カンタービレ

ゾロは最近悩みを抱えている。

「ざっけんな!何でローリエ買ってこいっつったのにオリーブ買ってくんだよ!」

スーパーの袋を渡した直後、腹部に強烈な蹴りを入れられた。
5歳年下のガキとは言え、笑って我慢できる攻撃ではない。

「っ似たようなもんだろが!」

自分に非がある事は分かっているが、ついムカついて目立つ頭を殴り返した。
腹を殴ったら痛がったので、昔から頭ばかり殴ってきたが、今思えばそれが良くなかったのではと思う。
頭を殴られたサンジは一瞬よろめきながらもすぐに体勢を立て直し、容赦無い回し蹴りを食らわしてきた。
さすがにうっと呻いた瞬間、彼は素早くゾロの胸倉を掴み上げ、ヤクザ顔負けのメンチを切った。

「ローリエとオリーブのどこが似てんだよ全然違ェだろーがこのクソボケが。テメェそれでも社会人か。あ?あんまふざけた事ぶっこいてっとチューかますぞチュー」

(――かますって何だ)

辛い事も苦しい事も、全て分け合ってきた訳ではないが、大体の事は共に乗り越えてきた弟の本気の台詞に、ゾロは目眩がした。




話は一週間前に遡る。
ナミの誕生日だった。
昔からこの辺でつるんでいた近所の腐れ縁みたいな連中でルフィの家に集まり、しこたま飲み食いし騒いだ。何年経っても誕生日を祝うのが自分達というのはいかがなものかと思うが、ナミ本人が楽しそうだったのでまあいいだろう。どうせウソップの誕生日も自分の誕生日も同じメンバーで騒ぐのだ。
とっくに日付が変わり、ろれつが回っているか怪しいウソップがふらつきながら、んじゃそろそろおひらきにすっかーと3度目に言った時、ナミはパンツを見せてチョッパーの角を握って笑い転げまわっており、ナミさんパンツ!パンツ見えてるよパンツ!と喚くサンジは当然ゾロ担当の持ち帰り荷物となった。
サンジはゾロ程酒に強くはないが、それ程弱くもない。ちょっと飲むとテンションは上がるが意識はしっかりしているという羨ましい性質だったが、その日はセーブしなかったのか、やけに酔っ払っていた。
夜空に向かってきらきら星を熱唱するサンジに仕方なくゾロは肩を貸して連れて帰り、家に着くととりあえずサンジを玄関に転がして布団を敷いた。
あー疲れた。つーか仕事の後あんだけ騒ぎゃ疲れるよな。あいつらだって今日学校だったんだろうが。

「おい、起きろ」

布団を二枚敷き終え、玄関でうつ伏せのままむにゃむにゃ言っているサンジに声を掛けたが返事は無い。
そのまま放っておいても良いのだが、起こさないと次の日体が痛いだの何だのでうるさい。
まあこいつもナミの誕生日で頑張って腕振るってたし、まあ運んでやろうかという気になった。要するにゾロも割合機嫌が良かった。

「おい、布団で寝ろ」
「・・・うぅ〜んナミさん・・・」
「さすがに俺とナミ間違えんのには無理あんだろ」

肩に担いで乱暴に引きずり、ぼすっと布団に放り投げるとサンジは目を閉じたまま、ナミさんいったぁ・・・と唸った。
こいつは幸せそうだなぁ、さて俺も寝るか、と電気を消し、自分の布団にもぐりこもうとしたところで、いきなり足首を掴まれた。

「でっ」

見事にバランスを崩し、サンジの布団の上に倒れこむ。何すんだと怒鳴ろうとしたところで、暗い中肩を掴まれた。
あ?と思っていると、頭を両腕で抱きこむように引き寄せられ、唇に何か柔らかいものが触れた。思わず目を見開いて近くにある暗くて良く見えない顔を凝視する。すぐ近くに煙草の匂いがした。
この家には自分とあと一人しか居ない。

(だからいくら何でも、)

ナミと間違えるには無理があるだろう、と。
ぼんやりした頭でそんな事を考えていた瞬間、「ゾロ」と小さな声が聞こえた。
何か思う間も無く、再び唇が塞がれ、薄い舌が歯列を割って入ってくる。

「・・・おい!」

正気に戻り引き剥がすと、すぐに腕が伸びて頭を押さえられ、より深く唇を重ねられた。柔らかくて熱い舌が自分の舌に絡まり、擦りつけるように吸い上げてくる。
次第に上がってゆく熱とは裏腹に、どこか冷静な頭で、ああこいつはこんなキスを今まで女にしてきたのかと思った。
自分からも舌を絡め、角度を変えて口付けるとサンジは少し息を洩らして目を開いた。暗闇の中で目が合う。
白いシャツに自分の手が掛かるのをぼんやりと見ていたが、なかなかボタンが外れない。
そこでようやく―――自分がかつてない程に緊張しているのに気付いた。




