− LOG_1.0 「輝く星々に向けて…」 −
<Bパート>
「今になって、艦長の交代…ですか?」 青い艦隊ユニフォームを美しく着こなす一人の科学士官が、そう呟いた… 第22宇宙基地内のとあるミーティングルーム。 今、そこには4人の男性士官ががテーブルを囲っていた。 一人は、第22宇宙基地の司令官であるベン・ライル提督。 長年、宇宙艦隊の造艦施設で司令官を歴任している人物である。既に60歳を越えてはいるが、貫禄ある体格と技術者らしい精細な風貌。そして、指令官職についても造艦現場に足を運ぶその姿勢は、多くの技術系士官や技術者達の尊敬を受けている。 そして、ライルと向き合うように座る3人の艦隊士官達。 明日就役するの新造宇宙艦<USS.ジュニアス>の上級士官となる保安部長のケン少佐、機関部長のマサユキ・トヨダ少佐。それに科学部長のノエル・セラ・ギーヴ少佐が、それぞれ困惑した顔をしながら会していた。 ノエルの発した言葉に続いて、頷きながらライルが話続ける。 「ジュニアスの艦長に決まっていたネル・グランシー大佐が昨夜倒れ、現在医務部で治療中なのは、既に知っていることだろうと思う…。ここしばらく、体調がすぐれない事は知っていたのだが、精密検査の結果、長期治療が必要な状態だと医療部からの連絡で明らかになった…」 昨日の夜、グランシー大佐が自室で倒れたことは、着任しているジュニアスのクルー全員に伝わるのに一時間とかからなかった。 艦長が不在となった状況では、出航が延期されるだろう…と思っていた矢先に開かれたこの緊急ミーティングで、提督からの思わぬ言葉に驚かぬクルーがいるはずもなかった。 本来なら、副長となる人物が指揮を引継ぐのだろうが、このジュニアスの次席指揮官に関しては、決定しているらしいのだが、上級士官である3人にもまだ知らされていなかった。 提督からは『彼の現在の任務遂行の為、着任までは明かせない‥』としか説明されていない。 「‥で、誰が艦長に就任するんですか?」 3人がまず知りたかった事を、最初にトヨダが問いかけとして、提督に尋ねた。 「本日付でこの基地に着任するアーキー・K・シータ中佐をと考えている。まだ本人には話していないがね」 「半年前、ネイナス事件でアクシオンを指揮された…」と、呟くようにケンが言った。 「その通りだ、ケン少佐。彼女がネイナス大統領を助け、内乱勃発を事前に防いだ事は知っているだろう。それとも何か不満があるかね。君達の艦長が彼女では?」 誰も、何も、言葉を発することはなかった。 既に提督が決めた人事であり、反論する材料もない。 そして、彼女がジュニアスの指揮官となるのは、ある意味で適任だと思えてしまったからだった… グランシー大佐は科学士官から指揮官になった人物で、確かに有能ではあるが過去に科学調査艦を指揮した経歴が長い人物だった。科学調査艦や汎用的な艦種の艦長として就任するなら、3人とも何も思わなかっただろう。 しかし<ディファイアントU>級であるジュニアスの艦種は、宇宙艦隊では特殊な部類である『護衛艦』にあたる。既に他勢力にも知られてしまっているが、ロミュランやカーデシアなどから見れば、まさしく『戦艦』以外の何物でもない宇宙艦なのである。 まだ宇宙艦隊でも数隻しか建造されていない<ディファイアント>級の艦長には、DS9司令官であるベンジャミン・シスコ大佐など、実戦経験豊富な前線指揮官が多い。 3人はそのことを知っていたため、退役も近いグランシー大佐の艦長就任には、少なからず疑問を感じていたのだった。 「どちらにせよ、明日の出航は変更しない。レス中佐とオリトキ少佐にも、現在その為にジュニアスで作業にあたらせている。諸君も準備を整えておきたまえ」 ライル提督は最後の言葉と同時に立上がり、ミーティング・ルームを退出しようとした。 