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▼ 市報表紙より ▼
平成18年12月1日号
よさこい総踊り!
11月3日(金)から始まった第21回国民文化祭・やまぐち2006は、12日(日)で10日間の祭典を終7した。萩市でもこの間、民謡・民舞の祭典をはじめ5事業が開催され、最終日の12日は国民文化祭史上初のよさこい大会を開催、遠くは関西をはじめ中国・四国・九州から39チーム約1,000人の踊り子が集結。
最後の総踊りは、市役所前で萩広域総踊り曲「とことん祭りだ!」を全員が乱舞、萩市の元気を全国に発信した。 |
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▼ 市報表紙より ▼
平成18年11月15日号
手のひらの中の宇宙
三輪壽雪さんの鬼萩割高台茶碗
茶碗は眺めるだけでなく、手にとって扱うもの。手の中で廻すと作者の指の動きが、茶碗の重みや表面の手触りとなって語りかけてくる。
会期中の土・日曜日、祝日の午前10時から午後3時30分まで、展覧会場内の1階ロビーで。呈茶券は500円、別途観覧券が必要です。
写真は陶芸を志しているパリ出身のアッヅォリ・エリックさん夫婦(下関市在住)。「意外に軽くて、飲みやすいですね」 |
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▼地域トピックス▼
川上地域
| 長門峡もみじまつり |
紅葉の始まった11月3日、長門峡龍宮淵でもみじまつりが開かれました。
毎年この日に、阿東町側と同日開催しているもので、萩・阿西商工会が鮎の塩焼きをはじめ、農産物や加工食品などを即売し、買い物客には川上特産のユズがプレゼントされました。
26日まで、龍宮淵から長門峡駅間でシャトルバスが運行され、片道約30分、料金は大人600円です。長門峡の紅葉は、11月下旬まで楽しめそうです。 |
旭地域
| 萩往還鉄人マラソン2006 |
10月29日、さわやかな秋晴れの中、参加した38人の選手は、明木小学校を9時にスタート、萩往還、男岳、東鳳翩山などの険しい山々を越え、体力と精神力の限界に挑む37kmの鉄人コースで健脚を競いました。トップランナーは3時間42分でゴール。
一昨年まで開催されていたアドベンチャーマラソン。その参加者から寄せられる強い期待にこたえ、地元青年が中心となって継承しました。 |
福栄地域
| 福栄・安全安心まちづくり懇談会 |
10月12日、萩警察署員を招いて、「福栄・安全安心まちづくり懇談会」が福栄コミュニティセンターで開催され、住民約220人が参加しました。
防犯対策の話の後、最近の暴力団情勢について説明があり、「暴力追放3ない運動」の徹底、また暴力追放運動は、行政と警察、そして地域住民が三位一体となって協力して行うことが必要不可欠と話されました。 |
| いも掘りフェスタ |
10月29日、澄みきった青空の下、「いも掘りフェスタ」が平わらび合(福井)で開催され、市外の方を中心に約240人が参加しました。
畑一面に広がった蔓を取り除き、大人も子供も夢中になって土を掘り、小さいもの、大きいもの、細長いものなどいろいろな形をしたたくさんのサツマイモを収穫。都会では普段触れることのない土に触れ、自分で収穫することの喜びを体験しました。 |
| 農山漁村の今後を考える |
10月24日、福栄農業担い子育成センターで、「阿武萩農山漁村担い手フォーラム」が開催されました。
来年度から「品目横断的経営安定対策」が取り入れられるなど大きく変わる農政事情の中で、男女ともに農山漁村の「今」と「これから」を共に考える機会にしようと、集落リーダーや法人代表等を交え、約240人が参加しました。 |
むつみ地域
| いい香り〜マツタケ |
全国でも珍しいマツタケの学校林を持つむつみ中学校で、10月13日、マツタケ狩りが行なわれました。これは、年3回実施している「森林の教室」の一環で、6月には清掃作業、11月には来年に向けての手入れを行っています。林の管理をしている林業振興会のアドバイスを受けながら、急斜面を登り落ち葉を掻き分け探します。
今回の収穫量は66本(3・85kg)と昨年を上回りましたが、例年に比べ不作とのことです。
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| 4月から萩阿武川温泉の入浴料が変わります |
