猫と愛の計り方




「こんな昔話を知ってる?」
白川は機嫌良く微笑んでいた。
通いなれた店も、クリスマスの装飾で普段と違うように見えた。
「白スーツはやめろよ」と白川が言ったから、せっかく白スーツ・ホワイトクリスマスバージョンをクリーニングに出しておいたというのに、黒っぽい、地味な服を着てきた。こういうほうが白川の好みに合うのだ。
相手の好みに合わせてやる自分に幸福を噛み締めながら、シャンパンを口に含む。甘い酒は、普段あまり飲まない。それでもイブのムードを盛り上げる小道具だと思えば楽しかった。
ここのところ、白川が留守がちでオレはずっと寂しい思いをしていたのだ。
「どんな話?」
うっとりとしながら白川に話の先を促がす。雰囲気作りの会話は前戯の一部のようで、腹の底が疼く。
白川は少し思い出すように首を傾げてから、ゆっくりとその話を聞かせてくれた。
「こないだ聞いたんだ、化け猫の話」
昔、あるところに美しいお嫁さんを貰った男が居た。その男は、それはそれはお嫁さんを可愛がって愛して大事にしていたそうだが、ある朝男が目覚めると、臥所の中には二人のお嫁さんが居た。
それが、二人が二人とも、見分けのつかないくらいそっくりで、仕草も、様子もまるで一緒。家族や医者や学者、思いつくかぎりの人に見てもらったがまるで判別がつかなかった。だが、どう考えても二人のうちのどちらかはニセモノで、きっと化け物であるのに違いないのだ。
「……それで、男はどうしたと思う?」
「分からないな……。だって男にも見分けがつかなかったんだよな?」
「うん、そうなんだ。だから仕方なく暫くの間二人のお嫁さんと一緒に暮らした。それがある日ね、男はお芝居を見にお嫁さんたちを連れていったんだ」
「ほー」
「さぞかし面白いお芝居だったんだろうね。二人のお嫁さんも夢中になってそれを見ていた。ところが、観劇の最中、ふと男が二人のお嫁さんの横顔を見ていると……」
二人のうちの片方のお嫁さんだけ、芝居に夢中になるあまり、耳がピクピク動いたんだってさ。
「え?耳?」
「それで男は、さてはと思い、さっと刀を抜いてばっさりと!」
「まさか」
「耳の動いたほうのお嫁さんを切り捨てたのさ。そしたら、斬られたお嫁さんはみるみるうちに姿をかえて、あとには化け猫の屍骸が転がってた、とか。それでオシマイ」
白川は話し終えるとニコニコしてオレの顔を窺う。
「執念だよねえ、本当のお嫁さんを見極めたいっていうさ。……ねえ」
シャンパンを口に含ませて、白川が言う。
オレはふと、白川に質問してみたくなった。
「白川、もし朝目が覚めてオレが二人居たらさ……見分けられる?」
ふふ、と白川が答えを焦らすように笑った。オレは甘い答えを期待して、奴の返事を急かす。
「うーん、そうだなあ」
白川はシャンパンを一口、口に含んだ。
「でも、全く見分けがつかないわけでしょう?姿も性格も仕草も一緒。それって、オマエがもう一人居るってことと変わらないと思うんだ。それなら斬れないな、僕は」
キャンドルの火が揺れて、白川の頬に火灯りの影を作った。その思慮深そうな表情。オレはもう、今すぐにでも二人っきりになりたい気分で満タンだった。
「……白川……!」
「オマエが二人居るなら、だって、丁度いいだろう?」
その時、微妙な風が二人の間に吹くのを感じたのは気のせいだったろうか。
「僕と、アキラ君と、二人分になるからね……」
「…………」
「…………」
「………………」

だって……だって、ずっと白川が出張に行ってて寂しかったから、だから…………つい。







その夜、オレ達はここ暫く味わっていなかったような激しい夜を過ごすことになった。




end