満開佐倉文庫
 新聞記事 2006年〜


 佐倉が出てくる新聞切り抜きをいただくようになった。そういえば、以前、駕篭舁さんからも長嶋さんが読売新聞に連載されるという情報をいただいたことがありました。
 新聞も一つの情報源ですね。そのようなことで、新聞切り抜きも掲載することにしました。ただし、新聞情報は扱い方がむずかしいので、あくまでも館主の掲載方針で掲載、否掲載を判断することにします。
 掲載できるものは、明るい佐倉の話題、歴史の話題、記録に残りそうな話題、なるほど佐倉と思う話題など、佐倉にとってプラスイメージの記事に留めておきます。
 事件や事故、個人の話題、疑わしい内容などの記事は掲載しません。
 それから、新聞には著作権がありますので、「見出し」そのものの題はつけられません。そのようなことに配慮しながら掲載をしていきますので、みなさまの情報をお待ちしています。


【2006年7月24日〜】



 12月26日
 [土井利勝父母夫人供養塔]
   佐倉市内の松林寺にある土井利勝の父母夫人供養塔が東日本大震災で 一部倒壊などの被害を受けたので、補修のために発掘調査を行っていたところ 夫人の石塔下の土中から甕が見つかったことが次のように報じられています。
 2011年11月27日 読売新聞・朝刊 千葉版(P32)
見出し「土井利勝公 妻の遺骨か 江戸幕府大老 供養塔修復で発見」
 2011年12月7日 東京新聞・朝刊 千葉中央版(P24)
見出し「大名家墓制 知る史料に 土井利勝父母夫人供養塔 火葬骨入りかめ発掘」
 WEBニュース
 読売新聞   47NEWS   東京新聞  産経ニュース


 2011年9月20日
[DIC川村記念美術館]
 2011年9月16日 朝日新聞朝刊 ちば版に 「ひと・つなぐ ちば沿線版 ふしぎ探検隊」で、 野草の生い茂る小道を歩いていくと、大きな池が目に入る。 池には噴水がわき、白鳥が泳ぐ。脇には、ヨーロッパの城のような建物がそびえ立つ。  いったいここはどこ?
 という書き出しで、DIC川村記念美術館のことが紹介されました。


 9月3日
 [途中下車・臼井]
 9月2日付け 朝日新聞朝刊 千葉版の「途中下車しませんか」に、京成臼井駅から行ける臼井城跡の話が掲載されていました。

 9月2日
 [佐倉駅のジオラマとカムロちゃん]
 9月1日付け 朝日新聞朝刊 千葉版に、JR佐倉駅の2階通路にある市民ギャラリーで、3日から約50年前の佐倉駅周辺を再現したジオラマが展示されるとありました。

 9月1日付け 朝日新聞朝刊 千葉版に城下町400年キャラクターの「カムロちゃん」の記事がありました。
 「佐倉市は、城下町400年記念事業のイメージキャラクターとして『カムロ』という子供の妖怪を参考にした『カムロちゃん』をつくった。 商品に使う場合も12年3月末までは無料で使用できる。
 おかっぱ頭の子で、市によると、江戸時代、佐倉城で書院の杉戸に描かれていた絵から抜け出して遊んでいたという妖怪をモチーフにした。 明治時代に城が取り壊されてから眠っていたが、400年記念事業が始まったのを機に目覚めた、という設定。」とありました。この話は、 「古今佐倉真佐子」と名づけられた書物です。


 8月30日
 [国体でのおもてなし]
 2010年8月28日付けの『千葉日報』県南版には、「おもてなしの花植栽 佐倉駅前などにサンパチェンス」 という見出しで、 ゆめ半島千葉国体の期間中、市内訪問者を 花で迎えようと、佐倉市は種苗会社「サカタのタネ」から 寄贈を受けたサンパチェンスをJR佐倉駅北口駅前広場と佐倉ふるさと広場に 植栽したことが報じられています。

