あなたとセント・バレンタイン

「君とメリー・クリスマス」番外編

第1回

ナレーション「もうすぐやってくるバレンタインデー。それは恋人達のとっても大事な愛の記念日。そんな日には、きっと奇跡も起こるはず!」

 まだ寒いけど、なんとなくどこかに春の気配を秘めた、そんな二月のある日。
 「わあ、このチョコレートかわいーい!」
 学校帰りらしく、制服姿の菅野恵(奥菜恵)が、チョコレートショップの前に立ち止まって小さく叫ぶ。
 「どれどれ」
 後ろからのぞき込む、やはり制服姿の妹の加奈子(榎本加奈子)。
 「ねえ、ほら」
 恵の指さしたところには、チョコレートで出来た可愛いペアのウサギの人形。
 「ふうん」
 加奈子はしばらくそれを見ているが、やがてつぶやく。
 「かわいいけど、昌行さんには似合わないって感じ……」
 そして大声で恵に言う。
 「……やっぱ、バレンタインのチョコは手作りじゃなきゃだめだよ、お姉ちゃん」
 「そっかなあ……」
 「そうだよ!」
 そんな会話をしながら歩いていると、二人の前方で、女の人が古くさいメモを片手に辺りを見回している。
 女の人がうろうろしていると、ヤンキーっぽい若者の一団がやってくる。道を横に広がって歩く彼らに、女の人は突き飛ばされてしまう。
 「あれえっ」
 転んだ女の人が大声を出す。
 「なにすんの、あんたたち!!」
 若者達は相手にしない。一人が振り返って、
 「うっせーぞ、ババア!」
 と怒鳴っただけだ。
 「お姉ちゃん」
 「うん」
 あわてて女の人に駆け寄る恵と加奈子。
 「大丈夫ですか!?」
 「……全くなんなの、この頃の人間どもと来たら……」
 転んだ女の人は、起きようとしながら訳の分からないことをぶつぶつ言っている。そんな女の人を助け起こして服の埃を払ってあげる恵と加奈子。
 「ほんとに乱暴な人がいるわね!」
 と、加奈子。
 「怪我しませんでしたか」
 と、恵。
 女の人はやっと二人に気づいた顔をして、こちらに顔を向ける。なんだか変わった人なので、恵と加奈子はその女の人をじっと見てしまう。
 「あ、あの、もしかして外国の方ですか……」
 おずおずとした恵の質問に女の人が答える。
 「いーえ、そうじゃないのよ、まあ、似たようなもんだけど」
 そして、二人の顔を見ると、なんだかにやっと笑う金髪巻き毛の女の人(カトリーヌ・森田先生)。
 「今、妹の家を探してたとこなの。……あなた達、一緒に探してくれないかしら」

 薄暗くなってきた街角。
 「10丁目、4番地。……あった、あそこだわ」
 恵が古ぼけて変わった形の家を指さす。
 「あーら、ほんとだわ、間違いない、ここが妹の家よ!」
 手を叩いて喜ぶ女の人。
 「三十年ぶりくらいかしら、健子、元気だといいけど……」
 「……ええ?」
 思わず聞き返すふたり。女の人はあわてたように言う。
 「なんでもないわ、気にしないで」
 加奈子はちらっと女の人を横目で見てつぶやく。
 「結構若そうなのに、ほんとはいったい何歳なんだろ、この人……」
 「あらやだわ、開かないじゃない、これ!」
 蔦が絡まって蝶番の錆びついた門を懸命に開けようとしながら、女の人は不思議そうに自分を見ている二人の視線に気がつき振り返る。
 「あなた達、今の世には珍しいいい子ねえ。なにかお礼がしたいけど……」
 「……?」
 「そうだ、ちょうどいいものがあった!」
 女の人はごそごそとバックの中を探って、やがて小さな瓶を取り出す。瓶の中には淡いオレンジ色の液体が入っている。女の人はそれを恵に手渡す。
 「これ、あなた達にあげるわ」
 「……なんですかあ、これ……」
 加奈子が尋ねると、女の人は婉然と笑って、言う。
 「ロマンスのお・ク・ス・リ!」
 「……ええ?」
 「ろ、ろまんす、ですかあ……?」
 「あなた達、さっきずっとチョコレート見てたでしょ。知ってるわよ、バレンタインデーは昔から恋人達が愛を告白する日ですもの。今の日本では、女の子が男の子にチョコを渡して告白するんでしょ」
 「は……はい」
 「このおクスリをあなたのハートを込めたチョコに混ぜて男の子に食べさせてご覧なさい。彼はもうあなたに夢中よ。他の女の子になんて目も向けないから」
 「そ、そんな……」
 呆然と立ちつくす二人に、女の人はウィンク。
 「信じるものは救われる、て言葉があるでしょ」
 顔を見合わせて首をかしげる恵と加奈子。
 そんな二人に手を振って、女の人はやっと開いた門の中にさっさと入っていく。

