欲情レッスン



駅前に立ち並ぶビル。平日の日中も賑わっている場所であるが、夕方ほどになれば一日の勉強を終えた学生達が、道を埋め尽くす。
ビルの中には若者向けのテナントがぎっしりと所狭しと詰め込まれていた。慌しい流行の曲が流れ、若く高い声の学生たちが、笑いながらそこを通り過ぎる。しかしその最上階には、そこまでの階と打って変わって、穏やかな空気が流れる。

服やアクセサリーの代わりに陳列されているのは、楽器だ。

ここは『グランドラインミュージック』。ピアノ・ギター・ベース・ヴァイオリンにウッドベースなど、たくさんの楽器が立ち並ぶ楽器屋だった。そして楽器を売る他、ここでは各楽器のインストラクターがレッスンを行っている。それはピアノであったりサックスであったり、ボイスレッスンなどにまで及ぶ。
特にこの店の客は、友だち同士でバンドを組んで活動している学生が多いため、店の奥にあるレッスン室や練習スタジオがよく利用されていた。店員たちもインストラクターとまではいかずとも、秀でた楽器の経験者であるので、楽器や音楽初心者の学生たちはこぞって相談を持ちかけた。若くフレンドリーな店員達は、友だちのようだと客に人気がある。
そんな店員が立つカウンターのそばにある椅子に、金髪のガラの悪そうな店員が座っていた。
「ナミさーん、一緒に組もうよー」
カウンターで納品処理を行っているナミに話しかけているのは、ギター担当のサンジだった。ギター担当とはいえ、店員はオールマイティに楽器をこなせるように研修を受けている。
「サンジくんが、ヴァイオリンサロンの生徒増やしてくれたら考えるわ」
今サンジは、自分とデモ演奏をしてくれる相手を探している。今度の日曜日、店のイベントとして店員達が店頭で演奏をするのだ。自前のギターのチューニングをしながら、サンジはため息をついた。演奏はもうすぐだというのに、サンジはまだ相手が決まっていない。ヴァイオリンサロンの講師であるナミは、その日その時間にレッスンがあるおんでダメらしい。
「別に店員じゃなくてもいいじゃない。ほらあの子、なんて言ったっけ?いつも夕方ピアノ弾きに来る高校生」
何気ないそのセリフに、サンジはドキッと心臓を高鳴らせた。
「あの子と組めばいいじゃない。懐いてるみたいだし。ついでにピアノサロンに誘ってよ」
生徒数少ないのよねーとデータを見ながら呟くナミに愛想笑いをして、サンジは席を立った。試し弾きを終えたアコースティックギターをギタースタンドに立てかけて、ゆっくりとピアノが展示されている場所へ足を向ける。

ナミが言う「あの子」とは、ゾロのことだ。
ゾロとは、近くの高校に通う高校生のことで、いつも学校が終わるとふらりとこの楽器屋に寄って、ピアノを弾いていく変な男だ。明らかに体育会系な体つきのくせして、鍵盤の上を滑る指は繊細で美しい。ピアノは範囲外のサンジから見ても、プロ級だろう。ピアノサロンの講師であるビビも思わず拍手してしまうほどなのだから。
(あいつなー上手いんだけどな)
埃のついたエプロンを叩きながら、サンジは歩く。学校帰りの学生たちが、陳列されたバンドスコアを持って何やら話し合っているのを見かけた。きっと学校祭で何を演奏するのか決めているのだろう。見知った顔の学生たちに軽く挨拶して歩けば、ギターを背負った学生たちは嬉しそうに手を振ってきた。
(こんぐらい可愛げがあればいいんだけどね)
はあ、とため息をついたとき、耳に聴き慣れた音が響いてきた。

