ミルキー スピン



相変わらず金髪のグルグルは元気だ。
グルグルはなおらねェし、アホもなおらない。毎日ひとの手ばっか焼かせやがる。
どっからあの体力がわいて出てんだか見当つかないが、せんせー、せんせーとひとのまわりをちょろちょろしやがって。全く始末に負えない。
あいつは物理の時間になるとうつろな目をして落書きをしている。
化学の時間になると嬉々としてわけのわからない薬品を調合して冗談のようにあやしげな煙を試験管から噴出させたりする。手におえないアホだ。

金髪は天文部の部員だ。天文部の部員の殆どは女子だ。あと、残念なことに、顧問はオレだ。
あいつはアホの上に女好きで、しょっちゅうそこらの女子にメロメロわけわかんねえこと言って絡んでる。あいつは女に嫌われてはいねェから、別にいいんだろうとは思うけど、ガキだ。
金髪は企画好きだ。
あれこれ理由をつけてはイベントを設け、女子を喜ばせている。
先月は部員のひとり(もちろん女だ)の誕生日だからと言って川原でバーベキューとかしたし、7月に入ってすぐくらいに今日は半夏生だと言ってたこ焼きパーティーを開いていた。半夏生自体、マニアックすぎて意味が分からねェ。
アホかと思うのだが、部員がやりたいというものを無闇に止めさせるわけにもいかず、不本意だが毎回つきあわされている。

そんな金髪が今日を逃すわけがなかった。
七夕だ。
天文部的には非常においしい年中行事と言えるだろう。
星の観測の口実になるし、いかにも女が喜びそうなイベントだ。学校に堂々と夜遅くまで残ってられるチャンスでもある。ほんと、ああいうアホに限って学校好きなんだよな。勉強はちっともしねえけど。
それでもまあ、自分とこの部員が楽しそうにしてんのは悪いもんじゃねえ。つきあうことにした。といっても最初から「つきあわない」という選択肢は顧問のオレには与えられていないのだが。