 〈返信〉
 坂田さんとは、神奈川県にある、あの有名な「サカタのタネ」ですね。


 8月19日
 駕篭舁さんからメールあり
 [士幌の佐倉]札幌の友人が送ってくれた地元北海道新聞への投稿記事です。 ほのぼのとした文章でしたので、参考までにご覧ください。 士幌の佐倉

 〈返信〉
 ありがとうございます。紹介させていただきます。


 5月17日
〔京成大佐倉駅の紹介〕
 朝日新聞、5月13日付、千葉版の「途中下車しませんか」という欄に、京成大佐倉駅が紹介されています。

 4月30日
〔ちばを歩く 松井天山の絵図と〕
   2010年4月27日 朝日新聞・朝刊 ちば版 「ちばを歩く 松井天山の絵図と」のシリーズが始まっていたので 佐倉が出てくるのを待っていましたら、 「7 佐倉 丁寧に描き込まれた商家」として掲載されました。  この記事と同じasahi.comサイトです

 以前に、どこかの古地図WEBサイトで天山の佐倉町鳥瞰図の デジタル画像を閲覧したのですが、サイト名を忘れてしまいました。 どなたか、ご存知ないでしょうか。
 京成佐倉駅前の書店の包装紙に印刷されていた地図の原図です。

 〈館主〉
 どなたか、ご存知でしたら連絡ください。


 4月29日
〔佐倉・城下町400年〕
   4月26日 朝日新聞・朝刊 ちば版 佐倉で、城下町400年 記念行事が開始され、25日に開会式と歴代藩主の 行列があったことが報じられています。
 この記事と同じasahi.comサイトです

 4月13日
〔佐倉城を模したモニュメント〕
  4月8日、日本経済新聞の千葉・首都圏版に「佐倉城を模したモニュメントがJR佐倉駅北口に設置」という記事がありました。

〔チューリップと桜 春色濃く 佐倉〕
  4月7日、朝日新聞朝刊 ちば版に「チューリップと桜 春色濃く 佐倉」という記事があり、 佐倉ふるさと広場のチューリップの花が咲き始め、印旛沼のほとりの桜も満開になっていることや、 4月10日からのチューリップまつりの予告等が書かれています。

 2010年3月1日
〔日本初の水くみ水車〕
  「ちばがいちばん」のコーナーに、日本初の水くみ用風車として、 佐倉市の風車「リーフデ」のことがとり上げられていました。(2010年2月25日付け 朝日新聞 朝刊 第2千葉圏域)

 8月10日
〔佐倉で花火大会 『手筒』楽しんで〕
 1万発の打ち上げ花火が夜空を彩る佐倉市民花火大会が 8月1日、印旛沼に近い佐倉ふるさと広場で開かれる。  佐倉の花火大会は1956年から始まり、県内でも屈指の 規模を誇る。資金難を理由に一時中止となったが、07年から 「市民花火大会」という名称で再開された。昨年は15万人の 観客が訪れた。
 大会後、ごみ拾いをするボランティアも募集する。参加者 には、同市在住のタレント車だん吉さんがデザインしたイラ スト入りのTシャツが配られるという。問い合わせは市観光 協会(043・486・6000)へ。」 (2009年7月29日朝日新聞 朝刊 ちば版)


〔来月1日に佐倉で花火大会〕
 佐倉市民花火大会が8月1日午後7時、印旛沼べりの「ふるさと広場」で開催される。空中で直径約500メートルにも広がる二尺玉や、 印旛沼を華麗に彩る水上花火など約1万発が打ち上げられる予定。
 佐倉市は「ご当地キティ」として全国各地で販売されている人気キャラクター「ハローキティ」の携帯ストラップ(佐倉市限定版)の販売も始めた。 6000個限定で1個630円。売り上げは花火大会の運営資金に充てる。
(2009年7月23日 毎日新聞 朝刊 千葉版)


