− LOG_0.5 「星々の集う日へ…」 −
<Bパート>
U.『望まぬ戦い』 「分離シーケンスを完全終了。第二艦体のコントロールも正常です」 ケイトの声にブリッジの空気が一瞬だけ和む。 「了解。オースチン少佐、第二艦体のコントロールをお願いするわ。タトゥーイ少尉、光子魚雷を準備して」 ブリッジに上がったオースチン少佐は機関制御をブリッジに移行しながら、シータに向かって頷いた。第二艦体はブリッジからのコントロールで、制御を失ったかの様にスピードを落とし、第一船体との距離をひろげてゆく。 「第二艦体減速! 副長、敵艦は第二艦体を無視して、本艦を追ってきます」 ケイトの報告で、敵はこちらが被害を受けた船体を切り離しただけと思っている事をシータは確信した。 「上手くいきそうね。オースチン、第二艦体のトラクタービームを最大出力で準備」 メインビューアに映し出される敵艦数隻とそれに接近して行く第二艦体を確認しながら、シータは無言でタイミングを計っていた。同時にブリッジ内も静まりかえっている。ブリッジクルーもその光景を緊張しつつ、見守っていた。 「副長。敵艦二隻から攻撃です。光子魚雷接近中!」 だが、静寂だったブリッジも敵の攻撃を確認したケイトの声で、戦場の中へと舞い戻ってしまった。 「防御シールド展開。オースチン、トラクタービームを敵艦に固定して!」 オースチンがステーションを操作すると同時に第二艦体から敵艦三隻に向けて数本のトラクタービームが照射され、敵艦の速度が急激に減速する。 これで敵が失速、また急激な負荷で機関にダメージを与え、敵の射程外まで距離を離せればシータが実行した作戦は成功と言える。 「光子魚雷、防御シールドに直撃!シールド出力14%に低下」 艦が数回大きく揺れる。敵はこの艦を…いや、ネイナス大統領を絶対に見逃すつもりはないようだ。それが連邦の宇宙艦だと分かっていても… 「副長。敵艦の内、二隻がコントロールを失い、互いに衝突コースに入っています。残り一隻はトラクタービームから逃れられない様です」 ブリッジクルーからの報告とメインビューアの映像を見つめるアーキーの顔が突然険しくなったのを、ケイトは見逃さなかった。 シータは敵艦が急激な速度低下によってコントロールを失う事を十分考慮していたが、衝突は回避するだろうと予測していた。 だが、その予測が甘かった事を今、悟らされた。今の距離で二隻が衝突し、爆発を起こしてしまったら…。 「オースチン、急いでシールド出力を回復させて。最優先よ!」 素早く命令を実行しているオースチンも焦りを見せている。シータの焦る原因を理解しているのだろう。そして、これから起こりえる事態も… 「副長、急いでも最低2分はかかります。もしこの距離で三隻が爆発したら、衝撃波でこちらもかなりのダメージを受けてし…」 オースチンの報告が終わる間もなく、敵艦二隻がもつれる様に衝突し、爆発を起こす映像がメインビューアに写されていた。 そして爆発の原因となったアクシオンの第二艦体も巻き込まれる様に光に包まれ、形を崩し光と化す。その爆発の衝撃波がメインスクリーンに擬似CG化され、シータ達と敵艦に容赦なく迫っている。 「衝撃波、来ます!」 ケイトのこわばった声が響きわたり、ブリッジ全員の動きがその瞬間止まり、迫り来る衝撃波の映像を凝視していた。 次の瞬間、シータの体は艦長席から跳ね飛ばされていた。いや、<アクシオン>自体が衝撃で跳ね飛ばされていた。 V.『失うものは…』 「しっかりして下さい! 副長、副長!」 シータは薄れた意識の中で、誰かの呼び声を聞いた気がしていた。そう、とても近くから…。 だいたい、自分はなぜブリッジの天井を見ているのだろう…。確かネイナスの攻撃艦と戦って、それから… 「・・・・・・・」 擦れる意識がようやく戻り始め、視界が少しずつ光を取り戻して行く。どうやら気を失っていたらしい… 焦点の定まりはじめた視界には、オースチン少佐が辛そうな顔で命令を出している場面が映ってきた。 「ブリッジより全クルーへ。デッキ4〜5を完全封鎖する。今いるクルーは直ちに退避。機関部員はフォースフィールドの維持を最優先する。それから負傷したものは医療室へ直行しろ!」 「オースチン。状況は…」 少しかすれた声でシータが言葉を口にする。 薄暗い非常照明とレッドアラートが点滅するブリッジは、破損したステーションの残骸と煙が充満し、衝撃波の強さを物語っていた。 「シータ副長。良かった…。気がついたんですね」 オースチンはシータに肩を貸すと、破損した艦長席へと連れて行く。ブリッジクルーも数名が負傷し、それぞれ医療室へと移動していた。 「私はどれくらい気を失っていたの…」 艦長席に座りつつ、頭部から出血ているオースチンに問いかける。 シータ自身も右腕に怪我をしているのに気がつき、顔には出さないが痛みを堪えていた。 「まだ一分も経っていません。敵艦二隻とアクシオンの第二艦体が近距離で爆発。その爆発に巻き込まれた残り一隻も機関部分を失って、完全に沈黙しています」 おそらく残った敵艦も相当な被害を受けているだろう。だが、相手の心配をしている余裕はこちらにはない。 「本艦も負傷者が多数出ていますが、第一艦体が敵の攻撃と衝撃波の直撃で限界に達しています。