ラブ・レター・ライター





その店の看板には、「レター・ライター」と書いてある。
ここに舞い込む仕事は恋文の代筆。
どんなに難しいシチュエイションの恋文でも、見事に代筆してくれるのがここの腕利きラブ・レター・ライターのサンジであった。
サンジは絹糸のようにながれる金髪と青い海のような碧眼とを持ち合わせた青年である。そしてそよ風のような心を持っている。花のような言葉を綴る。ちなみに口癖は「クソ」だ。
女性には愛想良く、男にはぶっきらぼうに、時には美しく、時には爽やかに、時には執念深く、愛の言葉を書き綴る。サンジのラブレターを渡せば無理な恋も上手く行く、と村では大変な評判だった。
「おい、サンジ、ちょっと頼みたいんだが」
そんなふうにこの店のドアを叩く連中は多い。今日も昨日も一昨日も客が来た。客は若い奴が多い。若く無いのも来る。
ドアに吊るしたベルが鳴ると、サンジは窓際に置いた机の上から目を離して客を見る。
カチッと音がして、煙草に火が灯される。
店内は薄暗い。サンジの手許にだけランプがあって、机の上へ広げられた便箋を照らしている。
「困ってる奴には書いてやりマス」
もぁー、と煙を吐き出しながら、碧眼の青年はその目を眇め、仕事にかかるのだ。



とにかくサンジにラブレターを頼みに来る連中は、ゴマンといる。
世の中にこんなにも色恋沙汰が溢れかえってるとは驚きだ、と、思いながらサンジは相手の言うことを一つ一つ丁寧に聞いてやる。代筆のラブレターとは言え、真実がなければ相手のハートに届かないことを知っているのだ。
「どんなひとですか」
「どこを好きですか」
相手の返事は明瞭で無いことが多い、というのが経験上の認識だ。
「うまく言えなくて……」
「分からなくて……」
そんな答えばかりの時でも、サンジは上手に相手の気持ちを聞き出してゆく。
「いいんですよ、言えないということは、真実の愛なのですね」
サンジがそう言うと、客は安心して微笑む。
迷える子羊を導くことがサンジの仕事なのだ。
そうやって相手が額に汗しながらどうにかこうにか「笑顔が好き」「優しいところが好き」などと言い出せば後はサンジの心得たもので、「アナタの笑顔は太陽のようで」とか「アナタの優しさに胸が震える」とか、何だかそんなふうなことを綺麗な便箋の上へしたため、客の手へと引き渡す。

アナタの笑顔は太陽のように暖かいのに、アナタの優しさにボクの胸は震える。

「きっと上手くいきますよ」と言ってやると、客は大事そうにサンジの書いた手紙を懐へ抱え込んだ。
どうしてこんなにも世の中には愛だの恋だのが溢れかえっているのだろう。しかもドイツもコイツも困惑し弱り果ててるように思える。
困ってる人は放っておけないのがサンジの性分であった。



ある日、乱暴に店の扉が開けられると、そこにはその乱暴な仕業に相応しいような、見るからに粗雑な青年が立っていた。
緑の髪、変な腹巻。
村に住む、未来の大剣豪にして現在の中剣豪、ロロノア・ゾロという名の青年であった。
歳の頃はサンジと同じ程。子供の時分は一緒になって遊んだ仲だった。最近はあまり話さなくなった。ただ、ゾロは文房具店でアルバイトをしているので(剣豪は到底職業としては成り立たない、らしい)、顔だけはしょっちゅう合わせた。何をするにも大雑把でムカつく男だった。
コイツが恋文ね、とサンジは思った。
まぁ、毎日これだけ色恋沙汰が溢れかえってるんだから、その中の一つをコイツが担ってたとしても不思議は無いな、とも。
「どんな相手ですか」
机の前に腰掛けたまま、いつものようにサンジが切り出す。
「……どんなって言うか」
対するロロノア・ゾロは歯切れが悪い。まるでこの店を訪れる大抵の客達と変わらないように。
「どんなって言うか、どんなって言うか、好きな相手は、サンジだ」
開き直ったゾロの返事は、つまり、そういうことだった。
サンジはスパスパと煙草を吸った。
とにかく、とサンジは思った。
世の中にはこれだけ恋が溢れかえっているのだから、自分の順番が来たって不思議ではない。
恋文を書くのが自分の仕事だ。
「そのひとをどんな人だと思いますか、どんなトコロが好きだと思いますか」
いつもの手順で話を聞き出す。
「……上手く言えねェよ」
気まずそうに俯いて頭を掻く剣豪は、本当に困り果てているようで、思わずサンジは笑いを噛み殺した。
「いいんですよ、言えないということは、真実の愛なのですね」
そう言われると、ロロノア・ゾロは「おう」と言ってにっかりと笑顔になった。



