平助と権太
平家伝説
重源上人と
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掛の渕の河童
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そんな中、ひとりの老僧が勅使をたずねて来ました。その人の名は、俊乗坊重源(しゅんじょうぼうちょうげん)当時61歳の重源はだれもがしりごみする東大寺建て直しの役を自ら申し出たのです。
法皇と朝廷は重源を再建の責任者「東大寺大勧進」として任命しました。
しかし、日本一の大仏さまをもういちどつくりなおし、その大仏さまがおさめられるほどの建物をつくるのは大変なことです。沢山のお金や大きな木材が必要です。
そのころの奈良の近くの山々では、すでに大きな木は切りつくされていて、ふさわしい木材はありませんでした。
そこで選ばれた地が周防国(すおうのくに:現在の山口県)でした。文治2年(1186年)4月、奈良から重源上人がやってきて、木材を求めて佐波郡徳地(さばぐんとくじ)の山に入りましたがそこだけでは十分な木材を集めることはできませんでした。
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Last updated on 2000.6.10