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今回の料金改定は、合併による市民割引料金の拡大による収入滅、また原油価格の高騰等による施設維持管理費の増加によるものです。
現行の市民割引料金の廃止に伴ない、毎日利用される方の負担増にならないために、1か月間有効の温泉パスポートを新たに導入します。
また、入浴回数券は、田万川温泉も利用できる共通回数券になります。 |
| 区 分 |
現 行 |
改定後 |
大人
(中学生以上) |
300円
(市民200円) |
400円 |
| 小人 |
小学生 |
150円
(市民100円) |
200円 |
| 小学生未満 |
100円 |
100円 |
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■新 設
○温泉パスポート(1か月間有効)
大人5,000円、小学生以下2,500円
○田万川温泉共通入浴回数券(11枚綴り)
大人4,000円、小学生以下2,000円 |
■萩阿武川温泉
平成5年オープン。ゆずの里に湧いた木の香りも優しいのんびり温泉。お湯は地下1,000mより湧き出る日量372tにおよぶ豊富な自噴湯を利用。露天風呂やサウナもあります(サウナは別料金)。
泉質は、柔らかく肌にやさしいアルカリ性単純温泉で、美人の湯として親しまれています。
■営業時間 午前10時〜午後9時(最終受付は午後8時30分)
■定休日 火曜日
■田万川温泉
平成8年オープン。島根県との県境にあり、西堂寺六角堂をイメージした六角形の温泉棟は広々としており、露天風呂もあります。
泉質は、カルシウム・ナトリウム_塩化物冷鉱泉。
■営業時間 午前10時〜午後9時(最終受付は午後8時30分)
■定休日 月曜日 |
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平成18年11月1日号
見島の大空に夢が舞う
121のおにようず
【見島小学校】
見島小学校は、児童数16人、職員数11人の小さな学校です。
創立121周年を迎える今年、国民文化祭・子ども夢プロジェクトで「121個のおにようずを大空に揚げたい」という夢のような計画を立てました。
子ども達は毎年おにようずを作っていますが、連凧となると誰もが初めての経験です。この1年間は試行錯誤の連続でした。凧を小さくしただけでバランスが崩れ、全く揚がらなくなりました。伝統的な骨組みと、揚がる連凧としての構造の選択という葛藤もありました。最終的には揚がる連凧を求めて連凧作りの専門家の指導も受けました。
児童数16人では121個もの凧作りはとても不可能です。作製に当たっては地域の方々の多大な協力を得ました。盆踊りの際には絵付けコーナーを作って色を塗って頂きました。
1枚1枚の凧に児童・教員・島民の願い事を書き、子ども達と地域の方々の夢を載せた連凧は、10月15日の全国凧揚げ大会in見島で、竜のように生き生きと大空に舞い上がりました。 |
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平成18年10月15日号
神話の里で赤米づくり
ホルンフェルスに向かう道路沿いに植えられた赤米。高山を背景に今年も田んぼ一面、茜色に染まりました。須住地域では、須住之男命の伝説にちなんで平成元年からまちおこしの一環として古代末「赤米」をつくりはじめました。
赤米玄米をはじめ、赤米醤油、赤米うどん、赤米クランチ、赤米クッキーなどの加工品、赤米の穂を活かしたリースなど、今では「赤米」は地域の特産品となっています。
10月8日には、収穫祭「赤米フェスタ」が開催されました。 |
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平成18年10月1日号
白い萩の花咲く
長谷川等伯筆「萩芒図屏風(大曲一双 右隻部分)
長谷川等伯は、桃山〜江戸初期に活躍した絵師です。「萩芒図屏風」は水墨画家としてのイメージが強かった等伯の、色彩画家としての側面を明らかにする極めて重要な作品で、これまでは京都の相国寺から門外不出とされてきました。
白い萩の花が、屏風から浮かび上がってきます。
■観覧料:大人1000円、高大生600円、小中生200円
■10月25日まで(年中無休) |
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平成18年9月15日号
標的めがけていざ放水!
