悲しい気分になるのは何故だろう。
別に、これといった出来事もないのに。





The Little sea in your tiny box
ささいなさざなみ





空は良く晴れ、陽射しはくっきりと甲板の上を照らすのに、吹く風だけ冷えている。
こういう天気はガキの頃からの経験に即して分類するならば、秋の天気だ。だがグランドラインでは季節なんて、どう表現したらいいのか分からない。別に夏の次に秋が来るわけでもない。いきなり真冬が来るかも知れないし、夏の次は「もっと凄い夏」が来る可能性もある。
ここ数日気候が安定している。
安定して、秋っぽい気候だ。
だからもうすぐ次の島に着くだろうとナミさんが言っていた。
島が近付くと悪い癖が出る。
くっきりと降り注ぐ陽光の下、冷えた風を受けながら、いつものように甲板に寝そべって昼間っから寝ているゾロにキスをした。寝てるからどうせ起きねえと思ったら、目ェ開けやがるから、もう一度、もう一度、終いにはわりと本気で唇を合わせた。
だりィ。
陽射しも、風も、くっきりとしているのに、頭ん中だけが芒洋としている。
調子にのってきたマリモ男がごつい腕をシャツの裾から突っ込んできたが、背中のほうを触られたらオレもその気になって、形ばかり抵抗してみせたりするのも面倒だったから、すぐにセックスになだれ込んだ。
陸が近付くと、いつもこんな感じだ。
なんか、無性にヤりたくなる。
真っ昼間の屋外で、なんてことしてんだと思わなくもないが、甲板の後方は普段ゾロが昼寝してるくらいであまり他のクルーは近付かない。
ナミさんは海図を書いている。さっきお茶を淹れて差し上げたら、随分集中しているらしくロクなお愛想も返って来なかった。ああいう時の彼女もまた、とても魅力的だ。きっと風向きが変わりでもしない限り、当分船室から出てこないだろう。
チョッパーはルフィとなにか話している。船首のほうで、時折はしゃぐような声が聞こえる。
ロビンちゃんは珍しくうたた寝をしている。きっと昨晩遅くまで起きていたのだろう。敏い彼女のことだから、近くに居れば普段と違う気配を感じ取ったりするのかも知れないが、今彼女が居るのは、ナミさんと一緒のレディ達の部屋だ。甲板の上のことにまで気付かないだろう。気付かない程度には深く眠っていて欲しい。この船の中で。
ウソップは、見張り台だ。
キッチンの真裏、壁際に身を寄せれば死角であるはずだが、あいつからは、ひょっとしたら爪先くらいは見えてしまうのかも知れない。
そうは思うが、やめようという気に少しもならない。
ただとにかくぼんやりして、シャツの中を這い回る手のひらのことばかりに意識がいく。
もっとして欲しい。
ズボンの中にごつい手が潜り込んで、揉まれた。
もうそれだけで情けない声が出る。
ウソップには見えるかも知れない。ばれるかも知れない。でもやめたくねえ。気付いても気付かないふりしてくれるだろ、あいつなら、多分。さりげなくそっぽむいて、見ないでいてくれるだろ、多分。
先っぽのほうがもう濡れてきてる。
腰の奥がむずむずする。
しょんべんと違って、力入れて我慢してても出てきちゃうのが不思議だ。
ゾロがボケっとしたツラして、顔をくっつけてきた。
でかいクチでがぶっとやられるようなキスをする。
陸が近い。
落ち着かない、ただ、こうやって気を逸らすしかない。

オレは浮かれてるんだろうか。
どうしても、居ても立ってもいられない。
そして、まるで悲しいような気分になる。



夕飯の支度をしていたら、ナミさんがラウンジに入ってきた。
「もうすぐ着くわ。さっき鳥が飛んでるのが見えた」
「……そう。じゃあ明日はごちそうかなァ」
「ふふ、楽しみにしてる」
コトリ、と彼女の前にグラスを置いた。
冷やしたハーブティーだ。
いい香りね、と明るい表情でナミさんは笑う。
こうやって一つ島に辿りつくたびに、着実に先に進んでるんだという充足感がある。
そのはずなのに、オレはまたそわそわと、夜のことを考え出した。
皆が寝静まったあとの時間のことだ。



夜更け、島の明かりが見えてはいたが、港には入らずに船を泊めた。
たまらない。
島が近付くといつもこうだ。
ゾロをたたき起こして格納庫に移動する。
言い知れぬ衝動がこみあげて、叫び出したくなる。
別に何でもないことだ。
明日には島について、新鮮な食材が手にはいり、ルフィは冒険を楽しみ、ロビンちゃんは島を見てまわり、ナミさんは海図に新しい島を書き足しウソップは珍しいもんでもないかうろついてチョッパーは薬草を買い足す。
それはどこまでも続くような海の上で、ようやく大地に身を寄せられる、安心な時間であるはずなのだ。

