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一晩中、船の灯かりを消した晩があった。それが最初のきっかけだった。

その島に着いたのは既に夕刻で、辺りは随分と暗かった。
小さな島で、港とおぼしき付近にも殆ど灯かりがない。
昼間海軍の船と遭遇し、ちょっとしたいざこざになった。この近辺に他に島は無いようだし、もしかしたら海軍の船もこの島に寄航してるかもしれない、とナミさんが言うので、船を島から少し離れた辺りに停泊させ朝になるのを待つことにした。真っ暗で、様子を窺うことも出来ないような状態だったのだ。本当にナミさんは頭がいいなァ。天才じゃねえか。まさに女神だ。

船中の灯かりという灯かりを全て消して、メリーがそこに泊まってるってバレないようにした。キャプテンはその「潜んでいる」って感じが楽しかったのかはしゃぎまわって手におえなかった。ガキだな、あいつは。おおっぴらには火も使えないので、オレはイマイチ夕飯で腕をふるえなかったのでちょっと残念だった。まあいいや。あの島で食材を仕入れられるか微妙な感じだし、節約と思うことにした。無駄な争いを避けるために、ログだけためて下船しないで通りすぎるかも知れねえし。

真っ暗になってしまうと、夜がやけに長かった。空が曇っているのか、月明かりすら無い晩だった。
何しろ、何もすることがないのだ。
皆、なんとなく甲板にあつまり、ぼんやりと座って時間を過ごしたが、それもあっという間に限界になり、三々五々、部屋へ入った。
「本も読めないわね」
ロビンちゃんがそう言った。
「でもたまにはこんな晩もあっていいわね」
ふふふ、と笑う彼女の表情は見えないが、普段より何割か増しで大人っぽくしっとりした風情があった。彼女も、ほんとに素晴らしい女性だ。

見張りはウソップの当番だった。
「でも何も見えないぜ」
ウソップは文句言ってやがったが
「だからこそしっかり見張りをお願いね」
とナミさんに釘を刺されてしぶしぶ見張り台に上った。
アイツは真っ暗でランプすらねえもんだから、ちょっと怖かったんだろ。
見張り台の下のロープすら、今は夜陰に紛れて見えないだろう。

普段は朝メシの仕込みをしてから眠るので、オレはまだまだちっとも眠くなかった、
甲板に座りこんだが、手持ち無沙汰だった。
タバコに火を点けようとして、やめた。
「おい」
唐突に闇の中から声を掛けられたから一瞬びびったが、今は見えない緑頭のヤロウの声だった。
「あんだよ、てめえのことだからグースカ寝てやがるかと思ったぜ」
「うっせェな。おい、どっちが船尾だ」
「……住処で迷うなよ」
「見えねえんだよ」
「毎日暮らしてりゃ、普通は手探りでも迷わないもんだぜ。てか、船尾で何すんだよ、便所かよ」
「いや、素振り」
「あの串団子でか」
「そうだ」
「アホか。テメエみたいなのは暗闇ん中でうっかり海に落ちんぞ。こんな時くれえ大人しく船室こもってろ」
「こんな早い時間に寝れっか」
「いつも真っ昼間から寝てんだろうが!」
どさっと、すぐ隣りにゾロが腰を下ろしたようだった。体温が伝わってくる。そんなことも、その晩はいつもより敏感に感じ取れた。
「退屈だな」
見えないゾロに向かって話し掛けた。
「おう」
闇の中から応えが返ってきた。
何故か、その時だけは、不自然でなく、もうずっと言おうと思っていた話を切り出すことが出来た。
「なあ、ヤんねえ?」
お互いの姿が見えなかったせいだろうか。
全然平気だった。
「なんでだ」
ゾロの声も普通の調子だった。
「何を」という疑問ではなく、「何で」と尋ねる疑問であったことがオレを救った。
「なんでも。ヤりてえから」
「そうか」
短い返事のあとに、でかい手で腕を掴まれた。
見張り台の上にはウソップがいる。
でもこちらが見えるはずもない。
その場で少しだけお互いの身体を触りあったが、声や息遣いが気になって、格納庫へ移動した。格納庫の扉を開けると、その中は当然甲板の上以上に暗闇で、扉を閉めると、ますます闇は濃くなった。圧し掛かるような、暗闇だった。
服、脱ごうぜ、と言ってオレはどんどん自分で服を脱ぎ出した。
ゾロは面倒だったのか、ズボンだけを脱いだようだった。アイツが覆い被さってきたとき、それに気付いた。
おまえ、今、どんだけ間抜けな姿だよ。
見えないだけに余計おかしかった。
手探りでやたらムキムキしたうぜェ背中を辿ると、腹巻もまだ巻いたまんまで上のほうにたくしあげてるから、ますます笑った。
顔と顔が近付く。
体温が近付いたことでそうだと分かる。
相手の唇がどこにあるのか、どうして分かるのだろう。
あとほんの少しでキスする、という寸前で、ゾロの動きが止まった。あと少しだ、あと少し……
息が触れるほどの距離の近さに、オレは歯を食いしばった。
今にも、溜め息が漏れそうだった。
ああ、と胸の奥からの溜め息が漏れてしまいそうだった。
分厚い唇が触れた。
軽く重ねられたあと、ぐっと押し付けられた。オレは思わず唇を弛めた。その隙間から舌が差し入れられた。前歯の上をなぞるように舐められる。思わず、口を開いた。
びりびりと全身が痺れるようで、力が抜ける。
手足が震えて冷たかった。だけど頭の中だけがやけに熱い。
まるで、不安な時に似ていた。
これからイヤな怖いことでも起こるみたいな、そんな気分だった。したいことをするだけだというのに。
暫く舌を吸われたあとに解放されて、ああ、と堪えていた溜め息が、思わずこぼれた。
それが、最初の晩。

