その鳥は誰も見たことがない、どこにも居ない鳥。
居ても、オレは知らない。
バード オブ パラダイス
バードオブパラダイスは伝説の鳥である。
輝く、長い、美しい尾羽を持っている。
森の奥深くに住まいする。
ケタケタと鳴く。
その鳥に足はない。
バードオブパラダイスは、生涯を中空で過ごすのだ。生まれる時も眠る時も食べる時も死ぬ時も。
足は必要無い。
まるで大洋に生きる魚のように、身を寄せることを知らぬ鳥。
バード・オブ・パラダイスとは、その神秘の命ゆえに付いた名前だ。
最初その話を仕入れてきたのは鼻の長い砲撃手だった。
「この島に伝わる伝説の鳥だってことだ」
まさに鼻高々と語る奴の足許では、見た目はキュートで中身は有能なトナカイが「すげえ、すげえ」としきりに感心している。
「その鳥は一生飛んでるのか?ずっとか?」
「おお、飛んでる」
「すげえ!」
そんな鳥、見たことがない。
トナカイがそう言うと、「おうよ、だから伝説の鳥なんだ」ともっともらしく、長ッ鼻が言った。
次にその話を聞いたのは、美しい航海士だった。
トナカイが話題を持ちかけた。
「まあ素敵、ロマンチックねえ」
両手を合わせて微笑む彼女こそ、まるで天国の小鳥のようだ。
「ああ〜、ナミさ〜ん、オレもアナタの小鳥になりたい〜〜」
感情表現してみた。
ナミさんは読みかけの新聞から目をあげて、
「イヤよ、鳥なんかそこらじゅうにフンするから飼わないわよ。サンジ君は人間のコックでいて」
って言った。
その話を聞きとがめたのは我らが船長だった。
「チョッパー、その話ホントか?」
「ほ、ホントだよ!ウソップから聞いたんだ」
「何だウソか」
何ぃ?!と、帆にかけたロープを修繕しながらウソップが言う。それから何事か抗議めいたことを喋っていたけれど、遠くて聞こえない。
少し大きめの横波をうけたのか、ぎい、ぎい、と船が軋んだ。航海士は肩を竦めて海を見渡す。
「ログは?」
「あと少しよ。島にもう用事はない?」
「オレはないよ」
「そう、まあ、ここにはお店も殆ど無いしね」
サンジ君、そこ通して、とナミさんが言うので、オレは凭れかかってたラウンジのドアから背中を離した。
「不思議鳥を探しに行くぞぉー!」
砲撃手と話し込んでた船長が、突如大声を張り上げた。勢い良く駆け出して、まさしくゴム鞠のように跳ねて飛んで行く。落ち着きの無いあの野郎こそ飛びっぱなしの鳥みてえだ。
ああ、浜から何か言ってる。
オマエら来ないのかよって言ってるらしい。
言いながら、もう駆け出しそうにウロウロしてる。
「夕飯までには帰ってこいよー」
そう言ってやると、おーう、という間延びした返事が聞こえてきた。その声が船まで届いたときには、もうアイツは走り出してた。
ぎい、ぎいと、船は穏やかに揺れた。
「オイ」
「ああ?」
「オイ、起きねえのかよ、クソマリモ」
「ああ?」
バードオブパラダイスの話を聞きもしないで、みかん畑の下で寝ていた剣士を起こした。
「ルフィの奴、出かけちまったぞ」
「あー……どこに?」
「足の無い鳥を探しに行くんだとよ、森ん中だ」
「そうか」
「行くのか」
「面倒くせえ、アイツが行くって言ったのか」
「おう」
「仕方ねえなあ」
方向音痴の剣士は出ていった。
絶対アイツはゴムキャプテンには会えねえ。方向音痴だから森までだって辿りつけねえ。こっから見えてるけど、その森。
他のクルーは呆れ果ててた。
嘘ッ鼻のホラで、森ん中まで行く気になるかよ。
「伝説は伝説だからロマンチックなんだぜー」
と、嘘ッ鼻本人までおっしゃる始末だ。
でもオレは、アイツは行くと思ってた。
アイツは行くだろうと思ってたんだ。
クソッ、居ねえかなあ、バード・オブ・パラダイス。
ここには、下りてこない鳥。
最後にその話を聞いたのは、クールビューティな歴史学者だった。
「バードオブパラダイス、ああ、尾羽の長い鳥ね」
「知ってんの〜?ロビンちゃん」
「ええ」
ありがと、と彼女は手渡したカップを受け取りながら
「尾羽の美しさから乱獲された鳥よ。グランドラインのごく一部にしか棲息しないから、その姿を見たことのあるひとは稀だったの。ウェストブルーの商人がその羽飾りを本国に持ち帰ってね、それを見て、誰もが、こんな美しい羽を持った鳥はどんな姿だろうってね、どうにかして完璧な姿の鳥を見たがったの。それで、鳥を剥製にして」
「ああ、それで、羽だけじゃなくて」
「そう。ウェストブルーのひとたちが鳥の全身の姿をついに見た。けれどね、折角の美しい尾羽を搬送の途中で傷つけないように、あらかじめ鳥を捕らえるとすぐに両足を切ってから剥製にしてたのよ」
