猫と愛の計り方





「こういう昔話を知ってる?」
静かなキャンドルの明かりが揺れて、異世界みたいな店内でボク達は見つめ合っていた。あからさまに未成年のボクに、素知らぬフリでお店の人がシャンパンをついでくれる。今日ばかりは特別なんだろう。だってクリスマスだから。
「どんな話?」
ボクは首を傾げるようにして、彼の話の先を促す。
ほんの少しだけ子供っぽい口調になるのは、こういう時の打算みたいで却ってしっくりくる。
めかしこんだシャツの袖の縁を何となく指で引っ張って、ボクはちらりと芦原さんを見上げる。何か別のことに気を取られているみたいな仕草が彼の感情を駆り立てて、ボクに対して一生懸命にならせることを知っているから。
本当は、もの凄く今日を楽しみにしてたんだけどね。
三日も前からお父さんに、二十四日は和谷君たちと皆で遊びに行くって言い訳してたりして。
友人と遊びに行くくらいのことを、そんな何日も前から予告するのは明らかに不自然だ。でも、何だか嬉しくて、言い訳をするのも待ちきれなかった。
クリスマスイブに、出かける。
それは不道徳な、特別な意味を持っている。
イブに誰か特定の一人と会う、と告げるのは、「今日します」と言うみたいな気がして恥ずかしい。考えすぎだろうか。でも、実際そうだし。
「ねえ、どんな話?聞かせてよ」
ボクは甘えるみたいに芦原さんにせがんだ。この後の展開を思えば、ムード作りにお互いが協力的になることも、ある意味助け合いというか何と言うか、とにかく、いい感じで間を繋いでおきたい。
「ええとね、こないだ聞いたんだけどね、化け猫の話」
昔、あるところに美しいお嫁さんを貰った男が居た。その男は、それはそれはお嫁さんを可愛がって愛して大事にしていたそうだが、ある朝男が目覚めると、臥所の中には二人のお嫁さんが居た。
それが、二人が二人とも、見分けのつかないくらいそっくりで、仕草も、様子もまるで一緒。家族や医者や学者、思いつくかぎりの人に見てもらったがまるで判別がつかなかった。だが、どう考えても二人のうちのどちらかはニセモノで、きっと化け物であるのに違いないのだ。
「……それで、男はどうしたと思う?」
「え?分からない……どうしたのかな。だって男にも見分けがつかなかったんでしょう?」
「うん、そうなんだ。だから仕方なく暫くの間二人のお嫁さんと一緒に暮らした。それがある日ね、男はお芝居を見にお嫁さんたちを連れていったんだ」
「へえ、いいな」
「うん、面白いお芝居だったんだろうね。二人のお嫁さんも夢中になってそれを見ていた。ところが、観劇の最中、ふと男が二人のお嫁さんの横顔を見ていると……」
二人のうちの片方のお嫁さんだけ、芝居に夢中になるあまり、耳がピクピク動いたんだってさ、と芦原さんが言った。
「え?耳?」
「それで男は、さてはと思い、さっと刀を抜いてばっさりと!」
「まさか」
「耳の動いたほうのお嫁さんを切り捨てたのさ。そしたら、斬られたお嫁さんはみるみるうちに姿をかえて、あとには化け猫の屍骸が転がってた、とか。それでオシマイ」
……あんまりロマンチックな話じゃないなぁ。
「男の執念だよねえ、本当のお嫁さんを見極めたいっていうさ。……ねえ、アキラ君」
シャンパンを口に含ませて、芦原さんがニコニコしている。
「ねえ、もし朝目が覚めてさ、オレが二人居たらさ……」
ああ、なるほど。そうきますか。
ボクは微笑して少し目を伏せた。
「見分けられる?」
芦原さんが嬉しそうに質問する。
「……うーん」
ボクは考え込むように返事を焦らす。
「きちんと見分けてくれるよね?」
少し心配そうに芦原さんが急かしてくる。
「でも、ボク、分かりません」
「え?」
芦原さんの表情は分かりやすい。露骨に期待ハズレの顔だった。
「だって誰にも見分けられなかったんでしょう?姿も、性格も、仕草も同じで」
「でもどちらかはニセモノなんだよ」
「うん、でも、同じなんでしょう?それじゃ……」
「それじゃ?!」
「それじゃ、斬れません。だって、芦原さんと全く同じ人がもう一人居たらね」
ボクは切なそうにため息をついて見せた。
「ボク、きっとその人のこと、好きだから」
キャンドルの灯りが揺れた。





その日のボクたちは、随分いいムードでイブを楽しめたのだった。


end