「お客さま、こちらは商品ですので、練習用ではないのですけど」
掃除用のハタキを持って、サンジはその音を作り出している人物の背後に回った。それでも演奏は止まらない。
滑らかに指が動き、それが瞬く間に美しくも切ない旋律を紡ぎだす。今日のテーマはなんだろう。憂い?
「お前、ラヴェル好きだったっけ」
「いや、リストの方がどっちかっつーと」
弾きながら答えたその声は、低くて、本当に学生かと疑うほど大人びていた。そして相変わらず愛想がない。
「なんでラヴェルなんて弾いてんの」
「意味なんかねえ」
ゾロは演奏をぶっきらぼうに打ち切り、背後のサンジに向き直った。
「ただ、今度うちに来る客がラヴェル好きなだけだ」
家に来る客人にピアノを弾いて聴かせるとは、なんとも高貴な家柄だ。なので、返答が思い浮かばないサンジは「ああ、そうなの」と気のない返事をするしかなかった。
「お前、確かクラシック以外もいけたよな?」
「まあ、楽譜があれば初見でできる」
「嫌なヤツ」
自分はギターならともかく、初見での演奏なんて出来ない。しかしゾロにとってはそれが普通のことなので、特に嫌味でもないようだ。
こいつはそういう男なんだと、サンジは気を取り直して向き直った。
「お前さー、今度の日曜空いてる?」
ピアノ専用のクロスを取り出して、ゾロに手渡す。彼は律儀に自分が使ったピアノの鍵盤の指紋を拭った。
「特に何も」
「なら、俺とデモ演しねえ?今回は俺、ヴァイオリンなんだけど」
ゾロが少しだけ目を見開いた。そうすると大人びた顔が、一気に年相応の表情を取り戻す。サンジはその子供っぽい表情が好きだった。可愛いからだ。
サンジはギター担当だったけれど、ヴァイオリンもインストラクター級に上手かった。今回のデモ演奏では、ヴァイオリン講師のナミが出られないため、サンジが代役という形になっている。
「デモ演だから、そんな大々的なのでもないし、二・三曲だし。その後メシでも奢るからよ」
どうせやるなら、プロ級のゾロと演奏したほうがいいに決まっている。ゾロとは以前一度だけセッションしたことがあるのだが、あのときの興奮をサンジは今でも忘れられない。
サンジが弾く弦の音に素早く反応して、ゾロのピアノの音色が変わる。サンジが崩れればゾロが支え、逆にゾロが崩れればサンジが支える。煽り煽られ、高め合い奏でられる二つの音源は、宙で絡み合って絶妙の音を作り出していた。満足以上の、幸せすら感じたあの演奏をもう一度できたらと。
「お前のメシがいい」
ぶっきらぼうだが、それでもその答えに満足する。緑色の頭をぐりぐりと撫でて、サンジは笑った。
「おし!任せろ!!」
そう言うと、サンジはゾロの腕を掴んで彼を立ち上がらせた。立ち上がると、ゾロはサンジよりも少しだけ背が低いのが分かる。ゾロの方がガタイがいいから、どうしても自分より大きな印象を持つけれど、こうして目線の違いを感じれば、サンジは内心にんまりとしてしまう。
「なんだよ?」
立ち上がらせたまま腕を放さないサンジを見上げて、ゾロは訝しげに眉を寄せた。
「練習、しよーぜ?」
あの快感を呼び覚ます、熱い演奏を。
サンジは薄く笑った。

レッスン室は各楽器ごとに分かれていて、その他に個人練習室がある。そこは有料で貸し出されているので、誰でも気軽に借りて個人練習ができる上に、ピアノとメトロノームやチューナー、アンプまでついているというサービス満点の部屋だ。希望者にはマイクも貸し出される。もちろん防音設備もばっちりだし、カーテンもかけられるので、プライバシーも守られる。飲食は禁止だが。
「でも、セックスは禁止とは書いてねえんだよなこれが」
「っくそ!このアホ店員が……っ」
壁に背を預け、足を投げ出した状態で座り込むゾロの太ももに乗り上げて、サンジは笑った。上から押さえ込まれているので、たとえ上半身を動かせても大した力が出ない。ゾロはサンジに拘束された形になっている。

