トラっとする



その日、まだ朝のうちに出くわした敵船は、変な船だった。
規模は麦わら海賊団の倍ほどで、足の速い、黒塗りの船体が特徴的だった。変だと言うのは、船体のことでも、船員の人数のことでもない。その船に乗っている男たちは、全員が頭のてっぺんに耳をつけていたのだった。
頭のてっぺんについた耳は、当然のことだが彼ら本来の耳ではない。本来の耳はきちんと顔の横についていた。革紐などでしっかりと結ばれて頭のてっぺんに固定された、猫耳やウサギ耳、熊耳など、ようするに、作り物の獣系の耳を彼らは装着していたのである。
屈強な男達がケモ耳。
これにはさすがのフランキーも「なんだありゃあ、変態か」と自らを棚に上げた発言をし、ナミは笑いをこらえるのに必死になり、チョッパーは「ケモノを笑うな!」とむきになり、ロビンは「あれは何かの儀式なのかしら」と深い思索の世界にひたり、ルフィは耳について質問したくて仕方ないといった態度を露骨に見せて相手方の船へ飛び移っていった。
ブルックが「私には耳があると言えるのか、それとも無いと言ったほうが正確なのか、そもそも耳の本体とは外耳なのか内耳なのか」などと考えはじめた頃、ゾロが適当に敵船を片付けて、ナミがお宝を奪うように指示し、戦闘は終わった。サンジは朝食の支度のために船室に戻った。
少々風変わりな敵船だったが、グランドラインではもっと変わった船に出会うこともしばしばなので、然程気に留められずにこの件は終わった。かのように、思えた。
事件は午後のひと時に起こった。
「へー、これがあの船の荷物か」
マフィンが焼けるのを待つ間、ラウンジに積み上げられた略奪品を眺めて、サンジは感心してタバコの煙をゆっくりと吐き出した。もわ、と白い煙が天井に向かって渦を巻く。
獣耳船の積荷で金目のものと判断された物品は、たいした量ではなかった。少々の金塊と宝石、毛皮、刀剣類、やたら装飾のついた箱など。サンジはふとした興味で、赤い石、青い石がごてごてと嵌め込まれた宝箱を開き、中身を見た。
「おい、勝手にいじりまわすとナミにどやされるぞ」
他の連中が外で遊びまわったり仕事をしたりしている隙に、サンジによからぬイタズラを仕掛けてやろうという目的でキッチン付近をうろついていたゾロは、サンジが略奪品で子供のような悪戯をしようとしているのを見咎めて、偉そうに注意する。
「だってさ、おい、見ろよゾロ、これ!」
サンジはふきだす寸前だ。
何しろ、物々しい古びた宝箱に、先ほどの男達が装着していたものとよく似た、獣の耳がたった一つきり、ぽつんと仕舞われていたのだ。笑わずには居られなかった。
「どんだけ大切にしてんだよ、耳!」
これだけかよ、これだけしか入ってねえのかよ、なんだこの宝箱、と肩を震わせて笑う。白いシャツの、胸の上辺りに切り返しの縫い目があるのをゾロは見るともなしに眺めていた。正直、耳とかどうでもいい。
ところがサンジは耳にご執心で、嬉しそうに箱から取り出すと、随分丸い耳だな、何だろうこれ、ちょっと模様がある……、ああ分かった、トラか、と騒いでいる。
「おい」
ゾロは少し焦れて、サンジのシャツの胸を掴んだ。このまま引き摺って部屋の隅まで連れて行こうか。サンジは、こちらの意図が分からないでもないだろうに、まあ待てよ、とくすぐったそうに笑うばかりで、まだトラ耳に気をとられている。
「なあ、おい、これつけてみろよ、マリモちゃん。さっきの連中みたく、強そうに見えるかも知れないぜ」
