夜の端っこ




夢を見る。

真っ暗な場所に、俺は一人で立っている。
誰もいない、歩いても歩いても、壁がない場所。
手を伸ばしたら、指先が暗闇に溶け込んでしまってよく見えない。
恐ろしくて手を引っ込めた。

真っ暗なのは変わらないのに、闇が濃くなっていく気がする。空気が重い。
自分も一緒になって、その闇に紛れ込んでしまいそうになる。もがいてももがいても、振り払えないその黒い闇は、やがて俺を包み込んでしまう。意識はあるのに、手足を、身体を動かせる感覚がまったくなくなって、そして叫ぶのだ。

─────たすけ、てぇ……っ

音にならないその叫びは、けれども一つの光を生み出す。
その光はやがて、大人が一人包まれるくらいの大きさになって、そして近づいてくる。いや、俺の意識がその光に近づいていく。
あの光の中に入れれば、きっと自分は救われる。この闇から抜け出せると、そう期待して。


けれどもそこには先客がいて。
暗闇に負けない深緑の髪を持った男。見覚えがある。
真っ直ぐものを見つめるその目を閉じて、じっとその場に座り込んでいた。

───っろ……

声にならないとわかっていても、助けてほしくて彼の名前を呼ぶ。

ゾロ、ゾロ、ゾロ


「たすけて」

自分でも見えない、涙が頬を伝ったと感じたとき、身体が一転した。

目の前には、今助けを求めていた男。
正確には、真上に。

「ゾロ」
その言葉しか知らないように彼の名前を呟きながら、元に戻った自分の体の動きを確かめるように、男の、ゾロの身体を辿る。

夢の中の自分の姿は今よりも小さくて、まるでゾロという檻に入れられたように彼に囲われていた。
無言のまま顎をつかまれて、視線を合わされる。

その合わされたときに見つめた目は、いつものゾロのものではなくて、なにか違うものに見えた。
獲物を探す、野生の動物の目。けれど、とても美しくて、澄んでいるもの。
その下の方についている大き目の口がぱっくりと開いて、そしてあっという間に俺の小さな口を塞ぐ。塞ぐというよりも、食べる、に近い。
まだ、小さな唇を指で押し開いて、頑なに閉じる歯列を割る。無防備に開けられた口の中に、大きな舌が入ってきて、かき回す。
けれど何をされているのかわからない。この行為になんの意味があるのかわからない。
頼りなくて、なにか縋るものが欲しくて手を伸ばしたけれど、小さなこの身体じゃゾロまで届かない。
何でもいいからと、傍にあるその存在を確かめるために、自分も舌を伸ばした。絡めあう。出て行こうとするゾロのそれを、歯で食い止める。そうするとゾロは小さく笑って、またさらに奥へと舌を伸ばすのだ。俺は一生懸命それに吸い付いて離さない。
唇の端から伝う唾液が、流れていた涙と一緒になって落ちる。真っ暗闇のどこに落ちていくのかわからないけれど。

暗闇の中で確かな存在を抱きしめて、その温かさに酔う。
この暗闇でさえ、ゾロがいれば怖くなかった。

長い長いそのあとで、するりとあっという間に抜け出た舌を、名残惜しげに見つめれば、途端にゾロは立ち上がる。
「ぁ……」
なんの未練も感じさせずに、ゾロは背を向けて、光だけを残して闇に消える。
手を伸ばしても、届かない距離に、ゾロは歩いていく。暗い暗い闇の果てへと。

「ゾロ、いかない、で」

絞り出した声は、果たして彼に聞こえただろうか。

消えて闇ばかりが広がったそこを、光の中から見つめ続けた。
さっきまで傍にあった温もりをもう、無くしてしまった。




そこでいつも目が覚める。
目が覚めればそこは自分の部屋で、そしてすくすく育った自分の身体。
けれど、口から零れるのは、夢うつつの言葉。


「ゾロ、どこ……?」

あの日から、何度言ったかなぁ。
どれくらい、探したかなぁ。

暗闇に消えるようにして、いなくなったゾロを。
幼い自分は必死に探した。泣きながら探した。
けれども見つからなくて、泣いて泣いて泣いて、それでこんな夢を見るようになった。


中学生になった自分は、あのときの視聴覚室で行われていた臨時用務員と教頭先生の密会の意味に気づいていた。
あの時密会していたのはロビン教頭先生のはずなのに、どうして自分がゾロの相手になっているのかはわからない。


わからないけれど。

いなくなってしまったあの男を、俺は未だ探し続けている。

見つけたら、その意味がわかるような気がした。




おわり。



という話がいずれ書きたいなーと思ってたら書いてしまいました。
うーむ。


05/08/25 taki



・・・というような話を書いてくれたら貰いたいなー、と思ってたら、書いてました、チーパー。
このゾロとサンジは紆余曲折の末結局ラブラブになってつきあうんだと信じてます。
あ、タイトルは私が勝手につけました。ださくなってごめんね・・・(真名井)