〔佐倉・ペルー、新たな交流〕
   南米ペルーに日本人が移住してから今年で110年を迎えた。この移民船第1号が佐倉市の地名に由来する「佐倉丸」でした。
 今年の5月に駐日ペルー大使が国立歴史民俗博物館を訪問後に市役所を訪れた際、蕨市長が、このことを話しました。 (2009年7月28日 毎日新聞 朝刊 千葉版)


〔さくらちゃんの写真〕
 南米ペルーに日本人が移住してから今年で110年を迎えた。この移民船第1号が佐倉市の地名に由来する「佐倉丸」でした。
 ペルーにはサクラちゃんの石像があるということで、その写真をいただくことになった。 (2009年8月1日 読売新聞 朝刊 北総版)


 6月22日
 〔「らんどまあく@千葉のシリーズ」に「佐倉城址公園」〕
 土井利勝が城を築いた、堀田正睦も城主だった、明治以降は陸軍連隊が駐屯、 「夫婦モッコク」、「姥が池」、「12段の階段」、四季折々の花、「菖蒲まつり」、 著名人(桂小五郎、森鴎外、正岡子規)の足跡、などについての説明記事です。(2009年6月11日付け、朝日新聞朝刊 ちば版)

 4月11日
 〔京成佐倉駅 桜を見て食べて楽しむ〕
 国立歴史民俗博物館のある佐倉城址公園 で5日まで、市民さくらまつりが開かれている。公園内の 桜は50種約1100本。午後9時までちょうちんでライトアップされ。夜桜も楽しめる。
 地元のみやげものが並ぶ中に「木村屋」の「さくらまんじゅう」があった。外見は ふつうのまんじゅうだが、食べてみると桜餅の味がする。塩漬けした桜の葉が、 白いこしあんに刻み込まれているのだそうだ。
 木村屋の創業は1882(明治15)年。あんぱんで有名な東京・銀座の木村屋が、佐倉に あった歩兵第57連隊に食糧のパンを納品するために開業した。現社長が中学生だった1950年代半ばから和菓子の専門店になっている。
 看板商品は佐倉藩主堀田家の家宝にちなんだ「蔵六餅」。京成佐倉駅の売店などでも 買えるが、佐倉市立美術館近くの本店に足を運ぶのも悪くない。店の奥の土蔵には家に伝わる江戸時代の食器や家具などが展示されていて、 茶菓子付き500円で見学できる。(2009年4月2日 朝日新聞朝刊 ちば版)


 2009年2月5日
 〔「少年ケニア」の山川惣治記念展 佐倉市立美術館で2月7日〜3月22日まで開催〕
   昭和20〜30年代にブームを巻き起こした冒険小説「少年ケニヤ」の作者山川惣 治(1908〜92)の生誕100年記念展示会が、佐倉市新町の市立美術館で開かれます。山川さんは、晩年を佐倉で過ごしました。
 少年ケニヤの単行本表紙原画や、「少年王者」の構成図などの絵や、親交があった 横尾忠則さん所蔵の油彩画などが展示されます。
 3月1日には山川の創作活動のルーツである街頭紙芝居を 現役の紙芝居師が実演する。問い合わせは佐倉市立美術館(043・485・7851)へ。(2009年2月4日 朝日新聞 朝刊 ちば版)


 12月24日
 〔桂小五郎 佐倉で他流試合〕
 安政5年の宿帳が、市立美術館で公開された。(2008年12月21日付け 読売新聞朝刊 千葉版)

   12月8日
 〔サッカー・Jリーグ〕
 一昨日、ジェフ千葉が奇跡の逆転をし、Jリーグ残留が決まりました。この翌日、12月7日(日)のスポーツ報知に、「ベンチ、運営本部では今回同様、 最終節で逆転残留した99年と同じ、幾久神之像(蹴鞠之神)が見守っていた。当時、岡健太郎社長が『サッカーの神様はいないか』と探したところ、スタッフの知人が勤める国立歴史民俗 博物館(千葉・佐倉市)が絵はがきを作成し贈った。11月、同博物館が絵はがきの残りを偶然発見。『今年も必要だろう』と寄贈された。」とあります。(12月7日 スポーツ報知 7版)

