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平家伝説
川上村平家伝説
■川上に伝わる平家の落人の村伝説
わたくしたちの住む川上は、まず平家伝説から始まります。
「寿永3年(1.184)2月7日、源九郎義経の摂津(今の兵庫県)一ノ谷鵯越(ひよどりごえ)の奇襲作戦に1敗地に塗れた平 宗盛らは安徳幼帝を奉じ讃岐(さぬき)(今の香川県)の屋島にのがれたが、ここでも平運に利あらず、翌年2月19日、長門壇ノ浦(下関市)に敗走した。舟師(水軍・海軍)をひきいて義経はこれを追い、3月24日、安徳天皇とともに海に投じて崩ず」と日本歴史は伝えております。
屋島で惨敗を喫した武者たちの1部は備前・備中(いずれも今の岡山県)の浜へ漂い、陸つずきに西へ西へと逃れ、壇の浦で生き残った侍たちのある者は、中国山脈の屋根をぬけ、あるいは比較的追討の手のゆるやかな北浦を通って、阿武川畔に辿りつきました。源氏の追討の師が追いかけるとの噂がしきりだったため、おそれおののいた落武者たちは、三々五々と川を上流へ上って行き、安住の地をもとめました。
椿瀬川・惣ノ瀬川・明木川・長谷川・遠谷川・佐々並川・木津原川・矢櫃川・麦谷川・吉部川・天子川・江舟川・野戸呂川と支流に分かれて上る者もありました。そこは、いずれも嶮わしい山を負い、深い谷をひかえた、外敵を防ぐに絶好のところだったので、彼等はここを第二の故郷として、住みついたのです。
いま、本村に残る京床・小郷・夕櫃・平家山・一ノ谷・矢櫃・弓矢形・弓館などの地名は当時の名残りをとどめたものです。遠い都の栄華のあとを偲びながら、空しくこの山奥に棲む里をもとめたことであろう平家一門の哀れさは、想像に難くないことです。
その後、星移り月代り、怨敵源氏も亡んで天下が泰平になって、平家残党の探索の手が馳んできたころ、終日、警戒に余念がなかった彼等一族のある者は、山の伏屋をすてて麓の里へ下り、そして全村に拡がり、田や畠を拓き、そして今の川上村を形づくったと伝えられております。
■川上に残る平家にまつわる地名の言い伝え→
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平家山
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一ノ谷
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会合の鞍
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弓張の峠
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矢櫃と弓屋形
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小郷
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夕櫃
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平家井戸
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足山の弓矢形
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兜の浴
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烏丸様と姥神様
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Mon, Nov 21, 2005