグと加奈子。
 「やっぱり恵ちゃんのお見舞いが効いたのかしら……」

 学校。
 「おはよう!」
 「おっはよ」
 声をかけあいながら教室に入ってくる生徒の中に、剛と健の姿も。
 「剛! 健くん! ……熱下がったの?」
 急いで駆け寄るメグ。
 「ああ、大丈夫。今日は朝から絶好調だよ」
 と剛。
 「俺も。頭冴え渡ってるって感じ」
 と言うのは健。そのあと小さくつぶやく。
 「……やっぱ、紗弥加ちゃんに頭を冷やして貰ったのが効いたのかな」
 「なんか前より調子よくてさ、この分なら今週の試合ビシバシやれそうだよ」
 剛の言葉に、メグはほっとつぶやく。
 「よかった……」
 すると、剛は少し照れくさそうに、
 「恵、昨日、見舞に来てくれてありがとな」

 結構大きなJRの駅の構内。人々が忙しそうに通り過ぎていく、その中で。
 大きなリュックを脇に置いた井ノ原が時計を見上げる。
 「お、そろそろ時間だ」
 「ほんとにもう大丈夫なの? 二三日出かけるの遅らせたら……?」
 と、井ノ原の隣で心配そうな美穂。
 「平気だって。いつもより元気なくらいだよ」
 「でも……」
 とまだなにか言いたそうな美穂に井ノ原が言う。
 「たくさん手紙書くよ」
 「……」
 まだうつむいている美穂。井ノ原はちょっと考えてから早口に、
 「知らないところに行ったら、君のことばかり考えちまいそうだからさ……」
 「え……」
 美穂がなんて言おうか考えているうちに井ノ原はもう荷物を手にして、軽く
 「じゃあな」
 と歩き出す。
 「……。待って!!」
 美穂は駆け寄ってその荷物に自分も手をかけ、
 「ホームまで送る!」
 自分の方を見ながら歩く井ノ原には気づかない振りをして、美穂は明るく言う。
 「心配してるのもつまらないし、今度快彦さんがどっか行くときは、あたしも一緒に行っちゃおうかなあ……」

 お昼の公園。ベンチにすわっている多香美。そこに駆けてくる長野。
 「やあ。待った?」
 「博さん」
 笑顔で迎える多香美。長野は多香美の隣にすわる。
 「……からだ、もう大丈夫なの?」
 「ああ。もうなんともないよ。それより、昨日は家まで来てくれて、ありがとう」
 「いいえ、こっちこそごめんなさい……。きっと熱が出たの、あたしがあげたチョコのせいなのよ……」
 「まさか」
 と長野は笑顔。
 「チョコで風邪をひくなんて聞いたことないよ。それに、今朝からすっかり絶好調なんだ。しばらく考えがまとまらなかった企画も急にいいアイデアが浮かんで、部長に相談したら一発でOKが出たんだ」
 「まあ。よかったわ」
 「それにね……。昨日君を見た母がすっかり君を気に入っちゃってさ……」
 「……」
 「僕がなんにも言わないうちから、あんなお嬢さんがうちに来てくれればねえって言いっぱなしなんだ」
 「……」
 「僕は今の会社が気に入ってるけど、いろいろ勉強し終わったらきっと親父の会社に行かなきゃならないと思う」
 「……」
 「責任は重いし、考えると不安になるときもある。……でも君がいてくれれば……」
 多香美を見つめる長野。多香美は困惑したように見つめ返す。
 「でも……。あたし……」
 「ああ。いいんだ。ただ、言っておきたかっただけなんだから」
 そう言うと長野は立ち上がる。
 「さ、飯食いに行こう。昼休みが終わっちゃうよ」
 多香美も笑顔で立ち上がり、二人は楽しそうに話しながら去る。
 と、そこへ。
 「まー、楽しそうだこと」
 突然現れたのはカトリーヌ。カトリーヌが
 「こんなになにもかもうまくいったのも、全部あたしの力だわねえ」
と言ったところで、隣にいた健子が、
 「お姉ちゃんはなんにもしてないでしょ!」
 とカトリーヌの頭をこづく。カトリーヌ、剛の素に戻ったように笑って……、END。

(後記。以上、天使の栄養剤を飲んだ6人のうち、他の5人はすぐに前以上に元気になれて結構だったのですが、加奈子ちゃんのグラタンを食べた坂本くんの腹痛だけはこのあともしばらく続きました……)


  バレンタインに間に合うように超特急で書きましたが、いかがだったかなー。自分としては結構楽しい雰囲気が出たのでは、と思いましたが……。感想をお待ちしています。(hirune、98.2.14)


第3回へ

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