表紙の写真は、9月3日萩市消防操法大会、基本操法での放水の場面。基本操法は、ホースをつないで火点に見立てた標的に向けて放水するまでの迅速さと正確さを競います。 |
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幕末期に英国に密航し、近代日本の礎を築いた長州藩の5人の若者たち(伊藤博文、井上馨、遠藤謹助、山尾庸三、井上勝)の青春群像を描いた映画「長州ファイブ」。400人以上の市民の皆さんがエキストラで参加しました。
この映画が、10月28日(土)から山口県内8館と福岡県内3館で先行上映されます。現在、前売券が市内各所で販売されています。
■前売券金額
1300円(当日券1800円、全国共通券)
■市内前売券発売所
アトラス萩店、サンリブ萩店、萩市観光協会、市役所案内係、各総合事務所、萩ツインシネマ
■先行上映される映画館
萩ツインシネマ、下関スカラ座、宇部シネマスクエア、テアトル徳山、山口スカラ座、ワーナーマイカル防府、岩国ニューセントラル、MOVIX周南、シネプレックス10小倉(北九州市)、ユナイテッドシネマキャナルシティー13(福岡市)、ユナイテッドシネマなかま16(中間市)
※全国公開は、新春第2弾ロードショーとして平成19年1月末の予定
■問い合わせ
萩市観光協会(25・1750) |
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5年後の2011年(平成23年)、山口県で国内最大のスポーツの祭典「第66回国民体育大会」が開催されます。萩市では、正式競技として、柔道・軟式野球・卓球・カヌーの4競技と、デモンストレーションのスポーツ行事として、グラウンド・ゴルフが開催される予定です。
大会の円滑な実施に向けて、市民が総力を挙げて準備に取り組むため、8月23日、関係機関や団体の代表など128人で構成する「第66回国民体育大会萩市準備委員会」(会長 野村市長)が設立されました。
◎国民体育大会
昭和21年に京都府を中心とする京阪神地域で第1回大会を開催。山口県での国体の開催は、昭和38年の第18回大会以来、48年ぶりとなります。
■問い合わせ
萩市国体準備室(25・7311)
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平成18年9月1日号
萩・音楽創造ワークショップ
【8月16日〜20日】
「音楽をぼーっと聞くんじゃなく、何かしら考えながら聞くことを覚えました」伊藤菜緒(光塩高2年)、「友だちがたくさんでき、リチャードとも友だちになれてうれしかった」小田直美(宇田小3年)、「技術がどうとかじゃなく、音楽ってどんなものなのか考えさせられた」伊藤麻美(萩高3年)。その他、ニューヨークに行かなければ受けれないようなワークショップに参加できて幸せでした、子どもの時に本物の音楽に触れるということは、何よりも価値があると思いました。 |
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平成18年8月15日 特別号
小泉首相、萩へ
〜松陰・晋作ゆかりの地を訪れる〜
8月5日(土)、小泉純一郎首相が萩市を訪れ、尊敬する幕末の思想家、吉田松陰ゆかりの史跡を視察しました。現職の首相として、松下村塾など松陰ゆかりの地を訪問するのは初めてのことです。 |
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平成18年8月15日号
炎の饗宴
萩藩主毛利家の菩提寺・大照院(椿)で8月13日、萩・万灯会が行われます。石灯籠約600基のろうそくの炎が幻想的な世界を作り、萩の夏の風物詩となっています。
また、8月1日には萩・日本海大花火大会(8,000発)、7月28日は須佐湾大花火大会(4,000発)を多くの市民が楽しみました。
暑くて寝苦しい夜が続きますが、夏の夜の炎で、静けさや涼しさを感じることもできます。 |
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平成18年8月1日号
ひまわりロード
むつみの夏を彩るひまわり。ひまわりとの関わりは、平成元年、食用のひまわり油の搾油に始まり、その後、ひまわりロードとして形を変え人々の目を楽しませてくれています。青い空に向かって力強く咲くひまわりを見ると知らず知らずのうちに元気になります。
7月23日、今年もひまわりロードフェスタが開かれ、天候不順により昨年に比べ一回り小さめですが、これから元気に咲き揃うでしょう。現在、ひまわり写真コンテスト開催中です。 |
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平成18年7月15日号
山口県ビーチバレーボール大会in萩
菊ヶ浜海水浴場に、若者があふれかえり、大歓声があがる日。昨年の大会は、33.4度の灼熱の太陽の下に熱戦が繰り広げられました。
今年も、7月16日(日)に開催、広島・福岡県を中心に県内も加え185チーム、500人の高校生や若者たちが参加予定。
美しい菊ヶ浜を背景に、どんな試合が行われるか。みなさんもぜひ'声援を。
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平成18年7月1日号
田万川のホタル)
表紙の写真は江崎の写真家・中本修造さんが田万川流域の上組地区で撮影。国道沿いの道の駅・ゆとりパーク田万川から県道を小川方面へ車で約5分の所。今年は例年に比べ、多くのホタルが見られました。1週間近く取材しましたが、これほど多くのホタルを見たのは生まれて初めて。橋の上から眺めた幻想的な光景は、しっかりと目に焼き付いています。 |
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平成18年6月15日号
萩たまげなすを生産している
幸坂治男さんとお孫さん(椿)
6月15日(木)午後9時から、KRY「新どっちの料理ショー」で、ナスとひき肉のカレーの材料として、萩たまげなすが登場します。
大きさ・味もびっくり!萩たまげなす
5月26日、萩特産の萩たまげなすの出荷式が青果物地方卸売市場で行われました。
萩たまげなすは、田屋ナスと呼ばれるナスのうち、500g(普通のなすの3〜4本分)以上の大きなもののネーミングです。収穫は7月下旬までで、特徴は果肉が柔らかくてきめが細かく、甘味があることです。
萩では6戸の農家が生産に取り組み、約1万1000本の出荷を目指しています。
萩たまげなすの田楽
・油を170度に熱して、切れ目を入れたなすを5〜6分揚げる。・みそ、みりん、砂糖をひと煮たちさせ、だし汁をまぜて、なすへかける。 |
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平成18年6月1日号
いっしょにやろうよ!
