ホンダTN360縦目
これが始まりでした。
この写真、1986年頃の写真ですが、いくらこの時代とはいえ
とても18歳の若者には見えません。これが高校を卒業してピカピカ
の社会人として乗る車でしょうか?我ながらあまりにも渋すぎます。
と言うもののこの車、岐阜県の就職先で私に都合してくれた専用車。
ココの土地柄で山が多くてタイトなコーナーの連続の道が多く、
ケツの軽いこいつにはドリフトの楽しみを教えてもらいました。
おまけにヒーターがイカれて効きっぱなしで、汗をダラダラかいて
乗っていたのをとても懐かしく思います。強制空冷ツインのエンジン
はとてもタフで、たまーにあのサウンドを聞くと、友人と共にガケ
からTNもろとも転落しそうになったことを思い出します。
ホンダN−V360
いちばん青春?していた頃かもしれない。
このNコロ、エンジンは450tでキャブはソレックスツイン。
足周りはジムカーナサスで燃費は10q/g切ることも。
この頃埼玉で同棲?していた友人と共にあちこち走りに行きました
奥多摩に攻めに行ったときはヘルメットを被ったままネズミ取りに
かかり、警察に「何故ヘルメットを被っている」と聞かれ彼は
「安全のため」と答えたのですが、いまだ公道でメット被って
運転してる熱い奴は見たことありません。たまたま運転を代わった
ばかりに彼は免停になってしまいました。(おかげで助かった)
そしてある時は、軽井沢へバカンス?しに行った時のこと、碓氷峠の
急勾配に自然空冷のエンジンはオーバーヒートしてしまい煙を噴いて
ボンネットを開けてはタバコを一服、休み休み峠を越えた事も・・・
またある時は吉野屋を求めて夜の横浜へ・・横田基地の側をFENを
聞きながら走ったときは完全に自分に酔っていたモノです。
スクーターレースにもこれに乗せて行きました、3人も乗って!?!
そう言えばこの頃レベッカ流行ってました。「フレンズ」とかたまに
カーラジオから流れると、ふとあの頃に戻って胸が熱くなります。
ホンダライフGSツーリング
Z400FXが盗難された後の足
埼玉時代、FXが盗難に遭い8万円で見つけた元祖ホンダライフ。
GSツーリングはツインキャブ36PSのホットバージョンで、
分割バンパーに砲弾ミラー、後からペンキで塗ったと思われる
黒塗りのボンネットが当時の流行を忍ばせます。今でこそプレミアが
ついてイイ値段で取り引きされてますが、自分が乗っていた頃は
一般の人から見ればタダのボロ車で、好きな人にはタマらない車。
この車は引っ越しの際、譲って欲しいとホンダ学園の先生に頼まれ
ギターと交換してしまいました。
日産ホーミー
走る休憩室
仲間内とミニバイクレースに活躍したトランスポーターで、ある時は
会社の休憩室として中で弁当を食べたりもしました。いま考えると
スゴイ光景です。そして気の向くままに何処でも寝れるという便利さ
現在みたく3ナンバーや5ナンバーのワゴン車はあまり無かった
と思う。
AE−86レビン
何となく買った
未だ根強い人気のある86レビン。
FR車って少なくなりましたねぇ。
ここにきて若者らしい車になりました。
ちなみに写真の気取っているオヤジはチーム監督兼レーサーのT氏。
レース中にツナギの中にウンコをしてしまった強者で、
エンデューロの最中にもたびたびバイクを止め茂みの中に
消えていきました。
スズキセルボ
絶滅寸前2ストローク
何故に86からセルボに行ってしまうのか???我ながら変です。
きっとこの頃金に困っていたのでしょう。それは今も変わりませんが
・・・とりあえず好きで買ったと言うことにしときます。
2ストロークのトルクの太さもさることながら、RRのエンジン
レイアウトのおかげか、雪道の峠なんか最高の走りで、カストロール
の甘い香りが破れたマフラーから車内に充満してクラクラしながら
5人乗りなんぞして無茶しました。
ホンダビート
我が人生唯一の新車
発売前から雑誌を見て一目惚れして即予約。発売当時は
とにかく注目度抜群で、オープンで走っているとウチのかみさん
よく大型トラックの運ちゃんに上から話しかけられたそうな。
ホンダらしくよく回るエンジン、バイクのようなメーター類、
素晴らしい足周りとシフトの操作感、オフセットされた運転席。
遊びで作ったような割には、スーパーカーでした。

その後、トゥデイの事故を経て、S62年式ミニカエコノ
H4年式ミニカ4駆、シビックシャトルと続き、現在に至る。