かゆ占い

 一月十五日、恩智神社の「粥占い」の神事がある。

 枚岡神社と共に古くから伝わる行事である。大きな鉄釜の中に直径二センチ、長さ二○センチぐらいの篠竹を束ねて、小豆粥と共に煮立て、その竹の中に詰った小豆や米粒の多少によってその年の豊作物の豊凶を占う。

 また、生の椎の木を十二の節に削って火にいぶしてその焼けた原形の灰の自黒、崩れ形によって十ニカ月の天気を占う。

 火元は火打石によって起して焚出しするいとも原始的な行事である。夜明けまもないシーンと冷え込む拝殿で作物名を一つ一つ呼ぴ上げて、竹を割り「上々ー」「上ー」あるいは「中ー下ー」と多くの参拝者が参観する中で厳粛に執り行われる。

『河内粥』のすすめ

 一般家庭でも、この目は小正月といって、昔は十四日の晩〆飾りや門松を集め、さらに青竹や、山で木を伐って芯に人れ大とんどをしてその人を貰って帰り、火種として小豆を茹で、十五日、小豆粥の中に餅を人れて食べる風習がある。

 元来、「茶がゆ」といって河内や大和では、昔から粥を常食として朝夕食べ続けてきたことはよく知られている。

 「河内豊年米喰わず」といって、河内の国が豊作する年は全国的に不作であり、河内が不作するような干魅の年は全国的に豊作する。と伝えられてきた。

 潅漑施設の十分でなかった昔は水飢饉で悩まされた体験を持っている人もたくさんあって、粥は節米の生活の知恵であったと思う。

 熱い粥をすすることがガン発生に起因するという学説もさることながら、最近のように栄養過剰気味の中年以上の者は、一日一回の粥食は健康管理の上からも(筋肉労働を激しくする人は別である)面白いではないか。