目ヲ閉ジロ



戦闘時におけるサンジの命令口調は怖い。
ゾロのも怖いが、怖さが違う。
めったに聞かないゾロの本気の怒声は、逆らうとこっちの命がないんじゃないかと思わせられるけど、
サンジのそれには、逆らうとサンジの命がやばそうな切羽詰った響きがある。
ルフィは、別格。あれはどうこう考える以前に反射的に従わす強さがあった。
別に裏返ったり、必死になったり悲鳴じみた声だと言うのではなく・・サンジの場合そういう声を出すうちは、実はまだなんとなく余裕があるのだとウソップは分析する。
本当に怖いのは、徹底的に冷えた井戸の底から聞こえるような静かな低い声で命じられる時。

「目を閉じろ」

否応もない。なぜもへったくれもない。ただ言われたままに目を閉じる。固く固く。おそらくサンジの許しが出るまで、耳元で爆発が起こったって開くことはかなわないだろう。
ウソップはあたまを抱えるように、めしいた如くに目を閉じた。

化学的な悪臭が立ち込める。
化学的でない悪臭なんてあるの?などとナミなら屁理屈の一つも言いそうだが、目と鼻をつく薬品臭はそんな風に表現したいものだった。足下の絶壁。残された足場は今二人で立っている50センチ四方のブロック状の岩のみ。落ちれば命は無いだろう。明らかに悪意を持って意図的に流された毒ガスか溶解液か・・・いずれ、身を持って確かめるのはぞっとしない。
追われたとは言え、こんなところに紛れ込んでしまったのも、サンジが助けに来ざるを得なくなったのも、退路を断たれたのも、おそらく自分のせいだろう。だが、それについてどうこう思うことは無い。
自分の弱さも臆病さも理解している。その上で出来ることを探している。助けに来てくれたのは心底ありがたいが、来なくても誰を恨むことなく死ぬ程度には、ウソップとて海の男だ。
感謝に咽ぶのは今じゃない。
ここを出ることがまず第一だった。

言われるままに目を閉じて、しがみ付けと低く言われるままにサンジの背にすがる。
かなりの衝動。 踏み切ったな。
耳元に風、飛んでいるような感覚に思わずすがる手に力が篭る。いや、落ちてるのか。
何処へ向かっている?さっきまでウソップの抜かりは無いつもりの目で見回した何処にも乗り移れる足場など無かった。
がくんっとストップが掛かる。サンジの肩に力が入った。何かに掴まったのだろう。

「足のほうまで降りて、掴まれ。目、開けんじゃねえぞ」
「・・おう」
ゆっくりと落ちないようにサンジの左足にぶら下がったと思った瞬間、すさまじいGが掛かった。蹴り上げられた。と思ったときは宙を舞っていた。
反射的に開いた目にキラリと何かが光る。
受身を取る暇も無く、叩きつけられた地面は正常な土の匂いがした。
ほっとするあまり脱力しかけて慌ててウソップは頭を巡らす。


こちらに背を向けて崖の際に立ち上がったのはゾロ。
その右手がぐいっと上がる。背から上腕にかけての筋肉が遠目にも盛り上がる。
その腕が持ち上げたのは抜き身の白い刀。

その刃の後からひらりとサンジが姿を現した。

「サンジっ・・・!」
「おう」

男に笑顔は振りまかないポリシーを守って、苦虫を噛み潰したように煙草を咥える。その手を染める赤。滴る血にまみれた、両の手の平からウソップは目が離せない。
ゾロが一振りして血を払うようにして鞘に収めた刀の鍔音に見やると、これまた面白くもなさそうに剣士が低く口を開いた。

「これが、一番長い」
それにしたって・・掴まれと差し出すか、普通・・・
「鞘は弱い。折れる」
しかし・・・

コックは美味そうにもはや真っ赤になった煙草をふかす。手は・・だっておまえ。手だけはいつも・・

「あ?呆けてんなよ長っぱな、握ったのはミネだ」
「斬れて、うごかなくなったらどうすんだよ・・」
「アホかてめえ、命とどっちが大事だ?ああ?あいにく足はモノつかめるようにゃ出来てねえんだよ」
「・・・けど・・」
いてえ・・。見るのが痛いくらいの・・・
ニヤリと歪んだコックの顔が笑っているのだとわかった頃に、その引き上げられた口元がさっきの言葉をゆっくり紡ぐ。

「目を閉じろ」
・・・見たくねえなら。

人の痛みに痛むのは臆病の勝つ自分ならではだ。

それにしても、その手は・・。
けれど閉じずにウソップはコックをどうにか睨み上げた。

「ばかやろう。目つむったら置いてくつもりだろう」
「そらそうだ」
「このうえ置き去りにされて溜まるか」
「なら開けとけや」


振り向きもしないコックと、ちっとくらい誰かを気遣ってもいいんじゃないかと思える居丈高な剣士の後を、ウソップもはねるように追った。出来る限り軽い足取りを演じて。

了(2003.3.13)のんさんお年玉リク 海賊設定で『救出』



bluejay様より、頂いてまいりました。
クドウさんの作品のなかで、なにかひとつだけもらってこよう、と考えたときに、不思議とこの作品のことを、ああひとつだけならこれに間違いないな、とまっさきに思いおこしました。
悲しいことがおこるわけではない、つらくもないし、おかしくもないし、さらりと書ききられてありますが、このなかには、クドウさんの描くサンジが、ぎゅっと詰まってるような気がします。