a day on a tight rope



黙って立っていればとても素敵、と昔からよく言われた。
言われるまでもなく、大抵黙って立ってる。したいこともないし、出来ることもないし、何も考えてない。
そんな手合いを都合良く思う女は少なくないようで、食うにはあんまり困ったこたァ無い。もうすぐ30になるが、仕事とかしたことない。ようするにヒモって奴なんだろう、オレは。
サンジに会ったのは、飲み屋でだった。
初対面なのにやたら擦り寄ってきたかと思うと、そのまま口説かれて、何もしなくていいからと奴のマンションに囲われてる。
男かよ、とも思ったが、女より稼ぎがいいし、束縛も少ない。
まあ束縛されたからって困るほどの目的意識も無いのだが。


サンジは売れっ子のコックらしい。
自分でそう言ってるから、そうなんだろう。
トシはオレと同じみたいだが、朝から晩までよく働く。その上家事も手を抜かない。2LDKの部屋のなかはいつでもピカピカだし、服にはちゃんとアイロンがあたってるし、何よりべらぼうに旨いメシを作る。
あれが食べたい、これが旨かった、と言えばどんなに手間のかかるものでも嬉しそうに作るし、幸せそうに食わせてくれる。
そんで最初の約束通り、オレは何もしなくていい。
料理も洗濯も仕事も。
まあ、するべきことは無くもない。
仕事から疲れて帰ってくると、サンジはオレに擦り寄って、シャツに顔を埋めて犬か猫みたいに匂いを嗅いだり、そのシャツを剥ぎ取ってオレの身体を眺めたりする。
「いいカラダしてんなぁ、おまえ」
裸の胸の上に顔をのっけてるサンジの、呼気は熱を帯びている。
ふう、と熱い息を吹きかけられると、さすがに腹のあたりがひくひく動いてしまう。それを見るとサンジは喜ぶ。そしてひくひく動く腹の上を、さも好ましいとばかりにうっとりしながら舐めるのだ。
その間、髪を撫ぜてやったり、背中をさすってやったりする。
そうしてやるとサンジは目を細める。
これが、一日のうちでオレが役立ってやることの全部だ。
あんまり舐められると勃起してしまうが、そしたらサンジが手や口や、たまにはケツを使わせてくれて、抜いてくれる。
ケツに入れると、サンジは
「アッ、アッ」
と女のような声を出す。
細い背中を限界までそらして、ぶるぶる震えながら射精する。
サンジが精液を飛ばすのを見ると、ああ、コイツは男なんだっけな、と思って萎えそうになりながら頑張る。ああ、コイツは男なのに、どうしてオレのために、こんなに何でも出来るのか。
オレにはとても真似出来そうにない。


おまえは何もしなくていい、かっこいい顔見せてくれりゃあいいんだよ、とサンジは言う。
そうかと思うとおまえなんかカラダだけの男だ、と罵倒されたりもする。
総合して判断すると、奴はオレの外見が好きなんだということは、間違いないんだろう。しょうもねェ変態だと思う。
アイツはテレビに出てる女優とか見ては「綺麗だ」とか「かわいい」とかぬかすくせに、家から外に出ればそこいらの女にも同じように媚び売りまくってるくせに、ウラではこうやってオレみたいなガタイのいい男をかこってるんだから、本当に人間の心ってゆうのはわからないものだ。


「何か欲しいもんとか、無いか」
おずおずといったふうにサンジが言う。
仕事から帰ってきて、オレのためにメシをつくって、遅くなってすまねえとか言いながら、疲れきった顔でそんなことを聞く。
「何もねェ」
メシを食うのに忙しくて、一言で即答したら、サンジは
「そうか」
と頷いてお茶をいれてくれた。
それがどうしてか寂しそうに見えたから
「時計」
と言い直した。他にねだるようなモンが思いつかなかった。女はそういうもんを買ってくれたな、と思いだした。
「時計か?」
途端にサンジがはじめてのおつかいに成功したガキみたいにうかれだすから、ビックリしてオレは慌てて訂正した。
「いや!やっぱ時計はいらねえ!」
そうだ。
時計には馬鹿みたいに高価なのがあったと思う。だから駄目だ、時計は。絶対こいつは馬鹿みたいなすんげえ時計を買ってくる。そんな真似させられっか。
「じゃあ何だよ」
殆ど眉をハの字に下げてサンジはオレの答えを待っている。
仕方なくなったオレは「自転車」と答えた。
この家にあるオレの持ち物なんて自転車くらいで、他には何も使い道のあるものなんて無かった。あとになって考えたら服とか言ったら良かったんだろうが、その時は思いつかなかった。車は免許持ってねェし、別に行きたい場所もねェ。
だが、その答えはマズかった。
今オレが使ってる自転車は、先月サンジが買ってきてくれたばかりのものだったのだ。
アイツは考えて考えて、一番オレが喜びそうなものを選んできてくれたつもりだったらしい。
「アレ、もう気に入らなくなったか?」
そうじゃねえ、と思ったが、そうじゃねえ、と言えば何故自転車を欲しがったのかの説明をしなければならなくなるだろうし、実際全く理由なんかなくて自転車を欲しくすらないのだから返事のしようがなくて、オレは
「うるせェな」
と言った。
アタマがごちゃごちゃして、まとまんなかった。
サンジは泣いた。
「もう疲れた」
と言い出した。
オレだって疲れたし、どうしていいかとか思いつかなかった。