ところが。
夜八時集合、というあまりに遅い時間帯が仇になったか、部長のナミが私は行けない、と言い出した。
金髪はあれこれ言ってとりなそうとしたようだが、ナミは首をたてにはふらなかった。
そうなると、女どもっていうのは不思議なもので、わたしもいけない、わたしも、と櫛の歯が欠けるかのように次々に不参加を表明しはじめ、あっという間に女子部員の参加者はゼロとなってしまった。
ちなみに天文部に女子じゃねえ部員は、金髪ひとりだけだった。
そんなわけでオレは今、金髪と二人きりで屋上にのぼり、星を見ている。
立場上こう言っちゃなんだが、星を見るなんて趣味は全くないので非常に退屈だ。それは金髪も同じことだろう。奴は女にメロメロするばっかりで、星になんかまるで興味が無い。それはそれで見上げた根性だなと思う。
金髪は、屋上の手すりに顎をのっけてふてくされていた。
「つまんねえ」
静まり返った屋上に、金髪の声だけがむなしく響いた。
なんか適当に望遠鏡を覗いている。
「しかもなんも見えねェし!」
「・・・・・・子午線にあってねェんだろ」
見かねて横から手を出した。
「あ?」
金髪は、言ってる意味が分からねェってツラをした。どうでもいい。昼間コンクリの上につけておいたしるしを見つけ、望遠鏡の位置をあわせてやった。
「おら、見えるぞ、なんか、星とか」
あからさまに興味の無さそうな発言をしてしまった。
「え、ほんと?」
ぱっと顔をかがやかせて金髪がオレの手元を見る。
場所をかわってやった。
「おー、ほんとだ、なんか、あれ、あれが星か、しろっぽいの」
「たぶんな」
「へえ」
すっげえな、せんせい、と金髪がひどく感心した声をあげた。
その声さえも、ひとけのない学校の敷地いっぱいに広がる静寂には勝てない。
白い、細っこい手首がファインダーを叩いている。乱暴に扱うので心配だったが、どうせ学校の備品なので放っておくことにした。
「なあ、どっちが天の川」
「ああ・・・・・・望遠鏡で見るより肉眼で見たほうがはやいんじゃねえの」
「えー」
さらりと金色の髪が流れる。
こちらを向いた金髪は、空じゃなくて、オレを見てる。
「せんせー、詳しいね」
にや、と笑ったその口許は、危険だと思う。
全然詳しくなんかねえ。一般常識の範囲内でしか知らない。高校の理科の教師としては、標準以下だろう。
いつもつるんでる鼻がいないので、今日のこいつは、なんだか浮いている。
「せんせい、カッコイー」と言ってげらげら笑うやかましいその声も、吸い込まれるように、どこかへ消えていく。
「オレさ、ナミさんも好きだけどさ、せんせーも好きだぜ」
あ、と思ったときにはもう遅かった。
顎の辺りに、ふ、と温かい湿った空気を感じたと思ったら、次の瞬間には唇が重なっていた。
そして、すぐに離された。
思わず呆けてしまった。
学校のなかには誰もいない、ということを唐突に思い出した。もしかしたら前庭の初代校長(多分)の銅像あたりが校庭を走ったりしてるかもしれないが、さしあたって、目の届く範囲内には誰もいない。
金髪はいつも通り、はしゃいだツラでオレの反応を待っている。
何しやがる、と言って怒鳴れば良かったのだ。アホかと言って追いかけるふりでもすれば良かったのだ。そしたら大喜びで金髪は屋上を逃げ回っただろう。
だが、うっかりあけてしまった間髪のために、今更身動きできなくなった。オレが怒鳴りも追いかけもしないものだから、金髪も微妙な時間経過を、逃げ出すきっかけを見つけられずに立ち尽くしている。
膠着状態だ。
なんだこりゃ、やべェ、と思いつつも、目の前で突っ立ったままの金髪の後ろあたまを撫でてみた。初対面のとき、こいつは思い切りあたまを打っていた。あの時の衝撃でまだ正気じゃないんじゃないだろうか。
すると、何故か金髪が目を閉じた。
何考えてんだ、と飽きれたが、きゅ、と結ばれた口は震えている。
急に、なんとも言えねえが、こう、たまんない気分になって、そのとんがった唇にキスをした。
心臓が止まりそうだった。
「おい・・・・・・」
わけもなく、オレは金髪を呼んだ。はやく目をあけろ、と思った。
青い目が開かれた。暗がりでも分かった。
途端に金髪は走り出し、屋上の端まで逃げてゆき、後片付けも、荷物も、何もかも放り出したまま、遠くから
「せんせー」
と叫んだ。
その声は、いつものあの笑い出す直前の声音だった。そしてすぐに騒々しい笑い声が響いた。凄い勢いで外付けの階段を駆け下りる足音も。
どん、がん、と大きな物音がした。
1階の出口は閉じているから、2階の踊り場から飛び降りたのだろう。
屋上から覗き込むと、校門へ向かってかけていく金髪のあたまのてっぺんが見えた。
「おい」
オレは大声を出した。
「車に気をつけて帰れよ」
金髪は大きくこちらへ手を振って、うん、とか、ああ、とか了解の合図を寄越した。
まるっきりガキだ。
ああいうのが2、3年もするとすっかりいちにんまえになってたりするのかね。今はどうもそうは思えないが。
生暖かい感触の残った口を手の甲でぬぐった。
ばれたらクビか辞職を余儀なくされたりするのかも知れないが、舌は入れなかったのでセーフだろう。
そうだ。
ばれたら、あいつにも「先生は舌は入れませんでした」ときちんと証言させてやろう。
星には興味がないので、てきぱきと望遠鏡を片付けながら決意した。



06/0707


cheaperのたきさんと「七夕だし、天文部書こうぜー」と盛り上がって書いてしまった一品です。
スーパースピンのゾロサンは大人の都合により教科や部活などをころっと変えたりします。ご了承下さい。
cheaperさんにも天文部があります。
七夕って毎年天気悪いですね。