ペットボトルシンドローム
(後編)






「サンジ、どっか悪いんじゃないのか?ちゃんと食欲はあるか?」
それは、丁度十時のお茶を皆に用意して、ティーサーバーだけ先に片付けようとキッチンに立った時だった。
トナカイが心配そうにラウンジまでやってきて、一人っきりでシンクに向かうオレに声をかけた。
「……いや?どこも悪くねえよ?何でンなこと聞くんだよ」
思わずトナカイから顔を背けてしまいながらも、ハハ、と笑った。
「ウソつくな、サンジ、その指!」
「あ?」
「むくんでる。だからカップを持ち辛いんだろ、それに顔色が悪い」
「……はは、すげえな、チョッパー、テメエはホンモノの名医だ」
トナカイは必死だ。一生懸命だ。オレは降参して肩を竦めた。
「……なんか寝不足なんだよ、それでだ。疲れがたまってるだけだと思う」
「ほんとか?」
「本当」
「ウソだ」
やけにキッパリとトナカイは言った。
「サンジ、過飲症って知ってるか」
「いや、知らねえ」
「まあ、知らないだろうな、オレも最近知った」
「かいん……どういうことだ?」
「飲み過ぎってことだよ。水分の過剰摂取。原因は色々言われてるけど、要は心因性のもので、しょっちゅう水だのお茶だのを飲んでないといられなくなるんだ。そうしないと落ち着かないんだな。口寂しい、というのと似た感覚なんだろうと思うよ。でも、身体はそんなに水分を必要としてない。だから身体には悪い。昔から、そういう症状があることは知られてたけど、ひとつの病気としてとらえる研究をしたのは、こないだ立ち寄ったあの島の研究者が最初だ。あの島で製造が盛んなペットボトル入りの清涼飲料が、その症状を際立たせていたことから、ペットボトル症候群、とも呼ばれている」
……何だか心当たりのある症状だった。
まん丸の目を精一杯厳しくして、チョッパーがオレを見る。
「サンジは最近、いつもペットボトルを傍に置いてる」
「……そうだな」
「もともと、サンジは煙草を吸いすぎるし、そういうファクターを持ってるんだと思う。そう簡単には治せないと思うけど……ここ最近とくにひどいのは、何か具体的な原因があるんじゃないかな?」
「こ、こ、ここ最近て?」
「サンジ、オレには分かる。こないだの島を離れてからだ、サンジが調子を崩したのは」
オレ、サンジのちからになりたいんだ、秘密は守るよオレは医者だ、とトナカイが言った。
いや大丈夫、と答えるだけで、オレには精一杯だった。



口寂しい、不安になる、物足りない。
苛立つ気分をおさえながら、オレはゆっくりと煙草を吸った。
これは過飲症の症状なのだそうだ。
何かに不満があるからそうなるわけで、何かに満足すれば症状は軽減されるはずなのだとチョッパーは言った。
何かってなんだ。
特に不満なんか無い。ちょっと欲求不満気味なだけで。
いや、それか?
それが原因か?
考えれば考えるほど落ち着かない。
口寂しい。
ペットボトル症候群、という今さっき教わったばかりの言葉と、あの言葉の冠する、一時の安らぎを寄越してくれるペットボトル飲料のことを考え、苛立つ。
これ以上、水を飲んだら駄目だ。確かに健康を害しているのだから。
それもこれも、あのクソ剣士のせいだ。
今日もぐうたら寝てるだけの、あのマリモ男のせいだ。
夕飯の後片付けをしながら、そう言えば、ゾロがまだ食事に来ていなかったことにオレは気がついた。
気が付かなければ良かった。そしたら無視出来たのに。
喰ってない奴がいる、と思うとたまらなくて、オレは仕方なく、本当に仕方なく、バスケットに簡単な食事を詰めると格納庫へ向かった。サンドイッチとシチューとワイン。アイツになんか、会いたくないのに。
錆びた蝶番がギイ、と忌々しい音をたてる。
今夜は、ゾロは起きていた。
ベット代わりのソファの上に座って窓から外を見ながら
「よう」
と声をかけてきた。
「おら、メシだ」
「すまねえな」
ギシ、とスプリングの軋む音がして、ゾロが起き上がってこっちに来ようとする。それを制してオレはゾロのところまでバスケットを持っていった。こうなったら、少しでも早く治って欲しい。そんで前までみたいに図々しくオレを抱きやがれ、クソヤロウ。
ゾロの寝ているすぐ脇に木製の空き箱を運んできて、机の代わりにした。
そこにオレの作った食事を並べてゆくと、ゾロが嬉しそうに手を伸ばす。
屈みこんだ奴の髪からは、男くせェ、あいつの匂いがした。
たまんねェ。
もう何日してないんだろう。
ふと、ゾロが視線に気付いたか、顔をあげた。
「んな目で見るなよ」
迷惑そうに眉間にシワを寄せると、ふい、と顔を逸らす。
「腿の骨折っちまったんだよ、早く治してェから、まだ駄目だ」
「……は?」
「ヤらねえ、つッてんだよ」
「んな……ッ!」
何言ってやがる!メシ持って来ただけだろうが変態!
そう言い捨てるとオレは慌てて船室から走り出た。昼間と同じだ。昼間と同じように、あのクソ剣士はとんでもねえことばっか言いやがる。オレがまるでいっつもアイツとヤりたがってるみたいじゃねえか、いや実際ヤりたいんだけど、でもイヤだ、あんなふうに言われるのがイヤだ、見透かされた、悔しい、あんな奴、やっぱ崖から落ちてくたばっちまえば良かったんだ。

