温床






「何考え事してるの?」
のんびりと掛けられた声は、意図的な幼稚さを含んでいた。
「別に、些細なこと」
ボクは不機嫌に顔を背ける。
芦原さんの腕は、それを追ってボクを抱き寄せてくる。裸の、肌が触れ合って気持ち良い。湿った足の間のことを知られたくなくて、ボクはむずがる素振りでそれを隠した。湿ってるのは、多分、芦原さんの出した精液なんだと思うんだけどね。でもそのことに開き直れる程には無感動じゃないから、やっぱり、事後の時間経過に相手の顔を見るのは恥ずかしい。
「些細なこと?」
芦原さんは、馬鹿みたいにオウム返しにする。
「そうだよ」
「どんな?」
「昔のこととか……」
寝床の心地よさに眠りを誘引されながら、その眠気と戦う時間をボクは楽しむ。今の、こんな時にこそ、瑣末な、昔のことが思い起こされる。
ほんの小さな、悲しかったこととか、苦しかったこととか、その時の寂しかった気持ちとか。
芦原さんが物問いたげにしていたが、何とも答えようが無く、ボクは曖昧に黙るばかりだった。
本当に、普段は思い出さないような、些細なことなんだ。
取り立てて、どうと聞かれると、記憶が途切れて説明することもあたわぬような、取るに足りない小さな悲しみ。思い出して胸を痛めたりするようなことでは本来無い。
それでも、そんな些細な事どもは消えずに種を残すらしい。物言わぬ、素っ気無い、種。
それが、こんな時にいっせいに芽吹き、そよぎだすのだ。
あなたの腕の中、暖かい湿った寝床で、固かった種が芽吹く。

わけも無く不機嫌になって冷たくなるボクのあしらいを、芦原さんは嬉しそうに許す。
日々。ボクは彼の愛情を無碍に土に踏み込みながら甘やかな痛みを培って、悲しみの種を育てる。
いつか取るに足りない小さな花が咲いたら。
その花を無造作に摘み取り握りつぶす彼の手を思い、ボクは身体の中の快楽の起点を感じた。




end






「芽吹く」って言う単語を使いたかっただけのハナシでした。
「芽吹く」って言葉を上手く使われてた方が居て、羨ましかったので・・・・。