 12月3日
 〔開国150周年記念 日米修好に駆けた藩主堀田正睦展〕開催
 12月2日から佐倉市立美術館で開催される展覧会の案内。 (朝日新聞朝刊 11月30日付け 千葉版)

 11月29日
 〔開国150周年記念事業〕
 12月2日から佐倉市立美術館で開催される展覧会に、桂小五郎が泊った油屋の宿帳が展示されるとあります。 (11月29日付け 読売新聞 夕刊 15面「話の港」)

 7月13日
 〔城址公園にハリス像建立〕
 日米修好通商条約締結百五十周年記念事業として、佐倉ライオンズクラブ(廣田正 史会長)は6月14日、条約締結に尽力した堀田正睦公(1810〜64)の交渉相手、 アメリカ総領事タウンゼント・ハリス(1804〜78)の銅像を佐倉城址公園に建 立し、市に寄贈した。(2008年6月15日 千葉日報県東版)

 5月10日 
 〔佐倉でオランダ大使が出張授業〕
 本日の読売新聞朝刊に、「EUがあなたの学校にやってくる」という授業で、臼井南中学校にオランダの駐日大使がやってきました。
 これは、欧州連合(EU)加盟国の外交官らが全国105の学校を訪ね、EUのことを知ってもらうための事業です。
 千葉県では唯一、佐倉市の臼井南中学校が選ばれました。(2008.5.10 読売新聞朝刊 北総版)


2008年4月20日 
〔佐倉でチューリップ鮮やか55万本〕
佐倉市の佐倉ふるさと広場で16日、恒例の「チューリップまつり」が始まり、色鮮やかな花を 眺めようと大勢の人が訪れた。
 広場の約6ヘクタールの畑には166種類55万本が植えられており、 今月いっぱい花の眺めを楽しめるという。まつりは20日まで。
 チューリップの販売や散策用に自転車も貸し出される。5日間で のべ20万人が足を運ぶと見込まれている。(2008年4月17日 朝日新聞朝刊 千葉版)


〔冊子で自然や昔のまちの面影が残る北総地方を紹介〕
佐倉市在住のタレント車だん吉さんが、冊子「車だん吉のぶらり北総路の旅」を作製しました。
 車さん自身が各地を取材し、紀行文にまとめたもので、関係自治体などでつくる県北総観光連盟が無料で配布しています。(2008年4月20日 朝日新聞朝刊 千葉版)


 12月6日 
〔私立天辺学館の展示〕
和田ふるさと館では、大正から昭和にかけて佐倉市天辺にあった私立学校「天辺学館」の特別企画展が開催されています。
 天辺学館では、修身(道徳)・国語・漢文・数学などのほか、農業や礼儀作法なども教えました。
 同展では、当時の机や教科書などが展示され、また学館に通われた方の思い出話もパネル展示されています。展示は12月24日まで。(2007年11月26日 毎日新聞朝刊 千葉版)


 9月16日 
〔戦争の悲惨伝える絵本〕
佐倉市・市教育委員会では平和教育のため制作された絵本「マッカチン(真っ赤な大ザリガニ)」(福田芳生原作)を市内の小中学校に1500冊配布し、読書の時間や社会科、道徳などの授業で活用するとありました。
本書は、1945年の旧佐倉町(現佐倉市)を舞台に、14歳の少年の戦争体験を、史実を基に創作されたものです。 (2007年9月15日 読売新聞朝刊 北総版)