「…………」

いや、くたばっちまえは言い過ぎだ。
役立たずだけど、アイツは仲間だしな。オレよりずっと前からこの海賊団にいる、仲間なんだし。
甲板の端から海を覗いた。
真っ暗だった。
煙草に火を点ける。ゆっくり吸い込む。苛々する。物足りなかった。ふと親指にサカムケが出来てるのを見つけた。噛み付いて、その皮を剥いでいると少し気分が落ち着いた。喉が渇いたような気がして、キッチンに向かおうとして、思いとどまった。どうせ、本当は水が飲みたいわけじゃないんだ。
頭冷やそう、と思ってバスルームへ向かった。
シャワーで頭から水をかぶる。
欲求不満なら抜いとくか、と思いついて、一旦水を止めるとバスタブの縁に腰掛けた。
そろりと自分の股間のモノに手を伸ばす。
なんか、久し振りだ。
そういえばここ最近はゾロとヤッてばかりだったので、自分でどうにかすることなんて、無かった。
……そりゃヤりすぎだろ、もっとたまにでいいだろ。
処理のカンケイ、とか言っときながら、結構ハマってたことに気付いて気恥ずかしくなる。
これはアイツと距離をとる、いい機会なのかもな。
本格的なホモでもあるまいし、年中アイツとくっついてセックス、ってゆうのも、なんか間違いだろ。そうだろ。
アイツも同じこと考えたんじゃないだろうか。
だから、あんなふうに迷惑そうな顔しやがったんだ。
「…………。」
暫く自分で擦ってみたが、なかなかイけなかった。溜まってたわけじゃないんだろうか。でもここんとこシてねえのは確かだし、そんなわけないんだけどな。
もしかして、とイヤな考えが過ぎった。
もしかして、オレはとっくに本格的なホモで、ケツに突っ込まれないと感じないようになってしまった、とかだったらどうしよう。
すげェイヤな想像だ。
でもちょっと心配になったので、試しにケツに指を突っ込んでみた。滅茶苦茶痛かった。オイルとか用意してねえし。いや、そんな万端準備して風呂に来るのもアレだが。
「……くッ」
どうしよう、オレ、いつの間にそんな本格的ホモになってたんだろう。
それもこれも皆、あのむさくるしい男のせいだ。
もうオムコに行けない。
一生おホモ達と仲良くしなきゃなんねーんだ。そんな一生イヤだ。全然余裕でイヤだ。
(……あのクソ剣士め!)
オレを傷物にしやがって!
傷物ってゆうか、ホモにしやがって!
それなのにオレが近づくと迷惑そうなツラしやがって。オマエに責任感とかはないのか。明日の朝食はマフィンと野菜のスープ。卵を焼いて、ヨーグルトにジャムを入れよう。あとはマリネとか余りもんを適当に付ける。仕込みは全部済んでいる。万全だ。オレはクソ剣士のところへ一言抗議に行くことにした。抗議つうか、オロす。いっぺん、こてんぱんにオロしてやる。そんで「オマエなんか嫌いだ、ばーか」とか言ってやる。それから、次の島で、素敵なおねぇさんとロマンスだ。ホモな自分なんか、大ッ嫌いだ。そんな自分とお別れしてやる。ゾロは、アイツはもう、壁の節穴とでも仲良くしてりゃいいんだ、オレは関係ない。オレは絶対、やや内股とかで歩かないぞ!