嬉しそうにゾロの頭の上に、耳を載せる。わずらわしい。ゾロは構わずサンジをテーブルの上へ押さえ込んだ。腰を抱くと困ったように身動ぎしたが、どうにかゾロの顎の下で革紐を結ぼうと躍起になっていて、たいした抵抗もしない。紐は少し短いらしい。手が滑ってなかなか結べないでいる。時折顎を反らし、白い喉元をさらす。笑うと、やわらかそうな食道の上で喉仏が動く。噛み付こうとするゾロの頭を抑えて、動くなよ、もうちっと、とサンジはトラ耳を装着完了させようと頑張る。紐の長さが足りない。
どうにも結びにくい。
緑の頭の上に、白っぽいトラ耳がちょこんとのっかっている。こんなにも馬鹿みたいなゾロを見たことがあっただろうか。もうおかしくて堪らない気持ちと、なんだか訳の分からないテンションに押されて、サンジはシャツのボタンを外され始めても、なおもそれどころではなく、トラ耳にばかり執着していた。ようやく結べた。だが紐が滑りやすいから、一重では駄目だ、二重に結ばなくては解けてしまう。きちんとトラ耳をゾロにくっつけることが出来たらみんなを呼んで、馬鹿っぽい姿を見て笑うんだ。
(それにしても結びにくいな)
舌打ちし、のしかかるゾロを足で押してどうにか距離をとって、顎を上げさせる。何故またこんなに結びにくいのだろう。紐もすべるし、それに、二重結びにしようとすると、どうやってもふかふかの猫ッ毛が挟まって、紐がきちんと結べないのだ。白っぽい毛並みを指でかきわけ、紐が毛に埋まらないように気をつけてひっぱり、とうとうサンジはゾロの喉元で革紐の二重結びをやってのけた。
「やった」
思わず叫んだ。
「トラ耳、装着だぜ!」
よろこびのあまり、わしゃわしゃとゾロの顔を撫でる。ゾロはうるさそうに鼻をひくつかせ、頭を振った。すっかりはだけられたサンジの胸に顔を押し付けてくる。長いヒゲがあたってちくちくする。
「ああ、よく見せてくれよ、すっげえ似合ってんぞ、てめえ……」
機嫌良くゾロを押しのけたところで、サンジはかたまった。
頭のてっぺんから足元まで、ゾロの姿を確認する。
今のゾロに、トラ耳はとても良く似合っていた。まるで一体化しているようだった。というか、完全に一体化していた。装着したばかりのトラ耳は、まるで生まれたときから付いている本当の耳のようだった。というか、本当の耳になっていた。
ゾロは全体的に、トラになっていた。
いつの間にこんなことになったのか分からない。
(あれ……)
サンジは何度か目をこすって、考えた。
(ゾロって、トラだったっけ)


「実はみんなに話さなくちゃなんねえことがあるんだ」
ラウンジには焼き立てのマフィンの、甘い香りがひろがっていた。ルフィが待ちきれずに、腹減った、はやく食いてえ、と暴れている。
「ルフィ、てめえも船長としてちゃんと聞け」
重々しくサンジは言った。
「実は、こいつがゾロです」
さっと指差して、テーブルの上の皿にふんふんと鼻先を突っ込んでいるケダモノを示す。でかい。とにかく図体がでかい。
ところが、サンジの勇気を振り絞った告白に、他のクルーは全く驚かなかった。
「ふうん」
「ふ、ふうんって、ナミさん!」
「いったい何なのよ、話があるって言うから来たのに、そんな当たり前のこと……、ゾロはゾロでしょ、どうかしたの?疲れてるの?」
「ゾロはゾロって!ナミさん!」
サンジは必死になってナミの肩を揺さぶる。ナミはうるさそうに眉をしかめる。
「ねえ、もうマフィン食べてもいい?いいにおいだもの、私もおなかすいちゃったわ」
「そうね」
ロビンも頷いた。
「おなかがすいたわ。ねえコックさん、おやつを頂いてもいいかしら。あとコーヒーをお願いしても差し支えない?」
「私は紅茶!はやくはやく」