ドアを開けると見慣れた頭が飛び込んできた。背中を向けて座っている。
ふと甲高い女の声がし、見ると金髪の向こうに画面の中で足を広げて泣いている女が見えた。
サンジはゾロにも気付かず、食い入るように画面を見つめ、何か小さな声を出しながら手を動かしている。

「あっ・・・カオリさん・・・っ・・・」
「何やってんだ」
「ぎゃーーーーーーー!!」

サンジは腰を浮かせて飛び上がった。
ヒョイ、と手元を覗き込むとくたっとなった性器の先から白いものが手まで飛び散っている。
驚いた瞬間射精したらしい。

「なっ・・・なっ・・・」
「桃色人妻?何だこりゃ」
「わー!!見んじゃねェ!!」

近くに転がっていたパッケージを手に取り、タイトルを読み上げると、首まで真っ赤になったサンジに凄い勢いで取り上げられた。
まだ間抜けにテレビの中で喘いでいる女をリモコンで消し、下半身を整えながらしっかりとゾロを睨みつける。

「ていうか!邪魔してんじゃねェよ!後ちょっとでイけたのに」
「イったじゃねェか」
「テメェが急に声かけるからだろーがーー!!」

怒鳴り散らすサンジを横目で見ながら、欠伸をして風呂場に向かった

「どうでもいいけど終わったんならメシ作れよ。腹減った」
「なっ・・・!」

サンジは絶句し暫らくわなわな震えていたが、やがてギリッと歯を噛み締めると黙って立ち上がり台所に向かった。
夕食の支度を始めたサンジに風呂場から声を掛ける。

「手ェ洗えよ」
「うるせェな!!死ねテメェは!!」




黙々と食べるゾロの向かいでサンジはべらべら喋り続けている。この前見た映画がつまんなかったとか、このサンマがすげー安かったとか、ヨン様見てる限りやっぱお前より俺の方がタイプ的にモテるはずだとか、そんなどうでもいい内容ばかりだ。
ゾロはいつもそれを、ああとかおうとかさァなとか適当に返事をしたり聞き流したりしながら夕食を食べる。

「大体テメェだってエロビくらい観んだろが。調子乗ってんじゃねェぞ」
「乗ってねェ。少なくとも俺はあんなネーミングセンス悪ィのは見ねェよ」
「あァ?テメェ好きなのって大方、『浴衣』とか『湯けむり』とかどうせマニアックでつまんねーやつばっかだろ?」
「・・・」

黙って、みそ煮を口に運んだ。


夜、寝る段階になってサンジが布団にもぐり込んできた。

「だーっ!あっち行けガキかテメェは!」
「ケチな兄貴だな。こんなに弟が甘えてんのに」
「どこの世界に甘えて兄襲う弟が居んだよ!」

図体ばっかデカくなりやがって中身は全然成長してねェ。
拒絶もあらわに布団から蹴り出すと、サンジはめげずに布団の上からのしかかってきた。

「いいじゃねェか。1回も2回も同じだろ?」
「・・・・・・同じじゃねェよ。ガキ」


1度目のセックスは最悪だった。できる事なら思い出したくない。
初めて女とやった時よりも緊張しまくって、うまく動かない頭と手で体を弄った。
何をしたのかは覚えていない。ただ、自分よりサンジの方が普段より饒舌で、揺さぶられながら、気持ちいい、気持ちいい、とうわ言のように繰り返していたのを覚えている。
終わった後、ゾロはサンジから引き抜き、黙って後始末をして服を着せてやり、毛布をかけてから寝た。お互い一言も交わさず、サンジはされるがままだった。
翌日は幸か不幸か二人とも休日で、ずっとこのままかと思われるような気まずい雰囲気が朝から漂っていた。が、それは半日で終わった。サンジの方が開き直ってしまったからだ。
何が良かったのか知らないが、もう一度やりたいと言ってきたので、戸惑いつつも当然断ると、それ以来隙あれば襲ってくるようになった。
酔ったはずみの事、と割り切っていたが。今思えばあの時自分もサンジもどこまで酔っていたのか分からない。

ナミ辺りに言ったら爆笑されそうだ。いや、育ての親であるゼフでさえ大笑いで済ますかもしれない。自分の周りには常識というものをすっ飛ばした人間が多過ぎる。
だからこいつがこんな馬鹿になっちまったんだろうが、と自分の責任は棚に上げてゾロは心の中で不平を垂れた。もう1週間も夜の闘いが続いている。社会人になってもう大分経つが、まさかこんな悩みを抱えるようになるとは思わなかった。いい加減愚痴を言いたくもなる。

「なァ別にいいじゃねェか。テメェ、モラルとか持ってる人間じゃねェだろ?」
「そういう問題じゃねェ。テメェとやる気になんねェだけだ」
「一度やったのに?」
「この前のは、」