ずんずん歩いて格納庫に移動すると、勢い良くドアを開けた。
ゾロは居なかった。
どこ行きやがった、と思いながら部屋を見渡していたら、何故か背後からご登場だった。
「んだよ、何か用かよ」
「のあ!テメエ、なんで後ろから来るんだよ」
「便所行ってたんだよ」
「……え?オレが使ってたぜ?風呂」
「あー、テメエだったのか……甲板から」
「あ、そ」
ナミさんに見つかったら怒られるぜ、と思ったが、彼女はとっくに寝ている時間だ。
そんなことより、さっきオレが風呂に居る間に、コイツがすぐ扉の前まで来てたんだってことに思い当たってどきまぎする。だって、風呂場を誰かが使ってるって気付いたってことは、そういうことだよな。その時丁度オレはと言えば、抜くとか抜かないとか抜けないとかで色々だったわけで。
まあ、今更か。
今更なんだけど、何かドギマギだ。
って、そうじゃなかった、そんなことより。
「そうだ、そんなことより、ゾロ、てめえ、よくもオレを本格的ホモにしやがったな!」
「はァ?」
「はァ、じゃねえだろ、はァ、じゃ。おまえのせいでオレぁ、ケツに突っ込まれねえとイけねえ恥ずかしい体になっちまったんだよ!アホ!死ね!死んで償えー!」
「オマエな、言ってることがサッパリ分からねえよ!」
「問答無用だ!」
ひゅ、と繰り出したオレの足技をすかさず避けて、剣豪が仰け反る。
こいつ、本当に怪我してんのか?オレのこと避ける口実なんじゃねえか?
だが、次の瞬間バランスを崩して、おっとっと、よろめいたゾロを見て
(いや、怪我は本当だよな、いくらなんでもそんな理由で怪我したフリなんかしねえ)
と少し反省した。
そして反省するのと同時進行で、咄嗟に手を出して、あいつの肩を支えようとした。
サッと、あいつがそれをかわす。
なんだよ、未来の大剣豪様は、コックに支えられるのも気にくわねえってのか。
……それともオレのこと、避けてるんだろうか。
(お、オレがホモだから……!)
「おい、あんま近寄んなよ」
怯えながらもゾロの視線の中にホモ嫌悪の色がないか、恐々窺っていたオレから、またゾロが困ったように顔を逸らす。ざっくりと、ココロを切り裂かれるみたいな思いがした。

「オレだってずっとしてねえんだよ、勃ったら、どうしてくれる」

だが、ゾロがこぼしたのは、そんな一言だった。
それから、苦りきった顔をして、ちょっとだけ抱きしめられたりした。なんだそりゃ、キモい。
なんだよ。
ホモなのはオマエなのか。
そんな理由でオレを避けてたのか。オマエのほうこそヤりたかったわけか、そうか。
「……ははは」
「何笑ってんだよ」
「ぶくく、何でもねえ、ひひひ」
「笑いすぎだろ」
こっち来いよ、とゾロがソファのほうへ手招きする。
そんで、ガシガシてめえの頭掻きながら、仕方ねえな、と呟いた。
「まだあとちっとくらいはヤれねえから、今は、これくらいで勘弁しろ」
そう言って、手を掴まれて、引き寄せられたかと思うと、むにっと唇を押し付けられた。
まだ体が忘れてねえ、熱くて弾力があって、いかにもアイツらしいと思ってた唇だった。



それでどうなったかというと。
結局キスひとつされて誤魔化されただけで、欲求不満が解消されたわけじゃなかった。だがゾロが可愛そうなので、もう少し我慢して待ってやることにした。
このデリケエトなオレに無駄なストレスかけやがるとんでもねえヤロウだ、あいつは。
何が「これくらいで勘弁しろ」だ。
オレとアイツは処理のカンケイであって、キスなんか、これくらいもどれくらいも、嬉しくもなんともねえ。ヤるか、ヤらねえか、だろ。どっか回線切れてんじゃねえの、アイツ。
だが不思議なことに、次の日からペットボトルにはぴったり興味が無くなったのだった。
その代わり、時々ゾロと「キスだけ」ってのをするようになった。
周りに人目が無いと、ゾロがそうっと近づいてくる。
そして、唇を押し付けたり押し付け返されたりしながら
「やっべえ」
ってぼやく。
オレにしてもヤバイのは一緒で、早くアイツの怪我が治らねえと、口寂しくて、苛々しちまうじゃねえか、と思う。



ちなみに残りのペットボトル飲料は、正常な進行でクルーが消費しきって、空いたボトルはウソップの工作の材料になった。
爆発するみたいに飛んでくペットボトルのロケットに、ルフィは大喜びだった。



end
04/06/26




当初の予定と全然違う話になってしまったです……
さはやかだわ〜……
そのうちおまけの話をつけたいです(笑)。