気配
二人きりで居ると、その気配を感じるようになった。
和谷の微妙な沈黙が、きっかけを求める逡巡なのだと感じる。でも、オレはそれを駄目だと感じている。
「ねえ、伊角さん」
和谷の声が、そっと窺う震えを漏らす。一度身体を許せば、後からも同じことを望まれる。それは分かっていたことだった。
ふいに和谷が伸び上がってキスしてくる。ソファーに凭れた背中が、無理な姿勢に痛んだ。それから、触れてきた時と同じ唐突さで、ふっと和谷の唇が離れていく。否定的な気配を、彼なりに察したのだろう。唇を離して、複雑な表情をしてオレのシャツの胸の上に顔を乗せる。まだそれほど骨ばったところも無い手のひらが、シャツの袷を縋るように掴んで、寒そうに力んでいた。頬が擦り付けられて、切なそうなため息が肌に触れた。
可愛そうに、と単純に思ってオレは少し罪悪感を覚える。
罪悪感や気持ちの揺らぎには、匂いか音でもあるのだろうか。
オレの胸の中に顔を埋めた和谷は、敏感に、その胸の中の後悔を嗅ぎ取って、オレの顔を見る。ああ、見抜かれた。いいかな、と、少しだけ思ったのを。
すぐにまたキスされた。
いいかな、と思う気持ちが割合を大きくする。
唇を吸われる。
その図々しさには少し苛立った。
許そうとする気持ちと、裏腹の違和感が、ずっとある。
それなのに、彼の身体が絡んでくると、情欲の湿っぽい気配がだらしない迎合を許してしまう。快楽と違和感は同じ意思から乖離して、快楽はいつも身体の主権を握る。
本当は、今はそんなことしたくない。
だが、後で喉が渇くだろうと思えば、今乾いてなくても水を飲むことはあるし、今しか休めないと思えば眠くなくとも眠るし、同じように、セックスも。
そんなことを考えて惜しむように身体を許せば、何故かその後で違和感が気持ちの底を灼く。そして決まって苛立つ。
欲しくないと、なかなか言えないのは何でなんだろう。
今しか、何も得られないと、ずっと、いつも思うのだ。
そんなことを彼が知ったらどう思うだろう。
優しくも無ければ暖かくも無い、事情を。
苛立ちが、頭を痛ませていた。
だが、それに気付かず自分の身体の上で幸せそうに呻く彼。
可愛そうに、許してあげよう。
でも不愉快なんだ。
和谷が潤んだ視線を彷徨わせる。
違和感の気配を感じているのか。
精一杯に腕を伸ばして和谷の肩を抱きしめて、罪悪感に震えながら、やたら寒い違和感を力づくで押し込めた。
きつく抱かれて、和谷は少し、幸せそうだった。
だからオレの腕には、もっと力がこもった。
end