さて、高齢化がすすみ痴呆患者さんの数も年々増加していることは皆さんもご存知のことで
すが
、高齢者の痴呆の大部分が、アルツハイマー病などの脳変性疾患とここで取り上げた脳 血管性痴呆
ですといっても過言ではないでしょう。この二つの病気の頻度では、
アルツハイマー病:脳血管性痴呆=約3:2といわれています。従って、高齢者の痴呆をおこす病気
で はとても重要な病気といえます。脳血管性痴呆には表のような病気が含まれます。
脳血管性痴呆の病型
1、 広範な脳梗塞(脳血栓、脳塞栓)
2、 多発性皮質梗塞(主に脳塞栓)
3、 多発性皮質出血(おもにアミロイドアンギオパチー)
4、 進行性白質脳症=ビンスワンガー病
5、 多発脳硬塞性痴呆(大脳白質の多発性小梗塞=ラクナを特徴とし、
白質病変がビンスワンガー病ほど広範ではないもの。)
6、遺伝性の多発脳硬塞性痴呆
(注釈)皮質:主に脳の表面およびその近くの部分で、神経細胞がたくさ
んある場所。
白質:主に脳の深い部分で脳の表面にある神経細胞から、あるい
は脊髄や 小脳などからの神経線維がたくさんある部分。
図に皮質系の梗塞やラクナ(脳の血流が悪くなってできた小さな脳梗塞)のイラストがあ
りま
す。参考にして下さい。
結局、脳血管性痴呆とは、脳の動脈に問題があり、血流が悪くなるため、 酸素や血糖が 脳に運
ばられなくなるために、機能が低下し痴呆が出現してくる病気ということになりま す。脳のなか
でも、特に、前頭葉、頭頂葉、側頭葉とよばれる部分などの障害が重要と考 えられています。
アルツハイマー病とどこがちがうの?
たしかに、アルツハイマー病と脳血管性痴呆、この二つの病気は、特に、病気の始まりの時点
では区別がとても難しいことが多いのです。診断については後でのべますが、ここでは、ハッチン
スキの虚血スコアというものを紹介して、この二つの病気の違いについてお話ししみようと思いま
す。ハッチンスキの虚血スコアとは表のようなものです。つまり、アルツハイマー病では、症状は
徐々に始まってくることが多く、痴呆としては、知的な機能が全般的に障害され、悪化し進行し続
けます。病気の始まりの時点から、人格の障害が強く、その人の以前の面影がなくなってしまいま
す。徘徊や目的もなく動き回る症状が多いようです。また、ピック病といわれる脳変性疾患も脳血
管性痴呆と似た病気ですが、アルツハイマ−病が記憶障害や計算障害などの症状が目立つのにたい
し、ピック病では、自己中心的で、怒りっぽく、不潔なものを触ったり食べたり、いらないものを
たくさん買い込んだりするような異常な行動が目立ちます
ハッチンスキの虚血スコア
項目
点数
急激な発症 2
段階的な悪化 1
動揺性の経過 2
夜間せん妄 1
人格の比較的保持 1
抑うつ 1
身体的訴え 1
感情失禁 1
高血圧の既往 1
脳血管障害の既往 2
動脈硬化合併の証拠 1
局所神経症状 2
局所神経学的徴候 2 7点以上は脳血管性痴呆を、
4点以下は変性性痴呆を示す。
では脳血管性痴呆はどんな症状がでるの?
大多数の例が以前に、あるいは以前から高血圧があったり、脳卒中になったことがあります。
症状は比較的急速に出現してきます。物覚えが悪い、物忘れがひどい、計算 ができない、などの
症状があるのに、その他の面、例えば、仕事の話しはきちんとしている、他人との応対にも問題
がないなど、一部の知的機能は保たれていることが多いのが特徴です。このため、脳血管性痴呆
は”まだら痴呆”と呼ばれます。人格的にも以前と変わらず、自分が物覚えが悪くなった、物忘
れがひどくなったということを自覚していることが多いようです。その他によくみられる症状と
しては、過敏.過剰に泣いたり笑ったり(情動失禁)、抑うつ的であったりします。また、しば
しば夜間せん妄をおこすことがあります。また、脳の血管障害のため、言語障害や運動麻痺など
の症状をもっていることもあります。
普通のもの忘れと痴呆はちがうの?