練習という口実で呼び寄せた個人練習室に、店員だけが持っている鍵をかけ、カーテンを引いた。ナミには秘密の特訓と伝えてあるし、めったに使われない奥の方の個室を選んだので、誰もこないだろう。
最初は二人でピアノとヴァイオリンで合わせて練習をしていた。軽く流す感じの音合わせだ。演奏する曲目は決まっていないから、二人がわかる簡単な曲を何曲か練習した。やはりゾロとサンジの相性は抜群のようで、サンジは自分の演奏とゾロの音にうっとりと酔いしれる。
そしてある程度練習を済ませて、ゾロが休憩しようと床に座り込んだら、いきなりサンジが太ももに乗り上げてきたのだ。そして今に至る。
「やっぱりさー下手なセックスよりも、燃えるよなー演奏って」
うっとりしながらサンジはつぶやき、さっきまで正確に二人のリズムを取っていたメトロノームを見つめて、そしてゾロを見下ろした。
「そう思わねえ?俺との相性抜群だろ?」
「アホか!」
へらへらと笑っているわりに、サンジの手はさっきからゾロの股間をさ迷っている。
「まったまたー!お前も興奮してんじゃん?」
ぎゅっとそこを握れば、ゾロはうっと息を詰めた。ゾロとて身体は大人のそれでも、まだまだ高校生という若者なのだ。快感に弱いのは当たり前で。
「馬鹿やってんな!」
「いっつもしてることだろ?何を今更」
ゾロとサンジはいわゆるそういう関係だった。付き合い始めたのはごく最近で、告白されたのはサンジだ。まさか男に告白されるとは思わずとも、ゾロならいいかーと簡単に受け入れてしまったのもサンジだ。サンジとてまだ若い。 高校生ほどの精力はないものの、まだまだやれるものならやりたい若者なのだ。
しかし、音楽一本で純情一直線のゾロは、そんなサンジにいつも度肝を抜かれている。硬派な彼の外見の通り、ゾロは初心だった。
「いいじゃん久しぶりだし」
な?と額にキスをしてやれば、ゾロは眉間に皺を寄せて黙った。ゾロはキスが好きだ。
ちゅっちゅっと音を立てて顔中にキスを落とし、その間に制服のズボンのファスナーを下げる。熱く滾ったそれを取り出して、直に掴んだ。
「っ……」
「さすが若者」
「っるせ!」
やわやわと性器を揉みしだいて、サンジはゾロの唇にキスをした。少し開いた唇に舌を差し込んめば、負けじとゾロの舌が絡み付いてきた。初心なくせに、負けず嫌いだ。サンジは内心笑って、けれどこの初心な学生の熱情を思って快感に腰を揺らした。