「ふうん」
話を切ったロビンちゃんに、お茶のおかわりはいかが、とオレは気をきかせる。
ありがと、コックさん。彼女は微笑む。美人だ。素敵だ。
「それを見た人々の間に、この鳥には両足が無い、という噂が流れたのね。この鳥には両足がなくて、生涯はばたき続けるってね」
それで、ついた名前が、バード・オブ・パラダイス。
その話を聞いたとき、さんざん森の中を歩きまわって、それでもきっちり夕飯の時刻に帰ってきた船長は、盛大にガッカリした顔をした。
「なんだ、不思議鳥は居ねえのかあ」
「ふふ、ガッカリした?船長さん」
「うん、すげえガッカリだ。サンジ、おかわり!」
「あいあい……ところでゾロどうした」
「知らねえ!」
やっぱりな。
大丈夫かな、戻ってこれねんじゃねえか、あのマリモ剣士は。
「朝になってから捜せばいいわよ」
ノンキだな、平気かよ、とウソップが言う。
「大丈夫よ」
ナミさんはその美しい瞳をこちらへちらりと向けて言った。
「アイツはそこらの猛獣より無茶苦茶だから」
違いない、と思った。ちっとも心配じゃねえ。
明日の仕込みまで終えてラウンジから甲板に出ると、そこにルフィが居た。
船の縁に手を乗せて、島を見ている。
この島は全く、夜になると真っ暗で人が住んでるとも思えない。
「朝になりゃ、帰ってくるって」
「……ん?」
「クソ剣士」
「ああ……」
ルフィは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐにニカッと笑った。
「そうだ、帰ってくるぞ、心配すんなサンジ」
なんだそりゃ。
「してねえよオレは」
ぎい、ぎい、と船は揺れた。
皆もう寝ちまったのか。
「あの島、綺麗だなあ」
空や海よりも一段暗く沈む島を、目を凝らすように、ゴム船長は見ていた。
「そうだな、バードオブパラダイスが居るからかな」
いやあ、ロマンチックだなあ、麗しの島よ。クソマリモが現在鋭意探検中の島よ。
オレはポケットから煙草を出して火を点けた。
煙だけ、夜闇の中で見ると変に浮き立つ白い色をしている。
赤い火で揺らぐように、島を指した。
「迷子になってんのかねえ、あのマリモ」
「迷子だな、絶対」
「迷子になって旅に出たんだっけ、最初は」
「そうだ」
「じゃ、もう帰ってこないかもな、新しい旅に出ちまってよ」
クソマリモ、新たなる旅立ち〜第二の迷子篇〜
ちょっと笑った。
ルフィも笑った。
けど多分、アイツは何としても帰ってくるだろうし、なりゆきでどっか行ったりなんかしないし、そのことは全員が分かってて、誰よりこの船長が分かってた。
アイツは足のある鳥だ。
いっぺん切り落とそうとしてたけどよ、足。
ああ、この、自信に満ちた船長の顔はどうだ。
アイツは船に帰ってくる。それをコイツは分かってる。
信じあっちゃってんなあ。ラブラブオーラが出てんぜ。
「居ねえかなあ」
思わずオレは呟いた。
「居ねえかなあ、足の無い鳥は」
見えないだけで、どっかに居たりしねえかなあ。
バードオブパラダイスはどこにも居ない。
居ても、オレは知らない。
足が無いから、ここに来ないんだ。
クッソ〜、何だよアイツら、ラブラブラブラブしやがって。
アイツら、アイツら、……大好きだ。
翌朝、マリモは自力で帰巣した。
全身ずぶ濡れだった。
「島の周りを一周泳いだら船があんだろうと思ってよ」
いや泳ぐなよ、と律儀な砲撃手がツッコミをいれた。
「そんで、鳥、これ違うか?」
剣士が差し出したのは、なんだか蛇に羽が生えたみたいな珍妙な生き物だった。
確かに足はねえが、絶対違うと思う。
船長だけは大喜びしたが、皆、それは見なかったことにした。
その島でバード・オブ・パラダイスは見つからなかった。
それだけの話。
end
いつもお世話になりたおしているtoro様からリク頂きました、「船長とゾロとサンジ」の話です。船長をかっこよくとかゾロをサイテーじゃなく、ってのがむつかしかったです・・・。そんな自分がサイテー・・・。落胆。
サンジはいつも可愛いからそのままでいいんですけど〜(笑)いやもう、まったく、普段からプリプリサンズィーヌですからね。なんだろうプリプリサンズィーヌって。意味不明。まったくもって。
それにしても船長をご所望だったのにサンジが主役なのはサンジ視点(乙女チック街道)しか習得してない技術的問題のため・・・
このへんでご勘弁くださいませ〜ご〜め〜ん〜な〜さ〜い〜
真名井