農林業体験学習
5月23日、大阪市立桜宮中学校生徒110人がむつみ中学校を訪問し、同校生徒と一緒に農林業体験で交流を深めました。田植え、だいこんの収穫、ひまわりの種まき、乳牛の草刈と搾乳、林業体験など泥まみれになりながらの作業です。静かな里が、この時ばかりは賑やかになります。ある農家の方は「子ども達が来てくれて嬉しい、私達が元気をもらっている」とにこやかに話されました。 |
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新しい議長、副議長が決まりました
5月9日に開催された萩市議会5月臨時会で次のとおり決まりました。
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副議長
横山 秀二
(56歳 川上)
2期 無所属 |
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議長
青木 賢次
(61歳 椿東)
2期 無所属 |
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平成18年5月15日号
五穀豊穣を祈念して的まつり
市指定無形民俗文化財
昔、川上の惣ノ瀬地区の奥の扇子落滝(おおぎおとしのたき)に住んでいた大うなぎが、洪水の時惣ノ瀬川へ流れ出しました。
里人たちが打ち殺し、家に持ち帰って食べたところ、大うなぎの亡霊が化け物になって現れ、里人は悪疫に倒れ、3人だけとなりました。残った3人は神明さまに立願し、化け物を弓矢で退治。その後は化け物に悩まされることもなくなりました。里人たちは神明さまの霊験に感謝し、的まつりとして奉仕することを申し合わせました。これが祭りの由来で、市の無形文化財にも指定されています。
このまつりは、五穀豊穣を祈念して、12人が12間(約22m)先においた怪物になぞらえた4種類の的を射るもので、毎年4月29日に中ノ原神明社で行われます。今年も、惣ノ瀬地区と中ノ原地区の皆さんが総出でまつりに参加。午前10時すぎから地元の若者が次々に的めがけて矢を放ち続けました。
4種類の的を全て射るまで終わらないこのまつり。特に最後の的は直径が1寸8分(約5cm)と大変小さいため、その日には終わらず、翌日に持ち越しになった年もあったとか。今年は射手の腕前が良かったのか、午後3時には全ての的を射止めました。
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▼ 市報表紙より ▼
平成18年1月15日号
映画「長州ファイブ」萩ロケ
2005.12.17-18虎ヶ崎(越ケ浜・椿東)
この日は、1862年(文久2年)8月、東海道で起きた英国人殺傷の生麦事件の撮影。平安古備組や萩東中・萩西中学校の皆さんをはじめ、萩市全域から総勢180人が薩摩藩の大名行列に扮しました。
撮影は、綿密な打ち合わせにはじまり、何度もNGで取り直し。
最高気温3度、雪と強い海風のため体感温度はさらに低いこの日。地元漁協婦人部がふぐ鍋などを振る舞い、撮影スタッフ・エキストラは身も心も温まりました。 |
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▼ シリーズ長州ファイブ ▼
山尾庸三
(やまおようぞう)
【工業の父】天保8年〜大正6年(1837〜1917)
幕末期に英学を修めながらも尊王攘夷運動に一時加わり、英国留学後は、鉄道・鉱山を中心とする工業立国に貢献し、また日本初の盲唖(もうあ)学校設立にも尽力しました。
蒸気船操縦に苦労、「外国行」を志す
庸三は天保8年(1837)、周防国吉敷郡二島村(山口市)に、山尾忠治郎(冨信)の二男として生まれました。
20歳の時に江戸への遊学を果たし、当時、多数の長州藩士が入門していた斎藤弥九郎の剣術道場練兵館を訪ね、塾頭であった桂小五郎(木戸孝允)からは弟分として可愛がられたようです。
航海術の修得を志し、ロシア領に派遣された幕府船や、藩船に乗り込み、航行に大変な苦労をしました。さらにロシア語や蘭・英の洋書を学ぶことで、海軍学修業の必要性を痛感し、「外国行」を強く志すようになりました。
薩摩藩土の助けで世界一の造船の町へ
文久3年(1863)5月、4人とともに英国留学を実現。英国での庸三は、5人のうちで最も数学が優秀だったといわれます。