  9月10日 
〔印旛沼のカミツキガメ野生化〕
7月、印旛沼水系で繁殖しているカミツキガメを捕るために財団法人「自然環境研究センター」により駆除作業が開始され、9月半ばまで仕掛けたワナを引き上げて行く。
 (2007年9月3日 読売新聞夕刊 12面)


〔歴博に両陛下が訪れました〕
8月22日、天皇、皇后両陛下は、国立歴史民俗博物館を訪れ、企画展「弥生はいつから!?−年代測定の最前線」を見て回られました。
 (2007年8月23日 千葉日報朝刊 1面)


 6月24日 
〔地元のバス会社が観光名所案内マップ作成〕
ちばグリーンバス(本社・佐倉市)は、地元の商店会や観光協会と協力し、 地元の歴史遺産や観光名所を一目で分かるようにまとめた佐倉観光ガイドマップを 作成しました。
 地図には国立歴史民族博物館や佐倉城跡公園、旧堀田邸や佐倉順天堂記念館などの 観光施設が記されており、菖蒲まつりや秋まつりなどイベントの紹介部分には外国人の観光客向けに英語 表記もついています。
 マップは京成佐倉駅やJR佐倉駅で配布しています。(2007年6月23日 朝日新聞朝刊 千葉版)
 なお、毎日新聞にも同様の記事が掲載されていました。(2007年6月12日 毎日新聞朝刊 千葉版)


 6月13日 
〔佐倉の花火大会が復活〕
 3年間途絶えていた佐倉の花火大会が復活します。今回は外国の花火を打ち上げずに、「市民花火大会」と名称を変えるそうです。開催日は、10月中旬になりそうです。(2007年6月9日 読売新聞 朝刊 北総版)

 6月7日 
〔佐倉のバラが42種保存登録〕
 「世界バラ会連合」(本部・英国)が貴重な品種として指定する保存種に、佐倉草ぶえの丘で栽培されている42品種のバラが登録されることに なりました。生涯をバラ栽培に注ぎ、「バラの父」と呼ばれた故・鈴木省三氏(元京成バ ラ園芸研究所長)が育て、開発した品種が中心という。仏で13日に開かれる国際会 議で承認される。(2007年6月6日 朝日新聞 朝刊 千葉版)
 *佐倉本の項目 2月22日付け 最相葉月『青いバラ』を参照

 ★★★
〔松本順が海水浴を広める〕
 昨日(6/6)の読売新聞の編集手帳に、松本順が海水浴導入の件で紹介されていました。(2007年6月6日 読売新聞 朝刊 編集手帳)

5月8日 
〔佐倉市立佐倉図書館が表彰〕
4月23日の「子ども読書の日」にあわせた文部科学省の「07年度子どもの読書活動優秀実践図書館」として、佐倉図書館が表彰を受けた。(2007年5月8日付け 毎日新聞朝刊 千葉版)

5月1日 
〔城下町の時代まつり〕
 よろいかぶとでかためた戦国武将や侍女姿などに仮装して佐倉市新町の旧城下町一帯を練り歩く「佐倉時代まつり」が30日開かれ、約6万8千人(実行委員会発表)の見物客が訪れた。
 行列は旧堀田邸をスタート。古い街並みが残る城下町通りの約1.5`を、公募で選ばれた約270人が色とりどりの衣装で着飾って行進した。
 「佐倉の三太郎」と呼ばれ、幕末から明治にかけて活躍した3人の佐倉藩士に扮した姿もあった。(2007年5月1日 朝日新聞 朝刊 千葉版)


〔佐倉の時代まつり〕
 同様の記事。(2007年5月1日 読売新聞 朝刊 北総版)

 4月30日 
〔佐倉の三太郎〕
 本日(30日)の産経新聞に「佐倉の三太郎」のパンフレットが紹介されていました。(2007年4月30日 産経新聞 朝刊 地方版)

