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悠 悠   −NO.81−   97.9.20(土)

生徒指導室はマンガコミック本が一杯。盗ったんじゃないゾ,あずかったんだ! ほしい人は来なさい!

マンガばかり読んでいてはダメと言われるけれど……

◆ふつうの大人は“ばかり”がきらいです。不安になります。これは決してマンガの問題ではありません。それが証拠には,例えば勉強“ばかり”していると「たまには外で遊びなさい」と言われます。夏目漱石や森鴎外の本ばかり読んでいると「たまには渡辺淳一(現代人気作家の一人,今話題の『失楽園』の著者)なんか読んだ方がいいんじゃない」などと言われます。“ばかり”ではダメになるという考え方が強くあるようです。それは片よった人間になってしまう,バランスいいChild7.wmf (25086 バイト)人間にはなれないよ,ということなのでしょう。
◆そこで問題なのは,では「バランスのとれた人間」というのはどんなパターンの人間,どんなタイプの人間なのか,です。……あまりひとつのことに片よらず,一応何でもわかっていて,一応なんでもできて,その中で得意なものもボチボチある。それもあくまでバランスよく,というようなことでしょうか。そういう人間に対して,確かに他人は特に文句を言いません。
◆ところが“ばかり”で片よっていても文句を言われないパターンやタイプがあります。先般お亡くなりになったマザー・テレサさん(1919年ユーゴ生まれのアルバニア人。18才からインド・カルChild8.wmf (18362 バイト)カッタの修道会で貧しい人々を救う活躍をしてきた。1979年ノーベル平和賞受賞)は人の世話ばかりやっていた人です。あっちこっちで他人の世話ばかりしていた人です。『ファーブル昆虫記』の著者のファーブル先生(1823年フランス生まれの昆虫学者。昆虫研究を一生の仕事に決め,あらゆる昆虫の監察に没頭した)は,昆虫ばかり追っかけていた人でした。虫のいるところへ引っ越してしまうほど
の“ばかり”の人でした。それなのに人は,マザー・テレサさんにもファーブルサンにも文句を言いません。あんなにバランスの悪い人々なのに。
◆それはなぜかと言えば,彼らの“ばかり”に迫力があるからです。人が口をはさめぬほどの筋金入りの“ばかり”だからです。「マンガばかり読んでいてはダメよ」,などと親から言われてしまう人は,その読み方に迫力がないからかもしれません。“ばかり”レベルが低いのかもしれません。あるいは迫力の“ばかり”になるほどのマンガに出会ってないの
かもしれません。問題はそちらの方です。

以上(五味太郎著『じょうぶな頭とかしこい体になるために』より)


まあ,昔は私もよくマンガを読んだものです。ジャンプやマガジンなどの週間マンガが中心でしたが。教員になっての最初の3年間は寮生(前任校では生徒の半数が寮生活をしていた。私のアパートは寮の隣にあった)が回し読みしていたマンガをいっしょによく読んだものです。ちょうど当時,『北斗の拳』がTVアニメと週間マンガが同時連載された時期で,男子生徒に圧倒的人気を得ていた。私が個人的に好きだったのは少年マガジンの『ドクターK』だった…。最近書店に増えてきた文庫本化されたマンガ本は,一〜二世代前に全盛を誇ったマンガが多い。なつかしくて立ち読みしたくなります。

 

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