 管野家の食堂。夕食後のひととき、恵と加奈子は、さっきもらったオレンジ色の液体を眺めながら、真剣に顔を見合わせている。
 「あの人、普通の人じゃなかったよねえ」
 「うん……。なんか魔女?ってかんじしたよ」
 「じゃあ、これって、やっぱりそういうクスリ……?」
 二人がこそこそささやいていると、そこにやってきたのは姉の美穂。
 「どうしたの、二人とも。……またなんかくだらないこと考えてるんでしょう」
 「み、美穂お姉ちゃん」
 あわててクスリを隠そうとする二人。でも美穂は素早くクスリを手にとって、
 「なにこれえ」
 「あーん、もう……」

 恵の部屋の前。
 准一がノックしている。
 「おーい、恵、数学の宿題のことで聞きたいんやけど……」
 返事がないのでもう一度ノックすると、ばっと勢いよくドアが開く。顔を出したのは加奈子。
 「ちょっと、今大事な相談中なんだからあっち行っててよ!!」
 「な、なんや、俺はわかんない問題を聞きたいだけ……」
 「あたし達は忙しいの!!」
 准一の目の前でばたんとドアが閉まる。
 「なんや、女ってわけわからんわ……。紗弥加ちゃんのお兄さん、加奈子の本性わかってるのかなあ……」
 部屋の中では、恵、加奈子、美穂が相談中。
 「でもさあ、そんな話信じらんないよお」
 と、美穂。
 「じゃあ、美穂お姉ちゃんは別にいいよ。ねえ、めぐ姉」
 「う、うん……」
 「嘘でもいいよ、気は心。あたし達はこれ入れて手作りチョコ作ろう、ね」
 「ちょっと待ちなさいよ、誰もやらないとは言ってないじゃない」
 「……。それ、やるってこと?」
 「……うん」
 「じゃあ、もう馬鹿にしないね?」
 「ん」

 美穂の通う短大。冬期試験もそろそろ終わる頃。
 「美穂!」
 図書館前の広場で、美穂に声をかける吉本多香美。
 「多香美い」
 「どうだった、試験」
 「今日で全部終わったよ」
 「あたしも!」
 「じゃあ、久しぶりに一緒に買い物にでも行こうか!」
 「うん!」
 多香美は楽しそうに返事するが、
 「あ……」
 とちょっと美穂を気にする。
 「どうしたの、なんかあった?」
 「ううん、あの、あたしね……」
 「わかってるって。もうすぐバレンタインデーだもん、博さんにプレゼント買うんでしょ」
 「うん……」
 「気にしないで、あたしも実は……」
 「えっ、美穂、誰か好きな人、いるの!?」
 「んー。まあね」
 「嬉しい! どんな人? バレンタインに告白するの!?」
 「ん、んん……。こう、目が細くて、おもしろい人なのよ。チョコ作って渡そうかなって思ってるんだ」
 「わあ、素敵! うまくいくといいね、あたし、心から祈ってる!」
 「ありがと、多香美……」
 美穂は本当に心からそう言ってくれている多香美の顔をちらっと見て、
 「あのねえ、それが、うちに妙なものがあるのよ」
 「?」
 「妹がもらってきて、まゆつばものなんだけど、でも、女の子としてはやっぱねえ……」
 「?」
 「ねえ、買い物のあと、多香美もうちにおいでよ。一緒にチョコ作ろうよ!」

