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悠 悠 −NO.126− 97.12.9(火) 昨日と一変し,今晩から再び強烈な寒波が来る! 遅刻も多くなったので再び電話作戦でもしよっと!
コンプレックス と
プライド は 紙一重
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| ◆人間には誰でも劣等感がある。特に思春期の頃にそれは強くなる。事実ボクがそうだった。「他人がみんな幸せに見え,どうして自分だけがこんなに不幸か」と思い悩んだこともあった。他人から見れば何でもないことでも,本人にとっては重大なことってあるのだ。「何よそんなこと…」と親が笑っている間に,天地がひっくり返るぐらいの悩みが……。 |
劣等感と自尊心 |
| ◆勉強できない,背が低い,泳げない,毛深い,人見知りする,ニキビだらけ,赤面症,親の職業が恥かしい…,青春時代は劣等感の固まりだ。でも,やがて劣等感の反動として自尊心も強くなってくる。「何くそ」というプライドが,ときにはツッパリという形になる。青春とは「劣等感と自尊心の間を行ったり来たりする」ことではないだろうか。そういう意味ではボクもまだ,悩み多き青春を送っているといえるかも…? |
いつかはわかる |
| ◆いつの日かボクたちは,あらゆる人間に劣等感があることを知る。どんな美人でも英雄豪快でも,必ず何らかの劣等感に悩まされていることを知る。そのときに「何だ,みんなも同じなのか,自分だけではなかったのか」と安心し,苦しみから解放される。もしかしてボクたちの一生は自分の劣等感とどう折り合いをつけるかにかかっているのではないだろうか。 |
悠悠のコンプレックス |
| ◆ボクは近眼で乱視,カミさんいわく「ひどいいびき」,若い頃は大学浪人という学歴コンプレックスもあった。片親で育ったという変なイジケもあった。先生なのに板書の字は汚い(○○なのにという表現はホントウはすきじゃないが…),劣等感を数え上げたらキリがない。
◆日本人独特の差別対質は学歴社会と深い関係がある。昔は「貴族・武士・平民…」といった階級がり,身分の低いものを差別することによって自分の存在感をアピールしてきた。それが今では「東大出,早慶出…,高卒,中卒…」といった階級に置換えられた。だから進学校や教育産業は血まなこになって上の階級をめざせとハッパをかけている。子どものいじめが騒がれている一方で,実は「社会全体が,大人の世界そのものが,弱いものいじめの構造になっている」ことに気がついていない。人権尊重といいつつ,もっと深いところでいわれなき差別が横行している。ボクもその大人の一人だが… |
どうしたらいい |
| ◆教師をしているボクには何ができるか?こうした差別を告発し,劣等感に悩む若者にエールを送ることくらいしかできないかもしれない。「人間は誰でも劣等感に苦しむ。だけど劣等感につぶされるくらいつまらない人生はない。どうやって劣等感を成長のバネするかが,人生の大きな分かれ道になるんだよ」と…… ◆知識がゆたかな人間より,トラブルを解決できる子の方がずっとすばらしいと思う。たとえ解決できなくてもトラブルを解決する能力,ぶつかっていく勇気があればいいと思う。トラブルから逃げる人,よけてる通る人は,ただの通行人。我々の実社会でも同じことが言えるのです。 |
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