 4月28日 
〔佐倉の三太郎パンフレット完成〕
 佐倉市在住の漫画家モンキー・パンチさんとタレント車だん吉さんがイラストを担当した同市の歴史散策パンフレットが完成した。
 「佐倉の三太郎」と呼ばれた佐倉藩士の足跡に沿って史跡を紹介する内容で、30日の「佐倉時代まつり」会場や京成やJRの佐倉駅前の案内所などで無料配布する。
 今回は1万部を作った。モンキー・パンチさんは表紙に、木村軍太郎、依田十太郎、西村平太郎の「佐倉の三太郎」を描いた。車だん吉さんは、紹介用のイラストマップを描いた。(2007年04月26日 朝日新聞 朝刊 千葉版)


〔カミツキガメの捕獲〕
 印旛沼周辺で、カミツキガメが相次いで捕獲される。(2007年04月26日 産経新聞 千葉版)

 3月28日 
〔東京鎮台佐倉営所病院跡に記念碑建立〕
 今は佐倉城址公園となっている一部に、以前は国立佐倉病院、さらに以前には国立佐倉療養所などがありましたが、その発端は佐倉城跡に東京鎮台佐倉営所病院が置かれたことに始まります。
 その間、病院の医療に携わった人や関係者によって、城址公園に記念碑が建立されました。(2007年3月26日 千葉日報 県東版)


 3月18日 
〔印旛沼のグレ漁ツアーが人気〕
  本日(18日)の産経新聞のちば版に印旛沼のグレ漁ツアーが人気とのニュースがのっていました。「ちばディスティネーションキャンペーン」の一環として佐倉市印旛沼を巡る屋形船のミニツアーだそうです。
 ツアーは4月末までの土、日、祝日に行うそうです。(2007年3月18日 産経新聞 朝刊 ちば版)


 2月28日
〔印旛沼の新しい屋形船ツアー〕
 昭和40年代まで印旛沼で行われていた「グレ」という定置漁法。この実演を見学しながら猟師と対話を楽しむツアーが2月から始まった。
 (2007年2月25日 読売新聞 朝刊 千葉版)


 2月12日
〔佐倉の町をバスで観光〕
  旧城下町である佐倉に循環バスの運行が始まります(2月10日から)。バスの運行は、ちばグリーンバス(本社・佐倉市)。京成佐倉駅→国立歴史民俗博物館→宮小路→JR佐倉駅→市立美術館→佐倉小入口→旧堀田邸→順天堂病院→京成佐倉駅に戻る9・8`のコース。
 観光客の多い土、日、祝日と8月13日〜15日に、1日8本運行する(年末年始の12月27日〜1月4日は運休)。運賃は区間によって160円〜170円。また同社は「佐倉観光フリー切符」も、バスを運行する日に発売する。(2007年2月10日 朝日新聞 朝刊 千葉版)


 2007年1月22日
〔図書館の本を宅配〕
公共図書館で行われ始めた図書の宅配サービスの記事。2005年12月、佐倉市立図書館では「さくらブックお届け便」として、千葉県で最初にサービスを始めました。
 (2007年1月21日 読売新聞 朝刊 千葉版)


11月25日
〔浅井忠を再評価〕
「(略)それから一世紀が過ぎました。旧派と呼ばれた浅井らの絵画術が日本の風土に適した確かなものだったということが、最近の研究でわかってきました。新派としてもてはやされた外光派以降、その確かさが失われていったことも。
 『長い時間』に託すしかないことが、あるのだと思います。目先の利害にとらわれて混乱を続ける現代の教育現場が報じられるたびに、黙語先生と呼ばれて慕われた浅井忠の静かな風貌が目に浮かんできます。」
 (11月25日 読売新聞 朝刊  15面「時の余白に」 文 編集委員 芥川喜好)
 *新派といわれた黒田清輝との対比などもしています。絵の評価もさることながら、浅井忠の教育者としての「生き方」に光を当てています。