泣き腫らした目で、サンジはオレを裸にしてじろじろ見る。
はあ、と熱い息を吐いて、オレの胸を舐める。
「ごめんな、疲れたんだ、疲れたんだ、許してくれるか」
おまえは居てくれるだけでいいんだ、おまえに何でもあげたいんだ、とサンジが言う。
オレには、欲しいものなんかないし、何も考えてないし、出来ることも無い。
まあ、出来ることは無くもない。
オレはサンジの股の間に手を突っ込んで、揉んだり、さすったり、舐めたりした。
サンジは
「アッ、アッ」
って女みたいな声を出した。
そんで自分で声出してるくせに
「隣りに聞こえる」
って何度も気にした。


オレは別に、役に立ちたくないと思って、何もしてやらないわけじゃない。


翌日サンジと一緒に自転車を買いに行った。
一番安いのでいいと言った。
サンジは複雑そうに、一ヶ月前に買った新品の自転車を捨てて、9千8百円の自転車を買ってくれた。
その自転車は後ろについた荷台がしっかりしてそうな印象で、とても良かった。
帰り道、サンジをその荷台に乗せた。
腰に回された手が、腹がたつほど震えていた。
少し乱暴にペダルをこいだ。するとサンジはますます強くしがみついてきたが「やめろ」とは一度も言わなかった。
自転車と一緒にケイタイも買って貰った。
最初に店でつけてくれたメルアドを、そのまま変えないで今でも使ってる。だからすげえ覚えにくくて自分でも覚えてない。
その日から、サンジが時々メールを寄越すようになった。
毎日家で会ってるのに、変わったヤロウだと思う。
「冷蔵庫にメシはいってるから」
「今日かわった客が来た」
「遅くなる、ごめんな」
「電車が混んでる、イヤになる」
どうでもいい内容ばっかりだ。
そんで帰宅すると、サンジはそのメールについて
「なあ、たくさんメールしてごめんな、退屈でさ」
と、オレの顔色を窺ってくる。
きっと返事を出して欲しいんだろう。
今度メールを貰ったら返事くらいしてやってもいいか、と思いながら、面倒なのでまだしていない。あんな小さなボタンをいじくるのはやっかいだ。
そもそも、何を言ったらいいのか、思いつかない。
たまには何かしてやろうと思って食事をつくってやったが、目玉焼きしかつくれなかった。しかも焦げた。冗談みたいな出来栄えだった。
それなのに、あいつはものすごく幸せそうに、「ありがとう」と何度も言った。
「なあ、ゾロ、オレ、おまえのために何でもしてやりたい」
と。
オレは無性にムカついて、うるせェな、と言った。
こんな、焦げた目玉焼きなんか、捨てればいいんだ。
こんなことで喜ぶことないんだ。
どうしてこんな男のところに居るんだ、オレは。
もう二度と何もしてやるまいと思った。どうせあいつはオレに何一つ望んでいないのだ。


時々、仕事でもしようかと思う。
仕事でもしてこの部屋から出ていって、まともに暮らそうかと思う。
でもそんなことを言えばサンジは泣くだろうし、疲れた、蒼褪めた顔で
「行かないで」
と腹でも胸でも舐められたりしたら、オレはきっとどこにも行かないだろう。
オレは別に、役に立ちたくないと思って、何もしてやらないわけじゃない。
ただ、あいつが何もオレに望んでいない、それだけのことだった。



タイトルの中で「a」を重ねるのが好きなのです……

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