ゾロとのセックスは悪くない。
意外なことに丁寧で、相手をたのしませようと気ィ遣ってんのが分かる。
いつも真っ暗闇のなかでするから、どんなツラしてやがるかは見えないが、あの武骨な男がこんなセックスをするのかと思うと、本当に、意外だ。
誘うのは大抵オレからだけど、ゾロだって拒みもせずについてくるのだから、それなりにイイんだろ。
こんな海の上だ。
このぐらいの娯楽は不道徳のうちにも入らない。
「慣れてんのか」
最初の晩にゾロは訊いてきた。
オレは曖昧に返事せずにしておいた。
慣れているわけがない。
それなのに、初めてのあの晩から、オレは後ろで感じた。痛ェかってアイツは心配してたけど、ちっとも痛くなかった。あっさりしたもんだった。なんだ、こんなものかと思った。
ただ、アイツの唇が近付いてくると、オレは歯を食いしばる。
それだけが苦痛だった。
体温が間近になり、ああ、キスされる、その寸前の瞬間に全身が強張り、ゾロのクソ汗臭いジジシャツを掴む手に、ぎゅうっと力が入ってしまう。ぽっかりと空いた暗闇に、落下するような気分になる。叫びそうだ。きっと、ひどい顔をしているだろう。何も見えない、真っ暗闇であるってことが、有り難かった。
灯かりをつけようと、アイツが言い出しでもしたら、オレはこの関係を終わりにするかも知れない。まあ勿論、そんな話にはならない。アイツは別に明るいとこでする趣味とかは無いようだ。

