トーカンヤ







トーカンヤノ
ワラデッポウ
ユーメシクッテハ
ブッタタケ


何処からかそんな囃し声が聞こえてきた。
子供の、舌っ足らずな歌。拙い足音。全て郷愁と愛着を誘う。
遠退いて、また寄り付き、離れる。
正常な身体感覚が乖離してゆく、このもどかしい懐かしさ。




川原の土手をぶらぶらと散歩がてらにスーパーへ向かう。辺りは既に夕暮れの終いの方で、好い加減、秋も終わりの風は冷たい。身を切るほどでは無いにしても程々に辛い買出しの道行を、どちらが行くかで少々もめて、結局は一人で行くより二人なら寒さもマシに感じるだろうと、甘い思いつきで家を出た。仲良く並んで。
「ああ、今日はトーカンヤですねえ」
と、イルカが楽しそうに里の風景を見渡した。
「トーカンヤ?」
カカシが聞き返す。
「そ、十日夜。どちらかと言うと農家のお祭りですからオレたちはあんまり関係無いかも知れないですけど、でも、ガキの頃、何度か参加しましたよ。友達と一緒に」
「へえ」
「ああやってね、ほら、子供がワラ束を持ってるでしょう?あれを振り回してあちこちの家を回るとね、小遣いとかお菓子とかをくれてね、楽しみで」


トーカンヤノ
ワラデッポウ
ユーメシクッテハ
ブッタタケ


完全な夜闇に沈む直前の、微妙な薄青い残光が、冴え冴えと子供の瞳の中の白い色、笑う歯の白、ワラの艶を浮かび上がるように際立たせていた。この一瞬の時間にしか見られない色彩。物事の輪郭が感光してあやふやにピンぼけしている。
「それは知りませんでした。そんな日だったんですか」
出かけるまでは寒いから嫌だとか何だとかあれこれ文句を言っていたカカシであったが、一旦外に出てしまえばイルカとの散歩に上機嫌で、ほくほくといつもの猫背で並んで歩く。
「今日、オレ、誕生日なんですよー」
いやあ、そんな行事のある日だとは知らなかったな、と感心したらしく頻りに顎を擦って小首を傾げるカカシを見上げて、イルカはちょっと微笑ましく思った。



買出しを終えて、帰りがけにホールのケーキを買った。二人では食べきれないかも知れないが、この方が気分が出ると思った。
どうせならと蝋燭をつけて貰うと、「イルカ先生のえっち」とカカシが嬉しそうに身を捩じらせた。大概この男の思考回路も分からない。
「でも、悪かったですかねえ、ケーキなんて買って貰っちゃって」
カカシが首の後ろを掻く。
買い物の途中に誕生日の申告をしておいて今更何を言うのだ。
つくづく面白い。
「良いじゃないですか、オレも食べたかったし。でも、大の男が二人でケーキですからね、店員さんもさぞ不審に思ったことでしょう」
「そーですよねえ。このトシで誕生日と言うのも何だかねえ」
首を竦めたカカシの意見はもっともだと思う。お互い良いトシをして、誕生日も何もあったものでは無いだろう。改めてあれこれ祝い事をするのも照れくさい。



トーカンヤノ
ワラデッポウ
ユーメシクッテハ
ブッタタケ


行きに来た川原の土手の道を、また同じように歩きながらイルカのアパートを目指す。其処彼処に、ぽつりぽつりと提灯の橙色の灯りが揺れている。先刻の子供らがまだ帰っていなかったのだろう。

トーカンヤノワラデッポウ

子供が輪を作るように集まっているのが見える。

ヨーメシクッテハ

どっと笑い声がおきた。何事か愉快な事を見つけたのだろう。
中にまだ随分と小さな子も混じっていた。
その子の手にした提灯の灯りが、揺れ、揺らめき、瞬間翳るようにか細くなり、次の瞬間にはぱっと紙貼りの骨組みまで焼いて燃え立った。
甲高い悲鳴があがる。
だが、それは楽しい、はしゃぐ悲鳴だった。地べたに放り出された提灯の火を取り囲むように、年長の子らが集まって踏んで消す。火灯りが細かく舞って消えた。