サンジはベテランなので話を聞き出す手際も良い。
まず手紙を出したい相手の名前を聞き、相手をどう呼んでいるのかを聞き、相手をどう思うのかを聞き、どこが好きかを聞き、その他色んなことを聞き出して、うまいことその思い人の喜びそうな感じの手紙を書いてやる。
窮屈そうにスツールに座っているロロノア・ゾロにも、いつもと同じように要領良く質問をした。
だが彼は質問に単に答えることすら下手くそで、さっぱりそれをどんな手紙にしたら良いものか、手がかりがつかめなかった。
彼は相手を「クソ野郎」とか「てめェ」とか呼んでいると言う。
ツラは嫌いで性格は悪いと言う。
凄ぇ目つきの悪い奴だ、と言う。
そんでも、アイツ見てるとヤりたいとか思う。なあ、今日、村の入り口の木の下で待ってるって書いてくれよ、と。
「…………」
サンジはケースから新しい煙草を出して、火をつけた。
これでは全く文面がまとまらない。
もっと、こう、甘い愛の言葉に置換出来るようなことを、言って貰わなければ困る。
しかもゾロがまだかまだかと目の前で待っているので、思考もまとまらない。
そこでひとまず彼の言うことをそのまま文章にまとめておいて、あとから落ち着いてうまいこと書き直してしまえば良いだろうと考えた。
そうだ、麗しい言葉は麗しい気分でないと出てきやしない。こんな腹巻野郎と密室で見つめあってちゃ、どうにもならない。
サンジはペンを執り、まずは一旦さらさらとゾロの言った通りのことを書き出した。

「拝啓クソ野郎、オレはてめェが大好き。
オマエは目つきが悪い。ツラも嫌いだ。
てめェを見るとヤりたいとか思う。
村の入り口のでかい木の下で待ってる。来い。敬具」

ロロノア・ゾロはそれを受け取ると、中身も見ずに「有難う」と言って店を出て行こうとした。
「おい待て、それはまだ下書きです」
サンジは慌てて引きとめた。
「後できちんと書き直したの持って行ってやるから」
「そうか」
にっかりと、ロロノア・ゾロは笑顔になった。



ゾロが居なくなったあと、サンジはぷかぷか煙草をふかしながら、一人で手紙の文面を考えた。

「拝啓、ウンコ男さん。 (何か変だ)
ボクはアナタのことを心から愛しています。
アナタはいつも周囲を鋭い視線で見ている。厳しい表情で見ている。まるで研ぎ澄まされた刃の美しい切っ先のようだ。 (ちょっとパクリだ)
ボクはそんなアナタの気高き冬の女神のような冷たい表情を、好きではない。
それなのに、アナタのことばかり考えている。
ボクには何故なのか分からない。
ああ、これが恋なのか。
ボクはまるで鯉のように口をパクパクするばかり。
小鳥のように震えるアナタを抱きしめてあげたい。三日月のように欠けたアナタを満たしてあげたい。とか思う。
どうぞ今晩、村の入り口にある、あの大きな木の下へ来てくれませんか。敬具」

どうにかこうにか書き上げてしまうと、サンジはペンを置いた。
そして煙草を揉み消した。
これで良い、これなら良い。
店仕舞いを済ませ、村の入り口にある、木の下へ急いだ。
オレは天才だなぁ、とサンジは思った。
あのクソ腹巻男の最低な言葉を、これだけ清く正しい手紙になおしてやったんだから。
だけどどういうわけか、頭の中をめぐるのは、「てめェが大好き、ヤりたいとか思う」という、最初に書き出したあの最悪な下書きの文面だった。あんまり一生懸命考えたから、脳にこびりついてしまったのだ。
せっかくステキなラブ・レターを考えてやったってのに、無駄っぽいなあ。
へへへ、と思わずサンジは笑った。

オレもてめェが大好き。
ヤりてぇな、でも駄目だ、今日は駄目だ、三度目のデートとかになったら、ちょっとくらい良いけどさ。

書き上げたばかりのラブ・レターをしっかりと携えて、サンジは走った。
村の入り口へとまっすぐに伸びる道は星明りに照らされて、家々の戸口にかけられたカンテラが、まるでサンジを導くように大きな木の下へ、大きな木の下へと続いていた。



end





渋谷に恋文横丁という名前の横丁があって、そこには昔、ラブレターの代筆をしてくれるお店があったのだそうです。なんか、そんな話を聞いて思いついた話。
こういう辻褄の合わない話を書くのは好きです。タイトルがラブレターライターでなく、ラブレター・ライターでもなく、ラブ・レター・ライターと区切ってあるのはほんの悪戯心です。 03.07.28