歳をとるとともに、物覚えが悪くなり、もの忘れもひどくなります。
しかし、これらが あればすぐ痴呆というわけではありません。
診断はどのようにするの?
まず、患者さんやご家族の方から、いつごろ、どのように、どんな症状がでてきたか、そして
現在までにどのようになってきたかを詳しくお聞きします。次に、いままでにどんな病気をなさ
ったか、特に、高血圧、脳卒中、糖尿病、高脂血症などがあったかどうかお聞きします。喫煙や
飲酒についてもお聞きします。ご家族の方で脳卒中や痴呆の方がいらしたかどうか、お聞きしま
す。そして、知能検査を含め、詳しく神経内科的に診察します。これらから、だいたいの病気を
推察して、検査で確かめるようにします。
検査では、血液検査、尿検査、心電図、胸のレントゲン、頭のレントゲン、そして 、必要に応
じて脳のCTやMRI検査、脳波などの検査をして、最終的な診断をします。
脳血管性痴呆の患者さんのMRIの画像ですが、この取り方では、白くみえるところが障害
されています。
治療は?
理想的には、脳血管障害で一旦壊れてしまった神経細胞や神経線維を回復させたり、修復させ
て、根本から治すことが最も望まれますが、これを満足させてくれる治療法は現時点ではないよう
です。しかし、脳も他の臓器と同じように、障害されたところを修復する機能が備わっていますの
で、アルツハイマー病のように神経細胞がどんどん壊れていってしまう病気と違って、脳梗塞を起
こす原因となるものの治療により、進行を抑えて修復を助けることができます。
そのために、脳の循環や代謝を良くする薬、脳動脈内で血栓がつくられるのを抑える薬が使われ
ます。
また、幻覚、妄想、不眠、抑うつなどの症状がある場合には、それぞれ、向精神薬、抗不安薬
(安定剤)、睡眠薬、抗うつ薬などが使われます。
しかし、重要なことは、脳は刺激されることによって神経細胞に活力を与える神経栄養因子がで
ます。家族の方が患者さんの状態を良く理解して、話しかけたり、一緒に仕事をしたり、運動した
りして、あきらめずに、脳の修復を助けるように努めることも忘れてはいけません。
家族はどのようにケアすればいいの?
(室伏君士、日本医師会雑誌103巻7号より引用)
基本的には、まず、患者さんと良いコミュニケーションを築いて、安心、安住させること、そして
次ぎの段階として、日常生活のなかで、患者さんにとって良い刺激を与え”今”を大切にすることを
忘れずに、残されている能力や隠れている能力を引き出してあげることです。ケアの具体的な原則と
、ケア上アルツハイマー病と脳血管性痴呆とで違う点を以下にあげてておきました。
ケアの原則
1、 なじみの人間関係(仲間)をつくること。
痴呆性老人が、わからなくなったり忘れた時にとる態度,を理解すること。
(1) 知らないという。
遠くの身内や会いにこない娘は忘れてしまって他人と思う。
(2) 以前から知っていると思う。
一緒に生活をしている人は身内と思う。そして安心・信頼感をもつ。
2、 老人の言動を暖かく受け止めて、理解すること。
間違いを注意、叱責、蔑視し続けないこと。困惑、混乱して痴呆を悪くします。
3、 老人のペースやレベルに合わせること。
老人が自分の生き方や能力で生活できるように心掛ける。こちらのペースを押し付
けると、どうしてよいかわからなくなります。
4、 老人にふさわしい状況を作ってあげること。
老人の習慣や手順を尊重すること。そうすると生き生きとした感情や意欲がわいて
きます。
5、 説得するのではなく納得してもらうようにすること。
気持ちが通じて心でわかってもるようにする。
6、 良い刺激を少しずつ絶えず与えるように心掛けること。
7、 孤独にしておかないこと。寝こまさせないこと。
8、 重要なことは、なるべく簡単にして、繰り返し教えるよう心掛けること。
9、 老人のよい点を見つけて、それを認めてあげること。
10、 老人の”今”を大切にしてあげること。
ケアの相違
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