 「こんにちわあ」
 菅野邸。ドアの前には学校帰りの紗弥加と松本恵。
 「いらっしゃい、待ってたよ!」
 ドアを開けたのは加奈子。加奈子はすでに着替えてエプロン姿。しかもそのエプロンはもうチョコで汚れている。
 紗弥加の後ろの松本恵を見て、加奈子はちょっと小首を傾げる。紗弥加は、
 「この子は松本恵ちゃんて言うの。うちの中等部の三年なんだ。一個下だけど、ずっとおなじ華道部で仲良しだったの。加奈ちゃんに誘われる前から一緒にチョコ作ろうって言ってたから誘ってきたの。……いいでしょ?」
 「もちろん。クスリはたっぷりあるから大丈夫よ」
 「……クスリ?」
 「まあまあ、それはあとでゆっくり説明するから。どうぞ、入って!」
 そう言って歩き出しながら加奈子が尋ねる。
 「恵ちゃんはまだ中学生なのに、ちゃんと本命の彼がいるんだ。素敵な彼なんだろうねえ」
 「あの……。はい……」
 小さな声で答える恵。紗弥加が言う。
 「あのね、加奈ちゃん。恵ちゃんも加奈ちゃんちのクリスマスパーティーに来てたんだって」
 「え、そうなの」
 恵は恥ずかしそうに頷いて答える。
 「恵はまだ子供だしなんか恥ずかしくって、パーティーの間中ずっとパパとママの側にいたんです……。でも、紗弥加ちゃんも加奈子さん達もすごく素敵でした」
 「気づいてたのにあたしに声をかけてくれないんだもの」
 と、紗弥加。
 「だって紗弥加先輩、ずうっと、すごく素敵な人たちと一緒にいたんですもん……」
 「……そんなことないよお」
 「そうでしたよお」
 二人は言い争いながら明るいキッチンへ。そこでは恵(加奈子の姉の)が悪戦苦闘。
 「加奈ちゃん、これ固まっちゃったよ……」
 「えー! もう、めぐ姉のドジ!」
 「だってあんたが……」
 「あ、それ、早くお鍋ごとこっちに入れて……」
 と、松本恵。チョコはまた溶ける。
 「あ、ほんとだあ」
 紗弥加が言う。
 「恵ちゃんは中学生だけどしっかりしてるの」
 「え? あたし?」
 「違うの、この子。松本恵ちゃんて言うんだって。そう言えば、めぐ姉と同じ名前でわかんなくなるね」
 「そうなの? じゃあ、あたしのことはメグって呼んで。ね、紗弥加ちゃん」(と言うわけで、ここから奥菜恵ちゃんの表記は“メグ”にします)
 そこへ顔を出したのは、母、好子。
 「あら、にぎやかね」
 「あ、おばさま。お邪魔しています」
 「まあ、紗弥加ちゃん。遊びに来てくれたの?」
 「はい、あの、チョコ作りに誘ってもらって……」
 「嬉しいわ。今度またお兄さんといらしてね」
 「はい、ありがとうございます」
 「そちらにいるのは、松本さんのお嬢さんね」
 「はい」
 恥ずかしそうな恵に好子は少しいたずらっぽく
 「ちょっと見ないうちにぐんと大人っぽくなられたわ。パーティーの時はあんなに恥ずかしそうに隅っこにいたのに。……何かあったのかしら?」
 「え? そんなことないと思います……」
 うろたえる恵に、好子は笑う。
 「そうね。この年頃の女の子が大人っぽくなるなんて、あたりまえのことよね」
 四人は顔を見合わせる。好子は楽しそうにキッチンを見回して、
 「どうぞ、みんなお好きなだけチョコを作って素敵な男の子に差し上げてちょうだい。ママ、早くハンサムな息子が欲しいのよ」
 「もう、ママったらあ!!」
 思わず口をそろえて言う加奈子とメグ。   