「ヨホホ、私も紅茶で」
「おれは持参したコーラがあるからおかまいなく」
「なんでもいいから腹減った」
「おれも腹減ったぞ」
口々に好きなことを言い、思い思いの場所に腰掛けて船員達はおやつタイムにしようとする。サンジだけが取り残される。
ふん、とトラが鼻を鳴らした。
大きな図体は椅子の上からすっかりはみ出している。
「おいゾロ」
当たり前のように、ウソップがトラに話しかけた。
「あとで下の丸木を運ぶの手伝ってくれるか」
トラのゾロが人間の手伝いなんかするわけないだろう、とサンジは思ったのだが、トラはまた、ふん、と鼻を鳴らした。丸い耳がぴくぴく動く。
「おお、有難うな、助かるぜ」
トラの鼻息と会話を成立させて、ウソップが気安くトラ柄の肩を叩いた。毛皮がのそのそ動いて、大きな口がマフィンにかぶりついた。


どうやら、ゾロがトラに見えているのはサンジだけらしい。
浴室の湯気のなか、目を細めてサンジはトラを睨んだ。
トラは、トラのくせに気持ちよさそうに湯につかっている。毛皮がしっとりと濡れる。それがもう、見るからにトラ柄の毛皮なので、誰がどう見てもこいつはトラだろう、と思うのだが、チョッパーが平気で「なあゾロ、背中ながしっこしようぜ」などと話しかけている。ウソップが新発明だという水鉄砲でルフィと遊び、その流れ弾があたってトラが咆えたりするが、ウソップも怯えもせずに、「わりィ、ゾロ」などと軽く謝っている。
全く腑に落ちない、とサンジは考え込んだ。どうしてゾロがトラになってしまったのか。どうして自分にだけトラに見えているのか。
おそらく秘密は、例のトラ耳にありそうだ。あれをゾロに取り付けたのはサンジだ。あの耳を外したら、またゾロは元の姿に戻るのかも知れない。
(よし!)
早速サンジは決意した。トラのそばへ近づき、むんずと耳を掴んだ。そして力任せに引っ張る。
トラが咆えた。
耳は簡単には取れなかった。そういえば紐で厳重に縛ったんだった。そしてその紐がどのへんに埋まってるのか、今となってはさっぱり判別つかない。
「おい、何やってんだ、サンジ」
トラの荒々しい咆哮に、呆れたようにルフィとウソップが振り返る。チョッパーもきょとんとしている。サンジも思わず伸ばした手をさっと引っ込めてしまった。
「な、なんでもねえよ」
冷や汗を隠しながら薄ら笑いでこたえる。
「てめえら喧嘩すんなよ、風呂場でまで」
ウソップが偉そうに注意するが、サンジは聞いちゃいない。
(喧嘩どころじゃねえよ、食われるかと思った)
トラは危険な動物である。険しい顔で唸っているゾロを見ると、その点、とてもよく理解出来た。


風呂上りのトラをバスタオルでくるんでもしゃもしゃ拭いてやる。よく拭いてやると、短い毛はすぐに乾いた。
「なんだよ、今度は仲良しだな」
チョッパーが微笑ましそうにニコニコしていたが、ウソップは不自然な無表情でさっと目をそらした。他の奴らの目に今自分達がどんなふうに映っているのかと思うとぞっとしないが、サンジはどう考えてもトラが自力でタオルで自分の背中を拭けるとは思えなかったのだ。濡れたままうろつかせるのも、若干忍びないものがある。
夕食は肉ばかりにした。
ルフィが目を輝かせた。
「今日はなんだよ、なんかのお祝いか」
嬉しそうにサンジに擦り寄って浮かれる。単純で素直な船長だ。
「ああ……、いや、なんか、みんなが食べたいかと思って。肉」
サンジはちらちらとゾロの方を見るだけで精一杯だ。ゾロがうまそうに肉を食べていた。大きな口をあけてかぶりつく。とがった牙が見えた。
「おい、あのー、ゾロ」
