俊 徳 丸

 近鉄服部川駅から山手へ向い緑池の少し上を左に折れ、山畑へ行く道のすぐ左側、周りの家に固まれた小さな円墳が、俊徳丸の塚である。

横穴式古墳である俊徳丸鏡塚古墳

 謡曲「弱法帥」や浄瑠璃「摂洲合邦ケ辻」で名高い俊徳丸の故地で、吉墳の入口には実川延若寄進の焼香台がある。

文楽「合邦辻」の俊徳丸と娘

 俊徳丸は高安の長者信吉の子で、四天王寺の舞楽の椎児の役をつとめたが、このとき同じ高安の蔭山長者の娘が、俊徳丸の椎児姿をみて心を動かし、やがて二人は恋仲となる。

 ところが、俊徳丸の継母は自分の子を世継ぎにしようと考え呪ったため、俊徳丸は癩をやみ盲目となり家を追われ、四天王寺で乞食をする身となった。

 このことを聞いた蔭山長者の娘が俊徳丸をあわれに思い、四天王寺で俊徳丸を探しあて、共に観音著薩に祈ってその本懐を願ったところ、病はなおり二人は夫婦となって幸福に暮した。

 一方、信吉長者の家は、信吉の死後、次第に家運が衰え、継母は乞食にまで落ちぶれたと言う。

 

 なお、この塚を箸塚といい、信吉長者が食事毎に新しい箸を使って捨てた所で、このような賛沢な生活をしたので、財産を食いつぷして貧芝になったのだという地域の故老の話もある。


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