(船がなくても、どこへでも行ける……)

この船以外のどこかへ。
そう思いながら目を閉じた。
目を閉じても、開いても、同じくらいに暗闇だった。
身体を床板の上に伸ばして寝そべる。両腕も伸ばして、うんと長くなって床下の海を感じた。それこそガキの頃から慣れ親しんだ波音、だ。
ふいにごつい膝の上に引き寄せられた。
生臭い、湿ったモンが顔に押し当てられて、舐めろってことだと了解する。
調子こいてやがる、と思いながらも舌を差し出し、ゆっくり、そろそろと根元のほうから先へ向かって舐めてやる。おざなりに舌で辿るだけの刺激は物足りないらしく、焦れったそうにゾロが腰を揺すり、クチにモノを押し付けてくる。
オレはぱっくりと唇を開き、生意気な動きをするペニスを咥える。
いきなり喉のほうまで深く
それこそ咽頭のあたりまで飲み込んでやってから、今度は強く吸い付くように口内を狭めながら、吸い込もうとする力とは逆に、頭を持ち上げちょっとずつペニスをクチから出す。先っぽのほうまで吐き出すと、また喉に咥え込む。何度か繰り返すと、胡座をかいたゾロの膝がオレの肩の横でひくひく動く。しょっぱい味がして、よだれが出てくるが、口閉じらんねえから、だらしなく顎のほうまで垂れてくる。苦しい。それでも手を伸ばして忙しなく揺れるゾロのごつい膝頭を掴むと、もうちょっと頑張ろうって気分になる。
目を開いて、ちらりとゾロを見上げると、暗闇に慣れたためかぼんやりとその表情が見える。
ゾロは仰のくように顎を反らせ、瞑目していた。普段とあまり変わらず眉の間に険悪なシワが刻まれているが、珍しく紅潮した顔が余裕の無さを知らせる。
とろっ、と少しだけ濃い味のする汁が口の中へ溢れた。
そろそろか、と思いながらもう一度強く吸い付くと、また、とろっ、と少しだけぬめりが出てくる。
両手を床についてもっと本格的に吸ってやりたいが、小刻みに震える、ゾロの膝から、手のひらを離し難い。
不安定な姿勢でのろのろと、ただ頭だけを動かした。
「……う」
低い、掠れた声がした。
可愛げの欠片もねえ、男の声なのにゾクゾクした。
頭の上に、でかい手がのせられた。
いつも船の上でひたすら串団子の錘を振り回す、あのごつい手だ。
躊躇いもなく刀を抜く、あの手のひらだ。
切羽詰った気配を奴から感じて、オレは警戒して首に力を入れた。頭押さえられて無理矢理ノドに突っ込まれでもしたら苦しいからだ。イくにイけないときの男なんて、何しやがるか分かんねえ。
だけど、ゾロの両手は、オレの頭を押さえ込むのではなく、そっと優しく髪を撫ぜた。
滑るように、何度も。
全身が粟立ち、オレはどうしていいか分からなくなる。
何故なのか分からない。
あの可愛げの欠片もねえケダモノが、可愛いとこ見せただけの話じゃねえか、鼻で笑えばいい。
それなのに、不安な、まるで怖いことでもあるみたいな、どうしようもない気分になって逃げ出しそうになる。
ああ嫌だ、明日は陸に着く、陸に着く。
どこへでも、この小さな船より外へ歩いてゆける、陸の上へ着く。
海原は果てしなく広いのに、どんな陸も海よりはずっとちっぽけなのに、この小さな船へこの大きな手のひらの持ち主を閉じ込める海が途切れ、陸が現れることを、オレは不安に思う。
陸があることは素晴らしい。
島に着かなければ仲間皆が生きていけない。
だが、この箱舟からこいつが一歩でも降りることを考えると、オレは悲しいような気分になる。
島の上で、こいつと寝たことはない。一度も。
どうしても誘いの声をかけることが出来ない。
あんなにたくさん人間がいて、どこへでも歩いていける陸の上で、ひきとめることなど、出来ないんだ。



やがてコトが終わって大の字になって眠るゾロを残してオレは甲板へ出る。
すぐ間近に、暗く、小さな島が見える。
無数の灯りが灯る景色を眺めると不安になる。
そして、悲しいような気分になる。
悲しい気分になるのは何故だろう。
タバコを胸ポケットから取り出すと、これが最後でもあるまいに、もう一度、あの乱暴な唇とキスしたくなった



05/10/31




こういう話は、なんて言うのか、休憩をするみたいなもので、大抵他の話を書いてる間に気分転換に書いています。
あまり人様にお目にかけるようなものではないのかもしれないなー、と思いながらもせっかく最後まで書けたので…