給仕の合間に、サンジはゾロの横にそっと立って耳打ちした。
「あのさ、お前、食いたくねえか、その……、生肉の塊とか」
「…………」
トラが、トラのくせに眉間に皺を寄せ、咆えた。思い切り、ご立腹の様子だった。


夕食が終わると、ラウンジにはロビンとゾロと、まだ後片付けのあるサンジだけが残り、暫くロビンは食後のお茶を飲みながらゾロと話していた。ロビンが話しかけると、トラが相槌を打つように唸る。どうやら会話が成立しているらしい。サンジの目にはロビンが大変ワイルドな女性に見えた。そんな彼女も素敵だった。
「……飲むか」
ことりとサンジはゾロの目の前へ酒を置いた。酒は、なみなみと平らな皿に注がれてゾロの鼻息で水面をそよがせていた。
「まあ」
ロビンがころころ笑った。
「まるで猫ちゃんのお皿みたいね、こんな平らなお皿にお酒をいれるなんて」
トラが、また咆える。不服らしい。
暫くして、ロビンは「おやすみなさい」と言ってラウンジを出て行った。あとにはサンジとゾロの二人だけが残った。
ゾロは諦めたのか、おとなしく皿に注がれた酒に顔をつっこんで舐めている。
やがて酒もなくなると、皿洗いをするサンジの後ろをうろつき始めた。こんな大きな動物にうろうろされると落ち着かないが、仕方がないのでわしゃわしゃと背中を撫でてやる。さすがにトラの毛皮はすばらしい手触りだ。
トラは低く唸ると、サンジに身を摺り寄せてきた。甘えてんのか、ひょっとしてなつかれたか、とのんきなことを考えていたら、強く体当たりされてよろけた。
「おい、あぶっねえだろ、このケダモノが」
文句を言うサンジの胸を太い前足で押して、トラが伸び上がった。と、間髪入れずに床に押し倒される。
喉を低く鳴らして、シャツの上から腹の上に鼻先を突っ込んできた。
「な、なんだよ……うわッ」
慌てて跳ね起きようとするが、強く押さえつけられている。喉に噛み付かれる、と思ったら、濡れた舌で頬を舐められた。その舌が、ゆっくりと喉の上もたどる。
(まさか……、く……、食われる。二重の意味で)
サンジは焦った。逃げ出そうかとじりじり後退するが、トラの方では逃がすまいとじりじり迫ってくる。すぐに壁際まで追い詰められてしまった。
観念したか、と言わんばかりにトラが迫る。サンジは目を瞑った。顔を舐められる。多分、トラなりのキスだ。また喉のあたりを舐られ、温かく、猫の舌のようにザラザラした感触がした。猛獣に、喉笛を噛まれている。
いや、でもこれはゾロだ。
サンジは自分に言い聞かせた。自分にはトラに見えているが、実体はゾロなのだ。
ゾロにしてみれば、食後ののんびりした時間に、おつきあいしている身として当然のことのように、大人の時間を迫っているだけなのだ。ゾロが悪いんじゃない。
「……っ、……っ」
おとなしくなったサンジをどう思ったのだろうか、トラは大胆に愛撫というか、サンジを大胆に舐めまわした。うまそうに舐められる。
大きな身体だ。
思わず身を竦めたサンジのシャツを鼻先で器用にめくりあげ、腹の上に濡れた鼻のあたまの感触がした。ちょっと小さな声が漏れてしまった。力の強そうな顎、牙が見えている。猫が甘えるように喉を鳴らし、サンジの腹を味見している。
弱い部分をさらけ出している、という緊張感が寒気になって背筋を這い上ってきた。むずがゆい、今まで経験したことのない不思議な感覚がした。
舌がまた肌の上を舐める。腹から胸のあたりまで、何度も往復する。
「あ……、あっ、あっ」