トーカンヤノワラデッポウ

堂々と夜遊び出来る好機を存分に楽しむつもりの子供らは、跳ね、駆け回り、此方へ歩いて来るイルカを見つけ、「イルカ先生だー!」と無邪気な大声で呼んだ。アカデミーの生徒だろう。
イルカの口許が自然、綻ぶ。
「お前ら、いつまで遊んでんだー!とっとと帰れよー!」
子供達の望む通りに、叱るようなことを大声で返してやると、思い通りの展開に、幼い声で、喜んで弾かれたように笑う。聡い彼らは、イルカの気持ちが自分達の味方をしていることを、きちんと嗅ぎ取っているのだろう。
カカシもつられて目を細くする。
「可愛いですねえ、子供って」
イルカがそう言った。


トーカンヤノ
ワラデッポウ
ユーメシクッテハ
ブッタタケ


「・・・・・・・・・・・・」
カカシがふいっとイルカの顔を見たまま不思議そうに首を傾げた。
「カカシ先生?どうしました?」
「・・・・・・いや」


トーカンヤノワラデッポウ


「そうか、そうですよねえ、子供って可愛いですよねえ」
しみじみと、感心したようにカカシが手を打った。
まるで些細な謎を解いた時のような、緩やかな満足を湛えた表情で。

だから、イルカはさりげなく話題を変えてしまった。
折角の宵の火灯りが、湿気て消えて仕舞わぬように。



多分カカシは、子供の時分に子供らしく可愛がられることが無かったのだろう。
それは彼のこれまでの過去を思えば察しのつくことである。
今、下忍の子らを預かって、彼なりに愛しさも感じているのだろうが、その拙さへの偏愛を、「子供は可愛い」という単純な動機に帰結させる発想が欠如していたのだろう。
イルカにしてみても、まだ幼い頃両親を亡くし寂しい思いをしはしたが、それでも子供らしく分相応に拙かったイルカは、周囲の大人やアカデミーの講師達に随分可愛がられたのだ。自分でそうとも気づかぬうちに。
そんなことを知覚させられるのは味気ないことである。

トーカンヤトーカンヤ
トーカンヤノワラデッポウ

ナルトの話から、彼が子供をその能力に応じた分を計りつつも、大人と同等に扱うことを知っていた。そんな接し方が、一人前として責任を課される誇りを子供に与え、結果ナルトの今の成長があるのだということも感じていた。
それは彼の教育方針でもあろうが、同時に彼の欠落でもあった。彼の、欠落した子供時代の。

対岸に一列に並ぶ提灯の灯り。
ふとした拍子に乱れ、散り散りになっていくつかの炎があがる。それが順繰りに地に落ち、火の粉をあげて消える。
他愛の無い、笑いさざめく声々が反響する。

ヨーメシクッテハ
ブッタタケ!


イルカもカカシも、今やすっかり自立した大人である。
今更両親の不在や、甘やかしてくれる存在の無いことを嘆いて悲しむような歳では無い。
ただ時折、記憶として不足の感覚が蘇ることがある。それは繰り返し、身体の末端へと流れる痛みや痺れのように感じられて、衝動のように不足を補うことを求めるのだ。
冬場に爪ま先が冷えることにも似たような、曖昧な、堪えきれるような、堪えきれないような、そこはかとない不足が感情の表層を掠めてゆく。それから身体の奥底に。

「ナルトが・・・・・・」
と、次の話題を提示しかけたイルカの笑顔に微笑んで、
「イルカ先生はコドモが好きですねえ」
カカシが頷いた。
「可愛いですね、コドモは」
胸に落ちたばかりの感性を慈しむように、カカシの目が細められる。
いつもロクでも無いことばかり言い出して、突拍子もない行動に出るくせに、そんな表情も出来るのか。
そうやってイルカの言葉を味わうように飲み込むカカシに、イルカは幾分かの満足を覚える。
「オレもイルカ先生のコドモにしてよ」


どこかでまた、提灯の火灯りが舞い、落ちて消える。歓声があがる。


イルカがぷっと吹き出した。
「何言ってるんですか、年上の子供なんて要りませんよ」
エッ?!こんなに可愛いのに!?とカカシが不満を叫ぶ。
大概、この人の考えることは分からない。
イルカは笑った。
カカシから顔を背けるように、そっぽを向いて。







・・・・・たまには、と思って書いた誕生日ネタでした。今となっては・・・・。