丁度その時、司令室よりイークエスト到着の連絡が入り、ライルはシータ中佐を自分の執務室へ呼ぶように命令した。 「さて、彼女を君達の艦長にするために頑張ってくるか。では解散」 冗談とも本気ともとれる言葉を残し、苦笑しながらライルは執務室へと戻って行った。 残った3人はそれぞれの顔を見ながら、まだ席から動きだせずにいた。 「‥‥では、我々も仕事に戻るとしましょう。新艦長も着任早々の出航になりそうですし、我々で出来る限りサポートしなければなりませんからね」 微笑ながら、最初に行動を起こしたのは、ノエルだった。 外見上こそ若々しく見えるが、この中では最年長者であり、艦隊歴だけで他の二人の年齢を軽く超えてしまう程、長寿な種族の士官だった。 任務以外の場でも、その落ち着いた雰囲気と優雅な振舞のためか、自然と皆のまとめ役になっていることが多く、本人もその役を喜んでいるようだった。 本当かどうかは定かではないが、既にジュニアスの女性クルー内ではファンも存在しているらしい。 「それじゃ、私とノエル少佐とで部下達にそれとなく事情を説明し、混乱させないようにしておきます。トヨダ少佐は艦の最終チェックの方、お願いします」 保安部長のケンがこれからの提案しながら立上がり、ノエルもそれに続いた。 「ま、殆どのチェックは終わっているが、もう一度念入りにしておくか!それに不具合があってもジュニアスの開発スタッフも一人乗ってることだし、アフターケアは問題なし。いい艦に配属されたもんですよ♪」 3人は軽く笑い合いながら、ライルとは反対のドアからジュニアスへと向かって歩き出した。 「ふ、ふぇっくシュン!」 コンピュータの作動音が静かに響く、ジュニアス艦内中央部のメインコンピュータ・ルーム。 通常ここは最重要エリアの一つとして立入禁止となっているが、今大きなクシャミをした男性士官と中央のステーションを操作している女性士官の二人は物言わず、黙々と作業を行っていた。 女性士官はピアノを弾くようなスピードでコンソールを操作し、男性の方はなぜか不機嫌そうな顔でパネルを開き、メインコンピュータの内部チップを取り替えている。 「‥‥レス中佐、こちらは準備OKです‥‥」 おそらく20代後半であろう男性の士官は、淡々とした事務口調で言った。 「‥‥そう、了解」 レスと呼ばれた女性士官も、なぜか不機嫌そうに言い返した。 「‥‥それから、オリトキ少佐。言いたい事はハッキリ言ってくれない。仕事しづらいのよね‥‥」 二人の間で何らかの冷戦が展開されているのは、多分小さな子供が見てもわかることだろう。 普段の二人なら、絶対にこのような態度を部下や人前で見せることはない。 クレーネ・レス中佐は、この基地で<ディファイアントU>級の再設計段階から建造までを指揮している技術チームのリーダーであり、仕事の面では自分にも部下にも厳しいことで有名な人物だった。 ユジ・オリトキ少佐にしても、数週間前まではレスのチームの一員で、この1年間、共に作業してきた仲であり、共に人前でこんな態度を見せるタイプの士官では無かった。 「コンピュータ。グランシー大佐の艦長権限に関する全てのコマンドを削除。艦長権限の全コマンドを凍結する。解除は私かオリトキ少佐の承認のみ、有効とします。承認コード、レス−Σ−303」 コンピュータはコマンドを承認し、1秒後に処理終了をレスに伝え、その作業を見守っていたオリトキは、終わると同時にコンピュータの作業用ハッチを閉め始めた。 そしてステーションに揃った二人は、無言で今までの作業をチェックし始めた。 長く続く沈黙‥‥‥ 二人が知り合い、共に仕事を始めてから約一年。これほど重苦しい沈黙が続いたのは初めてだった。 2人ともこの状態を 我慢出来ずにいたが、我慢できず先に切り出したのはオリトキの方からだった。 「‥‥中佐、率直にお聞きします。