「ん、ああ……ゾロ、もっと……っ」
明らかに楽器の奏でる音とは違った粘着質な音が、防音設備が整った部屋に響く。サンジはゾロの腰に跨ったまま、腰を上下に動かしていた。エプロンが外されないままシャツだけを肌蹴られ、上気した肌が見え隠れする。
「あ、あ、んあっ」
ぐちゅっと音がして、中を抉られたと同時に、エプロンの隙間から覗いた乳首に噛みつかれた。ゾロは額に汗を浮かばせながらも、サンジの腰に手を回して、容赦なく突き上げていた。ガツガツと音がしそうなくらいに激しい突き上げは、サンジの思考を簡単に吹き飛ばした。
「オラ、エロ店員、自分のくらい自分で弄れ」
そう言って、ゾロの首に回されていた片腕を外し、それをサンジ自らの胸元に押し付けた。
「やっ……」
「やじゃねえよ。散々人のことからかいやがって。そんなに気持ちよくなりたいんだったら、自分でしろよ」
白い胸板はしっとりと濡れていて、震える指先につつましく立ちあがった突起が触れた。柔らかくて弾力があって、懸命に己を主張するように立ち上がっている。
「こっちは俺が弄ってやっからよ」
「あぅっ!」
乳首と同じくらい立ち上がって震えている性器を握られて、サンジは身体を跳ね上がらせた。少し浮き上がった腰に、すかさずゾロが性器を下から叩きつける。
「やあッゾロ待っ……」
無意識に自分の乳首を押しつぶし、快感を貪っているその姿は、とてもいやらしくて、若年者のゾロには刺激が強すぎた。
「あああっ」
ぐっとサンジの中で性器が膨らんだのが、自分でもわかった。サンジは快感に耐え切れないのか、ぽろぽろと涙を流している。それにも構わずに、ゾロはサンジの腰を掴み、かき混ぜるように抉った。
泡立つ音と、肌同士がぶつかる生々しい音、それに水音。淫猥な音が響く中、ゾロは向かい合っていたサンジの向きを変えた。ゾロの胸にサンジの背がぶつかるような感じに。そしてサンジの片足を持ち上げて、ピアノ用の椅子の上に置く。
「な、に……?」
もっとというように背後を振り向くサンジに笑って、ゾロはそのはれぼったくなった唇にキスをした。
「いや、どうなってるのかと思って」
「どうって……っ」
ゾロの目線の先を追ったサンジは、その先を目にして思わず硬直した。
目の前には、何故か鏡。きっと姿勢を正すチェックに使われる鏡なのだろう、ご丁寧にも全身が映るタイプのものだ。
そこにゾロとサンジがばっちり映っている。正確には、サンジのあられもない姿が。シャツを肌蹴け、ズボンを脱ぎ捨て、快楽に顔を歪ませている卑猥な光景。
「ちょっと……っ」
「お前のここ、どうなってんだ?」
この問題がわからない、とでも言う調子で、ゾロは鏡を凝視した。そこには、サンジのエプロンによって隠されている二人の卑猥な結合部が。
「見せろよ」
ゾロはサンジの手を取って、エプロンの裾を持たせた。持ち上げて見せろと言っているらしい。
瞬時に顔を真っ赤に染めたサンジは、もちろんそんなことに従うはずはなく、ぎゅっとエプロンを握り締めるだけにとどめる。しかしそうはいかせないゾロは、中を抉る律動を止めてサンジの乳首をいじり始めた。
「うあ……っちょっと……っ」
乳首だけのもどかしい刺激では、限界まで張り詰めているサンジと言えども、射精までは及ばない。くにゅくにゅと捻り、摘み、押しつぶして、ゾロはサンジを促した。いつもストイックに鍵盤を弾く指が、今はサンジの突起をいやらしく弾いている。サンジの脳裏には、ゾロのピアノを弾く姿が思い出され、今と重なってしまう。そんな快楽に勝てるわけもなく、サンジはゆっくりとそのエプロンをたくし上げる。
「ん……っ」
徐々に映し出されるその光景を、ゾロは思わず喉を鳴らして凝視した。
長く白い足は左右に開かれ、片方は高い椅子の上に置かれている。その中心で充血したように勃ち上がり、快感の涙を零す性器は、限界を訴えるように震えていた。その下に目を落とせば、赤黒い性器を貪欲に飲み込んだ、赤く充血した蕾が。そこはゾロと自分の液でてらてらと卑猥に光っていた。
ゾロは余りにいやらしいその光景に、しばし見惚れたあと、顔を伏せるサンジの顎を掴んだ。
「すげーお前、俺の本当に銜えこんでんだな」
「ん……」
耳元に吹き込まれて、サンジは身震いした。
「見ろよ」
ぐっと腰を動かされて、サンジは思わず目を開いた。その目の前に映された鏡の自分を目の当たりにしてしまい、目が離せなくなる。
「ふっ……」
「オラ、見てろって」
途端に、ズンっと強く突かれた。いきなりの快感に目を見開いたままのサンジは、自分の姿を凝視するしかなくて。
「あ、あぅっ!んあっ……っああっ!」
がくがくと揺らされて、ゾロはラストスパートとばかりに、サンジの腰も上下に動かした。しかしそんなことをせずとも、サンジは無意識に自分から腰を振る。
「ああ、ゾロ!ゾロォ!」
羞恥と快感に顔を真っ赤に染めて、ゾロを振り向く。その熟れた唇に濃厚なキスを与えて、ゾロはサンジの最奥に自分の熱を叩きつけた。同時に、サンジも大量の精液を飛び散らせ、絶頂を迎えた。


「……学生さんは激しい」
「お前が誘ったんだろ」
「俺の方が有利に立ってたはずなのに」
ゾロの太ももに頭を預けて、腰が立たないサンジはぼーっとしながらもブツブツ呟いていた。
「俺のテクにアンアン言わせる予定だったのに」
悔しそうに呟いたサンジに、ゾロはため息をついた。何を言っているのか。
「テメエが快感に弱いんなら、話になんねえよ」
何せ、ゾロを気持ちよくさせる前にいつもサンジだけが快楽を感じているのだから。とはいえ、サンジが感じることで自分も気持ちよくなれるのだから、ゾロ的には構わないのだが。
「年下のくせに生意気」
「年上のくせに弱すぎ」
ふんっとお互い鼻をならしてそっぽを向く。
こんな悪態をついていても、相性はいいということはもちろんお互いがわかっている。
(この調子なら)
今週の日曜のデモ演奏は、成功したも同然だな。サンジはそう一人で笑った。
こんなにも自分を翻弄する指と音があるのだ。成功しないわけがない。二人で奏でる音楽にわくわくした高揚感を隠しきれずに、サンジはゾロにキスをした。

ただ問題なのは、二人があまりに気持ちよい演奏をしてしまったあとの、取り返しのつかない興奮状態だ。練習をしただけでこんな状態なので、本番の本気演奏となるとどうなってしまうのか。
サンジはせめて演奏中の勃起だけは避けたいと、切実に思うのだった。



おわり
printed、2006/10/29 up、2006/12/29 taki

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