 懸命にチョコを作る四人。
 「さあ、練れてきたみたい」
 と、メグ。
 「じゃあ、いよいよこれね」
 加奈子がオレンジ色の液体の入った瓶を取り出す。紗弥加が尋ねる。
 「加奈ちゃん……、なに、それ」
 「えへへ。これはね……」
 加奈子が説明しようとしたとき、
 「なんやあ、ええにおいやなあ……」
 チョコのにおいに惹かれてやってきたのは准一。
 「やだ、准一、突然入ってこないでよ!!」
 と、加奈子。
 「そやかて、腹減ってたまらんわ」
 言いかけて、准一は恥ずかしそうに下を向いている松本恵に気がつく。
 「め、め、め、恵ちゃん……!?」
 「なによお、あんた、恵ちゃんのこと知ってんの?」
 加奈子は恵の方を振り向く。恵は真っ赤になっている。
 「何か変よ、二人……」
 疑い深そうな加奈子の声。
 「それが、あのね……。恵ちゃん、言っちゃっていいかな……?」
 紗弥加が小声でそう恵に尋ねたとき、
 「あ!」
 何かを思いだしたようにメグが声を出す。
 「准くん、この頃学校でもいつもそわそわして剛や健くんになにか相談してるでしょ。剛に聞いても教えてくれないし、変だと思ってたの。……もしかして女の子のことかなとは考えてたんだけど」
 「そう言えば、この頃ひとりでにやにやしてるときがあるわねえ」
 と、加奈子。
 「朝、いつまでもドライヤーかけてたり。身なりにかまわないあんたがおかしいとは思ってたのよ……」
 「……」
 准一は固まる。
 「白状しなさい!!」
 加奈子に迫られて、准一はとうとう口を割る。
 「あ、あの、恵ちゃんはクリスマスのパーティーに来てたやろ」
 「それは聞いたわ」
 「そいで、あの、恵ちゃん、おばあちゃんの形見の大事なイヤリング落としてな」
 「へえ」
 「それをちょうど俺が拾ったんや」
 「ふんふん」
 加奈子は結構乗せ上手である。准一はつい調子に乗って、
 「それで、それを取りに来た恵ちゃんを見た瞬間な、俺、あ、この子やーって思ってしもたんや……」
 「この子やって?」
 「ほら、健くんはともかく、紗弥加ちゃんのお兄さんとか剛くんとか、妙な女の趣味してるやろ。もてんのになんでえ、みたいな。俺はそんな失敗をする気はなかったからな。恵ちゃんは俺の理想の妖精みたいな子やったから……」
 「……」
 そこまで言ってから、准一は自分が大失言をしたのに気がつく。
 「妙な女の趣味……?」
 加奈子が言う。
 「それってもしかして……?」
 メグが怪訝気に言う。准一はそっとドアに近づいて、
 「あ、じゃ、邪魔みたいやな、俺……」
 「待ちなさい!」
 加奈子の声に脱兎のごとく逃げ出す准一。
 「失礼しちゃう!」
 加奈子が准一のいなくなったあとをにらんでいると、准一は突然また顔を出して、
 「め、恵ちゃん!」
  急に准一に大声で呼ばれて恵はびっくり。准一はなにか言いたそうに口を開けるが、加奈子達の視線に、
 「あ、あとでちょっとだけ話したいんやけど……」
 とだけやっと言う。 
 恵は恥ずかしそうにこっくり。

 「恵ちゃん、いいのお、あんなやつとつきあって。あいつの部屋、もうめちゃくちゃ汚いんだから……」
 チョコをかき混ぜながら加奈子が言う。メグはそこに瓶から液体を垂らしながら、
 「美穂お姉ちゃんの分、これとっとかなくちゃね」
 加奈子はなおも恵に向かって、
 「これはね、嘘かほんとかわかんないけど、彼のハートをつかむクスリなんだよ。そんなの准一に食べさせて、ほんとにいいの?」
 恵は蚊の鳴くような声で、でもちゃんと答える。
 「でも、岡田さん、いい人です。恵にすごく優しくしてくれます……」
 加奈子はおおげさにため息。
 「やっぱまだ子供だね、恵ちゃんは。准一なんか、同じ年でも森田先輩や三宅先輩とは大違いじゃん。ねえ、紗弥加ちゃん。どう思う?」
 そう言ってちらりと紗弥加の顔を見る加奈子。
 「ええ? あの、なに、……」
 いきなり話を振られてうろたえる紗弥加。そしてとんちんかんな答を言う。
 「あたしもそう思うの。どうして健くんみたいに素敵な人があたしに優しくしてくれるのかしら……」
 だあっとずっこける加奈子。
 「言ってくれるわね……。でも、いいのよ、紗弥加ちゃん。あたし、紗弥加ちゃんのお姉さんになるんだもん。これからも何でも言ってね」
 何となく寒い空気が流れる。全員様々なことを想像するが、口には出さず、気を取り直して。メグが言う。
 「さあ、あとはトッピングだけ! 好みで飾ればいいわ」

 美穂が多香美とキッチンに入ってくると、先に作っていた四人のチョコはもうほとんどできあがっている。
 「わあ、いいにおーい」
 思わずそう口に出す多香美。
 「ほんと。特別いいにおい!」
 と、美穂。
 「においが甘いだけじゃないわ。なんか、気持ちまで甘ーい気分になってくる!!」
 「ほんと!? お姉ちゃん」
 「うん。こんなにおい、初めて。これはひょっとするとひょっとするよ」
 「ひょっとって……?」
 「そのクスリ、ほんとに何かあるかも知れない!」
 「ええ!」
 色めき立つ四人。
 「まさか恋のクスリじゃなくても、特別な香料なのかも……。何かの効果はありそう! ね、多香美」
 「うん……。美穂から聞いても信じなかったけど、すごくいいにおいなことは確かだと思う……」

(つづく)

 「君とメリークリスマス」を書いたときはまさか続きを書くことになろうとは思っても見ませんでした。ですので、今回、松本恵ちゃんの設定がちと苦しい! まあ、大目に見てやってください。次回はV6達ももっとでてくる予定です。(1998.2.7)) 


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