県立T高。
校則を簡単に説明すれば、
『法律に触れるな』
『校舎内・体育館で専用の上履きを履け』
『体育は指定の服を着ろ』
の三項目。
百年は軽い歴史の中、随分と長い年月立派な校風を持った県内屈指の有名進学校だと謳われて来たにも拘わらず、
数年前の或る事件以来の支持率低下に伴う倍率と偏差値の急降下に加え、今年度の学区制撤廃がトドメとなり、
かつて馳せられた名声は何処へやら、現在は単なる荒廃した高校のイメージが定着している。
これは、そんなT高で起こった物語である。
三月。
「女なんてェッ!」
普段はギター部の活動場所として占拠されている放課後の教室で、石井は絶叫していた。
机上にはYショ(※T高から徒歩1分半のコンビニ。T高がなくなったら多分潰れる)で買ってきた、
・ポテチ
・チーズ鱈
・枝豆
・唐揚げ
・元気が出る日本の水
・熟成させた赤葡萄のジュース
・泡の出る黄色くて冷たいお茶
等が積まれている。
因みに石井はフケ顔余って中学時代のあだ名が『オヤジ』だった程非常にアレでナニな顔付きと臭気の持ち主であるお陰で上記の液体を普通に購入出来た訳だが、
そのオヤジ顔のせいで石井を『おじ様』(※ナイスミドル)と勘違いして付き合っていたクラスメートに有りもしない伝説の桜の下で別れを告げられた所でもあった。
そんな彼を慰めるのは専門学校への進学が決定して以来暇過ぎて毎日NHKの幼児番組に全神経を集中させている内藤千裕。
「女は小野寺だけじゃないさ」
「だけど先輩、『お金持ってなきゃオジサマじゃないわ!』ッて何ですか!何ですかオジサマって!寧ろ何ですか、教室で俺のツラ見た途端『お、オジサマ!?どうして此処に!?』って!オレ正真正銘クラスメートだったのに!」
「そんな日も有るさ」
…ねェよ、と心底激しく自分に突っ込みつつ、内藤は続ける。
出会いから終わりまでの一連の出来事に始まり、相手への甘ったるい執着や思い出を見事に愚痴るお手並みを拝見しつつ黙って同情するのが今の自分の役目で有る事を知ってはいても、内藤的に一切彼の細かい事情は聞きたくない。
特にクラスメートと気付かぬまま『オジサマ』と呼ばれ続けていた彼女と、おそらく反論も弁解もしなかったのであろう彼氏の出会いに関しては想像すら謹んで辞退する気満々な辺りが遠目にも滲み出て居る。
そう、要するに彼は人生の先輩風を吹かす事を決め込んでいるのだった。
「石井、人には相性や付き合ってみないと見えない箇所も有る。
付き合うって事は心を開事なんだから、今まで見えなかった悪い所を見せて貰えるのも仕方無いだろ?
それから何よりお前に彼女なんざ十年早い、俺にも居ないのに」
「…」
グッと詰まった後輩に気を良くして、内藤は更に口を開いた。
石井の場合に限っては絶対に論点が違って居ると思いつつも。
「男はいずれ出逢う『女神』の為に過ちを重ね、傷付き、成長して行くんだ。
『女神』に出逢った時の為に、俺達はその辺の女の出来損ないと付き合って忘れ方や傷付け方やご機嫌の取り方を覚えておく。
『女神』からは愛し方と護り方しか得られない。但し弱い男は護り切れずに自己嫌悪街道を突っ走り、
揚句の果てに幼い頃自分を愛し護ってくれた母の憧憬捜して三千里だ」
『ナイスファイト俺!』内藤の内なる声がガッツポーズする。
…しかし。
「違いますよ内藤ッち。女性に出来損ないなんて居ませんから。
単に石井ッちが自分に見合った女を見る目がなかったんッしょ?
相手ばっか悪く言って反省しない人はゼッタイ成功しませんよ」
「…!」
そう言ったのは聞き耳を立てて陰険にクスクスやっていた通り縋りの女子高生どもではない。
そう――そして確かに内藤には、頭上から響いたその独特の声と口調に聞き覚えが有った。
忘れる筈が無い。
奴だ。
「誰だよ、聞いてンじゃねーよ!」
先に大声を上げたのは石井だった。
微妙に裏声を駆使した、気色の悪い声が空間に響く。
「誰だ彼だと訊かれたら、答えてあげるが世の情け…」
勿体振った口調には、エコーまで綺麗に掛かっている。
「愛と正義は悪を貫く、Lovery charmyなギタリスト…
工藤!