11月2日
〔酒々井・麻賀多神社にある山車人形「小野道風」〕
 酒々井・麻賀多神社にある、150年前に制作された山車人形「小野道風」の人形が丸ビルで展示されたとのニュースがのっていました。
 江戸で制作されたもので「下総佐倉藩のもとにあった肴町地区の氏子たちが依頼し」いまの神社が譲り受けたとあります。
(2006年10月29日 朝日新聞 朝刊  ちば版)


 8月25日
〔吉村昭氏・逝去〕
お別れの会で奥様が明かした内容によると、吉村さんは術後自宅で療養していたが、最期は自ら点滴・カテーテルを外し死を選んだそうです。
 この記事の最後に
 「吉村昭さんが最後まで気にかけていたのが、文芸誌(「新潮」10月号らしいです)に書いた遺稿の小説「死顔」(兄の死を描いた私小説とのこと)だった。
 その中では、自らの死期を知った幕末の医師佐藤泰然が高額の医薬品を拒み、食べ物もとらずに亡くなった姿が描かれていた。」とあります。
 (2006年8月25日 朝日新聞 夕刊  3版18面)


〔吉村昭氏・逝去〕
  先月なくなった吉村昭氏の遺作が、来月7日発売の「新潮」10月号に掲載されるそうです。
(2006年8月25日 読売新聞 朝刊)


【館主のコメント】
 吉村さんには、佐倉にゆかりのある人を取り上げてくれた作品が、いろいろあります。
 『黒船』で堀田正睦・木村軍太郎・手塚節蔵
 『落日の宴』で堀田雅睦
 『長英逃亡』で佐藤泰然
 『夜明けの雷鳴』で松本良順
 『天狗争乱』で佐倉藩
 『白い航跡』で堀田正倫・佐藤尚中・手塚律蔵・佐藤進
 『日本医家伝』で松本良順
 『仮釈放』で殺人容疑者の故郷が佐倉
 『関東大震災』で歩兵第57連隊

 氏が、佐倉ゆかりの人物をこれほど描いてくれたことに感謝します。
 なお、佐藤泰然の死期とは、泰然の看病をしていた佐藤尚中(順天堂 第二代堂主)が、佐倉の岡本道庵(後に舜海と改名し、佐倉の順天堂を継いだ)に送った手紙の中に、書かれていた話です。
 泰然は、「天の道に順(したが)う」という「順天」精神で医療を施してきており、それは、どのような医療を施しても治らないときには天の道にしたがうということであり、その病気が自身に迫ったときに、身をもって尚中に伝えたのでしょう。
 一方、「願わくは起死回生の術」と、最後まで患者の命を救いたいという精神のもとに医療を施した医師が紀州の華岡青洲でした。ただ泰然と青洲は一世代ほどずれていますので
 泰然が蘭医として活躍するころには青洲は没しており、青洲の意志を継いだ一門が、まだ医療として確立していない麻酔治療を施していたということになります。
 泰然の話が出てきて、そんなことを思い出しました。氏のご冥福をお祈りします。


   7月28日
〔高橋真琴・少女マンガ〕
藤本由香里氏は、少女マンガの起源を、高橋真琴氏(佐倉市在住)だと述べています。
(2006年7月26日 読売新聞夕刊 本よみうり堂 コミック館)

 2006年7月13日
〔高橋真琴・漫画〕
佐倉市在住の漫画家高橋真琴氏が、少女マンガに初めて瞳の中に星を書いた人として紹介されていました。またコマをはみ出して描く手法も、高橋氏でなかったかと書いています。
(2006年6月29日 朝日新聞 文化欄 峠の釜飯さん情報)

〔雷電為右衛門・顕彰碑〕
臼井にある雷電為右衛門の顕彰碑についての紹介記事。
(2006年6月28日 東京新聞 房総パレット48)

〔県立佐倉東高校・高校野球〕
今年、女子高から共学になりました。その関係で高校野球千葉大会に参加するという記事。
(2006年6月29日 毎日新聞 地方版 )



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