私の知る限りでは、今回のコマンド再セットは1週間も前から準備していました。私にはこの艦長交代は、元々予定されていたことじゃないのか‥と、思えてならないんです。実際はどうなんです」 普段、上官には絶対にこのような話し方をするオリトキではなかったが、今回の艦長交代とそれに関連する準備が、グランシー大佐が倒れられる前から行われていた事をジュニアスの開発スタッフとして携わっていたため、オリトキは知ってしまっていた。 「あなたがその事を知る必要も、権限もないのよ。私以外の上官にそんな事言ったら、どうなるかくらいわかってるでしょ!」 今までに見た事もないくらいに険しい顔をしながら、レスがオリトキに言い放つ。 「‥‥‥‥」 どちらも相手を見返しながら、動けないでいた。どうやらレスとの仲もここまでのようだ‥ そんな事を考えながらも、今回の件は上層部で何かあった事を感じていたオリトキは、どうしてもそれを問い質さずにはいられなかったのだ。 「‥‥ったく、そんなんでよく少佐にまでなれたわねぇ、ユジ。コンピュータ、この部屋の全てのドアをロック。レコーダーをストップして」 突然、レスは大きく溜息をして肩を落としながら命令した。 「いい、絶対に誰にも言わないでよ! 破ったら量子魚雷の信管につめこんで、宇宙空間で爆発させるからね! いい、ゼッタイよ!」 大声で言いながら、レスはステーションのイスにドカっと腰掛け、艶やかな口でユジに説明し始めた。 「今から10日前の事よ。グランシー大佐本人からライル提督へ、体の不調を報告していたらしいの。グランシー大佐は前任地である種のウィルスに感染している可能性があったらしいんだけど、症状が出るまで感染がわからないウィルスらしくて‥‥。で、体の不調がその兆候だとも考えられたから、提督は万が一を考えて後任を選出したらしいわ。そして、ハズレればいいのに予感は見事敵中!」 提督は元々ジュニアスの艦長候補者だったシータ中佐を呼び寄せる事にしたらしいの。本当ならネイナス事件の後、シータ中佐の艦長就任が艦隊司令部で決定していたらしいけど、療養期間が予想外に長かったのと、<ディファイアントU>級を含めたセクター0の守備艦隊増強計画を延期させられない理由から、グランシー大佐が艦長になった経緯があったらしいわ。結局、元の人事に戻ってしまっただけなんだけどね」 「…って、な、何で、そんなことまで知ってるんだ?」 オリトキの不機嫌顔は直ったが、今度は驚きと疑惑を込めた眼差でレスを見つめ返した。 「情報源は秘密よ。ま、考えればわかるでしょうけど、私からは明かせないわ…」 そして、なぜか勝負に負けたような顔で言葉を続ける 「それに明日からしばらく会えないのよ‥。ケンカしたままじゃ任務に支障が出るといけないから、仕方なく教えてあげたのよ!感謝なさい。とっても優しい年上の素敵な私にね!」 ちょっと怒っているような仕草をしながら、レスはドアとレコーダを復活させるように命令を出した。 いつの間にか、暗雲とした状態から抜け出し、いつものリラックスした雰囲気に戻り、正直2人はホッとしていた。 「‥‥了解、ケンカは終わりにしよう。今クレーネに怒ってみても、後々自分の首を絞めグェ‥」 「よほど絞められたいみたいね‥」 言いかけたオリトキは、引きつった笑顔のレスに首を絞められながら、言葉を詰まらせた。 冗談でやっているのはわかっていてるが、また機嫌を損ねると結局自分が困るので、何も言い返さない。普段、仕事の面では厳しい態度で部下と接しているレスを知るものなら、こんな仕草をするレスを見たら、間違い無く目を丸くして驚くことだろう。 オリトキはここ半年ですっかり馴れてしまい、特に意識することもなく、それよりも、新しく艦長になるであろうアーキー・k・シータ中佐がどんな人物なのか… その事に興味を抱かずにはいられなかった。 |