深夜、運良く曇り空で外が暗かったので、オレはゾロを誘って格納庫にしけこんだ。
今日が闇夜で良かった、と思った。
入り口のドアを閉めるとすぐにゾロはオレの上にのっかってきた。オレは自主的にシャツのボタンをはずす。そのあと、早速オレの乳首のあたりを舐めまわしてる変態剣士のシャツを脱がせる。
「あっ」
でかい手のひらが、ズボンのなかに入れられて、変な声が出た。
慌てて口を塞ぐ。
「おい、手ですんのと口ですんの、どっちが気持ちいいんだ」
「………」
そんなの、口に決まっていた。
だけど、コイツの口ん中に出すのがイヤで、つい射精を堪えてしまうのでわりと苦しい。
手、と答えようとしたのに
「くち」
とうっかり答えていた。
セックスの最中は頭がまわってなくて、困る。
「口か」
股間を握っていた手が離されて、ゾロが下のほうへ顔を移動させる。
オレは慌てて「違う」と言おうとした。
だが実際には切れ切れに変な声が出ただけだった。
ぱくっとそこを咥えられると、もうそれだけでイきそうになる。オレは太腿に力を入れて我慢しようとする。その腿の内側を、宥めるようにゾロが撫でる。
「力抜けよ」
下腹のあたりも、あやすように撫でられた。
ああ、と泣き声のような声が出た。
2度、口だけでイかされた。
2度目は本当はある程度まで煽ってあとは挿入するつもりだったみたいなんだが、後ろの穴に指入れられながら前を舐められて、もうわけが分からなくなった。あいつが中に入ってきたときには、既にへとへとだった。

暗闇の中、今日ばかりはなかなか服を着ないで寝そべっていた。
アイツはそれをオレがへばったからだと受け取ったようで、つきあって横に座っててくれる。いつも乱暴なことばっか言いやがるが、結構優しい男だ。
「タバコ……」
そう言いながらようやく身を起こした。
壁に背を凭せ掛け、手探りでシャツを探した。あった。ポケットに箱とライターを見つける。
火を点け、吸った。
「ここには火薬もあんだ、気をつけろよ」
ゾロが言った。
「そんなヘマしねえよ」
タバコの火は赤く、ほんの僅かな周囲だけを、小さく小さく照らす。
赤い火だけが暗がりに浮いて流れるようにも見えた。すぐ近くを摘む指先までは照らさないのだ。
ふと、体温が近付いた。
キスされる、と思った。
オレは目を閉じる。静かに伏せたのではない、反射的にぎゅっと瞑ったのだ。見ていられないというように。
唇と唇が触れ合う寸前、何も見えないのに、その寸前の距離は体温で分かる。あと少しで触れる、あとほんの少しだけで、触れる。
もう時刻はとうに夜明けに近い。
今日はゾロの誕生日だった。
オレはそのことを誰にも言っていない。今のところ、多分それを知っているのはオレだけだ、と思う。
ずっと前、コイツらと仲間になったばかりのころ、オレはコイツに年齢を尋ねた。そしたらタメだったから、悔しくて今度は誕生日を聞いた。数ヶ月だけでもいいから、こいつより年上だったら良いと思ったのだ。ガキっぽくてアレなエピソードだが、オレにとっちゃ重大な話だった。
11月、とこいつは答えた。
何日、と訊いた。
11日、とまた答えた。
なんだそりゃ、縁起良さそうな日付だな、と言った。
それだけの話だったのに、忘れなかった。
思えば、あの頃から、好きだったのかも知れない。

この船のクルーは全員、イベントを喜ぶ。
全員の誕生日に、オレはとびきり美味いもんたくさん作ってやった。皆ではしゃいで、いつも終いにはただの馬鹿騒ぎになるのだが、楽しいもんだ。こんな暢気な海賊船が他にあるか、と思いながらも、とても誇らしく思う。
けど、今日だけは、作らない。
誰にも、話す気はない。
コイツが自分から話すようには思えないし、いつか誰かがコイツの誕生会だけしていないと気付いて騒ぎ出すまでは、これは、オレだけの秘密だ。

窓の外はまだ暗い。
タバコの火、とオレは思った。
こんな些細な灯かりさえ、怖かった。
全身が強張り、まるで恐ろしいことでも起こるかのように、オレは歯を食いしばる。
あと少し、あとほんの少しで、唇が触れる、この僅かな距離に溜め息が出そうになる。
ああ、ああ、どうか神様、と胸の底から、堪えきれずに、震えるように。





05/11/30

間に合った!(笑)
ほんとはリレーを更新しようと思っていたのですが、11月ラストの今日にゾロ誕短編書いたりしたらちょっと小粋じゃないかしら?とか思いついて慌ててやらかしてみました。
ワード開いてから考えた話なので、ホヤホヤ感があります…。