身をよじって悶えた。徐々に頭のなかが熱くなる。鋭い爪のついた前足が、サンジの腕を押さえる。無抵抗に心臓の上を舐められている。じわっと、熱い痺れは胸から全身に広がった。トラはトラのくせに、サンジの小さな乳首を見つけると、しゃぶるように口をつける。
「ん、……んんっ」
頭を振って背を反らす。肌が凄く敏感になっていた。トラが次に顔を摺り寄せる場所を、緊張しながら感じ取る。あの牙に本気で噛まれたら、終わりだ。
堪らなくなって、サンジはシャツのボタンを全て外した。無防備な部分を猛獣にさらけだして、舐めてもらう。舌はサンジのわき腹をくすぐるように舐めて、それから下腹のあたりを味わい出した。震える手でベルトも外した。
(何やってんだ、おれは)
トラの頭を抱くようにして顔を押し付け、サンジはため息をつく。
どこから見ても、トラはトラだった。緩められた下の着衣の隙間に、獣がゆっくりと舌を這わせる。
「……あ」
じわっとまた熱がこみ上げた。その部分が痛いくらいになって濡れているのを、見ないでも分かっていた。どう思われるだろうか、と恥ずかしく思いながら、サンジは自分で下着まで全部脱いでしまった。もっと全身を舐めて欲しい。あえぐような呼吸が止められない。甘えた声が出て、トラがはやくその部分に食らいついてくれるように、腰を上げて促した。
噛まれた瞬間、悲鳴をあげてしまった。
慌てて口を塞ぐ。他の仲間に聞かれでもしたら困る。
トラは本気ではない。ゆるく、傷つけないように噛んだだけだ。だが全身に寒気が伝って、痺れたようになった。もう動けなかった。声だけこらえて、急所を任せるしかない。萎えるどころか、今にもイきそうにたかぶっている。トラの舌が、鋭い牙が、柔らかい実のようなその部分をもてあそんでいる。
サンジはひっきりなしに小さな声を出して、その声をこらえるために首を振り、それからまた切羽詰ったような声を漏らし、またそれをごまかそうと首を振ることを繰り返した。何かがおかしくなったとしか思えないほど感じた。トラがそこを下から上へ向かって舐めると、必死とふさふさした毛皮を掴んで、離すな、離すな、とサンジは懇願した。
「あ……、イく……、離すな」
大きな口、牙。熱くて濡れている。
これはゾロで、ゾロの口のなかだということが頭では分かっていたが、衝動は止められなかった。腰を押し付け、恐ろしい猛獣に身を任せる。身体のなかの一番弱い部分を。
「ごめん……っ」
切れ切れにサンジは肩を揺らして呼吸する。
「出る、ごめん」
トラの首を掴んだ手を、どうしても離すことが出来なかった。膝にぎゅっと力を入れ、かたちばかり堪えてみようとしただけで、サンジはトラの口内に出した。声も出なかった。自由落下のように、恐怖と快感で脳が痺れた。
トラは、じっくりとサンジの性器をしゃぶり、全部出し終わるまで優しく吸ってくれた。ミルクのように飲んでしまう。それと知って羞恥でかっと頬が熱くなったが、今更だった。
動けず、床の上に仰向けになったまま、サンジはひたすらハアハア激しく呼吸した。もう死んじゃう、っていうのはこういう感じか、としみじみ考えた。サンジが隠し持っているエロい小説の女の子は大抵そんな台詞を吐くものだが、今回心底同じ気持ちを実感した。二重の意味で。
ハアハア息をしながら口を開くとうっかり緩んだ口許からよだれが出てしまうので、何度か手の甲で拭った。今、自分がどんな顔をしているのか、考えるだけでも恐ろしい。
ゾロは忙しなくサンジの周囲をうろつき、身体のあちこちを鼻先でつついた。やがてまた、いやらしい感じに腰や背中を舐め始めた。
サンジはうっすら目を開いた。
そうだった。彼は、まだなのだ。