フォースフィールドで今は保っていますが、もう…艦のフレーム自体が形状維持の限界に達しています。あと20分が…、アクシオンの限界です…」 悔しそうにうつむきながら、オースチンが言葉を終える。 機関部長の言葉を理解したブリッジクルーは、沈痛な面立ちで立ちつくした。 爆発寸前の船からネイナス大統領を保護し、三対一というあまりに不利な状態で攻撃してくる敵艦をもう少しで退けられると思っていた…。誰もがそう思い、信頼するシータの指揮に全力を出していた。それなのに… 一方的な攻撃に巻き込まれ、圧倒的不利の状況からネイナス大統領を救出する事に成功したシータだったが、あまりにも大きな代償を払う事になってしまった。 艦長から預かった艦を返すことが出来ない…。しかも、大切なクルーを自分の指揮下で失ってしまった。 自分は指揮官として命令を出してはいけない人間だったのではないか…。 心の中に少しずつ沸き上がる自責の念を感じながらも、この瞬間、自分しか出せない命令を全クルーに告げなければならないとシータは痛感していた。 この四年を過ごしたUSS.アクシオンの最後の指揮官として…。そしてこのアクシオンでの最後の命令として… 「ありがとう少佐。もういいわ」 艦長席を立ち、ブリッジの中央で立ち止まったシータは出血の止まっていない右腕でコミューターをたたき、何も写らないメインビューアを見つめつつ、全クルーにとって最も辛い命令を告げる。 「シータより全クルーへ」 声が震えているのが自分でもわかる…。息を整え、浅い深呼吸をしながら毅然とした指揮官へと戻り、命令を告げなければならないことが、これほど辛いとは艦長は教えてくれなかった。 そんな事を思いながら、シータは力強く、命令を続けた。 「総員艦を棄て直ちに脱出しなさい!繰り返す、総員直ちに退艦しなさい。負傷したクルーを優先する。・・・我々は艦を棄てる」 そこで言葉を切り、ブリッジクルーに向かい直す。 シータを支えたタトゥーイ、ケイト、オースチン、ミロクと数名のブリッジクルー達。傷を負いながらも自分の指揮に答えてくれた仲間達はその最後の命令を果たすべく、それぞれブリッジを後にして行く。 そして、誰もいなくなったブリッジを最後に出たシータは振り返ると、誰にも聞こえぬ小さな声で一言呟く。 「ごめんなさい…」 そして、痛む右腕を押さえ退艦のために歩み出した。 「大丈夫ですか。副長」 通路で待っていたケイトは自分の肩をシータに貸しながら、歩みの遅い指揮官を心配そうに見つめていた。 「ありがとう、ケイト…。ブリッジで<アクシオン>に最後の別れを言ってたのよ」 何かに耐えている辛い表情のシータと通路を進みながら、ケイトは今の心境を語っていた。 「副長。艦隊に入った時から今回の様な事態が起こる事は、クルー全員が覚悟していました…。確かに私達は仲間や艦を失いましたが、副長一人の責任だと思うクルーはいないはずです」 真剣な眼差しを向けるケイトの言葉が、シータにどれだけ伝えられたか。 ほどけた長い髪のせいでアーキーの顔が見えないケイトにはわからなかった。だが、それでもケイトは言葉を続ける。 「それにほとんどのクルーは無事だったんです。いつかまた<アクシオン>の名を継ぐ新しい艦が出来た時、皆が戻りたいと思うはずです。だって、この艦で過ごした日々を忘れるクルーはいないはずですから…。私もまた、あなたの部下としてこの艦に戻れる日を楽しみにしています。だから…、だから今は…耐えて下さい…」 言葉に詰まったケイトに向かって、シータは涙目に微笑みながら、『ありがとう』と一言だけ口にする。 指揮官として発する自分の命令が…。言葉が…。仲間の命を簡単に運命づけてしまう… 艦長になる事で常に付き纏うこの重責をシータは今、あらゆる意味で実感していた。 こんな辛い思いをしなければならないなら…艦長な…んて…。 隣にいるはずのケイトが徐々に見えなくなり、体の感覚がどんどん薄れ、そして消えてゆく… シータは、漠然と自分の意識が無くなっていくのを感じていた。 ケイトに助けられ脱出ポッドの入口まで来たシータだったが、<アクシオン>で最後に覚えている光景はそこで終わってしまった。 W.『始まりのエピローグ…』 この後、艦隊の救援艦に助けられたシータは『ネイナス事件』と呼ばれる様になったあの事件から五日後に、ようやく意識を取り戻し、その後を知る事になる。 シータが助けたジェリア大統領は、過激的な反政府勢力を説得し、内戦が起こるのを防ぐ事に成功していた。 また、軽傷だった<アクシオン>の仲間達は新しい宇宙艦やステーションへ配属され、それぞれが艦隊の任務に戻り始めている。 そして、<アクシオン>の名を継ぐ艦を新たに配備するかは、まだ決定されていない。 シータ自身はしばらくの間、怪我の治療と休養を兼ね、地球で過ごす事になっていた。 今回の事件で十数名の部下と指揮した艦を失った事が、どうしても艦隊の任務に戻る事に抵抗となってしまい、しばらくの間は艦隊のユニフォームを着ることすらためらう日々を過ごすことになる。 ・・・ ・・ ・ しかし、この半年後。 シータは木星の第22宇宙基地で、艦隊司令部からの新たな辞令を受け取る決意をする。 新たなクルーを率い、新たな任務を遂行する艦隊の新造艦艦長として、新たな自分を見つけ出すために… そう、物語はまだ、始まっていない… −完− |