半身を起こし、サンジを正面から睨み付けた。

「事故だ。お互い酔ってた。テメェとはもう二度とやんねェよ。忘れろ」

溜まってんなら他あたれ、と言って再び体をゴロリと横たえると肩まで布団をかける。もう何を言っても無視すると心に決めて瞼を閉じると、顔に触られた。

「1回くらいいいだろ。ケチくせェな」

しっつけェな!と言おうとしたところで、顎をグイッと掴まれた。
そのまま顔が近付いてきたので避けると、狙いを外した唇はゾロの頬にむちゅっと当たった。

「大人しく襲われろよ!」
「テメェが大人しくしろ!」

サンジは不満気な顔をしていたが、やがてふっと緩めるとゾロの耳元に口を近付け囁いた。

「・・・お兄ちゃん・・・めちゃくちゃにして」
「―――」

無言で起き上がるとサンジを組み敷き、
――そのまま技をかけた。

「いでででででででで!!ギブ!ギブ!!ちょっ・・・冗談だって!!」
「へェ冗談だったのか」
「マ、マジ痛ェって!関節!関節が!!」
「間接技なんだから当然だろ」

そのままついでに脇腹と足の裏をくすぐり、笑い過ぎでぐったりしたサンジを毛布でぐるぐるに巻いて遠ざけてから、やっと安眠を得た。




アパートの廊下がやたら長く感じられる日がたまにある。
ヘマをしてバイトをクビになった時や、就職の面接に落ちた時など、階段を上がってからドアへ辿り着くまでやけに時間がかかる時があった。一刻も早く帰りたいと思うのに、何故かさっさと歩く事ができないのだ。

玄関を開けるなり良い匂いと野菜の皮をむいているサンジの姿が目に飛び込んできて、思わず呟いた。

「疲れた」
「あー?」

サンジが包丁を止めて怪訝そうに顔を向ける。
そのままさっさと上がり、床の上にごろりと寝転がった。
仕事をしている時は感じなかった疲労感が、今になって襲ってきた。

「どーしたんだよ」
「んー・・・ちっとミスって」

ミスをしたのはゾロではないのだが、得意先全部に頭を下げて回ってきた。昔から性格上謝るのには慣れていない。

「へー」

サンジは労いもせず、その代わりに卓袱台の上にビールとつまみを置いた。
ちらりと見ると目を閉じた。今は余り食べる気になれない。

「おい、こんなとこで寝るな。せめて着替えろ」
「・・・」
「おい」
「おい」
「あ?」

ゾロはサンジの腕を引き寄せた。

「う、わっ?」

そのまま寝技の要領で引き倒し、ぐるりと体の位置を反転させてのしかかった。

「何・・・」
「いや」

ちょっと、とだけ短く返して肩に顔を埋める。

「ちょっ・・・汗くせェ!」
「うっせェな。犯すぞ」

するとサンジはピタリと動きを止めた。
そのままの体勢で背中に腕を回すと、先程まで感じていた投げやりな気持ちが嘘のようにしゅるしゅると萎んでいく。

「ゾロ」

名前を呼ばれ顔を上げると、下から胸倉を掴まれてキスされた。
唇を塞がれながら、乱暴な所ばかり似てしまったなと思った。ゼフにも。自分にも。
彼がふと見せる、困った時に頭を掻く仕草や、酒を無表情で飲んだ後、僅かに緩める表情などには気付かない振りをした。
ぬるりと舌が入り込んでくる。それを擦り合わせるように絡めながら、彼の服に手を伸ばした。

(悪ィな、都合良くて)

そう言う前に、サンジにシャツの襟を引っ張られた。


二度目は前より楽に入った。
ああ、こうするんだったな、というような事をやっと思い出してきて、自然と体が動く。
サンジも前やった時のように気持ちいいとは言わず、黙っていて、たまに酸素が足りなくなるかのように微かな声で喘いだ。

「・・・っん・・・」
「おい」
「・・・は・・・っ」
「・・・」

サンジの顔に手を伸ばした。やはり痛いのかキツく閉じられた瞼の目尻に涙が浮かんでいる。
それを親指で拭い取った。
拭っても拭っても溢れてくる。
顔を近付けて舐め取ると、涙はぴたりと止まった。

腰を動かしながら、気持ちいいなあと思った。



それでも自分は明日からまたサンジが布団に入ってくるのを拒み、いつものように仕事をし、適当に女と寝て。
この先サンジが誰と付き合おうが、この家から出て行こうが、大した感傷も無く見送るのだろう。

それを思うと今自分の下に居るのは、自分の物にもならないただの弟だという気がして、ちょっと安心した。

たった一人の。








2004.11.04






安全銃の安芸ユヅルさまから頂きました。頂いたというか、強請りたおしました。無理だよ無理だよと言われたけれど、まあ結局私のねばり勝ちでした。えへんえへん。
安芸さんの兄弟シリーズについては、心から大好きでたまらない、というひとが大勢いらっしゃることと思います。
私もほんとに大好きで、何度読んでもじんわりしてしまいます。
あのシリーズのゾロサンを、強引でもいいからくっつけてよ!とお願いして、今回このお話を書いていただきましたが、あの二人は、兄弟であるという関係をお互いに守ったままで、深い愛情で結ばれているのだと思います。
てゆうか自分で感想書いてて涙出てきたよ。ほんと大好きだよどうしよう。
いいこと言うなあ!私!(自分かよ)