メンチカツ!
銀河を翔ける関東ちらり同盟の二人には――」
…ぶちっ。
突如奇妙な音がして声が止まった。
しかも今更気付いたがネタが古い。
「……何だ…?」
気まずい沈黙。
「何だったんですかね」
石井も続く。その時。
ピンポンパンポーン♪
『此方は、放送委員会です。
只今の放送は外部の生徒による、悪戯です。
全校生徒の皆様、大変失礼致しました。
繰り返します、此方は放送委員会です…』
校内放送。
通りで声がよく響く訳である。
「馬鹿な奴も居るモンだな」
内藤は他人の振りを決め込む事にした。
「そうですね」
石井も頷いた所で、いよいよ他人の振りを決め込む事に…した、筈だった。
その途端。
「あ〜、散々なメに遭った」
「何ィィッ!?」
ガタリ、と音を立てたのは掃除用具入れ。
出て来たのは半端な赤毛の微妙にジャニーズ目指した少年。
トレーナーにジーンズ、靴下まで黒い物で統一されている。
左手にメンチカツ。
その少年は二人を挟む机まで歩み寄ると、石井にお辞儀をし、
「始めまして、俺、工藤三鷹ッて言います。
お話は拝聴致しました。御愁傷様です」
お前にだけは御愁傷様言われたくねーわ。
「そして久し振り、内藤ッち弟」
「気安く話し掛けるなクソ自爆例」
「知り合いですか、先輩…ジバクレイ?」
『うス!』と答えそうになった工藤を制し、内藤は曖昧に濁した。
しかし。
「工藤って言うとアレですよね、T高七不思議のポジティブ幽霊」
「何イィィッ!?」
叫んだのは工藤である。
「この高校に七不思議なんて有ったんスか!?
俺、生前からずっとどうして百年も歴史が有るのに七不思議の一つも無いのか不思議で不思議で…!」
因みに内藤は二年前からその理由を知っている。
この高校には余りに普通に幽霊が出没してくれる為、不思議でも何でもないのである。
「七不思議…」工藤は何やら指折り数え始めた。
「『演劇部の幽霊』、
『ギター部長の浪人』、
『ギター部重役の彼氏彼女』、
『ギター恋愛の長続き』、
『ギター部文部・漫部の兼部』、
『部室棟屋上の遊び屋』、
『一年六組41番目の生徒』
…ッすか」
…ギター部関連違い過ぎ。
そう突っ込みたい内藤を差し置いて、石井は食いついた。
「何ですか、その『部室棟屋上の遊び屋』って!演劇部は知ってますけど!」
「あ〜…」視線を宙に泳がせ暫し考え込み、工藤は、
「知らない方がイイっスよ、重いから」
そう前置いて石井に囁き話し始めた。
『…』
「お、重い…」
「でしょ?」
話していた約十分間、内藤アウトオブ眼中。それはそれで少し寂しい。しかも工藤は構わない。
「つまり、誠実な男にならないと女性と付き合うのは難しいんスよ」
「…成程…」
「その点!」
「!」
工藤は突然石井を窓辺へ連れて行くと、グッと窓から身を乗り出させた。
「やめろ!落ちたらどうする!」
「絶対無傷っス、俺が居ますから」
「成程!」
其処で納得すんなよと内藤独り突っ込み。
興味本位で窓から下を見下ろして見ると…
「きゅ〜ん、おいじ〜」
「遼彦先輩、お久しぶりですね〜」
「きゃー先輩達お揃いで今日和ー☆」
「…どうも」
「よーぉ生きてて何よりだ」
「…どうよ最近?」
「で、出たーバカップル!」
「あ、お久し振りです〜」
「何、お前らまだ続いてた訳?」
「…今日和…」
歴代ギター部の面々。
「…どうッスか?あの三組はもう三年目、残り二組は二年ですよ」
「はァ…」
「ギター部でカップル出ると長続きするんスよ、意味解りますかね?」
勧誘。
「初心者でも途中入部でも普通に大歓迎なんスけどね、今年女子も多いし」
「いや、あの俺は…」
「ギター…格好イイなァ…何か一心に打ち込む姿…イイなぁ…」
人の弱みに付け込みつつ、工藤は一人うっとり一言。
「断ったら部室棟と組んで呪いを…」
出来んだろ、と言う内藤の言葉は功を奏さず。
ギター部が石井からの唐突な入部届けに驚くのは、それから十分後の事だった。