トラは、丹念にサンジの足の間を舐めた。濡らす気だ。それが分かって恐ろしい心持がした。ケダモノに抱かれるだなんて。
だが、これはゾロだ。
そうだ、これは人間のゾロなんだ。おれにはトラに見えてるだけで、本当は人間なんだ。だから平気だ。
少し時間をかけて再びサンジがとろけだしてから、トラはサンジの身体の上へ覆い被さり、先を促すように巨体を押し付けてきた。
サンジは自分に言い聞かせながらゆっくりと足を開いた。
(これはゾロだし、平気だ)
獣姦じゃない。
断じて違う。道徳的に問題ない。多分大丈夫。
ぶるぶる震えながらトラの毛皮を掴み、見るからに猫科っぽいその双眸を覗き見る。熱い視線だ。大丈夫、ゾロだから……。
ゾロなら、どんな姿になっても受け入れられる。
そう思って身体の力を抜き、でも一応念のため、ゾロが足の間に擦り付けているモノを確認しておこうと二人の身体の間を見た。
「……ッ!……ッ!」
声にならない悲鳴を上げるしかなかった。
(さ……ッ、さすが漢方薬ッ!漢方薬!虎のアレ!)
激しく雄であることを主張するそこは、どう見ても寸法的に受け入れられるような気がしないモノであった。無理だろ、絶対無理だろ、とサンジは青ざめた。いつものアレなら幾度となく受け入れているので、いまや随分馴染んできたが、これは無理だ。
「や、やだ、やめろ!引き返せ!進入禁止だ!ストップ!」
今にも挿入されそうになっているソレに対して、サンジは力の限り抵抗した。トラが唸る。牙をむきだして本気で怒っているようだが、こっちだって命がけだ。やめろ、離せよ、と暴れまわり、揉みあい、転がりあう。トラの頭を掴んで必死に引き剥がそうともがいていたら、急に、ぶちっ、と何かが切れる音がした。
「あ……っ」
サンジは頓狂な声を上げた。
「とれた!」
手の中には、丸い、トラ柄の耳だけが残っていた。革紐がついているが、無理に引っ張ったせいなのか、途中でちぎれてしまっている。ゾロのトラ耳がとれたのだ。
さっとゾロの顔を見上げる。ラウンジの天井には、ランプがひとつだけ掛けられていた。それが揺れて、頭上から二人を照らす。
ゾロが、ようやく元の人間の姿に戻った。
少なくともサンジの目には、今になってようやく人間に戻ったのだった。随分懐かしい再会に思える。
「やった!ゾロが人間になった!」
快哉を叫ばずには居られない。
「ああ?」
ゾロが怪訝そうに唸る。人間になっても、若干凶暴そうであることに変わりはない。
だが今のサンジにとって、人間とトラとでは大きな違いがあった。
サンジのおかしな態度も無視して、とりあえず続きをしようとのしかかってきたゾロの股間に、遠慮がちに手を伸ばしてみた。ゾロは僅かに息を乱したが、サンジの好きなように触らせている。
「よかった……」
モノを握って、サンジは顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
「よかった!この程度なら平気で入るぜ!」
「…………」
ゾロは無言になった。


その晩ゾロはケダモノのごとく猛り、すみませんでした、思い知りましたとサンジがお詫びと反省の言葉を述べるまでおさまらなかったという。




2010年発行1月東京あわせ企画本より。
リクエスト企画でした。皆様有難うございました。
***
虎狐とか虎ゾロとか寅年みたいな雰囲気のリクでした。
ちびなすとか虎の世話的な部分を盛り込むことが出来ず、なんかちょっとご希望とちがってしまいましたが、ご愛嬌でよろしくお願いします!
楽しかったです!有難うございました!   2010年1月 真名井