慶応元年(1865)5月、薩摩藩から留学生が大挙渡英してきたことを知ると、彼らと行き交うようになりました。なかでも庸三は、スコットランドのグラスゴーに行って造船技術を学びたいと考えていましたが、旅費がないことを薩摩藩士に相談しました。そして16ポンドを譲り受け、それを元に庸三はグラスゴーに赴き、昼間はネピア造船所で働きながら夜間学校に通っています。
工業立国への功績
明治元年(1868))に帰国し、同3年に民部権大丞 兼大蔵権大丞となり、同4年には工学寮(のち工部大学校と改称、東京大学工学部の前身)の創設に尽力。同13年に工部卿に昇進し、鉄道・鉱山を中心とする工業立国に多大な功績を残しました。
盲唖教育への情熱
またグラスゴー留学中聾唖者が造船所で技術者として活躍していることに感銘を受け、日本初の盲唖学校の設立にも尽力しています。その後、参事院議官、宮中顧問官、法制局長官などを歴任。また没年までの36年間、日本工学会長を務め、後進育成にも努めました。大正6年(1917)没、81歳。子爵。
ゆかりの地を訪ねる
旧繁沢家長屋門(堀内)(旧益田家物見矢倉向かい)13歳の時に長州藩士の繁沢石見に才能を認められ、萩の繁沢家屋敷に奉公することになった。かたわらで剣術修行にも励んだ。 |
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▼ シリーズ長州ファイブ ▼
海外渡航が禁じられていた幕末期、文久3年(1863)長州藩が英国に密航留学させた5人の若者、井上馨(外交の父)、遠藤謹助(造幣の父)、山尾庸三(工学の父)、伊藤博文(内閣の父)、井上勝(鉄道の父) 英国で近代技術を学び帰国後、近代日本の礎を築きました。
命がけの密航
文久3年(1863)5月12日未明、長州出身の5人の若者が、横浜から英国船に密かに乗り込みました。故国日本をあとにし、上海を経由し、9月にロンドンに到着。
一番年長の井上馨(聞多)を代表格とし、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤博文(春輔)、井上勝(野村弥吉)。平均年齢24歳という若さでした。
江戸時代初期に海外渡航が禁じられて以来、密航という形で海外留学したのは、彼らが最初のことです。吉田松陰が、アメリカヘの密航に失敗してからほぼ10年が過ぎていました。彼らも一歩間違えば、国禁を犯した罪により厳罰に処されかねない命がけの旅立ちだったのです。
周布政之助(すふまさのすけ)の先見の明
5人を密航させるために背後で尽力したのは、長州藩(萩藩)の重臣周布政之助でした。周布は、いずれ日本も外国と行き交う時代が来る、そのためには「人の器械」、すなわち西洋の優れた技術を身に付けた人材を育てておかねばならないと、5人をイギリスに送り込むことを決意したのです。
ときあたかも尊王攘夷運動のピークにあり、5人が出港する2日前、長州藩は下関海峡を通過する外国船に砲撃を開始したばかりでした。長州藩は、表向きには攘夷を実行しながら、その裏では、将来的に欧米列強と対時するための備えを着々と進めつつあったのです。
長州ファイブと呼ばれ
イギリスヘ渡った5人は、ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジに入学。近代都市ロンドンで鉄道や銀行、高層建築物など、あらゆるものに衝撃を受けました。
井上馨と伊藤は、米・英・仏・蘭の連合艦隊による下関砲撃が勃発したため翌元治元年(1864)に帰国。遠藤は慶応2年(1866)、井上勝は明治元年(1868)、
山尾は明治3年(1870)に帰国しました。
若さと情熱によって西洋の近代文明を自らの血肉と化し、日本という殻からいち早く抜け出した彼らは、帰国後、それぞれの道で華々しい活躍をします。
井上 馨 外務大臣や大蔵大臣を歴任
遠藤謹助 造幣局長として近代的造幣技術を確立
山尾庸三 工部卿として工業教育、聾唖(ろうあ)教育にも尽力
伊藤博文 初代首相として立憲国家日本を確立
井 上勝 鉄道庁長官として近代的鉄道網を整備
5人が日本の近代化に果たした役割の大きさから、彼らが学んだイギリスで高く評価され、「長州ファイブ」と呼ばれ顕彰されています。 |
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